エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
172 / 528
六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

22.雑談中の教養

しおりを挟む
 クリスタちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下と合流すると、ノルベルト殿下がエクムント様に話しかける。

「エクムント殿、お茶をご一緒しませんか?」
「エリザベート嬢と一緒ですがよろしいですか?」
「ノエル殿下にプレゼントをした話を聞いて欲しいのです」
「喜んでお聞きいたしましょう」

 クリスタちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下もお茶を一緒にすることになったが、わたくしは隣りにエクムント様がいるだけで幸せだった。
 エクムント様は軽食を取り分けて空いているテーブルにお皿を置いて給仕にお茶を頼む。わたくしもミルクティーを頼んだ。

「ノエル殿下に大粒の真珠のペンダントトップのついたネックレスと大粒の真珠のイヤリングをプレゼントしたのです。珍しい、淡いピンク色の真珠です」
「それは喜ばれたでしょう」
「とても喜んでくださいました。ノエル殿下は色白なので真珠が似合うと僕が思ったことを伝えたら、頬を染めて喜んでくださっていました」

 報告するノルベルト殿下もとても嬉しそうだ。
 ノルベルト殿下は年上の頼れる男性がいなくて、ノエル殿下のプレゼントを迷っていたのだが、それにエクムント様が相談に乗ったのだった。エクムント様のアドバイスを受けてネックレスとイヤリングのセットを贈ったノルベルト殿下は、ノエル殿下にとても喜ばれたという。

「私もエリザベート嬢のお誕生日にイヤリングを贈らせていただきました」
「今、エリザベート嬢がつけているイヤリングですね。紫色の光沢のある髪によく合って、とてもお似合いです」
「ありがとうございます、ノルベルト殿下。エクムント様のセンスがいいのですわ」

 ノルベルト殿下も惚気ていたので、わたくしも存分に惚気ることにする。
 エクムント様の顔を見ればわたくしを見返して、微笑んでくださっている。

「ノルベルト殿下もエクムント様も素敵ですわ。婚約者のために似合うものを探してプレゼントするなんて、わたくし、憧れます」

 この場で婚約者がいないのはクリスタちゃんとハインリヒ殿下だけだ。この二人ももう少し年齢が上がれば婚約の話が持ち出されるのではないかとはわたくしは考えていた。

 クリスタちゃんとハインリヒ殿下は想い合っているし、何よりこの国でハインリヒ殿下に相応しい家柄の女性といえば、この国唯一の公爵家の令嬢であるクリスタちゃんかまーちゃんくらいになってくる。まーちゃんはさすがに年齢差があるし、クリスタちゃんとハインリヒ殿下は、最初はハインリヒ殿下がクリスタちゃんに意地悪をして嫌われて、それから一生懸命好かれるように努力して、築いてきた絆がある。
 ハインリヒ殿下に相応しいのはクリスタちゃんくらいしかいないとわたくしは確信していた。

 ハインリヒ殿下は隣国の王女だった王妃殿下から生まれているし、もう隣国からは婚約者をもらわないだろう。隣国との繋がりは、ノルベルト殿下がノエル殿下と婚約しているのでしっかりと築けている。

「わたくしも婚約する日が来るのでしょうか」
「きっと来ると思います」

 そのときに相手が私だったらいいのですが。

 ハインリヒ殿下が飲み込んだ言葉がわたくしには聞こえた気がした。
 王族なので自分の一存で婚約者を決めることはできないが、国王陛下も王妃殿下もハインリヒ殿下の意思をある程度は尊重してくれるだろう。
 何より、クリスタちゃんはこの国唯一の公爵家の令嬢で、ハインリヒ殿下に相応しい地位を持っていた。

 これも全てわたくしがクリスタちゃんをディッペル家に引き取って、両親がクリスタちゃんを養子にすると決めてくれたからだった。
 『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では子爵家の令嬢のままで皇太子殿下の婚約者になるのだが、それは無理がありすぎるし、周囲の反対もあっただろう。
 ノメンゼン子爵家を叔父の娘である従姉に譲って、公爵家の令嬢となったクリスタちゃんは皇太子殿下の婚約者となる資格があった。

「いつも思うのですが、ディッペル家で出されるミルクティーは牛乳が新鮮でとても美味しいですね。紅茶が苦手だった私も、ミルクティーならば飲めるようになりましたよ」
「ディッペル公爵領では酪農が盛んに行われていますからね。ハインリヒ殿下、ご存じですか? 牛乳とは、赤ちゃんを産んだ牛からしか出ないのですよ」
「そうなのですか!? 雌の牛ならば全部出るものだと思っていました」
「赤ちゃんを産んだ牛だけが乳牛になれます。牛乳を出させるために、酪農家は雌の牛に赤ちゃんを産ませているのです」

 牛乳のことを話すクリスタちゃんは活き活きとしている。リップマン先生の授業で習ったことをここで活かせているのだ。
 クリスタちゃんの言葉にハインリヒ殿下は驚き、聞き入っていた。

「牛のことなど全然知りませんでした。教えてくださってありがとうございます」
「ディッペル公爵領では酪農を含めた畜産が盛んですからね」
「酪農と畜産はどう違うのですか?」
「酪農は畜産の一部なのです。畜産は動物を飼って、そこから肉や牛乳、卵を生産する第一産業です」
「クリスタ嬢は詳しいのですね」
「ディッペル公爵家の娘ですから、領地のことはしっかりと勉強しています」

 クリスタちゃんがディッペル公爵家でしっかりと教育されているのがハインリヒ殿下にも伝わっただろう。
 わたくしはクリスタちゃんの様子に鼻が高かった。

「ディッペル公爵領は気候も温暖で、農業に向いた土地ですからね。辺境伯領は暑さが厳しく、領民の食料を確保するのが難しい土地です」
「辺境伯領では何を育てているのですか?」
「暑さに強い野菜が主流で、平民の主食はトウモロコシや米ですね」
「トウモロコシが主食なのですか?」
「トウモロコシを乾燥させて粉にして、薄焼きのパンを作ったりして食べているのです」

 辺境伯領のことについてはわたくしよりもエクムント様の方がずっと詳しかった。話を聞いていると驚きがある。
 トウモロコシの粉の薄焼きパンなど、わたくしは食べたことがない。

「貴族たちは他の領地から交易で手に入れた様々なものを食べられますが、平民の食事はいつも同じものですよ。トウモロコシの粉の薄焼きパンと豆のカレーが主ですね」
「辺境伯領は貧しいのですか?」
「貧しいかと言われれば、価値観によります。海からの恵みもあるし、交易で市は栄えているし、物は豊富にありますよ。ただ、誰もが豊かではないことは確かです」

 それはどの領地も同じなのだが、将来辺境伯家に嫁ぐ身としては、辺境伯領の話は気になるものだ。

「辺境伯領を隅々まで豊かにしないと、また人身売買や動物の密輸がはびこるのではないでしょうか」
「人身売買は貧しい家が子どもを売ることが多いですからね。平民の中でも貧困層に当たるひとたちをどう援助していくかにかかっています。動物の密輸は、一部の貴族の悪行ですね」

 エクムント様と話していると、カサンドラ様が近付いてくる。
 カサンドラ様はまずハインリヒ殿下とノルベルト殿下に頭を下げた。

「私もご一緒してよろしいですか?」
「どうぞ、カサンドラ様」
「辺境伯をエクムント殿に譲られたのですよね。素晴らしい跡継ぎがおられて辺境伯領も安泰ですね」
「ありがとうございます。エクムント、エリザベート嬢と辺境伯領の話をしていたのかな?」
「そうです。エリザベート嬢が熱心に聞いてくださるので、私ばかり話し過ぎました」

 申し訳ないと謝るエクムント様にわたくしはそんなことはないと首を振る。

「興味深いお話でしたわ。わたくしも辺境伯家の婚約者として知っておかねばならない知識でした」
「エリザベート嬢は年の割りに落ち着いているし、しっかりと教養も身に着けている。このまま育ったら、将来が楽しみですね」
「そう言っていただけると光栄です」

 カサンドラ様はいつもわたくしを認めてくださるようなことを言ってくださる。
 わたくしがこの年で辺境伯家の婚約者として胸を張っていられるのもカサンドラ様のおかげとしか言いようがない。

「カサンドラ様はしばらくはエクムント様と行動を共にするのですか?」
「エクムントは教育中なので、私がそばにいて立派な辺境伯に育て上げなければいけません。ディッペル家で学んできたことが役に立っていると思いますよ」
「カサンドラ様ともまたお会いできるのはとても嬉しいですわ。どうか、わたくしの両親の誕生日にもいらしてください」
「お誘いありがとうございます。喜んで参ります」

 カサンドラ様も辺境伯を退いた身ではあるが、まだ隠居したわけでなくエクムント様の教育係としてずっとそばにいる。カサンドラ様は軍服からスーツに着替えていたが、以前と変わりなく格好よかった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...