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七章 辺境伯領の特産品を

1.エクムント様のお兄様たち

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 お茶を飲み終わるとエクムント様がわたくしに優しく話しかける。

「エリザベート嬢に兄たちを紹介していませんでしたね」
「エクムント様のお兄様! わたくし、キルヒマン侯爵家に通ってはいたけれど、お会いしたことがありませんでした」
「長兄は当主になるための勉強に忙しく、次兄は学園に通っていましたからね。エリザベート嬢が我が家に来ていた頃にはあまり両親と過ごす時間はなかったのです」
「立ち入ったことをお聞きしますが、お兄様たちはキルヒマン侯爵夫妻と仲が……?」
「そんなことはありません。ただ、思春期が長引いたというか、両親に素直になれない時期が男性なのであったようで、今は両親と仲良く暮らしていますよ」

 そんな中で、三年と少し前から二番目のお兄様の奥方様が出産後に体調を崩して田舎の方で療養をしていて、久しぶりに公の場で会ったのが今日だったということだった。

「ちょうどいいので、兄たちを紹介させてください」
「わたくしでよろしければ」
「エリザベート嬢は私の婚約者です。兄たちに知っていてもらわねばなりません」

 そうして連れて来られたのが長身の男性二人と、女性にしては背が高い女性二人だった。
 長身の男性の一人はわたくしの両親くらいの年齢で、もう一人はもう少し年下かなと思う。女性に関しては美しいことしか頭に入って来なくて、大人の女性の年齢なんてわたくしにはよく分からなかった。

「エクムント様、先ほどはご挨拶ができてよかったです。婚約者のエリザベート様ですね」
「そうです。エリザベート・ディッペル嬢です。こちらは次兄の奥方のゲルダ夫人です」
「初めまして、ゲルダ夫人。先ほどは失礼いたしました。エリザベート・ディッペルです」
「公爵の御令嬢にご挨拶をいただいてしまいましたわ。わたくしはゲルダ・キルヒマン。夫はキルヒマン家で兄の補佐になるべく勉強しています」

 次兄の奥方様のゲルダ夫人はとても気さくな方のようだ。大きなお胸と豊かな黒髪とても魅力的な女性だ。

「ゲルダの夫のイェルク・キルヒマンです。ガブリエラ、ケヴィン、フリーダと三人の子どもがおります」
「フリーダにはまだ私は会ったことがないのですよ。ゲルダ夫人が療養に連れて行っていたから」
「エクムント、お茶会の帰りにキルヒマン家に寄るといい。フリーダも叔父様に会いたがっているだろう」
「ぜひ寄らせてもらいますよ」

 エクムント様は小さい頃のわたくしだけでなく、甥や姪も可愛がっているようだった。

「エクムントの兄のクレーメンス・キルヒマンです。残念ながら、子どもはいないのですが」
「わたくしが体が弱くて子どもが産めないのです。夫は無理をしないで、イェルク様の子どもを養子にもらおうと仰ってくださっているのですが」
「気にすることはないよ、ドロテーア。子どもがいない夫婦もたくさんいるものだ。養子をもらえばいいだけだ」
「あ、わたくしは、ドロテーアと申します、エリザベート様」

 エクムント様の二番目のお兄様のイェルク殿とゲルダ夫人との間には三人子どもがいるが、一番上のお兄様のクレーメンス殿とドロテーア夫人の間には子どもがいないようだ。
 子どもがいなくても夫婦として愛し合っている様子だし、クレーメンス殿は養子をもらうつもりでいるようなので、クレーメンス殿の次のキルヒマン侯爵はイェルク殿とゲルダ夫人の子どもになるのだろう。
 そういうことも考えて、イェルク殿は家を出ておらず、ゲルダ夫人と共にキルヒマン家にいて、兄のクレーメンス殿を支える立場に立っているのかもしれない。

「ドロテーアのことは体が弱いと分かっていて妻に望んだのは私だ。全て分かっていることだから、ドロテーアが元気でいてくれるだけで私は幸せだよ」
「クレーメンス様……」

 寄り添う二人はとても美しい。
 クレーメンス殿もイェルク殿も癖のある黒髪に金色の目で、エクムント様にとてもよく似ていた。エクムント様も年齢を重ねるとこんな風になるのかとじっと見つめてしまう。
 ゲルダ夫人は黒髪に黒い目に白い肌だが、ドロテーア夫人は赤毛に灰色の目に白い肌で顔にはそばかすが散っていた。赤毛といっても赤褐色に近い深い色合いの髪だ。

 ドロテーア夫人はどことなくレーニ嬢を思わせる色彩だ。

「ドロテーア夫人の髪はとても綺麗ですね。わたくしの友人にストロベリーブロンドの令嬢がいます」
「リリエンタール侯爵の御令嬢でしょう? とても可愛いとわたくしも思っていたのです」
「お知り合いでしたか」
「えぇ。同じ赤毛だったので、ついお声をかけてしまいましたわ」

 ドロテーア夫人とレーニ嬢は知り合いだった。

 カサンドラ様も赤毛だが、わたくしの周りには意外と赤毛の人物は多いのだと思う。
 家庭所事情まで聞いてしまったが、わたくしはエクムント様のご兄弟に紹介されて家族の一員と認められたような気がして嬉しかった。

「クレーメンス殿、ドロテーア夫人、わたくしはエリザベート・ディッペルです」
「お幾つになられましたか?」
「十一歳です」
「十一歳なのにしっかりしておられますね」
「辺境伯領の壊血病の予防法を見付けられたのはエリザベート様だと聞いています。賢く聡明な方だと思っておりました」
「あれは偶然です。市で漁師さんと話して思い付いたことをカサンドラ様にお伝えしただけのこと。わたくしの考えを汲んで行動してくださったカサンドラ様こそ、聡明なお方ですわ」

 謙遜してはいるが、わたくしは褒められて嫌な気分ではなかった。あれはわたくしの前世の記憶があってのことだが、それでも前世の記憶が役に立っていて、エクムント様との仲を認めさせたということは大きい。

「イェルク殿、ゲルダ夫人、お子様はお幾つなのですか?」
「一番上の子がもうすぐ六歳で、下の二人が四歳、三歳です」
「下の二人を立て続けに妊娠出産したので、少し体力が落ちていただけなのに、このひとったら、わたくしを心配して療養に出してくれたのですよ」
「ゲルダがいなくなってしまったら、私の人生の灯りが消えたようになってしまう」
「もう、そんなことを言って。恥ずかしいじゃないですか」

 クレーメンス殿とドロテーア夫人も思い合っているようだが、イェルク殿とゲルダ夫人もお互いを大事に思い合っているようだ。

「療養中は存分に故郷に帰ってゆっくり過ごせました。そのせいで、中央のことは何も知らず、先日キルヒマン侯爵領に戻ったときに、エクムント様が辺境伯になって、婚約までしていたことを知ったのです」
「故郷に帰っていらしたのですか?」
「わたくしは、田舎の伯爵家の出身なのですよ。学園でイェルク様と出会いましたが、わたくしは田舎臭さの抜けない娘で、苦労致しました」
「それでも、私のプロポーズを受けてくれて、キルヒマン侯爵家に嫁いできてくれたこと、感謝している」
「イェルク様ったら」

 キルヒマン家のご兄弟は自分で結婚相手を選んだようだった。

「わたくしは侯爵家とは名ばかりの寂れた家の出身でしたが、クレーメンス様がわたくしを見初めてくださいました」

 ドロテーア夫人もそばかすの散った頬を染めてうっとりと呟いている。
 キルヒマン侯爵夫妻も夫婦仲がとてもよいが、それはキルヒマン家が自分に相応しい相手を自分で選んでいるからかもしれない。
 どうであろうと、夫婦仲がいいことは素晴らしいことである。

「エリザベート様、息子たちと話していたのですね」
「二番目の息子のお嫁さんが戻って来て、我が家も賑やかになりました」
「今度のお茶会で孫のお披露目をするつもりです」
「ぜひいらしてくださいね」

 そういえばイェルク様のお子様は一番上の子どもが六歳になると聞いていた。
 六歳といえばわたくしもお茶会にデビューした年齢だ。

「喜んで行かせていただきます」
「エリザベート嬢には姪と甥を見て欲しいですね」
「ぜひ」

 エクムント様からも誘われて、わたくしはキルヒマン侯爵家のお茶会に参加する算段を考えていた。
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