エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
250 / 528
九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

10.まーちゃんのお誕生日はプリンアラモードで

しおりを挟む
 翌日の朝は、早くにふーちゃんとまーちゃんに起こされた。

「おねえさまたち、おさんぽにいきましょう?」
「おたんぽおたんぽ!」

 ふーちゃんもまーちゃんもわたくしとクリスタちゃんがいない間、お屋敷で二人きりで我慢していたのだ。お散歩くらいは一緒に行ってあげたい。
 涼しいワンピースに着替えて、クリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんも着替えて、両親も揃って一家で王宮の庭をお散歩する。
 お散歩していると、ふーちゃんが「あ!」と声を上げて走り出した。

「レーニじょう、おはようございます!」
「フランツ様ではないですか。おはようございます」

 リリエンタール侯爵一家も朝のお散歩に出ていたようだ。
 レーニちゃんの足元にはしっかりと歩けるようになったデニスくんが寄り添っているし、ゲオルグくんはレーニちゃんのお父様に抱っこされていた。

「デニス、フランツ様にご挨拶を」
「デニスでつ。よろちくおねちまつ!」

 敬語は苦手なのか一生懸命言って頭を下げているデニスくんに、ふーちゃんも挨拶をする。

「フランツ・ディッペルです。よろしくおねがいします」

 格好つけたいお年頃なのか、ものすごく上手に挨拶ができていてわたくしとクリスタちゃんは思わず拍手をしてしまった。

「フランツ、とても素晴らしいご挨拶でした」
「デニス殿もご挨拶ありがとうございます」
「エリザベート様、クリスタ様、ゲオルグとは初めて会いますよね? 弟のゲオルグです」

 灰色のくるくるとした巻き毛が可愛いゲオルグくんは、レーニ嬢に紹介されて小さなお手手を振って挨拶してくれていた。

「とても可愛いですわ。ゲオルグ殿、初めまして」
「小さいのですね」
「もうすぐ一歳になります。少しだけ歩けますが、靴を履くと歩きたがらないので、父が抱っこしています」
「エリザベート様、クリスタ様、フランツ様、マリア様、おはようございます」
「リリエンタール侯爵の御夫君、おはようございます」
「マリアもご挨拶してください」
「マリアでつ。よろちくおねがいちまつ!」

 まーちゃんも言葉が遅い方ではないのだが、なかなか滑舌がはっきりして来ないところはあった。頭を下げるまーちゃんにデニスくんが手を伸ばしている。

「マリアたま!」
「デニスどの!」

 握手をして友好を深める小さな二人にわたくしはあまりの可愛さに仰け反ってしまいそうになった。

「あさからレーニじょうにおあいできるなんて、きょうはいいいちにちになりそうです」
「フランツ様はお上手ですね。そう言われると嬉しいですわ」
「レーニじょうをおもうと、わたしのむねは、ばらのはながさきみだれるのです」
「詩的な表現! フランツ様は詩がお上手でしたね。わたくしは芸術が分からないのであまり意味が分からなくて申し訳ないのですが」
「レーニじょうのこころにひびくしを、いつかつくってみせます」

 はきはきと喋っているふーちゃんに、いつもの甘えた様子はない。来年にはふーちゃんも六歳になってお茶会に出るようになるのだが、これならば問題はないだろうと安心する。

 心配なのはまーちゃんの方だった。

 わたくしとクリスタちゃんは学園に行っていて、社交界デビューもしたので、今後は昼食会や晩餐会にも出席することになるので、ディッペル家に帰っても、王都の式典でも、わたくしとクリスタちゃんがふーちゃんとまーちゃんとの時間を取れるのはどうしても少なくなる。
 その上ふーちゃんまでお茶会に出るようになってしまったら、その間まーちゃんは一人で子ども部屋で待っていなければいけない。
 ふーちゃんとまーちゃんは生まれてからずっと一緒で仲がよかっただけに、兄のふーちゃんだけがお茶会にデビューするのはまーちゃんにとっては納得ができないことだろう。

 考えていると、リリエンタール侯爵一家は王宮の中に戻っていって、わたくしたちも部屋に戻って朝食を食べた。
 朝食の席でわたくしはお散歩で考えたことを両親に話してみた。

「お父様、お母様、来年にはフランツもお茶会に出るようになるでしょう? そのときマリアはつまらなくて、今より酷く泣いてしまうのではないでしょうか」
「昨日もフランツとマリアはわたくしとお姉様が帰って来るまで泣いていました」

 わたくしの言葉にクリスタちゃんが付け加えてくれる。
 両親は顔を見合わせて考えているようだった。

「マリア、あなたは礼儀作法を学ぶ気がありますか?」
「おかあたま?」
「クリスタも四歳からお茶会に出ている。クリスタのときは事情があったからだが、マリアは礼儀作法がきちんとできているのならば四歳からのお茶会参加もできないわけではないよ」
「わたくち、おちゃかいにさんかできるの?」
「マリアが礼儀作法を学んで、ディッペル家の娘として恥ずかしくないように振舞えたら、の話です」
「フランツだけがお茶会に出るようになるとマリアは寂しいだろう? ただでさえ、エリザベートとクリスタが学園に入学していなくなって、社交界デビューもして昼食会や晩餐会に出席するようになったのだからね」

 父と母に説明されて、まーちゃんはぎゅっと小さな手を握って気合を入れていた。

「わたくち、いいえ、わたくし、できます!」
「マリア、やる気ですね!」
「マリアならきっとできます」

 舌ったらずな喋り方をまーちゃんが卒業しようと努力を始めた瞬間だった。敬語も頑張っている。わたくしとクリスタちゃんはそんなまーちゃんを手放しで褒めていた。

 まーちゃんのお茶会参加が早くなるのはふーちゃんにとってもいいことなのかもしれない。ずっと一緒にいた妹がそばにいてくれてお茶会初参加となると、ふーちゃんもいいところを見せたいとなるだろう。
 それに、お茶会にはレーニちゃんも参加するかもしれないのだ。
 そのときにはふーちゃんは間違いなく格好つけることだろう。

 ふーちゃんとまーちゃんのお茶会問題が解決しそうな気配にわたくしは胸を撫で下ろしていた。

 昼食を食べて、お茶の時間になると、わたくしとクリスタちゃんと両親とふーちゃんとまーちゃんは国王陛下の私的な居住区に招かれる。そこには国王陛下と王妃殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下の他に、エクムント様のいらっしゃった。

「エクムント様も招かれたのですか?」
「はい。ノルベルト殿下からお招きをいただきました」

 今年はエクムント様もご一緒にお茶をするようだ。

「辺境伯領と王家にもっと強い繋がりを求めているのだ。幸い、エクムントはオルヒデー帝国との融和をよく考えてくれている」
「それに、辺境伯領の葡萄酒も、紫色の絹の布も、王都でとても流行っております。辺境伯領はなくてはならない領地ですわ」

 国王陛下と王妃殿下の言葉にわたくしは納得する。
 何より、エクムント様とお茶がご一緒できるのが嬉しかった。

「父上には相談するのが恥ずかしいことも、エクムント殿ならば相談できるから、僕がお願いしたんです」
「ノルベルト殿下からお手紙をいただいてとても嬉しく思います」
「エクムントとノルベルトが話したがっていたのだよ。エクムント、ノルベルトは長男で上に兄がいない。エクムントを兄のように慕っているようだ。よろしく頼むよ」
「光栄なことです」

 エクムント様はわたくしとクリスタちゃんとノルベルト殿下とハインリヒ殿下とノエル殿下と同じテーブルに着くようだった。
 国王陛下は父に親し気に話しかける。

「ユストゥス、今日はこう呼ばせてくれ。私の言葉ベルノルトと」
「はい、ベルノルト陛下。学生時代のようですね」
「ユストゥスとは話したいことがたくさんある。ユリアーナの成長も見て欲しい」
「ベルノルト陛下はユリアーナ殿下が可愛いのですね。私もフランツとマリアが可愛いので分かります」

 ユリアーナ殿下は可愛らしいワンピースを着せられて椅子に座っていた。年齢はまーちゃんと同じ年だが、ユリアーナ殿下の方が生まれが遅いので、今日誕生日を迎えるまーちゃんが先に四歳になる。

「来年はフランツも六歳になりますが、フランツだけをお茶会に参加させるのはマリアが寂しがると思うので、マリアも来年からお茶会に参加させようと思っているのですよ」
「テレーゼ夫人の教育ならば安心であろう」
「テレーゼ夫人はこの国一番のフェアレディと呼ばれた方ですからね」

 国王陛下と王妃殿下と同じテーブルに着いているふーちゃんとまーちゃんは背筋を伸ばして座って、きりっとした顔をしていた。今日自分たちはできることを示しておけば、国王陛下からも王妃殿下からも認められると思っているのだろう。

「クリスタは色々と事情がありましたが、四歳からお茶会に出席しています。マリアも四歳でお茶会に出席させても平気だと思うのです」
「私はその件に関して、賛成だな」
「わたくしもよいと思いますわ。大好きなお兄様がお茶会に出席するのに、どうして自分は出られないのかとマリア嬢が寂しがっては可哀想です」

 国王陛下からも王妃殿下からも賛成されて、ふーちゃんもまーちゃんも喜んでいるようだった。

 ケーキが運ばれて来るかと思ったら、今回は少し違った。
 運ばれてきたのはプリンの上に生クリームを絞って、フルーツを添えた、プリンアラモードだった。

「学生の頃にユストゥスがこれが大好きだったのを思い出して作らせた」
「お誕生日にプリンアラモードも悪くはないのではないでしょうか?」

 国王陛下と王妃殿下の言葉に、豪華なプリンアラモードが一人ずつ運ばれてきたのを見て、ふーちゃんもまーちゃんもお目目を丸くして身を乗り出している。

「エクムント様はプリンアラモードを食べたことがありますか?」
「ありませんね。普通のプリンはあります」
「わたくしもプリンアラモードは初めて食べます」

 この世界に生まれて来て初めての豪華なプリンアラモード。
 紅茶と一緒に食べると、上のカラメルがほろ苦くて、プリンはしっかりと硬めで大人の味がする。

「おいしいです、こくおうへいか」
「わたくしのおたんじょうびに、ありがとうございます」

 スプーンでプリンアラモードを食べながらふーちゃんとまーちゃんが一生懸命お礼を言っている。

 わたくしもプリンアラモードと紅茶を楽しんだ。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...