エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

36.特別な昼食

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 翌日は朝食を食べたらディッペル領に帰る予定だった。
 朝食の席で、わたくしはエクムント様に引き留められたのだ。

「エリザベート嬢、よろしければ昼食までご一緒しませんか? 特別な昼食を用意させます」
「特別な昼食ですか? お父様、お母様、エクムント様が昼食に誘ってくださっています。昼食を食べてから辺境伯領から帰ってもいいですか?」
「エクムント様に誘われたのだったら、喜んでお受けしなさい」
「わたくしたちも昼食までは残らせていただきますわ」

 両親の許可も得てわたくしは昼食まで辺境伯領で食べて帰ることになった。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は朝食を食べると帰ってしまう。
 エクムント様とカサンドラ様と一緒にわたくしとクリスタちゃんはハインリヒ殿下とノルベルト殿下の乗った馬車を見送った。

「次はエリザベート嬢のお誕生日にお会いしましょう」
「それまではエリザベート嬢とクリスタ嬢が学園にいないので、少し寂しいですが」
「ノルベルト兄上はノエル殿下が帰って来られないのか寂しいのでしょう?」
「それもあるよ」

 仲のいいハインリヒ殿下とノルベルト殿下は朗らかに話して馬車に乗り込んだ。
 クリスタちゃんは馬車が見えなくなるまでハインリヒ殿下に手を振っていた。

 リリエンタール領から来ていたレーニちゃんもご両親とデニスくんとゲオルグくんと一緒に帰ることになっている。
 レーニちゃんが荷物を整えて馬車に乗ろうとすると、お屋敷からふーちゃんが転がるように駆けて来る。

「レーニじょう、こんかいはあまりおはなしできなくて、ざんねんでした」
「わたくしもフランツ様とお話ししたかったですわ」
「またおてがみをかきます」
「お待ちしております」

 レーニちゃんもふーちゃんのことが可愛いようで、意味の分からない詩でも行為が伝わってくるとなると嬉しいようだった。

 他にも中央から来ていた貴族たちを見送ってから、わたくしはエクムント様を見上げた。

「辺境伯領にも中央から貴族がたくさん来るようになりましたね」
「私がエリザベート嬢と婚約をして、エリザベート嬢が昼食会と晩餐会にも参加してくれるようになったことと、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がおいでくださるようになったことが大きいと思います」
「これからますます辺境伯領は中央に存在感を見せていくのですね」
「辺境伯領は異国と接しているので武力がありますが、私は武力ではなく、葡萄酒や特産品の布などで中央に辺境伯領のよさを知ってもらいたいと思っています。辺境伯領は中央と構えるのではなくて、融和したいのですからね」

 エクムント様の話も聞けてわたくしはとても勉強になった気持ちだった。

 昼食の席で用意されていたのは、エクムント様のお誕生日の昼食会で出されたのと全く同じメニューだった。わたくしとエクムント様だけ特別で、他のひとたちは別のメニューになっている。

「前菜のタコのカルパッチョの乗ったサラダ、トマトのたくさん入ったガスパチョ、外はパリパリ中はもっちりのパン、白身魚のフライ、熟成肉のハンバーグ……どれも食べたかったけれど、食べられなかったものばかり」
「せっかくのご馳走でしたが、エリザベート嬢も私も、挨拶に追われて食べられなかったので、改めて用意させました」
「デザートの林檎のコンポートとキャラメリゼされたナッツまで! 全部同じではないですか!」
「食べたかったのでしょう?」

 優しく問いかけられて、わたくしは頬が熱くなるのを感じていた。
 ものすごく食べたかった。
 昼食会ではお腹が空いていたし、出されたものは全部食べていいと母の教えがあったので、わたくしは淑女によくある小鳥のように小食なのが美徳としなくていいと考えていた。
 全部食べたかったものが次々と出て来て、わたくしは目を輝かせて身を乗り出してしまう。

「本当に、本当に食べたかったのです。一口も食べることなく、お皿が下げられてしまうのを、どれだけ悔しく見送ったことでしょう。辺境伯領の海産物はとても美味しいし、強い日差しで育ったお野菜も美味しいし、熟成肉は新鮮なお肉とは全く違う味わいがすると聞いていました。食べられて幸せです」

 このときになって、わたくしは身を乗り出すほどに自分が目の前に置かれたお皿の料理を一口も食べられなかったことが悔しく悲しかったのだと自覚していた。
 潤んだ瞳を拭って、もぐもぐと遠慮なくいただく。咀嚼して飲み込めば、口の中に美味しさが広がって幸せな気分になる。

「私もお客様に出したものがどのようなものだったかを確かめたかったですからね。エリザベート嬢と同じで、ずっと食べたかったのですが、食べられなかったことを悔しく思っていました」
「エクムント様も同じなのですね」
「美味しいですね。エリザベート嬢は辺境伯領の料理はお口に合いますか?」
「とても美味しいですわ」

 お腹いっぱい食べて、デザートまで全部食べるとわたくしは満足してエクムント様に向き直った。

「こんな風にエクムント様がわたくしの気持ちを拾い上げてくださるとは思いませんでした。とても嬉しいです。感謝しております。ありがとうございます」
「私も食べたかったので、気持ちは同じですよ。エリザベート嬢の笑顔が見られてよかったです」

 それだけわたくしは料理が下げられていくのを恨めしそうに見ていたのかもしれない。そういう感情を表に出すのははしたないことかもしれないが、それに気付いてくださったエクムント様には感謝しかない。

「次に来られたときには、晩餐会の料理も出しましょう」
「楽しみにしています」

 晩餐会の料理までは食べられなかったけれど、一口も食べないままに下げられた昼食会の料理を全部食べられて、わたくしはとても満足していた。

 食事が終わると、フルーツティーを飲みながら両親がエクムント様にお礼を言っている。

「エリザベートのために、夜に軽食を部屋に用意してくださっただけではなく、こんな粋な心遣いまでしてくださるなんて」
「エクムント殿には敵いませんね。ありがとうございます」
「いえ、私も食べたかったので」

 あくまでも自分も食べていなかったから、お客様に出した料理の内容を確認したかったというスタンスを貫くエクムント様は、わたくしが食いしん坊で卑しく見えないようにフォローをしてくださっているのだ。
 そんなところまで完璧でわたくしはエクムント様が更に大好きになっていた。

 昼食が終わると、お茶を飲んで少し休んでから、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親はディッペル領に帰る。
 馬車が用意されて、荷物が運び込まれる。
 ディッペル領に帰ったらすぐにわたくしのお誕生日の支度を始めるのだが、そのときにはエクムント様は必ず来てくれるという確信があった。

「エクムント様、次はディッペル領に来てくださいませ」
「エリザベート嬢のお誕生日を祝いに参ります」
「今日の昼食は美味しくて、とても楽しかったです。ありがとうございました」
「私もエリザベート嬢と一緒に食べられてとても楽しかったです」

 手を取り合って別れを惜しむわたくしとエクムント様に、両親もクリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんも急かすようなことはしない。ゆっくりと待っていてくれるので、落ち着いてさよならが言える。

 ここでさよならを言っても、すぐにディッペル公爵領で会えるのだが、それでも名残惜しいものは名残惜しい。

「エリザベート嬢、あなたが身に着けてくださったから、辺境伯領の布がこれだけ中央で流行しました。あなたの美しい髪色に辺境伯領の布は本当にぴったりだったのですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「これからも辺境伯領の布を纏ってください。あなたはとても美しい」

 真剣に口説かれているような気分になって、わたくしは自分が熟れたトマトのように赤くなっていないか心配になるくらいだった。
 エクムント様はこういうことを平気で口にしてしまうのでわたくしは恥ずかしさを隠せない。

「エクムント、エリザベート嬢が困っているぞ」
「カサンドラ様、私は何かいけないことを言いましたか?」
「そういうところだぞ?」

 カサンドラ様に叱られているエクムント様は意味が分かっていない様子だった。

 エクムント様に手を借りてわたくしは馬車のステップを登って馬車に乗り込んだ。
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