エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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七章 辺境伯領の特産品を

4.お揃いの三つ編み

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 お茶会にはレーニちゃんも来ていた。リリエンタール侯爵は完全に公務に復帰したようだ。デニスくんはまだ小さいけれど、レーニちゃんのお父様がおられるから大丈夫なのだろう。

「リリエンタール侯爵家のレーニです。初めまして、ガブリエラ嬢」
「おはつにおめにかかります、レーニさま。キルヒマンこうしゃくけのガブリエラです」

 レーニちゃんは侯爵家の後継者で、扱いとしては伯爵程度に当たる。ガブリエラ嬢はキルヒマン侯爵家の孫になるので、いずれ後継者の娘となるとしても、後継者が伯爵程度の扱いで、その後継者となれば子爵程度の扱いになる。
 だから、レーニちゃんはガブリエラ嬢を「ガブリエラ嬢」と呼び、ガブリエラ嬢はレーニちゃんのことを「レーニ様」と呼ぶのが正しい。
 身分を弁えた振る舞いができているガブリエラ嬢にわたくしは感心してしまう。六歳でこれならば将来は立派な淑女になることだろう。

「ガブリエラ嬢、レーニ嬢もわたくしととても仲良しですの。レーニ嬢にもケヴィン殿とフリーダ嬢を紹介してくれませんか?」
「エクムントおじさま、よろしいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。少しお茶会を抜けましょうか」

 クリスタちゃんのお願いにガブリエラ嬢がエクムント様を見て、エクムント様がそれに頷いている。
 お茶会の主催のガブリエラ嬢が場を抜けるのは本当はよくないのだろうが、まだ六歳でお茶会デビューの初日なのだ。少し休憩を入れるのも仕方がないと周囲は思ってくれるだろう。

「おばあさま、おじいさま、わたくし、エリザベートさまとクリスタさまとレーニさまにケヴィンとフリーダをしょうかいしてきます」
「ついでに少し子ども部屋で休んでおいで」
「初めてのお茶会ですからね。緊張しているでしょう。子ども部屋で休憩してから戻って来なさい」

 キルヒマン侯爵夫妻も心得たものだった。

 エクムント様に手を引かれて大広間を出て、わたくしは階段を上がっていく。エクムント様がわたくしをエスコートしているのを見て、ガブリエラ嬢が目を輝かせている。

「すてきですわ。エクムントおじさまとエリザベートさまのおにあいなこと。わたくしもあんなおねえさまがほしいです」
「エリザベート嬢が成人して私と結婚したら、ガブリエラの義理の叔母になりますよ」
「そのひがまちきれません! わたくし、エリザベートさまとクリスタさまをおねえさまとよびたいですわ」

 エクムント様の言う通り、わたくしが成人してエクムント様と結婚すればガブリエラ嬢の義理の叔母になることは決まっている。そうなるとクリスタちゃんともガブリエラ嬢は縁ができるはずだ。

「母のテレーゼはキルヒマン侯爵家に養子に行ってからディッペル家に嫁いでおります。ガブリエラ嬢とわたくしは義理の従姉妹ということになります」
「まぁ、ほんとうにおねえさまだったのですか?」
「エクムント様、ガブリエラ嬢が公の場ではない場所では、わたくしとクリスタちゃんを『お姉様』と呼ぶことに目を瞑ってくださいませんか? わたくしもガブリエラ嬢を『ガブリエラちゃん』と親しみを込めて呼びたいのです」

 わたくしがお願いすると、わたくしの前に立って歩いていたエクムント様が金色の目を細めて頷く。

「子どもの世界は大事ですからね。何より、ディッペル公爵夫人が我がキルヒマン家の養子になってからディッペル家に嫁いだのは本当のこと。従姉妹同士が私的な場所で特別な呼び名を使っていても誰も何も言いません」

 エクムント様はわたくしとクリスタちゃんとガブリエラちゃんを従姉妹同士と認めてくれて、私的な場所での呼び方に口出ししない方針を見せてくださった。

「改めまして、ガブリエラちゃん、よろしくお願いします」
「エリザベートおねえさま、クリスタおねえさま、よろしくおねがいします」
「ガブリエラちゃんって呼べるのですね。レーニちゃんもガブリエラちゃんと呼んで構わないでしょう?」
「私は口を出さないことにしますよ」

 レーニちゃんがガブリエラちゃんを「ちゃん付け」で呼ぶのもエクムント様は黙認してくださった。

「それでは、レーニさまのことも、レーニおねえさまとよんでよろしいですか?」
「もちろんです。わたくし、弟が生まれたのですが、妹も欲しかったのです。とても嬉しいです」

 クリスタちゃんとお揃いの三つ編み姿のレーニちゃんも、飛び跳ねるくらい嬉しそうにしている。

「ガブリエラちゃんの髪は真っ黒で美しいですね。わたくし、編み込みを自分でできるようになりましたの。して差し上げましょうか?」
「よろしいのですか? わたくし、レーニおねえさまとクリスタおねえさまのかみがたがすてきだとおもっていました」

 子ども部屋に着くとレーニちゃんがガブリエラちゃんの髪を梳かして、三つ編みにしてあげている。横の髪を細い編み込みにして、後ろで一つの三つ編みに纏めたガブリエラちゃんは、乳母にリボンを持って来てもらって、リボンで髪を結んでいた。

「とてもかわいいです。フリーダにもしてあげてくださいますか?」
「フリーダちゃんはどこでしょう」

 子ども部屋を見回すと、カーテンが不自然に膨らんでいるのが分かる。
 カーテンに静かに近付いて、わたくしとクリスタちゃんで声をかけた。

「かくれんぼですか?」
「見つけてしまいましたよ」
「みちゅかったー!」
「ねぇね、ちやう?」
「わたくしはエリザベート・ディッペルです」
「わたくしは、クリスタ・ディッペルです。あなたたちの従姉なので、お姉様と思っていいですよ」

 カーテンの中から現れたのは黒髪に黒い目、褐色の肌の可愛い男の子と女の子だった。
 イェルク殿は確か男の子が四歳、女の子が三歳と言っていた気がする。

「わたち、ケヴィンでつ。エリザベートおねえたま、クリスタおねえたま、よろちくおねがいちまつ!」
「ふー、フリーダ。えーねぇね、くーねぇね?」

 ケヴィンくんとフリーダちゃんを見ていると、ふーちゃんがどれだけ賢いのかよく分かる。三歳にして詩を読むふーちゃんは、同年齢の子とはっきり分かるくらい違っていた。

「わたくしのおとうとといもうとです。わたくし、さいきんまで、ははといっしょにははのこきょうにいっていました。しぜんがいっぱいで、まいにちおそとであそんでいたのですよ」
「わたち、カエルちゅかまえられる!」
「ふー、おたかま」
「フリーダはきんぎょにえさをあげるのがすきでしたね」

 誇らしげに胸を張るケヴィンくんとフリーダちゃんは可愛いが、やはりわたくしはふーちゃんとまーちゃんを思い出してしまう。

「わたくしにも弟と妹がいます。弟はフランツという名前で三歳になったばかりで、妹はマリアという名前で、もうすぐ二歳です」
「フランツさまはフリーダとおなじとしなのですね」
「わたくしは、フランツをふーちゃんと呼んでいるのです」
「ふーちゃん! なんてかわいいのでしょう!」

 感激の声を上げているガブリエラちゃんにクリスタちゃんがそっと耳打ちする。

「内緒にしてくださいね。内緒にしてくれるなら、ガブリエラちゃんもフランツのことを『ふーちゃん』と呼んでいいですよ。マリアは『まーちゃん』です」
「ないしょにします。ふーちゃんとまーちゃん……おあいしたいですわ」

 うっとりとしているガブリエラちゃんにエクムント様が優しく促す。

「髪型も整ったようなので、そろそろ会場に戻りましょうか」
「はい、エクムントおじさま。レーニおねえさま、かわいいかみがたにしてくださってありがとうございました」

 黒く艶のある三つ編みを揺らしながらガブリエラちゃんは大広間に帰って行く。
 わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんも後を追った。

「おとうさま、おかあさま、レーニさまがわたくしのかみをあんでくださったのです」
「とても可愛いですね」
「レーニ様、ありがとうございます」
「わたくしとクリスタ様とガブリエラ嬢でお揃いなのですよ。お揃いにできてわたくしも嬉しいです」

 お礼を言われてレーニちゃんは自分の三つ編みを見せて同じだと示していた。クリスタちゃんも自分の三つ編みを見せている。
 綺麗に編み込まれたガブリエラちゃんの髪は、レーニちゃんがどれだけ手先が器用なのかよく分かる。花冠を作るのが得意なレーニちゃんは、髪を編むのも上手になっていた。

「わたくし、やさしいおねえさまがたくさんで、しあわせです」
「お姉様?」
「あ、いけない! ないしょだった!」

 六歳の内緒などあてにならないことは、クリスタちゃんで経験していた。
 ガブリエラちゃんが口を滑らすのも時間の問題だろうが、キルヒマン家の方々は許してくれそうな気がしていた。
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