エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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八章 エリザベートの学園入学

24.ラウラ嬢とマニキュアの話

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 ヒューゲル伯爵も交えてのお茶会はとても楽しかった。初めは話を聞く役に徹していたヒューゲル伯爵だったが、わたくしとハインリヒ殿下とノルベルト殿下が学園の話を始めると身を乗り出している。

「ハインリヒ殿下があんなに脚が速かったなんて知りませんでした」
「私はノルベルト兄上と小さい頃によく駆けっこをしたのです。大きくなってからも朝は庭を走るのが日課でした」
「僕たちの家庭教師は勉強だけでなく運動もできなければいけないと教えていて、父上の別荘の庭を毎日走っていましたよ」
「それで運動会でもリレーを選択されたのですね」
「学園の運動会は活躍したかったですからね」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は王妃殿下が王宮におらず、国王陛下の別荘に別居していた時期に一緒に国王陛下の別荘に住んでいた。王妃殿下はハインリヒ殿下だけでなく、ノルベルト殿下の教育も請け負って、しっかりとした家庭教師を付けていたようだ。
 そのおかげでハインリヒ殿下もノルベルト殿下も成績がよくて、運動もよくできると評判だった。

「ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もエリザベート様もペオーニエ寮に所属されているのですよね?」

 ヒューゲル伯爵の問いかけにわたくしもハインリヒ殿下もノルベルト殿下も「はい」と答える。

「ペオーニエ寮にわたくしの婚約者がおります。ローラント・アイヒマンというのですが……」
「アイヒマン侯爵家の次男殿ですね。知っています。ノエル殿下と同じ学年だったと思います」

 ノルベルト殿下が反応したのに、わたくしもアイヒマン侯爵家について思い出してみる。
 アイヒマン侯爵家は辺境伯領の侯爵家の中で珍しく王都の学園に子どもを通わせている貴族だ。辺境伯領の貴族はほとんどが王都の学園には子どもを通わせていなかった。

「わたくしが中央に憧れるのも、婚約者のローラント様が王都の学園に通っているからなのです。両親が決めた婚約でしたが、わたくしは小さい頃にお会いしたローラント様の愛らしさに一目で心奪われて、アイヒマン家が独立派からオルヒデー帝国との融和派になってからも、両親にどうにか婚約を破棄されないように手を回して、わたくしがヒューゲル伯爵に選ばれた後もローラント様との関係を続けておりました」

 アイヒマン家は元々独立派だったようだが、カサンドラ様の説得によりオルヒデー帝国と融和派に変わったようだ。そのときに王都の学園に子どもたちを通わせると決めたのだろう。
 ローラント殿は四年生で、十六歳のはずだ。

「ヒューゲル伯爵はお名前はなんと仰るのですか?」
「わたくしは、ラウラ・ヒューゲルと申します」
「ラウラ嬢とお呼びしていいですか?」
「嬢と呼ばれるような年でもないのですが」
「失礼ですが年齢を聞いてもよろしいですか?」
「わたくしは二十一歳です」

 大人びていたのでエクムント様と同じ年くらいと思っていたが、ラウラ嬢はまだ二十一歳だった。二十一歳と十六歳の婚約ならばあり得ない話ではない。

「婚約者は五歳年下なのですね」
「初めて会ったときは、わたくしが十二歳、ローラント様が七歳でした。黒い巻き毛でとても可愛らしくて天使のような方だと思いました」

 ローラント殿の外見までは知らないが、ラウラ嬢がこれだけ言うのだから可愛いタイプの男性なのだろう。

「ローラント様が十歳のときに婚約をして、その後すぐにアイヒマン家は独立派から離れてしまったのですが、わたくしは婚約を維持するべくアイヒマン家との関係強化に乗り出しました」

 そのうちに遠縁のヒューゲル侯爵がハシビロコウの密輸の件で捕らえられて、ラウラ嬢がヒューゲル伯爵として選ばれたのだ。その後もラウラ嬢の父親は独立運動を続けていたが、ラウラ嬢が今回きっぱりとそれを打ち切った。

「ローラント様のためにも早く独立派を辞めたかったのです。わたくしがヒューゲル伯爵になれたことは、いい機会でした」

 ラウラ嬢の話を聞いているとわたくしはラウラ嬢の行動力に感心してしまう。
 そういえば、わたくしはラウラ嬢に聞きたいことがあった。

「ラウラ嬢、マニキュアはどこのものを使っていますか?」
「王都から取り寄せています」
「そのマニキュア、とても素敵です」
「エリザベート様に褒められるなんて! わたくし嬉しいです!」

 少女のように声を上げて喜んでいるラウラ嬢にお店を教えてもらって、わたくしはそれを書き記してパーティーバッグに入れておいた。

「ラウラ嬢の爪がとても綺麗で、わたくしもそんなマニキュアがしたいと思っていたのです。お誕生日が終わればすぐに学園に戻らなければいけないので、今はできませんが……」
「落としやすいものを買った方がいいかもしれませんね。もしくは、色が目立たないけれど、艶々のきらきらになるものを」
「色が目立たなくても塗っていると艶々のきらきらになりますか?」
「なるものもありますよ」

 マニキュアのことを教えてもらえてわたくしは大満足だった。

「わたくしにもマニキュアのことを教えてもらえませんか?」
「わたくしも知りたいです」

 クリスタちゃんもレーニちゃんも興味津々である。

「僕もお聞きしていいですか? ノエル殿下との会話が弾むかもしれません」

 ノルベルト殿下もマニキュアの話を聞きたがっていた。

「わたくしは肌の色が濃いので似合う色が限られてきますが、肌の白い方だと、薄ピンクや桜色、桃色やベージュなどで、薄く色を付けて、艶を楽しむのもありだと思いますよ」
「わたくし、ピンク色は大好きですわ」
「塗った後を舐めても体調を崩したりしませんか?」
「乾くまでは舐めない方がいいですが、乾いた後は平気だと思います」

 家に小さな赤ちゃんのいるレーニちゃんは舐められるかもしれないということを考えているようだ。それに対してもラウラ嬢は丁寧に返事をしていた。
 マニキュアの話で盛り上がってから、お茶会がお開きの時間になるまでわたくしたちは軽食とケーキとミルクティーを楽しんだ。
 お茶会がお開きになると、わたくしはお見送りに出ないといけない。

 最初に馬車が来るのは王家のハインリヒ殿下とノルベルト殿下だ。
 わたくしの隣りに立っているクリスタちゃんがハインリヒ殿下と手を握り合っている。

「ハインリヒ殿下、次はお父様とお母様のお誕生日にお会い致しましょう」
「クリスタ嬢も学園に入学すれば毎日のように会えるようになるのに」
「その日が楽しみです」

 別れを惜しむ二人はとても仲睦まじい。来年の春には婚約が決まっているので当然と言えば当然だった。

 続いて辺境伯のエクムント様の馬車が来る。
 エクムント様はわたくしの手を取って、そっと手の甲にキスをした。

「今日は素晴らしい装いを見せてくださってありがとうございました。エリザベート嬢はますます美しくなられていましたね」
「ありがとうございます。わたくし、辺境伯領の布を宣伝したかったのです」
「会場の全員がエリザベート嬢に釘付けでしたよ」

 キスをされた手の甲を抱き締めるようにしてわたくしはエクムント様を見送った。
 婚約者ならばこんなこともしてもらえるのだと幸せな気分でいっぱいだった。

「ガブリエラとお茶をしてくださってありがとうございました」
「ガブリエラはエリザベート様が大好きなようです」
「お祖父様、お祖母様ったら! エリザベート様、今日はありがとうございました!」

 キルヒマン侯爵夫妻とガブリエラちゃんも馬車に乗って帰って行く。嬉しそうに目を輝かせているガブリエラちゃんに、わたくしは馬車が見えなくなるまで手を振った。

「お泊りができてとても楽しかったです。フランツ様とマリア様にもよろしくお伝えくださいね」
「レーニ嬢、わたくしもとても楽しかったです。ありがとうございました」
「レーニ嬢、また来てくださいね」

 レーニちゃんにはわたくしとクリスタちゃんが揃って挨拶をした。

「中央のパーティーの華やかだったこと。わたくしも参加できてとても幸せでした。ありがとうございました」
「ラウラ嬢、またいらしてください。ラウラ嬢は辺境伯領を変える英雄になられるかもしれません」
「大袈裟ですわ。わたくしは父親の開いた集会の後始末をしただけです」
「それが辺境伯領のためになったのです」

 ヒューゲル伯爵のラウラ嬢もお見送りする。ラウラ嬢は初めての中央のパーティーに浮かれているようだった。
 初めて会ったときには古めかしい重苦しいドレスを着ていて、化粧も濃かったようなので年齢を勘違いしていたが、明るく軽いモダンスタイルのドレスを着て、化粧も薄くなっているとラウラ嬢は年相応に見える。
 婚約者のローラント殿との仲が睦まじいままであってほしいと願っていた。
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