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七章 辺境伯領の特産品を
14.懐かしのドレスと髪飾りで
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ハインリヒ殿下のお誕生日の式典にはわたくしもクリスタちゃんも出られないはずだったが、国王陛下から直々にお呼びがかかった。
それはリリエンタール侯爵家のことがあるからだった。
ふーちゃんとまーちゃんも含めたディッペル家の家族全員で出席するようにとお達しがあったのだ。
朝食を食べるとわたくしもクリスタちゃんも大急ぎで準備をした。ヘルマンさんがふーちゃんにスーツを着せていて、レギーナがまーちゃんに胸で切り替えるタイプのふわふわのドレスを着せている。
「おたかい?」
「お茶会ではありません。お誕生日の式典の昼食会です」
「ちゅうしょくかい、わたち、いいこでちる」
「まーも、いこでちる」
初めての昼食会にふーちゃんもまーちゃんも張り切っていた。
わたくしもクリスタちゃんも昼食会に出るのは初めてだった。
「お母様、昼食会はどのような場所ですか?」
「エリザベートもクリスタも、いつも通りのマナーを守っていれば何の心配もありませんよ。わたくしがしっかりとエリザベートにもクリスタにも淑女のマナーを仕込んであります」
「席が決まっていて、座って食事をするのですよね?」
「お茶会のように砕けた雰囲気ではありませんが、エリザベートとクリスタならば大丈夫だと思っています」
母に太鼓判をもらえたのでわたくしは安心して昼食会に参加することにした。
昼食会の会場に行くと席に案内される。大きなテーブルがあって、そこに席順に座るようだ。
わたくしたちディッペル家はこの国で唯一の公爵家なので、席は前の方だった。
国王陛下と王妃殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下は前のテーブルに着いている。
出席する貴族が全員着席するまでにかなり時間がかかったが、全員が着席すると、国王陛下がリリエンタール侯爵家の方々を呼んだ。
「リリエンタール侯爵とその夫、娘のレーニ、息子のデニス、前へ出よ」
「はい、国王陛下」
代表してリリエンタール侯爵が返事をして前に出る。国王陛下はリリエンタール侯爵に文書の書かれた紙を見せている。
「リリエンタール侯爵家は、後継者を娘のレーニから息子のデニスに譲る。間違いないな?」
「間違いありません」
リリエンタール侯爵の返事に、会場からざわめきが出る。
「レーニ嬢は前の夫の子どもだから後継者から外したのでしょうか?」
「前の夫のことを忘れたいから、レーニ嬢を冷遇しているのかもしれません」
「なんて酷い話なのでしょう」
聞こえてくる嫌な話に対抗するようにリリエンタール侯爵は凛と顔をあげて国王陛下に告げる。
「娘のレーニはディッペル家から婚約の約束を望まれています。ディッペル家の後継者のフランツ様が成人した暁には、レーニはディッペル家に嫁ぎます」
「ディッペル家とリリエンタール家が縁を持ち、これからもこの国を支えていってくれることを私も望んでいる」
「ディッペル家とリリエンタール家は強固な縁で結ばれることと思います」
リリエンタール侯爵を貶めるような声が、リリエンタール侯爵と国王陛下の宣言によって羨望の眼差しに代わる。
「ディッペル公爵家と縁を持てるのですか」
「この国の公爵家はディッペル家のみ。羨ましいこと」
「リリエンタール家とディッペル家ならば釣り合うことでしょう」
一転して好意的な言葉が聞こえてくるのを感じながら、わたくしは貴族社会などこういうものだと思っていた。
両親がふーちゃんを椅子から降ろしてレーニちゃんのところに連れて行く。
「ディッペルけの、フランツでつ!」
「ディッペル家の後継者としてしっかりと学ぶように。レーニとの婚約は、フランツがもう少し大きくなってから結ぶことになろう。そのときには私からもお祝いをしよう」
「ありがとごじゃいまつ!」
上手に挨拶とお礼が言えているふーちゃんにわたくしは拍手を送りたい気持ちでたくさんだった。
昼食会は長く続いて、まーちゃんもふーちゃんも眠くなってしまったが、必死に耐えていた。頭がぐらぐらしているまーちゃんとふーちゃんを眠らせて上げたかったが、式典の最中なのでそれができない。
昼食会が終わると、父がふーちゃんを抱っこして、母がまーちゃんを抱っこして部屋に戻る。
ふーちゃんもまーちゃんも抱っこされて我慢できずに眠ってしまっていた。
昼食会の後はすぐにお茶会になるので、わたくしとクリスタちゃんは大急ぎで準備をしなければいけなかった。
クリスタちゃんとの約束で、ハインリヒ殿下のお誕生日のお茶会にはわたくしが空色のドレスを着て空色の薔薇の髪飾りを付けて、クリスタちゃんはオールドローズのドレスを着てオールドローズの髪飾りを付ける。
一本の三つ編みにしたクリスタちゃんの編んだ髪の根元に、デボラがオールドローズの髪飾りを付けて上げていた。
わたくしはハーフアップにして、後ろに空色の薔薇の髪飾りを付けた。
お茶会に行くときにはふーちゃんとまーちゃんはぐっすりと眠っていた。それだけ疲れたのだろう。ふーちゃんとまーちゃんを起こさないように、わたくしとクリスタちゃんと両親は静かに部屋を出た。
大広間に行くと、ハインリヒ殿下がすぐにクリスタちゃんに気付いた。
クリスタちゃんは小走りでハインリヒ殿下のところに駆けていく。
「そのドレスと髪飾り、初めて会ったころのことを思い出します」
「ハインリヒ殿下はわたくしの髪飾りを取ってしまったのですよね」
「恥ずかしい……。あのときは、クリスタ嬢に話しかけたくても話す内容が浮かばなくて、子どもっぽい嫌がらせで気を引こうとしてしまいました。本当に失礼なことをしました」
「あのときにはとても腹が立ちましたが、今ではいい思い出です。ハインリヒ殿下とわたくしは今はこんなに親しくさせていただいているのですもの」
「クリスタ嬢が許してくださってよかったと思っています」
思い出話に花を咲かせるハインリヒ殿下とクリスタちゃんだが、ノルベルト殿下はわたくしの姿に気付いていた。
「エリザベート嬢も初めて会った頃と同じ格好をされていますね」
「クリスタと話をして、ハインリヒ殿下のお誕生日にはあの頃を思い出させるドレスと髪飾りで参加しようと決めたのです」
「あの頃のエリザベート嬢も可愛かったですが、今はお美しくなられて」
懐かしそうに目を細めているノルベルト殿下は、その頃にわたくしと婚約する話が持ち上がっていたことを思い出したのかもしれない。わたくしは当然のように断ってしまったが、それが今のノルベルト殿下の幸せに繋がっていたのだとすれば正しかったのだと思える。
「エリザベート嬢ばかり褒めていると、わたくし、妬けますわ」
「ノエル殿下はいつも美しいです。僕の最愛のひとです」
「わたくしもノルベルト殿下のことが大好きですわ」
甘い雰囲気を漂わせるノルベルト殿下とノエル殿下。クリスタちゃんとハインリヒ殿下も二人で思い出に浸っている。
わたくしは視線で自然とエクムント様を探していた。
辺境伯になられたエクムント様がこの場に招かれていないわけがない。
「エリザベート嬢、懐かしいドレスを着ていらっしゃいますね。あの頃とはデザインは変わっていますが、色合いがエリザベート嬢の小さな頃を思い起こさせます」
わたくしの視線に気づいたエクムント様がカサンドラ様に背を押されてこちらに来てくれる。エクムント様もわたくしのドレスと髪飾りに気付いたようだった。
「あの頃は水色ばかりを着ていましたからね。懐かしい思い出です」
「エリザベート嬢はディッペル公爵の初めてのお子様で、ベビードレスをディッペル公爵が両親に相談していたのを覚えています。両親は『赤ん坊のころは性別なんて気にしないでいいので、好きな色を着せてあげてください』と言って、エリザベート嬢のベビードレスは淡い空色になったのを覚えていますよ」
「え!? そんな小さな頃からわたくしは空色を着ていたのですか?」
「その後もエリザベート嬢は空色が好きで、キルヒマン家にやって来たときにはほとんど空色のドレスを着ていましたよ」
わたくしも覚えていない小さな頃の話をされてわたくしは驚いてしまう。
その頃エクムント様は十一歳を過ぎていたのだからしっかりと記憶に残っているのだろう。
「私は末っ子で弟妹がいなかったので、エリザベート嬢を抱っこできるのが嬉しくて、庭を連れ回していました」
「その頃のことは少しだけ記憶にあります」
記憶にあるのではなくて、何度も両親から話をされていたから覚えているように感じているだけかもしれない。
エクムント様がわたくしを見る目が優しいのは、わたくしの小さい頃を思い出しているからかもしれなかった。
それだけでも、わたくしはこのドレスと髪飾りでハインリヒ殿下のお誕生日のお茶会に出席してよかったと思っていた。
それはリリエンタール侯爵家のことがあるからだった。
ふーちゃんとまーちゃんも含めたディッペル家の家族全員で出席するようにとお達しがあったのだ。
朝食を食べるとわたくしもクリスタちゃんも大急ぎで準備をした。ヘルマンさんがふーちゃんにスーツを着せていて、レギーナがまーちゃんに胸で切り替えるタイプのふわふわのドレスを着せている。
「おたかい?」
「お茶会ではありません。お誕生日の式典の昼食会です」
「ちゅうしょくかい、わたち、いいこでちる」
「まーも、いこでちる」
初めての昼食会にふーちゃんもまーちゃんも張り切っていた。
わたくしもクリスタちゃんも昼食会に出るのは初めてだった。
「お母様、昼食会はどのような場所ですか?」
「エリザベートもクリスタも、いつも通りのマナーを守っていれば何の心配もありませんよ。わたくしがしっかりとエリザベートにもクリスタにも淑女のマナーを仕込んであります」
「席が決まっていて、座って食事をするのですよね?」
「お茶会のように砕けた雰囲気ではありませんが、エリザベートとクリスタならば大丈夫だと思っています」
母に太鼓判をもらえたのでわたくしは安心して昼食会に参加することにした。
昼食会の会場に行くと席に案内される。大きなテーブルがあって、そこに席順に座るようだ。
わたくしたちディッペル家はこの国で唯一の公爵家なので、席は前の方だった。
国王陛下と王妃殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下は前のテーブルに着いている。
出席する貴族が全員着席するまでにかなり時間がかかったが、全員が着席すると、国王陛下がリリエンタール侯爵家の方々を呼んだ。
「リリエンタール侯爵とその夫、娘のレーニ、息子のデニス、前へ出よ」
「はい、国王陛下」
代表してリリエンタール侯爵が返事をして前に出る。国王陛下はリリエンタール侯爵に文書の書かれた紙を見せている。
「リリエンタール侯爵家は、後継者を娘のレーニから息子のデニスに譲る。間違いないな?」
「間違いありません」
リリエンタール侯爵の返事に、会場からざわめきが出る。
「レーニ嬢は前の夫の子どもだから後継者から外したのでしょうか?」
「前の夫のことを忘れたいから、レーニ嬢を冷遇しているのかもしれません」
「なんて酷い話なのでしょう」
聞こえてくる嫌な話に対抗するようにリリエンタール侯爵は凛と顔をあげて国王陛下に告げる。
「娘のレーニはディッペル家から婚約の約束を望まれています。ディッペル家の後継者のフランツ様が成人した暁には、レーニはディッペル家に嫁ぎます」
「ディッペル家とリリエンタール家が縁を持ち、これからもこの国を支えていってくれることを私も望んでいる」
「ディッペル家とリリエンタール家は強固な縁で結ばれることと思います」
リリエンタール侯爵を貶めるような声が、リリエンタール侯爵と国王陛下の宣言によって羨望の眼差しに代わる。
「ディッペル公爵家と縁を持てるのですか」
「この国の公爵家はディッペル家のみ。羨ましいこと」
「リリエンタール家とディッペル家ならば釣り合うことでしょう」
一転して好意的な言葉が聞こえてくるのを感じながら、わたくしは貴族社会などこういうものだと思っていた。
両親がふーちゃんを椅子から降ろしてレーニちゃんのところに連れて行く。
「ディッペルけの、フランツでつ!」
「ディッペル家の後継者としてしっかりと学ぶように。レーニとの婚約は、フランツがもう少し大きくなってから結ぶことになろう。そのときには私からもお祝いをしよう」
「ありがとごじゃいまつ!」
上手に挨拶とお礼が言えているふーちゃんにわたくしは拍手を送りたい気持ちでたくさんだった。
昼食会は長く続いて、まーちゃんもふーちゃんも眠くなってしまったが、必死に耐えていた。頭がぐらぐらしているまーちゃんとふーちゃんを眠らせて上げたかったが、式典の最中なのでそれができない。
昼食会が終わると、父がふーちゃんを抱っこして、母がまーちゃんを抱っこして部屋に戻る。
ふーちゃんもまーちゃんも抱っこされて我慢できずに眠ってしまっていた。
昼食会の後はすぐにお茶会になるので、わたくしとクリスタちゃんは大急ぎで準備をしなければいけなかった。
クリスタちゃんとの約束で、ハインリヒ殿下のお誕生日のお茶会にはわたくしが空色のドレスを着て空色の薔薇の髪飾りを付けて、クリスタちゃんはオールドローズのドレスを着てオールドローズの髪飾りを付ける。
一本の三つ編みにしたクリスタちゃんの編んだ髪の根元に、デボラがオールドローズの髪飾りを付けて上げていた。
わたくしはハーフアップにして、後ろに空色の薔薇の髪飾りを付けた。
お茶会に行くときにはふーちゃんとまーちゃんはぐっすりと眠っていた。それだけ疲れたのだろう。ふーちゃんとまーちゃんを起こさないように、わたくしとクリスタちゃんと両親は静かに部屋を出た。
大広間に行くと、ハインリヒ殿下がすぐにクリスタちゃんに気付いた。
クリスタちゃんは小走りでハインリヒ殿下のところに駆けていく。
「そのドレスと髪飾り、初めて会ったころのことを思い出します」
「ハインリヒ殿下はわたくしの髪飾りを取ってしまったのですよね」
「恥ずかしい……。あのときは、クリスタ嬢に話しかけたくても話す内容が浮かばなくて、子どもっぽい嫌がらせで気を引こうとしてしまいました。本当に失礼なことをしました」
「あのときにはとても腹が立ちましたが、今ではいい思い出です。ハインリヒ殿下とわたくしは今はこんなに親しくさせていただいているのですもの」
「クリスタ嬢が許してくださってよかったと思っています」
思い出話に花を咲かせるハインリヒ殿下とクリスタちゃんだが、ノルベルト殿下はわたくしの姿に気付いていた。
「エリザベート嬢も初めて会った頃と同じ格好をされていますね」
「クリスタと話をして、ハインリヒ殿下のお誕生日にはあの頃を思い出させるドレスと髪飾りで参加しようと決めたのです」
「あの頃のエリザベート嬢も可愛かったですが、今はお美しくなられて」
懐かしそうに目を細めているノルベルト殿下は、その頃にわたくしと婚約する話が持ち上がっていたことを思い出したのかもしれない。わたくしは当然のように断ってしまったが、それが今のノルベルト殿下の幸せに繋がっていたのだとすれば正しかったのだと思える。
「エリザベート嬢ばかり褒めていると、わたくし、妬けますわ」
「ノエル殿下はいつも美しいです。僕の最愛のひとです」
「わたくしもノルベルト殿下のことが大好きですわ」
甘い雰囲気を漂わせるノルベルト殿下とノエル殿下。クリスタちゃんとハインリヒ殿下も二人で思い出に浸っている。
わたくしは視線で自然とエクムント様を探していた。
辺境伯になられたエクムント様がこの場に招かれていないわけがない。
「エリザベート嬢、懐かしいドレスを着ていらっしゃいますね。あの頃とはデザインは変わっていますが、色合いがエリザベート嬢の小さな頃を思い起こさせます」
わたくしの視線に気づいたエクムント様がカサンドラ様に背を押されてこちらに来てくれる。エクムント様もわたくしのドレスと髪飾りに気付いたようだった。
「あの頃は水色ばかりを着ていましたからね。懐かしい思い出です」
「エリザベート嬢はディッペル公爵の初めてのお子様で、ベビードレスをディッペル公爵が両親に相談していたのを覚えています。両親は『赤ん坊のころは性別なんて気にしないでいいので、好きな色を着せてあげてください』と言って、エリザベート嬢のベビードレスは淡い空色になったのを覚えていますよ」
「え!? そんな小さな頃からわたくしは空色を着ていたのですか?」
「その後もエリザベート嬢は空色が好きで、キルヒマン家にやって来たときにはほとんど空色のドレスを着ていましたよ」
わたくしも覚えていない小さな頃の話をされてわたくしは驚いてしまう。
その頃エクムント様は十一歳を過ぎていたのだからしっかりと記憶に残っているのだろう。
「私は末っ子で弟妹がいなかったので、エリザベート嬢を抱っこできるのが嬉しくて、庭を連れ回していました」
「その頃のことは少しだけ記憶にあります」
記憶にあるのではなくて、何度も両親から話をされていたから覚えているように感じているだけかもしれない。
エクムント様がわたくしを見る目が優しいのは、わたくしの小さい頃を思い出しているからかもしれなかった。
それだけでも、わたくしはこのドレスと髪飾りでハインリヒ殿下のお誕生日のお茶会に出席してよかったと思っていた。
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