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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

12.ふーちゃんの待て待て

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 翌日もふーちゃんとまーちゃんに朝早くから起こされた。

「おねえさま、おさんぽにいきましょう?」
「おさんぽー!」
「きょうも、レーニじょうにあえるかもしれません!」

 既に着替えて準備万端のふーちゃんとまーちゃんに急かされて、わたくしもクリスタちゃんも素早く着替えて、両親と一緒に王宮の庭を歩くことにした。
 客間のテラスから見える噴水のある辺りに行くと、リリエンタール侯爵一家が遊んでいるのが見える。
 噴水の中に入りたがっているゲオルグくんをレーニちゃんが止めているようだ。

「ゲオルグ、びしょ濡れになってしまいます」
「ぱちゃぱちゃ!」
「それはお風呂だけにしてください!」

 噴水の中に飛び込みそうなゲオルグくんをレーニちゃんが抱き留めていると、デニスくんが噴水の端に座って靴を脱ぎ始めていた。

「おくちゅ、ないない。ぬれない」
「デニスー!? ダメですよー!?」
「ばちゃん、ちる!」
「待って! お父様、デニスを!」
「デニス、駄目だよ!」

 靴を脱いだデニスくんが噴水に飛び込む寸前でレーニちゃんのお父様に抱きかかえられていた。

「レーニじょう、おはようございます! だいじょうぶですか?」
「わたくしの弟たちはやんちゃで、困ってしまいます」
「デニスどの、ゲオルグどの、まてまてー! をしましょう!」
「まてまて?」
「あい!」

 ふーちゃんの提案に、ゲオルグくんが手を上げていいお返事をする。靴を履き直したデニスくんも芝生の上に降りた。

「わたしがおにです。マリアもにげて! いきますよ? まてまてー!」
「きゃー!」
「ちゅかまるー!」
「おにいさま、つかまえないでー!」

 走り出したゲオルグくんとデニスくんとまーちゃんを、ふーちゃんが追いかけていく。さすが五歳にもなると身体能力が違う。次々と捕まえて抱き締めて連れ戻っていた。

「もいっちょ!」
「うー!」
「わたくしも、もういっかい!」

 余程楽しかったようで、デニスくんはもう一回とお願いしているし、ゲオルグくんも指を一本立てているし、まーちゃんもほっぺたを真っ赤にしてもう一回とお願いしていた。

 何度か追いかけっこをして、走り回っているとデニスくんもゲオルグくんも満足したようだ。噴水からは興味が遠のいてしまった。

「助かりましたわ。フランツ様、ありがとうございます」
「わたしは、もうごさいですからね!」
「立派な五歳です。素敵ですわ」

 レーニちゃんに褒められてふーちゃんは誇らし気に胸を張っていた。

 朝のお散歩が終わると朝食を食べる。
 部屋で朝食を食べ終わって寛いでいる時間はあまりない。
 昼食会のために準備をしなければいけないのだ。

 わたくしは辺境伯領の紫色の布で作られたドレスを着て、磨かれた黒い革靴を履く。クリスタちゃんも母も、辺境伯領の紫色の布で作られたドレスを着ていた。父は辺境伯領の紫色の布で作られたスーツを着ている。
 色の深みが若干違うので、同じ紫色でも全然別物に見えるから不思議だ。

 わたくしは普通の紫色、クリスタちゃんは薄紫、父と母は黒に近いくらい深い紫色だった。

「お姉様、わたくしの髪、おかしくありませんか?」

 髪の毛はわたくしはハーフアップにしたけれど、クリスタちゃんは三つ編みにするか、全部上げてしまうか悩んでいるようだった。全部上げてしまうと大人っぽくなるのだが、わたくしはクリスタちゃんの一つの三つ編みもとても好きだった。

「似合っていますよ、クリスタ」
「それなら、三つ編みで行こうかしら」

 三つ編みの根元に髪飾りを付けて、クリスタちゃんは準備を整えた。

「わたしがろくさいになったら、おねえさまたちとおちゃかいにいける」
「そうですよ、フランツ」
「そのときは、わたくしもいっしょ」
「そうです、マリア」
「それまでがまんして、おるすばんしておきます」
「わたくし、レディだからいいこにできます」

 ノルベルト殿下のお誕生日の式典のときには泣いていたので心配していたが、ふーちゃんがお茶会に参加するようになるときにまーちゃんも一緒にお茶会に参加するようにしようという話が二人の心を変えたのだろう。立派な紳士と淑女になるために我慢をすると言っている。

「フランツ、マリア、偉いですよ」
「今夜は遅くなると思いますから、先に寝ていてくださいね」
「さ、さびしいけど、がんばります」
「おにいさまといいこにしているわ」

 一瞬ふーちゃんの目が潤んだが、ふーちゃんもまーちゃんも泣かずにわたくしたちを送り出してくれた。
 昼食会の会場である食堂に行くと、クリスタちゃんが王家のテーブルに招かれる。振り向いてわたくしの方を見たクリスタちゃんに、わたくしは「頑張れ」の意を込めて深く頷いた。クリスタちゃんも深く頷いてハインリヒ殿下の隣りに座る。

 貴族たちが広い食堂に集って、席に着くと、国王陛下が挨拶をした。

「ハインリヒも今日で十四歳になる。成人まで残り四年だ。学園でもしっかりと学んでいる。これからのハインリヒの成長を願って、乾杯をさせてもらおう」

 国王陛下がグラスを持ち上げると、貴族たちもみんなグラスを持ち上げる。グラスの中には辺境伯領の葡萄酒が入っている。わたくしのグラスには葡萄ジュースが入っていた。

 着席する間もなくわたくしは両親に連れられて国王陛下とハインリヒ殿下にご挨拶に行く。
 両親は国王陛下に声をかけられている。

「ディッペル公爵夫妻、ハインリヒの誕生日を祝ってくれてありがとう」
「ハインリヒ殿下が立派な皇太子となられるのを願っております」
「ハインリヒ殿下、おめでとうございます」

 両親は国王陛下と話しているが、わたくしはクリスタちゃんの視線を感じてそちらに近付いて行った。

「エリザベート嬢、クリスタ嬢の隣りに立てることが私は誇らしいです」
「ハインリヒ殿下がクリスタを大事にしてくださって本当にありがたいと思っております。この関係が末永く続くことを願っております」
「クリスタ嬢との婚約は私の望みでもありました。クリスタ嬢を大事にします」

 ハインリヒ殿下からすればわたくしは未来の義理の姉にあたるのだ。クリスタちゃんのことを気にかけて話しをしてくれるのも分かる。

「お姉様、わたくし、名誉な役目をいただいて光栄です」
「緊張しすぎないように気を付けてくださいね」
「お姉様、わたくし、やり遂げてみせます!」

 ちらちらとクリスタちゃんが運ばれて来たお料理を見ているが、食べたい気持ちがあるのだろう。挨拶をされているときには着席できないし、多分、食べている時間は全くない。
 わたくしと両親の挨拶が終わると、エクムント様が挨拶に来ていた。
 こういうときも身分通りに挨拶に行くのが礼儀とされているのだ。

「ハインリヒ殿下、このよき日に同席させていただけることを光栄に思います」
「エクムント殿、ありがとうございます」
「クリスタ嬢もハインリヒ殿下ととてもお似合いですね」
「ありがとうございます。わたくし、ハインリヒ殿下の婚約者として、立派に役目を果たします」
「気負い過ぎないようにしてくださいね」

 エクムント様の言葉は優しいものだった。
 席に戻るとわたくしは料理を食べたのだが、クリスタちゃんが食べられないと分かっていると、どうしても食が進まない。残すのも申し訳ないので、食べきろうとするのだが、量が多くて、次のお皿が来ると前のお皿は下げられてしまうので、全部食べることはできなかった。

 お野菜もお肉もお魚も全部美味しくて、これを食べられないクリスタちゃんに本当に同情してしまった。

 昼食会が終わるとそのままお茶会の会場に移る。
 お茶会ではほとんどの貴族の挨拶は終わっているので、ハインリヒ殿下とクリスタちゃんは軽食やケーキをお皿に持って来ることができた。
 わたくしとクリスタちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下とエクムント様とレーニちゃんとガブリエラちゃんでお茶をすることになる。
 エクムント様は姪のガブリエラちゃんのために軽食とケーキを取り分けて上げていた。

 わたくしは昼食会でお腹がいっぱいだったので、紅茶だけ頼む。ミルクポットから牛乳を入れてミルクティーにすると、ゆっくりと飲む。ガブリエラちゃんは立って食べられるようになっているようだった。

「ハインリヒ殿下、お誕生日おめでとうございます。お茶をご一緒できて光栄です」
「ガブリエラ嬢はキルヒマン侯爵夫妻のご長男の養子になったのですね」
「はい。祖父母は今年までで侯爵を両親に譲って、田舎の方でゆっくりと暮らすと言っています。わたくしは、両親に子どもがいないので、後継者に選ばれたのです」

 キルヒマン侯爵夫妻が今年までで長男夫婦に侯爵の座を譲るということはノルベルト殿下のお茶会で聞いていたことだったが、もう一度聞くと胸に寂しさが過ってしまう。
 キルヒマン侯爵夫妻はわたくしの両親の両親の世代に当たるので、仕方がないことかもしれない。それでも、幼い頃から可愛がってくれていたキルヒマン侯爵夫妻が侯爵位を譲るというのはまだショックが残っていた。

「ディッペル公爵夫妻は学園を卒業して、結婚してすぐに公爵位を譲られましたからね。キルヒマン侯爵夫妻は長く侯爵位を勤めた方ではないでしょうか」

 ハインリヒ殿下がそう言っているが、わたくしは祖父母を知らず、母がキルヒマン侯爵家に養子に行ってからディッペル公爵家に嫁いでいるので、キルヒマン侯爵夫妻が祖父母のような気がしていた。

「キルヒマン侯爵夫妻にはいつまでもお元気でいて欲しいものです」
「ありがとうございます、エリザベート様。祖父母も喜ぶと思います」

 それにしても、ガブリエラちゃんはますます礼儀正しく、堂々として来た気がする。これならばキルヒマン侯爵夫妻も安心して長男夫妻に侯爵位を譲れるだろう。

 お茶をしながら、わたくしはキルヒマン侯爵夫妻のことを考えていた。
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