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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流
14.流れ星に願い事を
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クリスタちゃんがディッペル家にやって来たのは五年も前のことになる。
わたくしはまだ十歳なので人生の半分であるし、幼いころの記憶は朧気なので五年というと途方もない時間に感じられる。それだけの時間をクリスタちゃんとわたくしは共に過ごしてきたのだ。
クリスタちゃんは『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』とは違って、不作法ではなく礼儀を弁えた優しいいい子に育っているし、わたくしはクリスタちゃんを苛めたりするつもりはないので、悪役になることはない。
もう運命は変わっているのだとはっきり分かる。
わたくしはディッペル家の後継者ではなくなった。今はエクムント様の婚約者として成人すれば辺境伯領に嫁ぐことが決まっている。
公爵家と辺境伯家の婚約は国の一大事業なので破棄するようなことができるわけがない。
誰かが横槍を入れようとしても無駄なことはわたくしにも分かっている。
クリスタちゃんは順調にハインリヒ殿下と仲を深めていっているが、クリスタちゃんがハインリヒ殿下と婚約することになってもそれは同じだ。公爵家と王家の婚約は国の一大事業なので破棄できないし、周囲が横槍を入れようとしても不可能であると分かっている。
夕食のときにハインリヒ殿下とノルベルト殿下からわたくしはハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会で声をかけて来た女性について、話を聞いていた。
「そばから見ていた僕たちも不作法だと思いましたよ」
「後から聞きましたが、彼女は家の後継から外されて、別の場所に嫁がされるのだとか」
「後継には教育を受けた親戚がなると言っていましたよ」
ノルベルト殿下とハインリヒ殿下が話しているが、公爵家と辺境伯家の婚約を邪魔するようなことをすればこうなるのだ。
邪魔するようなことを考える浅慮な後継者は必要ないと考えられて、後継から外されて、別の後継者が立てられる。
「失礼な女性だと思いましたが、やはり処分が下されたのですね」
「父上から何か言われる前に当主が処分を下したようです」
「元々次期当主になるには相応しくないと思われていたようですよ」
貴族の当主となることはそんなに甘くないのだ。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではクリスタちゃんはノルベルト殿下とハインリヒ殿下の軋轢をなくしたとして、ハインリヒ殿下の婚約者の座につかされるのだが、それも今考えるとバーデン家の企みがあってのこととしか思えない。
子爵家の令嬢が皇太子の婚約者になれるというのもおかしな話だし、黒幕にバーデン家がいたからこそ成り立っていたのだろう。
物語ではクリスタちゃんとハインリヒ殿下の華やかな恋模様しか描かれていなかったが、実際にその世界で生きてみると黒幕の存在を知ることになって、わたくしは恐ろしさを感じていた。
物語が破綻しないために黒幕が生まれたのだろうが、その存在は物語の中には全く出てこない。クリスタちゃんが自らの力で皇太子の婚約者の座を勝ち取ったように書かれていた。
華やかな恋物語の裏にあったものに気付いてわたくしは薄ら寒くなったが、バーデン家は降格されているし、ブリギッテ様もバーデン家の当主夫婦も今は牢獄に入れられているので、クリスタちゃんに企みが及ぶようなことはなかった。
「明日の朝食をいただいたら帰らなければいけません。その前に、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とエリザベート嬢とクリスタ嬢とわたくしで、今夜、星を見ませんか?」
ノエル殿下の申し出にわたくしもクリスタちゃんもわくわくしてしまう。
夜更かしができるのはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下が来ているときくらいだ。
普段は規則正しい生活をするために早く寝ているし、わたくしもクリスタちゃんも早く眠くなってしまう生活習慣が身に付いていた。
「サンルームの前で星を見ませんか? コレットとシリルもガラス窓の近くに連れてきてもらって」
「いいですね、コレットとシリルも一緒に星を見るのですね」
賛成するクリスタちゃんに、ハインリヒ殿下も頷いている。
「この夏は流星群があると聞きました。流れ星が見られるかもしれません」
「流星群ですか? わたくし、流れ星を見たことがありません」
ノルベルト殿下の情報にノエル殿下が目を輝かせている。
ノルベルト殿下は父親似で黒髪に黒い目のハインリヒ殿下と違って、銀髪に菫色の瞳だ。ノエル殿下はプラチナブロンドに青い目なので、どことなく色素が薄いところがノルベルト殿下とお似合いだ。
「流れ星にお願いをすると叶うそうですよ」
「どんなお願いをしましょうか」
ハインリヒ殿下とクリスタちゃんの言葉を聞きながら、今夜は楽しくなりそうだとわたくしは思っていた。
わたくしは一つだけハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下にお願いをした。
「エクムント様も同席していいでしょうか? 護衛としても頼りになりますし」
「エリザベート嬢はエクムント殿に夢中なのですね。もちろんよろしいですよ」
「私は構いませんよ」
「僕もいいと思います」
ノエル殿下には揶揄われてしまったが、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は快く了承してくれた。
わたくしは騎士の休憩室で休んでいたエクムント様のところにクリスタちゃんと一緒に向かった。
「エクムント様、今夜、ノエル殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下とクリスタとわたくしで星を見るのです。ご一緒していただけませんか?」
「私がいて邪魔ではありませんか?」
「そんなことはありません。エクムント様と一緒に星を見たいのです」
わたくしがお願いすれば、エクムント様は頷いてくれる。
「私でよろしければご一緒しましょう」
安堵してわたくしは一度部屋に帰った。
部屋に帰ると楽な格好に着替えて、サンルームの前に移動する。ノエル殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も、公式な場所ではないので、ラフな格好になっていた。
エクムント様が軍服にサーベルを下げてやってきて、クリスタちゃんもやってきて、みんなで星を見上げる。
空は晴れていて満天の星空が見えた。
美しい星を見上げていると、一つの星が流れる。
「あ、流れ星!」
「流れましたね!」
「お願い事をしましたか?」
流れ星に声を上げたクリスタちゃんとノエル殿下に、ノルベルト殿下が問いかける。
「見るのに必死でお願い事ができませんでした」
「あっという間でしたね。ノルベルト殿下は何かお願い事をしましたか?」
お願い事ができなかったクリスタちゃんとノエル殿下に問いかけられて、ノルベルト殿下は微笑んで唇に指を当てた。
「内緒です。こういうことは言わない方が叶いそうではないですか?」
「なんだか狡いですわ。わたくしも次は必ずお願い事をします」
「わたくしも!」
「私は見逃してしまいましたよ」
内緒にするノルベルト殿下に狡いというノエル殿下。次こそはと身構えるクリスタちゃんとハインリヒ殿下に、エクムント様も空を見上げて微笑んでいた。
サンルームのガラス越しにコレットとシリルがいるのも見えている。
次の流れ星が見えたとき、わたくしは必死にお願い事を胸の中で唱えた。
エクムント様とこれからも繋がって行けますように。
秋にはエクムント様は辺境伯領に行ってしまう。
これは切実なわたくしの願いだった。
「エクムント様も流れ星を見ましたか?」
「見ましたよ。流星群なのですね。こんなに流れ星を見たのは初めてです」
「え? 流れたのは二回だけではなかったのですか?」
「エリザベート嬢は見えていないのですか? あぁ、そうか……私は目がいいんですね」
エクムント様はとても目がいいようで、わたくしやノエル殿下やノルベルト殿下やハインリヒ殿下やクリスタちゃんが見えていない流れ星まで見えているようだった。
そういえば前世で聞いたことがある。
ものすごく視力のいいひとは、昼間でも星が見えたりするそうだ。
昼間の星は消えているのではなくて、太陽の光が強すぎて見えなくなっているだけなのだ。それがものすごく視力のいいひとには見えるのだという。
エクムント様はそこまで視力はよくないのだろうが、わたくしよりはずっと視力がいいのかもしれない。
エクムント様のことをまた一つ知れた貴重な日だった。
わたくしはまだ十歳なので人生の半分であるし、幼いころの記憶は朧気なので五年というと途方もない時間に感じられる。それだけの時間をクリスタちゃんとわたくしは共に過ごしてきたのだ。
クリスタちゃんは『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』とは違って、不作法ではなく礼儀を弁えた優しいいい子に育っているし、わたくしはクリスタちゃんを苛めたりするつもりはないので、悪役になることはない。
もう運命は変わっているのだとはっきり分かる。
わたくしはディッペル家の後継者ではなくなった。今はエクムント様の婚約者として成人すれば辺境伯領に嫁ぐことが決まっている。
公爵家と辺境伯家の婚約は国の一大事業なので破棄するようなことができるわけがない。
誰かが横槍を入れようとしても無駄なことはわたくしにも分かっている。
クリスタちゃんは順調にハインリヒ殿下と仲を深めていっているが、クリスタちゃんがハインリヒ殿下と婚約することになってもそれは同じだ。公爵家と王家の婚約は国の一大事業なので破棄できないし、周囲が横槍を入れようとしても不可能であると分かっている。
夕食のときにハインリヒ殿下とノルベルト殿下からわたくしはハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会で声をかけて来た女性について、話を聞いていた。
「そばから見ていた僕たちも不作法だと思いましたよ」
「後から聞きましたが、彼女は家の後継から外されて、別の場所に嫁がされるのだとか」
「後継には教育を受けた親戚がなると言っていましたよ」
ノルベルト殿下とハインリヒ殿下が話しているが、公爵家と辺境伯家の婚約を邪魔するようなことをすればこうなるのだ。
邪魔するようなことを考える浅慮な後継者は必要ないと考えられて、後継から外されて、別の後継者が立てられる。
「失礼な女性だと思いましたが、やはり処分が下されたのですね」
「父上から何か言われる前に当主が処分を下したようです」
「元々次期当主になるには相応しくないと思われていたようですよ」
貴族の当主となることはそんなに甘くないのだ。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではクリスタちゃんはノルベルト殿下とハインリヒ殿下の軋轢をなくしたとして、ハインリヒ殿下の婚約者の座につかされるのだが、それも今考えるとバーデン家の企みがあってのこととしか思えない。
子爵家の令嬢が皇太子の婚約者になれるというのもおかしな話だし、黒幕にバーデン家がいたからこそ成り立っていたのだろう。
物語ではクリスタちゃんとハインリヒ殿下の華やかな恋模様しか描かれていなかったが、実際にその世界で生きてみると黒幕の存在を知ることになって、わたくしは恐ろしさを感じていた。
物語が破綻しないために黒幕が生まれたのだろうが、その存在は物語の中には全く出てこない。クリスタちゃんが自らの力で皇太子の婚約者の座を勝ち取ったように書かれていた。
華やかな恋物語の裏にあったものに気付いてわたくしは薄ら寒くなったが、バーデン家は降格されているし、ブリギッテ様もバーデン家の当主夫婦も今は牢獄に入れられているので、クリスタちゃんに企みが及ぶようなことはなかった。
「明日の朝食をいただいたら帰らなければいけません。その前に、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とエリザベート嬢とクリスタ嬢とわたくしで、今夜、星を見ませんか?」
ノエル殿下の申し出にわたくしもクリスタちゃんもわくわくしてしまう。
夜更かしができるのはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下が来ているときくらいだ。
普段は規則正しい生活をするために早く寝ているし、わたくしもクリスタちゃんも早く眠くなってしまう生活習慣が身に付いていた。
「サンルームの前で星を見ませんか? コレットとシリルもガラス窓の近くに連れてきてもらって」
「いいですね、コレットとシリルも一緒に星を見るのですね」
賛成するクリスタちゃんに、ハインリヒ殿下も頷いている。
「この夏は流星群があると聞きました。流れ星が見られるかもしれません」
「流星群ですか? わたくし、流れ星を見たことがありません」
ノルベルト殿下の情報にノエル殿下が目を輝かせている。
ノルベルト殿下は父親似で黒髪に黒い目のハインリヒ殿下と違って、銀髪に菫色の瞳だ。ノエル殿下はプラチナブロンドに青い目なので、どことなく色素が薄いところがノルベルト殿下とお似合いだ。
「流れ星にお願いをすると叶うそうですよ」
「どんなお願いをしましょうか」
ハインリヒ殿下とクリスタちゃんの言葉を聞きながら、今夜は楽しくなりそうだとわたくしは思っていた。
わたくしは一つだけハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下にお願いをした。
「エクムント様も同席していいでしょうか? 護衛としても頼りになりますし」
「エリザベート嬢はエクムント殿に夢中なのですね。もちろんよろしいですよ」
「私は構いませんよ」
「僕もいいと思います」
ノエル殿下には揶揄われてしまったが、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は快く了承してくれた。
わたくしは騎士の休憩室で休んでいたエクムント様のところにクリスタちゃんと一緒に向かった。
「エクムント様、今夜、ノエル殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下とクリスタとわたくしで星を見るのです。ご一緒していただけませんか?」
「私がいて邪魔ではありませんか?」
「そんなことはありません。エクムント様と一緒に星を見たいのです」
わたくしがお願いすれば、エクムント様は頷いてくれる。
「私でよろしければご一緒しましょう」
安堵してわたくしは一度部屋に帰った。
部屋に帰ると楽な格好に着替えて、サンルームの前に移動する。ノエル殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も、公式な場所ではないので、ラフな格好になっていた。
エクムント様が軍服にサーベルを下げてやってきて、クリスタちゃんもやってきて、みんなで星を見上げる。
空は晴れていて満天の星空が見えた。
美しい星を見上げていると、一つの星が流れる。
「あ、流れ星!」
「流れましたね!」
「お願い事をしましたか?」
流れ星に声を上げたクリスタちゃんとノエル殿下に、ノルベルト殿下が問いかける。
「見るのに必死でお願い事ができませんでした」
「あっという間でしたね。ノルベルト殿下は何かお願い事をしましたか?」
お願い事ができなかったクリスタちゃんとノエル殿下に問いかけられて、ノルベルト殿下は微笑んで唇に指を当てた。
「内緒です。こういうことは言わない方が叶いそうではないですか?」
「なんだか狡いですわ。わたくしも次は必ずお願い事をします」
「わたくしも!」
「私は見逃してしまいましたよ」
内緒にするノルベルト殿下に狡いというノエル殿下。次こそはと身構えるクリスタちゃんとハインリヒ殿下に、エクムント様も空を見上げて微笑んでいた。
サンルームのガラス越しにコレットとシリルがいるのも見えている。
次の流れ星が見えたとき、わたくしは必死にお願い事を胸の中で唱えた。
エクムント様とこれからも繋がって行けますように。
秋にはエクムント様は辺境伯領に行ってしまう。
これは切実なわたくしの願いだった。
「エクムント様も流れ星を見ましたか?」
「見ましたよ。流星群なのですね。こんなに流れ星を見たのは初めてです」
「え? 流れたのは二回だけではなかったのですか?」
「エリザベート嬢は見えていないのですか? あぁ、そうか……私は目がいいんですね」
エクムント様はとても目がいいようで、わたくしやノエル殿下やノルベルト殿下やハインリヒ殿下やクリスタちゃんが見えていない流れ星まで見えているようだった。
そういえば前世で聞いたことがある。
ものすごく視力のいいひとは、昼間でも星が見えたりするそうだ。
昼間の星は消えているのではなくて、太陽の光が強すぎて見えなくなっているだけなのだ。それがものすごく視力のいいひとには見えるのだという。
エクムント様はそこまで視力はよくないのだろうが、わたくしよりはずっと視力がいいのかもしれない。
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