上 下
214 / 528
八章 エリザベートの学園入学

4.ガブリエラちゃんのお誕生日

しおりを挟む
 ガブリエラちゃんのお誕生日のお茶会には、レーニちゃんも招かれていた。
 ガブリエラちゃんは少しゴールドの入った赤いドレスを着ていて、横の髪を三つ編みに編み込んでいて、後ろでそれを纏めてハーフアップ風にしていた。

 わたくしとクリスタちゃんが来るとすぐにガブリエラちゃんはドレスの裾を持って小走りに駆けて来る。

「エリザベート様、クリスタ様、わたくしのお誕生日に来て下さってありがとうございます」
「ガブリエラ嬢、お誕生日おめでとうございます」
「少し背が伸びられましたね」
「わたくし、エクムント叔父様に似ているのでしょうか。背が高くなりそうだと両親に言われていますの」

 エクムント様は兄弟の中で一番年下の末っ子だったが背は一番高かった。イェルク殿もクレーメンス殿も背は高かったが、エクムント様ほどではなかった。

「私の姪のお誕生日にお越しいただいてありがとうございます」
「エクムント様、いらしていたのですね」
「まだ辺境伯として一人前とは言えませんが、カサンドラ様はもう私が一人で公の場に出ても大丈夫だろうと仰っていました」

 これまではカサンドラ様がエクムント様につき添っていたが、そういうこともなくなるのだろう。
 辺境伯領ではカサンドラ様は引き続きエクムント様の教育を続けるのだろうが、公の場にまで付き添って出てくることはなくなる。それはエクムント様の成長を示していた。

 エクムント様が立派に辺境伯となられているのを見ていると、わたくしも学園でますます頑張らなければいけないと思う。

「エリザベート嬢は学園に入学されたのですよね。私は士官学校に行ったので学園のことを知らないのです。教えてもらえますか?」
「わたくしも知りたいです」

 エクムント様とガブリエラちゃんにお願いされて、わたくしはテーブルに着いてゆっくりと話すことにした。レーニちゃんもクリスタちゃんも一緒に来ている。
 ケーキやサンドイッチを取り分けて来て、ミルクティーを給仕に頼むと、わたくしは椅子に座って、エクムント様とガブリエラちゃんとレーニちゃんとクリスタちゃんを見回した。

「学園は三つの寮があって、わたくしはノエル殿下とノルベルト殿下とハインリヒ殿下と同じペオーニエ寮に入りました。寮では六年生と一年生が同室になって、六年生が一年生の指導をしてくださいます。朝食も昼食も夕食も、三つの寮が一緒になって食堂で摂ります。お茶の時間はそれぞれに分かれて寮ごとに過ごします。わたくしはノエル殿下とノルベルト殿下のお茶に誘われてご一緒しています」
「ハインリヒ殿下もご一緒ですか?」
「はい。ハインリヒ殿下もご一緒です。ノエル殿下が中心となって開かれているお茶会で、詩の朗読などをしています」
「詩の朗読! わたくしも学園に入学したらご一緒できるでしょうか?」
「クリスタはノエル殿下のお気に入りなのできっとお声がかかると思いますよ」

 学園の説明をしていると、レーニちゃんが心配そうに聞いてくる。

「ホルツマン家の子息はどの寮に入ったのでしょう……。わたくし、エリザベート様と一緒の寮になれるでしょうか」
「わたくしを指導してくださっているゲオルギーネ・ザックス嬢に聞いたのですが、リリエンタール侯爵はペオーニエ寮だったそうです。寮は家で決まるので、レーニ嬢もペオーニエ寮になると思いますよ。ホルツマン家の子息はリーリエ寮でした」
「ホルツマン家の子息と同じ寮になることはないのですね。よかったです。エリザベート様とクリスタ様と同じ寮になれるのならば、わたくしも安心です」

 家できっちりと寮が決まっているのは、身分の差が明確に見えるようにしてあるのだろう。自分の身分を見極めることも、貴族社会においては大事な能力なのだ。

「勉強は難しいのですか?」
「わたくしは家庭教師の授業を聞いていたのでそれほど難しいとは感じませんでした。ガブリエラ嬢も家庭教師の授業をしっかり聞いていればそれほど大変ではないと思いますよ」
「そうなのですね。わたくしは今七歳……十二歳になるまで五年間あります。その頃にはエリザベート様は卒業されているのでしょうか?」
「ガブリエラ嬢が入学するときには、わたくしが卒業していて、クリスタとレーニ嬢が六年生になっているのではないでしょうか?」
「エリザベート嬢はいないのですね」

 少し寂しそうなガブリエラちゃんにエクムント様が悪戯っぽく微笑む。

「そのときには、エリザベート嬢は私の花嫁になっているかもしれないよ」
「そうでした! わたくしの義理の叔母様になるのでしたわ!」

 学園を卒業すればわたくしも成人して大人として認められて、辺境伯領に嫁ぐことになる。ガブリエラちゃんにとってはわたくしは義理の叔母になるのだ。
 ぱっと明るく黒い目を煌めかせたガブリエラちゃんにわたくしも微笑む。
 エクムント様がそんなことを言って来るなど思わなかったので、頬が熱くなっている。

 六年後にはわたくしはエクムント様の花嫁になるのだと実感がわいてくる。

「お姉様は卒業と同時に辺境伯領にお嫁に行くのですね。それも寂しいです」
「エリザベート様は辺境伯領と中央を結ぶ要となる素晴らしい名誉を背負って嫁がれるのですよ」
「分かっていますが、お姉様が学園に入学して感じたのです。お姉様と離れているのはとても寂しいのだと」

 クリスタちゃんがわたくしを慕ってくれて、寂しいと思ってくれるのは嬉しい。けれど、わたくしには辺境伯領に行かないという選択肢はなかった。

「辺境伯領に遊びに来ればいいのですよ。わたくしもディッペル領に参ります」
「お姉様……」
「それに六年も先の出来事です。それまでにクリスタも大人になってわたくしがいなくても立派にやって行けるようになっていると思いますよ」
「フランツもマリアも寂しがっています」
「フランツもマリアも六年後には大きくなっています。ひとは成長するものなのです」

 わたくしが言えばクリスタちゃんは仕方なく頷いているようだった。

「フリーダとケヴィンに会って行きますか? ケヴィンは五歳に、フリーダは四歳になりました」

 ガブリエラちゃんが弟妹のことに話題を変えてくれたのでわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは顔を見合わせる。三人で頷いて、子ども部屋に招かれることにした。

「ケヴィン殿とフリーダ嬢にお会いできるのは楽しみですわ」
「パーティーの場ではなくて、子ども部屋では寛げますからね」
「喜んでお伺いします」

 わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんの返事に、ガブリエラちゃんはキルヒマン侯爵夫妻に声をかけていた。

「お祖父様、お祖母様、わたくし、子ども部屋で少し休んできます」
「レーニ嬢がいらっしゃるから、髪を結ってもらうのだと楽しみにしていましたよね」
「ゆっくり休んできなさい」

 キルヒマン侯爵夫妻も快くガブリエラちゃんを送り出してくれた。
 子ども部屋に行くとガブリエラちゃんがケヴィンくんとフリーダちゃんを紹介してくれる。去年も紹介してくれたのだが、去年はケヴィンくんは四歳でフリーダちゃんは三歳で、一年に一度会っただけのわたくしたちなど覚えていなかっただろう。

「ケヴィン、フリーダ、エリザベートお姉様とクリスタお姉様とレーニお姉様ですよ」
「おねえさまー!」
「おねえさま、かみ、きれいねー。きらきらしてる」

 ケヴィンくんはガブリエラちゃんに飛び付いているが、フリーダちゃんはわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんを見上げて黒い目を煌めかせていた。

「おねえさま、エリザベートおねえさま、えでみたのとおなじ」
「そうなのですよ、フリーダ。エリザベートお姉様は初代国王様と同じで、紫色の光沢の黒髪に銀色の光沢のお目目なのです」
「エリザベートおねえさま、おうさま?」
「エリザベートお姉様は王様ではありません。ですが、わたくしたちのエクムント叔父様のお嫁さんになられる方です」
「エクムントおじさま!」
「えくむんとおじさま、だいすき!」

 後ろに控えているエクムント様に気付いたケヴィンくんとフリーダちゃんが飛び付いて行っている。エクムント様はケヴィンくんとフリーダちゃんを順番に抱っこしてあげていた。

「レーニお姉様、わたくしの髪を結っていただけませんか?」
「わたくしでよろしければ」

 ガブリエラちゃんに頼まれて、レーニちゃんがガブリエラちゃんを座らせてヘアブラシを持って丁寧に髪を編み込んでいく。癖のある量の多い黒髪が、編み込まれて綺麗な模様を描く。
 レーニちゃんはガブリエラちゃんの横の髪をハート形に編み上げていた。

 鏡を見たガブリエラちゃんが喜びの声を上げる。

「とても可愛いですわ。ありがとうございます」
「ガブリエラちゃんはこういう髪も似合いますね。わたくしは髪の色が薄いのでハート形に編み込んでもあまり目立たないのですよ」
「わたくし、レーニお姉様の髪の色大好きです。今日のドレスはレーニお姉様の髪の色をイメージしたのです」
「そうだったのですね」

 ゴールドの入った赤いドレスはレーニちゃんの髪の色を意識したものだった。ガブリエラちゃんはそれだけレーニちゃんを慕っているのだろう。
 子ども部屋に来てからわたくしやクリスタちゃんやレーニちゃんを「お姉様」と呼べるようになってガブリエラちゃんは活き活きとしている。

「おねえさま、エリザベートおねえさまは、エクムントおじさまのおよめさんになるのでしょう? それなら、クリスタおねえさまとレーニおねえさまは、わたしたちにとって、どういうかんけいなのですか?」
「それは……えぇっと……」

 ケヴィンくんに難しい質問をされてガブリエラちゃんがエクムント様に視線で助けを求めている。エクムント様がケヴィンくんとフリーダちゃんを引き寄せて、目を見てゆっくりと説明していた。

「エリザベート嬢は私の元へ嫁いできてくれるから、エリザベート嬢の妹のクリスタ嬢もケヴィンとフリーダには義理の叔母になるかな。レーニ嬢は正式には決まっていないけれど、エリザベート嬢とクリスタ嬢の弟のフランツ殿と婚約なさる予定だから、レーニ嬢のこともエリザベート嬢やクリスタ嬢と同じように考えていていいよ」
「みんな、ぎりのおばさま!」
「レーニおねえさま、わたくしのかみもゆって!」

 納得したのかフリーダちゃんがレーニちゃんにお願いしている。レーニちゃんは快く了承して、フリーダちゃんの髪も編んでいた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...