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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流
27.ヤンとのお別れ
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楽しい三日間が終わると、ディッペル家のお屋敷に帰る。お屋敷には両親も帰って来たところだった。
両親の顔を見てふーちゃんとまーちゃんが駆け寄って抱き付く。父はふーちゃんを、母はまーちゃんを抱き上げて、頬を摺り寄せていた。
「ただいま、そして、お帰り、フランツ、マリア、エリザベート、クリスタ」
「リリエンタール家はどうでしたか?」
母に問いかけられてわたくしとクリスタちゃんが答える前にふーちゃんが答えていた。
「おねえたま、きれー。おねえたま、すち! わたち、おねえたま、けこんちる!」
「まぁ、結婚だなんて、その年で分かるのですか?」
「フランツはレーニ嬢に夢中のようだね」
「ちゅっぽ、いっぱいもらった! わたち、リリエンタールけ、だいすち!」
ふーちゃんにとっては列車のおもちゃもたくさんもらえたし、遊んでもらえたし、リリエンタール家は極楽のような場所だったようだ。レーニちゃんのこともすっかり気に入ってしまって、結婚するとまで言っている。
――わたくし、考えるのです。リリエンタール家を継ぐのはデニスが相応しいのではないかと。
――わたくしは実の父に愛されなかった。デニスは両親に愛されて健やかに育っています。わたくしはデニスにリリエンタール家の継承権を譲って、他家に嫁ぐのがいいような気がしているのです。
――わたくし、怖いのです。結婚などしたくない……でも、リリエンタール侯爵となるならば、政略結婚は免れない。
緑色の悲し気な瞳と落ち込んだ声が頭の中でこだまする。
本当にレーニちゃんがリリエンタール侯爵になりたくないのであれば、デニスくんに後継者を譲るのもありだとわたくしは思う。
そういうわたくしもふーちゃんに後継者を譲って、辺境伯家に嫁ぐことが決まっている。
もしもレーニちゃんがリリエンタール侯爵を継ぐことを諦めて、デニスくんに後継者を譲ったとすれば、ふーちゃんと結婚があり得ないわけではなかった。
リリエンタール侯爵家は鉄鋼業と列車の製造が主な産業になっていると聞く。列車が大好きなふーちゃんにとっては、最高の場所に違いない。そんな場所からお嫁さんをもらえたら、ふーちゃんはとても幸せなのではないだろうか。
ふーちゃんとレーニちゃんの年の差は七歳だが、それくらいは政略結婚ならば当然あり得る。わたくしとエクムント様も十一歳離れているのだ。それに比べれば少ない方だ。
鉄鋼業と列車の製造を主な産業とするリリエンタール侯爵領と繋がりが持てることは、ディッペル公爵領にとっても悪い話ではない。
農業にも必ず鉄製品は必要なのだし、列車はオルヒデー帝国中を走り回っているし、列車はどの領地でも必要とされる。
「わたくし、フランツとレーニ嬢のお話、悪くないと思うのです」
「レーニ嬢はリリエンタール家の長子。リリエンタール家を継ぐ方だよ?」
「レーニ嬢は弟のデニス殿に後継者を譲りたいと言っていました。そうなると、リリエンタール領とディッペル領の繋がりを深くするのも悪くはないはずです」
わたくしが言えば、両親は「まだフランツには早いですよ」と笑っていたが、一瞬その目が真剣になったのをわたくしは見逃さなかった。
「たのちかったの。ちゅっぽ、ドアがあいて、わたちとまーたん、あとんだの」
「列車のおもちゃはドアが開くのですか」
「ぽっぽ! ぽっぽ!」
報告するふーちゃんを両親は目を細めて見守っていた。
クリスタちゃんとわたくしからは両親にお願いがあった。
「リリエンタール家にはポニーがいないのです」
「レーニ嬢にポニーのヤンを譲り渡すというのはどうでしょう?」
「エラとジルの間にはまた仔馬が生まれて来るかもしれないでしょう?」
わたくしとクリスタちゃんの言葉に両親は顔を見合わせていた。
「リリエンタール家に今回のお礼として、ポニーのヤンを差し上げるというのは悪くない考えかもしれないね」
「フランツが特にお世話になったようですしね」
ポニーのヤンは無事にリリエンタール家に引き取られることになりそうだ。
わたくしとクリスタちゃんが安心していると、ふーちゃんとまーちゃんが抱っこから降ろしてもらって、涙を浮かべていた。
「ヤン、ばいばい?」
「あん、ないない?」
ヤンがいなくなることをわたくしとクリスタちゃんと両親の話で理解したのだ。二歳と一歳とは思えない理解力に驚いていると、ふーちゃんがわたくしに、まーちゃんがクリスタちゃんに抱き付いてくる。
「ヤン、じんじん、あげう。じんじん、あげて、ばいばいちる」
「じんじん! じんじん!」
冬の間は牧場に雪が降るので乗馬の練習は休みになっているが、ヤンをリリエンタール家に譲り渡す前に、ふーちゃんとまーちゃんは人参をあげたいとお願いしていた。
その願いをわたくしも叶えて上げたかった。
「お父様、お母様、明日、牧場に行ってきてもいいですか? フランツとマリアとクリスタと一緒に」
「ヤンとお別れをしてくるんだね」
「行ってらっしゃい。後悔しないようにするのですよ」
リリエンタール領に列車と馬車で行けるとはいえ、気軽に行ける距離ではない。春と夏と秋の間毎週土曜日に会っていたエラとジルとヤンの中から、ヤンがいなくなるのはわたくしも寂しくないわけではない。
ヤンとしっかりとお別れをして後悔がないようにしておくのは大事だった。
「ヤンは自分がリリエンタール領に行くのを分かるでしょうか?」
「エラと引き離されるから、寂しがるかもしれませんね」
「お父様、お母様、ヤンは雪解けまで待ってリリエンタール領に譲り渡してはどうですか?」
リリエンタール領にヤンをあげる決意はしていたが、今になって寂しさが募ってきているクリスタちゃんとわたくしは、雪解けまで時間を伸ばすことにした。
「馬を運ぶのだから、雪の道は危ないね。雪解けまでは待つと思うよ」
「その間、ヤンとしっかりと触れ合っておきなさい」
両親に言われてヤンと触れ合う猶予ができて、わたくしとクリスタちゃんは頷いてヤンと過ごす時間を考えていた。
翌日は雪で滑らないブーツを履いて、ふーちゃんとまーちゃんは長靴を履いて、牧場までの道を歩いて行った。コートを着てマフラーを巻いて手袋もつけていたが、寒くて耳がきんと冷たくなる。
護衛の兵士とヘルマンさんとレギーナとマルレーンとデボラが一緒に来てくれていた。
特別に厩舎まで入れてもらって、ヘルマンさんがふーちゃんを抱っこして、レギーナがまーちゃんを抱っこして、エラとジルとヤンに人参をあげる。
わたくしとクリスタちゃんはヤンに丁寧にブラシをかけていた。
エラと同じくらいまで大きくなっているヤンは、ハフリンガーのエラとそっくりで長い美しい鬣にソックスをはいたように足が白かった。
ヤンにブラシをかけていると、エラとジルも顔を擦り付けて来てブラシをかけてくれるように強請る。
わたくしがジルに、クリスタちゃんがエラにブラシを丁寧にかけた。
「ヤン、ばいばい?」
「まだですよ。春になるまではヤンはいます」
「あん、ないない?」
「いなくなりませんよ。もう少しヤンはいます。またヤンに人参をあげにきましょうね」
「あい! ヤンにじんじん!」
「じんじん!」
ヤンと名残を惜しんでいるふーちゃんとまーちゃんにはしっかりとヤンが張るまで入ることを伝えて、また来る約束をした。
ヤンはリリエンタール家でも可愛がられることだろう。
両親がリリエンタール侯爵に手紙を書いてくれているので、ヤンの過ごす牧場も用意されるに違いない。
エラとジルという両親と引き離してしまうのは可哀想だが、ヤンにとっては新天地でレーニちゃんのポニーになるのもきっと幸せだろう。レーニちゃんはヤンを大事にしてくれると確信している。
「ヤン、春になったらリリエンタール領に行くのですよ」
「リリエンタール領に行っても可愛がってもらえるように、レーニちゃんにお手紙を書きますね」
「ヤンは人参が大好きだと書いておきます」
ヤンの鼻を撫でながら言えば、分かっているのか、いないのか、ヤンはわたくしとクリスタちゃんに顔を擦り付けて来ていた。
両親の顔を見てふーちゃんとまーちゃんが駆け寄って抱き付く。父はふーちゃんを、母はまーちゃんを抱き上げて、頬を摺り寄せていた。
「ただいま、そして、お帰り、フランツ、マリア、エリザベート、クリスタ」
「リリエンタール家はどうでしたか?」
母に問いかけられてわたくしとクリスタちゃんが答える前にふーちゃんが答えていた。
「おねえたま、きれー。おねえたま、すち! わたち、おねえたま、けこんちる!」
「まぁ、結婚だなんて、その年で分かるのですか?」
「フランツはレーニ嬢に夢中のようだね」
「ちゅっぽ、いっぱいもらった! わたち、リリエンタールけ、だいすち!」
ふーちゃんにとっては列車のおもちゃもたくさんもらえたし、遊んでもらえたし、リリエンタール家は極楽のような場所だったようだ。レーニちゃんのこともすっかり気に入ってしまって、結婚するとまで言っている。
――わたくし、考えるのです。リリエンタール家を継ぐのはデニスが相応しいのではないかと。
――わたくしは実の父に愛されなかった。デニスは両親に愛されて健やかに育っています。わたくしはデニスにリリエンタール家の継承権を譲って、他家に嫁ぐのがいいような気がしているのです。
――わたくし、怖いのです。結婚などしたくない……でも、リリエンタール侯爵となるならば、政略結婚は免れない。
緑色の悲し気な瞳と落ち込んだ声が頭の中でこだまする。
本当にレーニちゃんがリリエンタール侯爵になりたくないのであれば、デニスくんに後継者を譲るのもありだとわたくしは思う。
そういうわたくしもふーちゃんに後継者を譲って、辺境伯家に嫁ぐことが決まっている。
もしもレーニちゃんがリリエンタール侯爵を継ぐことを諦めて、デニスくんに後継者を譲ったとすれば、ふーちゃんと結婚があり得ないわけではなかった。
リリエンタール侯爵家は鉄鋼業と列車の製造が主な産業になっていると聞く。列車が大好きなふーちゃんにとっては、最高の場所に違いない。そんな場所からお嫁さんをもらえたら、ふーちゃんはとても幸せなのではないだろうか。
ふーちゃんとレーニちゃんの年の差は七歳だが、それくらいは政略結婚ならば当然あり得る。わたくしとエクムント様も十一歳離れているのだ。それに比べれば少ない方だ。
鉄鋼業と列車の製造を主な産業とするリリエンタール侯爵領と繋がりが持てることは、ディッペル公爵領にとっても悪い話ではない。
農業にも必ず鉄製品は必要なのだし、列車はオルヒデー帝国中を走り回っているし、列車はどの領地でも必要とされる。
「わたくし、フランツとレーニ嬢のお話、悪くないと思うのです」
「レーニ嬢はリリエンタール家の長子。リリエンタール家を継ぐ方だよ?」
「レーニ嬢は弟のデニス殿に後継者を譲りたいと言っていました。そうなると、リリエンタール領とディッペル領の繋がりを深くするのも悪くはないはずです」
わたくしが言えば、両親は「まだフランツには早いですよ」と笑っていたが、一瞬その目が真剣になったのをわたくしは見逃さなかった。
「たのちかったの。ちゅっぽ、ドアがあいて、わたちとまーたん、あとんだの」
「列車のおもちゃはドアが開くのですか」
「ぽっぽ! ぽっぽ!」
報告するふーちゃんを両親は目を細めて見守っていた。
クリスタちゃんとわたくしからは両親にお願いがあった。
「リリエンタール家にはポニーがいないのです」
「レーニ嬢にポニーのヤンを譲り渡すというのはどうでしょう?」
「エラとジルの間にはまた仔馬が生まれて来るかもしれないでしょう?」
わたくしとクリスタちゃんの言葉に両親は顔を見合わせていた。
「リリエンタール家に今回のお礼として、ポニーのヤンを差し上げるというのは悪くない考えかもしれないね」
「フランツが特にお世話になったようですしね」
ポニーのヤンは無事にリリエンタール家に引き取られることになりそうだ。
わたくしとクリスタちゃんが安心していると、ふーちゃんとまーちゃんが抱っこから降ろしてもらって、涙を浮かべていた。
「ヤン、ばいばい?」
「あん、ないない?」
ヤンがいなくなることをわたくしとクリスタちゃんと両親の話で理解したのだ。二歳と一歳とは思えない理解力に驚いていると、ふーちゃんがわたくしに、まーちゃんがクリスタちゃんに抱き付いてくる。
「ヤン、じんじん、あげう。じんじん、あげて、ばいばいちる」
「じんじん! じんじん!」
冬の間は牧場に雪が降るので乗馬の練習は休みになっているが、ヤンをリリエンタール家に譲り渡す前に、ふーちゃんとまーちゃんは人参をあげたいとお願いしていた。
その願いをわたくしも叶えて上げたかった。
「お父様、お母様、明日、牧場に行ってきてもいいですか? フランツとマリアとクリスタと一緒に」
「ヤンとお別れをしてくるんだね」
「行ってらっしゃい。後悔しないようにするのですよ」
リリエンタール領に列車と馬車で行けるとはいえ、気軽に行ける距離ではない。春と夏と秋の間毎週土曜日に会っていたエラとジルとヤンの中から、ヤンがいなくなるのはわたくしも寂しくないわけではない。
ヤンとしっかりとお別れをして後悔がないようにしておくのは大事だった。
「ヤンは自分がリリエンタール領に行くのを分かるでしょうか?」
「エラと引き離されるから、寂しがるかもしれませんね」
「お父様、お母様、ヤンは雪解けまで待ってリリエンタール領に譲り渡してはどうですか?」
リリエンタール領にヤンをあげる決意はしていたが、今になって寂しさが募ってきているクリスタちゃんとわたくしは、雪解けまで時間を伸ばすことにした。
「馬を運ぶのだから、雪の道は危ないね。雪解けまでは待つと思うよ」
「その間、ヤンとしっかりと触れ合っておきなさい」
両親に言われてヤンと触れ合う猶予ができて、わたくしとクリスタちゃんは頷いてヤンと過ごす時間を考えていた。
翌日は雪で滑らないブーツを履いて、ふーちゃんとまーちゃんは長靴を履いて、牧場までの道を歩いて行った。コートを着てマフラーを巻いて手袋もつけていたが、寒くて耳がきんと冷たくなる。
護衛の兵士とヘルマンさんとレギーナとマルレーンとデボラが一緒に来てくれていた。
特別に厩舎まで入れてもらって、ヘルマンさんがふーちゃんを抱っこして、レギーナがまーちゃんを抱っこして、エラとジルとヤンに人参をあげる。
わたくしとクリスタちゃんはヤンに丁寧にブラシをかけていた。
エラと同じくらいまで大きくなっているヤンは、ハフリンガーのエラとそっくりで長い美しい鬣にソックスをはいたように足が白かった。
ヤンにブラシをかけていると、エラとジルも顔を擦り付けて来てブラシをかけてくれるように強請る。
わたくしがジルに、クリスタちゃんがエラにブラシを丁寧にかけた。
「ヤン、ばいばい?」
「まだですよ。春になるまではヤンはいます」
「あん、ないない?」
「いなくなりませんよ。もう少しヤンはいます。またヤンに人参をあげにきましょうね」
「あい! ヤンにじんじん!」
「じんじん!」
ヤンと名残を惜しんでいるふーちゃんとまーちゃんにはしっかりとヤンが張るまで入ることを伝えて、また来る約束をした。
ヤンはリリエンタール家でも可愛がられることだろう。
両親がリリエンタール侯爵に手紙を書いてくれているので、ヤンの過ごす牧場も用意されるに違いない。
エラとジルという両親と引き離してしまうのは可哀想だが、ヤンにとっては新天地でレーニちゃんのポニーになるのもきっと幸せだろう。レーニちゃんはヤンを大事にしてくれると確信している。
「ヤン、春になったらリリエンタール領に行くのですよ」
「リリエンタール領に行っても可愛がってもらえるように、レーニちゃんにお手紙を書きますね」
「ヤンは人参が大好きだと書いておきます」
ヤンの鼻を撫でながら言えば、分かっているのか、いないのか、ヤンはわたくしとクリスタちゃんに顔を擦り付けて来ていた。
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