エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
227 / 528
八章 エリザベートの学園入学

17.夏休みの生活

しおりを挟む
 夏休みにわたくしはクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんとたくさん触れ合おうと決意していた。学園の宿題は出ているがそれは早めに終わらせて、クリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんとの時間をしっかりと取る。クリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんがこの年なのはこの一年しかないのだ。
 クリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんもわたくしにとってはかけがえのない可愛い弟妹だった。

「エリザベートおねえさま、クリスタおねえさま、かくれんぼをしましょう!」
「わたくち、かくれるのとくいよ!」
「それでは、年長のわたくしが鬼をやりましょうね。クリスタちゃんも隠れてくださいね」
「きゃー! おにがくるー!」
「こあーい!」

 楽しそうにかくれんぼで隠れているふーちゃんとまーちゃんだが、ふーちゃんはカーテンを巻き付けただけで足が出ているし、まーちゃんはソファのテーブルの下に入り込んだだけで丸見えである。

「ふーちゃん見つけました」
「みつかったー!」
「まーちゃんも見付けました」
「みちゅかったー!」

 ふーちゃんとまーちゃんを見つけてからわたくしは二人に囁く。

「クリスタちゃんを一緒に探しましょう。どこにいると思いますか?」
「ここ!」

 ふーちゃんが棚の上の花瓶の中を覗いている。そんなところにクリスタちゃんは入れるはずはないのだが、楽しんでいるようだから細かいことは言わないようにする。

「ここかなー? ここかなー?」

 テラスを見て回って、子ども用のベッドの下も見たまーちゃんが首を傾げている。
 わたくしは心当たりがあったが、ふーちゃんとまーちゃんのために口に出さなかった。

 ふーちゃんとまーちゃんがじりじりとクローゼットに近付いていく。
 クローゼットの扉に手をかけてふーちゃんとまーちゃんが大きく息を吸った。

「クリスタおねえさまー!」
「くーおねえたまー!」
「はぁいー! 見つかってしまいました」

 クローゼットの中にクリスタちゃんは隠れていた。
 かくれんぼがブームのようでお散歩に行っても、ふーちゃんとまーちゃんはかくれんぼをしたがった。庭でも隠れるのだが、ふーちゃんとまーちゃんはどこか見えているので見つけやすい。

「わたし、エリザベートおねえさまにみつからないかくればしょをさがさなきゃ!」
「わたくちも」
「まーちゃん、わたしのまねしちゃだめだよ」
「わたくちも、おにいたまとかくれるのー!」

 時々衝突することはあってもふーちゃんとまーちゃんは基本的に仲がいいことはわたくしも知っている。わたくしは言い争いになったら止めるつもりでいたがふーちゃんとまーちゃんがそれ以上は言い争うことがないので止めなかった。

 かくれんぼだけではなくて、ふーちゃんとまーちゃんは虫にもとても興味がある。真夏なので庭には虫がたくさんいる。蝶々も飛んでいるし、カナブンや蜂やアブもいる。蝉も庭で鳴いている。トンボも噴水の上を飛んでいる。
 虫取り網などないので手で捕まえようとするふーちゃんとまーちゃんにわたくしとクリスタちゃんは丁寧に言い聞かせる。

「虫も生きているのです。強く握られたら虫は死んでしまいます。死ななくても羽根が取れることもあります」
「虫を捕まえたい気持ちは分かります。手で持つだけで弱ってしまうので、できれば捕まえない方がいいのですが、どうしても捕まえたいときには優しく持つことを心がけてください」
「羽根をもいだり、足を千切ったりしてはいけません」
「お口に入れてもいけません」

 教えられてふーちゃんとまーちゃんは真剣に頷いていた。
 まーちゃんは特にこの前アゲハ蝶の羽をくしゃくしゃにしてしまったので反省しているようだ。
 手を伸ばすときに「そーっと、そーっと」と言って蝶々に逃げられていた。
 過去の過ちを学習できるまーちゃんにわたくしは感心する。ふーちゃんもまーちゃんがアゲハ蝶の羽をくしゃくしゃにしていたのは見ていたので気を付けていた。

「エリザベートおねえさま、だっこして! あのセミ、とれそう」
「分かりました」

 四歳のふーちゃんは重くなっていたが短時間ならば抱っこできないほどではないので抱っこするとふーちゃんが木にとまっている蝉を捕まえる。優しく羽根ではない部分を掴んで、羽根も脚も持たないように気を付けているのが分かる。

「おにいたま、セミ、みてて!」
「まーちゃん、おててをだして。にげてもいいから、やさしくもつんだよ」
「ありがとう、おにいたま」

 まーちゃんにも蝉を持たせてあげているふーちゃんの優しさに感動してしまう。わたくしの弟妹はこんなにも優しく仲がいい。

 蝉を観察した後、ふーちゃんは蝉を逃がしてあげていた。

「エリザベートおねえさま、こんちゅうずかんをよんで」
「セミのことがしりたいの。ちょーちょも」

 子ども部屋に帰るとふーちゃんとまーちゃんはわたくしに昆虫図鑑を呼んでくれるようにお願いしてきた。手と顔を洗って、汗を拭いながらソファに座って冷たいミルクティーを飲んで、わたくしはふーちゃんとまーちゃんに囲まれて昆虫図鑑を読む。
 蝉が成虫になってからは一週間くらいしか生きないこと、幼虫のときは何年も土の中で動かずにいることなどを話していくとふーちゃんの目が潤んでくる。

「セミさんにはあまりじかんがなかったのに、つかまえちゃった……」
「少しの時間だけですぐに放してあげたでしょう」
「わたし、いっしゅうかんしかいきられなかったら、ずっとだいすきなひとといたい。セミさん、すきなひとといられるかな?」
「どうでしょうね。雄の蝉が鳴くのは、雌の蝉に呼びかけるためと言われていますし、雌の蝉はそれを聞いて近寄ってくるといいますし」
「セミ、けこんちるためにないてうの?」
「そうですね」

 蝉の話をしていると、クリスタちゃんも汗で濡れた服を着替えて子ども部屋に戻って来た。ふーちゃんとまーちゃんも着替えさせられて、わたくしもクリスタちゃんと入れ違いで着替えに行く。
 ディッペル領の夏は暑いが、まだ外で遊べるくらいだった。
 辺境伯領ではわたくしのような肌の白いものは夏は火傷するくらいの日差しなのだろう。
 王都ではエクムント様の肌と髪の色と身長は目立っていたが、辺境伯領ではわたくしの肌の色の方が目立つようになる。
 中央と辺境伯領ではまだこれだけ差があるのだと見せつけられる気になってしまう。

 着替えて戻ってくるとふーちゃんとまーちゃんはソファに座ったまま眠っていた。外で遊んで疲れたのだろう。
 わたくしもクリスタちゃんとソファに座って静かに話をする。

「ふーちゃんとまーちゃんにはわたくしが学園に行っている間寂しい思いをさせましたが、クリスタちゃんは大丈夫ですか?」
「わたくしも寂しかったですが、お姉様がふーちゃんとまーちゃんと遊んでいるところを見ていると幸せな気分になります」
「クリスタちゃんもわたくしに甘えたいのではないですか?」

 問いかけるとクリスタちゃんがもじもじと手を捏ねだす。

「わたくしもお姉様に甘えていいのですか?」
「クリスタちゃんもわたくしの大事な妹です」
「それなら、お姉様、一緒にノエル殿下が下さった詩集を読みませんか?」
「いいですよ。読みましょう」

 ふーちゃんとまーちゃんが眠っている間、クリスタちゃんもわたくしとの時間を欲しがっていたようだ。詩集を持って来て二人で読むと、学園に入学する前の日常を思い出す。
 クリスタちゃんと一緒にリップマン先生の授業を受けて、ピアノと声楽のレッスンを受けて、土曜日には乗馬の練習をして、忙しかったが楽しかった。

「今はふーちゃんとまーちゃんとリップマン先生の授業を受けているのですか?」
「はい。ふーちゃんとまーちゃんは一生懸命ですが、小さいので集中力が続かなくて、休憩がたくさん必要です」
「クリスタちゃんの勉強も進んでいますか」
「お姉様と勉強したところを復習したり、新しく物語を読んでリップマン先生と読解していったり、隣国の本を読んだりしています」

 学園に入学してもわたくしは勉強で困ることはなかったので、クリスタちゃんもリップマン先生の授業を受けていれば大丈夫だろうと安心できる。

「わたし、ねちゃった!?」
「わたくち、ねたった?」
「エリザベートおねえさま、クリスタおねえさま、おなかすいてきちゃった」
「おひうごはん、まぁだ?」

 起きて来たふーちゃんとまーちゃんに声をかけられて、わたくしとクリスタちゃんは詩集を片付けた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...