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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

13.ローザ嬢の噂

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 お茶を飲んでいるとエクムント様から提案があった。

「今年の夏休みは辺境伯領で過ごされませんか?」
「よろしいのですか?」
「辺境伯領は暑さが厳しいですが、エリザベート嬢には夏も経験しておいてほしいのです。暑さは厳しいですが、辺境伯領には美しい場所がたくさんあります」
「お父様とお母様に聞いておきます」
「こちらから招待状をお送りしますよ。ご家族でいらしてください」

 夏休みには辺境伯領に招かれた。
 辺境伯領は独立派が抑えられて落ち着いているので、エクムント様と二人きりで出かけられるかもしれない。
 デートができるかもしれないと思うとわたくしの胸は高鳴る。
 わくわくしていると、エクムント様がわたくしの手を取る。

「エリザベート嬢を思うときに、つい赤ん坊のころを思い出してしまうような失礼がないように、私も気を付けないと。大きくなられましたね」
「わたくし、十三歳で学園に通っていますのよ。誕生日が来れば十四歳です」
「女の子とは不思議ですね。あんなに小さくて可愛らしかったのに、気が付けば大きくなって、お化粧もするようになっている」

 エクムント様はわたくしが口紅を塗っているのに気付いてくださっているようだ。口紅を塗ると大人に近付いたような気がするが、それがエクムント様にも美しいと映っていればいいのだが。

「エクムント様、自分で言っておきながら、お姉様を『女の子』だなんて、失礼ですわ。お姉様はレディですのよ」
「そうでした。私は昔の癖が抜けなくてよくないですね」

 クリスタちゃんに指摘されてエクムント様が反省している。
 エクムント様の年齢ならばわたくしなどまだ「女の子」の域を出ないだろうし、わたくしはある意味諦めていた。成人するころにはエクムント様を振り向かせたい。
 それまでは、エクムント様はこれだけわたくしを「可愛い」と言ってくださっているので、好意がないわけではないといい方に考えておくことにする。

「エクムント殿が付けられている革のバングル、いい色ですね」
「エクムント殿の濃い肌の色にお似合いです」

 ノルベルト殿下とハインリヒ殿下が褒めているのはエクムント様の袖から見える黄色い革のバングルだ。これはわたくしがエクムント様のお誕生日に差し上げたものだ。
 エクムント様はわたくしが差し上げた革のバングルを大事に使ってくださっていた。

「以前の誕生日にエリザベート嬢にいただきました。革は使い込むほど色が馴染んでくるので気に入ってよく着けています」

 その話を聞いてわたくしもエクムント様に聞きたいことがあった。

「エクムント様は色はどんなものが好きなのですか? エクムント様がわたくしに聞いてくださったように、わたくしもエクムント様の好みを知りたいのです」
「私は場面に合わせて色を使い分けるので、どの色が好きというのはありませんね。強いて言えば暖色系が好きでしょうか」
「金色と銀色だったら、どっちが好きですか?」
「金色ですね」

 何か贈るときには金具の色を考えて聞いてみたのだが、よく考えればエクムント様は金色の目をしている。金色の方がお似合いになるのは当然だった。

「わたくしは寒色の方が好きで、エクムント様とは違いますね」
「色の好みが違っても、それはひとそれぞれです。夫婦になるのには何の問題もないと思います」

 夫婦という単語がエクムント様の口から出てわたくしは胸が高鳴る。婚約しているので当然なのだが、エクムント様も将来わたくしと結婚することを意識してくださっている。

「私は特にこだわりがないので、部屋のカーテンやベッドカバーはエリザベート嬢の好みに合わせればいいですし、屋敷のカーテンや椅子はカサンドラ様が使っていたものをそのまま使っていますが、気になるのでしたら、結婚してから変えればいい」
「わたくし、変える気はありませんわ。お屋敷にはカサンドラ様もご一緒に住むことになるのでしょう?」
「カサンドラ様はそのおつもりだと思います」

 辺境伯は退いているが、カサンドラ様は辺境伯家のお屋敷に住んでエクムント様を支えている。エクムント様が若いのもあるのだが、辺境伯領に一人で養子に入ったエクムント様にはそばに相談できる相手がカサンドラ様しかいないのだ。
 カサンドラ様がいてくれればエクムント様も安心だろうし、わたくしもカサンドラ様が義理の母親としてお屋敷にいてくださると心強い。

 将来の話をしていると早く大きくなりたくてたまらない。
 まだ自分が十三歳であるのがもどかしい気持ちになってくる。

 前世の記憶はあるがどちらかといえば今世のエリザベートの記憶の方が強くて、エリザベートとして生きているわたくしにとっては、前世が何歳であったとしても、今世の年齢がわたくしの年齢だった。
 前世の記憶のせいで若干大人びていると言われるのは仕方がないことだったが。

「僕が大公になれば、元バーデン公爵の領地をいただいて、ノエル殿下と二人で暮らすのです」
「わたくし、ミリヤム嬢を侍女に迎えたく思っています。慣れない土地でも、見知ったものがいると安心しますし、子どもが生まれた暁には、ミリヤム嬢を乳母にしたいのです」

 ノルベルト殿下とノエル殿下も将来の話をしていた。

「クリスタ嬢には苦労をかけるかもしれませんが、王太子妃として立派に勤めて欲しいと思っています」
「わたくし、その日のために学んでおります。きっと王太子妃として恥ずかしくない振る舞いができるようになりますわ」

 ハインリヒ殿下とクリスタちゃんも将来について話している。
 わたくしたちの未来は明るいような気がしていた。

「ホルツマン伯爵家に戻されたわたくしの元父親が、何か妙な動きをしているようだと聞いています」

 甘いふわふわとした将来の話に浸っていると、レーニちゃんがわたくしたちの目を覚まさせるような硬い声で告げて来る。レーニちゃんにとっては元父親とは縁を切って、二度と会いたくない相手に違いないのだが、それを話題に出すということはそれだけ大きな問題が起きそうな気配がしているのだろう。

「ホルツマン伯爵家では何が起きているのですか?」

 真剣な表情になってわたくしが問いかけると、レーニちゃんが目を伏せる。

「わたくしの元父親は、クリスタ様の異母妹……妾の子を養子に迎えて、来年には学園に入学させようと考えているようで……」
「ローザ嬢を!?」

 その話は初耳だった。
 クリスタちゃんの異母妹に当たる元ノメンゼン子爵の妾の子は、クリスタちゃんがディッペル公爵家に養子に入った時点で脅威でもなんでもなくなっていたので、忘れかけていた。

「ローザ? 誰ですか、それは?」

 クリスタちゃんに至っては完全に忘れている。

「元ノメンゼン子爵の妾の子です。クリスタちゃんにとっては、不本意かもしれませんが異母妹になります」
「わたくしの妹はマリアです」
「そうでした。本当に少しも覚えていないのですか?」
「はい。わたくし、ディッペル家に来る前は幼かったので、記憶が曖昧で、ほとんど何も覚えていないのです」

 元ノメンゼン子爵家で受けた虐待のことも、妾のことも、妾の子どものことも、クリスタちゃんはすっかりと忘れていた。元ノメンゼン子爵が自分の父親だということももしかすると忘れているのかもしれない。
 それは忘れていた方がいいことなのでわたくしは無理に思い出させるようなことはしなかった。

 それにしても、クリスタちゃんが扇で叩かれている場面で嘲笑うようにしていたり、元ノメンゼン子爵のスラックスのお尻が破けた場面で「つまんない」などという幼い頃から性格が悪かったローザ嬢が、碌な教育も受けないままで成長したのだとすれば、どれだけ失礼でマナーのなっていない少女に育ったのだろう。
 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、わたくしはクリスタちゃんの教育のなってなさと礼儀作法を公衆の面前で指摘して、恥をかかせたという描写になっていたと思う。

 今度こそ、わたくしはローザ嬢にそれをしてしまうのではないかと思っていた。
 いや、むしろ容赦なくローザ嬢には自分の身分を理解してほしいものだ。
 どういう方法を使ってか分からないが、一応伯爵家の養子になったのかもしれないが、ローザ嬢は学園には相応しくない気しかしていない。

 ローザ嬢も元ノメンゼン子爵とその妾の歪んだ教育によって育ってしまった被害者なのかもしれないが、学園に入学してくるということは、わたくしたちと敵対する意思があるのかもしれない。

 ローザ嬢に関してもわたくしは対策を考えておかなければならなかった。

 お茶会が終わって、休憩を挟んで晩餐会の会場に移動する。
 休憩時間中はふーちゃんとまーちゃんと遊んだが、ふーちゃんもまーちゃんもいい子でわたくしたちを送り出してくれた。

 クリスタちゃんは前の王家のテーブルで、わたくしと両親は王家のテーブルと直角に並べてある幾つものテーブルの中央の前の方で、晩餐会に参加することになる。
 わたくしの隣りの席にはエクムント様が座っていた。

 クリスタちゃんはドレスを紫色のものから白い婚約式で着たものに変えて、王家のテーブルでたくさんの貴族からの挨拶を受けている。

「エリザベート嬢、今度のお誕生日は、昼食会と晩餐会も開くおつもりですか?」
「考えていませんでした。多分、お茶会だけの簡易なお誕生会になると思います」
「そうですか。私が必要でしたらいつでもお声掛けくださいね」

 エクムント様に言われてわたくしは自分のお誕生会でも昼食会と晩餐会が行われる可能性について考え始めていた。
 エクムント様は辺境伯なのでお誕生会で昼食会と晩餐会を開いている。両親はディッペル公爵夫妻で夫婦でお誕生日を祝っているが、昼食会や晩餐会は開かずにお茶会のみにしている。

「お父様、お母様、どうしてお父様とお母様のお誕生日はお茶会のみなのですか?」
「国王陛下のお誕生日が近くにあるし、私は可愛い娘や息子と一緒にお誕生日を過ごしたいと思っているからだよ」
「それに、経費の問題もありますわ。夫婦でお誕生日を一緒に祝っているのもディッペル公爵家で無駄な経費を使わぬため。昼食会や晩餐会を開かないのも同じ理由です」

 両親に聞いてみれば納得の答えが返って来た。
 それならば、わたくしのお誕生日も昼食会や晩餐会がないに決まっている。

「エクムント様、お気遣いありがとうございます。でも、わたくしのお誕生日は昼食会も晩餐会もありませんわ」
「そうですか。エリザベート嬢がもう少し大きくなられたら、昼食会や晩餐会も開かれるかもしれません。そのときは喜んで同席させていただきます」

 婚約者として昼食会にも晩餐会にも同席してくださるというエクムント様の言葉にわたくしは感謝していた。
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