エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

25.赤毛の姉弟

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 国王陛下の生誕の式典で両親が馬車に乗るときに、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんも一緒の馬車に乗った。
 列車の駅までは同じ道のりなのだ。
 列車の駅に着くとわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんは、ヘルマンさんとレギーナとマルレーンとデボラと一緒に、護衛の兵士に守られてリリエンタール侯爵領に向かう列車に乗る。
 両親は王都に向かう列車に乗るので、駅で手を振ってひと時のお別れをした。

 ふーちゃんとまーちゃんは両親が行ってしまうのを見て不安になって泣いてしまっていたが、ヘルマンさんとレギーナに抱っこされて、わたくしとクリスタちゃんがいるのを見ていると、両親の姿が完全に見えなくなったらぴたっと泣き止んでわたくしとクリスタちゃんに甘えていた。

「えーおねえたま、えぽん」
「ねぇね、うー!」

 ふーちゃんはわたくしに絵本を渡して来るし、まーちゃんはクリスタちゃんに歌を強請っている。
 歌を強請られたクリスタちゃんは個室席の中でうるさくないように小声で歌い出し、わたくしはクリスタちゃんの歌が終わるのを見計らって絵本を読み始めた。
 絵本を読んでいるとふーちゃんもまーちゃんもお目目を丸くして一生懸命聞いているのが分かる。

「もいっちょ!」
「えーねえたま、もういっかい!」

 人差し指を一本立ててもう一回とお願いしてくるまーちゃんとふーちゃんに、わたくしは何度でも同じ絵本を読んであげた。
 列車が着くころにはふーちゃんもまーちゃんも膝掛けに包まれて、ヘルマンさんとレギーナの膝の上で眠ってしまっていたが、そのままそっと抱っこしてヘルマンさんとレギーナはふーちゃんとまーちゃんを馬車に乗せた。

 次にふーちゃんとまーちゃんが目を覚ましたのは、リリエンタール侯爵のお屋敷に着いてからだった。
 リリエンタール侯爵の夫である、レーニちゃんのお父様がわたくしたちを歓迎してくれる。

「お待ちしておりました、エリザベート様、クリスタ様、フランツ様、マリア様。レーニも朝からずっと玄関の方を気にしていたのですよ」
「お父様、言わないで。恥ずかしいですわ。いらっしゃいませ、エリザベート様、クリスタ様」
「ここは公の場ではないのですから、クリスタちゃんでいいのですよ、レーニちゃん」
「いいのですか? クリスタちゃん、お会いしたかったです!」

 クリスタちゃんが促すとレーニちゃんはすぐに緊張がほぐれて笑顔になる。
 それを見ていたレーニちゃんのお父様が何か言いたそうにしているのに気付いて、レーニちゃんは慌てて口を押えた。

「いけませんわ、やっぱり、クリスタ様じゃないと」
「レーニはクリスタ様をクリスタちゃんと呼んでいるのですね」
「これは内緒なのです。子どもたちだけのときの内緒の呼び方なのです」
「それならば、今回は私は聞いていなかったことにしましょう。私が同席している場合でも、私は聞いていないことにするので、自由に呼んでください」
「いいのですか、お父様?」
「子ども同士の世界を壊すほど無粋ではありませんよ」

 レーニちゃんのお父様に許されてレーニちゃんはほっと胸を撫で下ろしていた。レーニちゃんのお父様はわたくしたちの呼び方について目を瞑って下さるようだ。

「ありがとうございます」

 感謝してわたくしはレーニちゃんのお父様に頭を下げる。

 クリスタちゃんの手を引いて、レーニちゃんが子ども部屋にわたくしたちを招いてくれる。
 子ども部屋では敷物の上でデニスくんがうごうごと両手両足を動かしていた。
 まだ首が据わったばかりのようで、一人でお座りはできないようだ。

「弟のデニスです」
「可愛いわ、デニスちゃん」
「クリスタちゃん、男の子なのだから、デニスくんの方がいいかもしれませんよ」
「そうね、デニスくん。わたくし、クリスタ・ディッペルよ。よろしくね」

 小さな手に指を握らせると、きゅっと握り返してくる。指で握手をしてクリスタちゃんは感激していた。

 デニスくんはレーニちゃんが言った通りに赤毛だった。レーニちゃんは金色の混ざったストロベリーブロンドだが、デニスくんはクラシックと呼ばれる一般的な赤毛のようだ。
 ふわふわの赤ちゃん特有の髪の毛が赤いのは、レーニちゃんと似ていてとても可愛らしい。
 目もレーニちゃんと同じ緑色だ。

「お母様に聞いてみたら、お祖母様が赤毛だったみたいなの。それで、わたくしもデニスも赤毛で生まれてきたのよ」
「レーニちゃんの髪の色はとても綺麗ですものね」
「そんな風に言われるのはあまりないから、とても嬉しいわ」
「レーニちゃんの髪の色もデニスくんの髪の色もとても素敵ですよ」

 クリスタちゃんとわたくしでレーニちゃんの髪色を褒めると、レーニちゃんは照れてしまっているようだ。ふーちゃんが近寄って来てレーニちゃんを見上げて頬を染める。

「おねーたま、きれー」
「ふーちゃんまでそんな風に言ってくれるの!?」
「ねぇね、ちえー」
「まーちゃんも!?」

 ふーちゃんの目にも、まーちゃんの目にもレーニちゃんは美しく映っているようだ。
 肌の色がとても白くて、顔にそばかすがちょっと散っているのもレーニちゃんのチャームポイントだ。
 レーニちゃんは三つ編みにしたお人形を持ってきた。レーニちゃんのお人形は、リリエンタール侯爵が特別に作らせた赤毛の人形だ。

「わたくしもこのお人形もデニスも、みんなお揃いなんです。デニスが生まれてから、わたくし、自分の髪の色が嫌ではなくなったのですよ」
「デニスくんは可愛いですからね」
「わたくしたちも弟や妹がとても可愛いのです。レーニちゃんも弟が可愛くて堪らないのですね」
「そうなのです。わたくしにとってデニスはこの世で一番可愛い弟なのです」

 レーニちゃんとわたくしとクリスタちゃんで話していると、レーニちゃんのお父様が声をかけてくださる。

「お茶の時間はデニスも一緒にいられるように子ども部屋でしましょうか?」
「いいのですか、お父様?」
「今日だけ特別です」

 特別に子ども部屋にお茶の用意をしてもらって、わたくしとクリスタちゃんはソファに座ってふーちゃんとまーちゃんを膝の上に乗せて、レーニちゃんが向かい側に座る。
 レーニちゃんのお父様はデニスくんを抱き上げて哺乳瓶でミルクをあげていた。

「乳母の仕事だって言われても、お父様はデニスにミルクを上げるのが大好きなのです。デニスもお父様が大好きで、抱っこされているとご機嫌だし、ミルクもよく飲むのですよ」

 レーニちゃんのお父様はデニスくんを可愛がっていて、とてもいいお父様のようだった。レーニちゃんは自分が結婚したくないと言うくらい前の父親に愛されなかったことを気にしているので、今のお父様に愛されている姿を見てわたくしは安心する。
 それでも前の父親がレーニちゃんに残した傷は深く残っているのだろう。

「妻からフランツ様にプレゼントを預かっています。お渡しして」
「はい、こちらです」

 促されて乳母がふーちゃんの前に置いた箱を、ふーちゃんは待ちきれずに開けてしまう。中には金属でピカピカに磨かれた列車のミニチュアが入っていた。

「うおー! おねーたま、こえ、ちゅっぽ!」
「タイヤも回りますし、ドアも開くように作られています」
「しゅごーい! あじゃじゃまつ!」

 仰け反って喜ぶふーちゃんの後頭部がわたくしの顎に当たって少し痛かったが、それだけふーちゃんが興奮しているということだろう。
 ふーちゃんは幾つも並ぶ鉄の列車を一つ取って、まーちゃんに手渡していた。

「こえ、ディッペルこうちゃくりょうをはちる、ふちゅうれっちゃ。まーたん、どうじょ」
「まーの?」
「かちてあげう」
「あいがちょ」

 ぺこりと頭を下げてまーちゃんは貸してもらった鉄の列車を握り締めていた。
 お茶の時間どころではなくなって、ふーちゃんとまーちゃんはわたくしとクリスタちゃんの膝から降りて列車で遊び出す。
 ヘルマンさんとレギーナが追いかけて、お茶だけでも飲ませているが、ふーちゃんとまーちゃんは飲んでは列車のおもちゃで遊んでいた。

 ふーちゃんとまーちゃんが遊んでいる間、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんはお茶をして寛ぐ。

「ふーちゃんは本当に列車が好きなのですね。デニスもあんな風になるのかしら」
「まーちゃんはお歌の方が好きですものね。男の子の方が乗り物が好きなのかもしれません」
「ふーちゃんは馬車と馬も好きでしたね」
「まーちゃんも馬は好きですけれどね」
「わたくしたちポニーに乗っているのですよ」

 ポニーの話をするとレーニちゃんが羨ましそうな顔になっている。

「ポニーって小さな馬のことでしょう? どんな馬なのですか?」
「ハフリンガーという種類の馬で、鬣が長くて、とても美しいのです」
「何頭飼っているのですか?」
「最初に飼っていたのがエラという雌で、エラにお婿さんのジルが来て、息子のヤンが生まれました」
「三頭も!? 羨ましいわ。わたくしもポニーに乗ってみたいです」

 心の底から羨ましいと思っている様子のレーニちゃんにクリスタちゃんがわたくしに相談する。

「お父様とお母様に話して、ヤンをレーニちゃんのお家で飼ってもらえないか相談しませんか?」
「エラとジルの間にはまた子どもが産まれるかもしれないですからね。ヤンはエラに似て気性の優しい子だからレーニちゃんが乗馬の練習をするのにぴったりだと思います」

 エラとジルの間に生まれたヤンはレーニちゃんのところにもらってもらうのがいいかもしれない。
 クリスタちゃんの提案にわたくしも同意していた。
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