エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

8.まーちゃんのさくらんぼのタルトの行方

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 まーちゃんのお誕生日はまーちゃんへの聞き取りから始まった。
 まーちゃんがまだ一歳とはいえ、少しは喋れるのだからまーちゃんの望むお誕生日にしたい。
 ふーちゃんは二歳のお誕生日をクリスタちゃんの思い出の苺のタルトで祝ったが、まーちゃんはどんなお誕生日を望んでいるのだろう。

「マリアはどんな果物が好きですか?」
「くあもー?」
「桃とか、さくらんぼとか、蜜柑とか、苺とか……」
「んぼー! んぼー!」
「さくらんぼですか!」

 まーちゃんは話せることは少ないが、会話の内容はほとんど理解している様子である。聞いてみるとさくらんぼが好きだと返事があった。

「さくらんぼを使ったケーキをお誕生日に作ってもらうのはどうでしょう」

 朝食の席でまーちゃんに聞いて、提案するわたくしに、両親は朝食を食べ終えてナプキンで口を拭いてから答える。

「さくらんぼのタルトならぎっしりとさくらんぼが乗せられるね」
「赤くて見た目も華やかでいいのではないでしょうか。マリア、さくらんぼのタルトでいいですか?」
「あい!」

 さくらんぼのタルトが何か分かっているのかいないのか、まーちゃんはお手手を上げていいお返事をしていた。
 まーちゃんのお誕生日のケーキが決まったので、わたくしとクリスタちゃんはまーちゃんのお誕生日お祝いを作ることにした。
 子ども部屋に綺麗な紙を持って来て切っていると、ふーちゃんも興味津々で覗き込んでくる。

「ふーちゃんもやってみたいですか?」
「わたち、ちたい」
「それでは、折り紙を教えましょうね」

 正方形に切った紙をふーちゃんに渡して、簡単な折り紙を教えていると、ふーちゃんは四苦八苦している。上手に手が使えなくて、折り目が綺麗に重ならないのだ。

「でちないー! やー!」

 癇癪を起して泣き出してしまったふーちゃんに、クリスタちゃんが手を添えて手伝ってあげる。

「できます。ふーちゃんなら、できる!」
「うー……くーおねえたま!」
「わたくしがついています!」
「くーおねえたま!」

 一緒に折るとふーちゃんも簡単に折れるチューリップが折り上がって、誇らしげな顔でまーちゃんに見せに行っていた。
 わたくしとクリスタちゃんは薔薇の花をたくさん折って、緑の紙で茎を作って、花束にする。
 出来上がった花束は、食堂のテーブルに飾ってもらった。

 まーちゃんのお誕生日のお茶会が始まる。
 まーちゃんは食堂の椅子に座って、ケーキが切られるのを見ている。
 艶々の種を取って半分に切ったさくらんぼがぎっしりと乗った大きな丸いタルトが八等分にされていく。

「まーの! まーの!」
「まーたん、おいち、みんな、いっと」
「いっと?」
「いっと、たべう。おいち、もっとおいち!」

 全部欲しがって椅子の上で暴れるまーちゃんにふーちゃんが諭している。
 みんなで食べた方がもっと美味しくなるという言葉に、まーちゃんはしばらく考えてから、椅子に座り直した。

「まーの、いっちょ」

 指を一本立てて、一切れだけ自分のだと主張するまーちゃんは、ふーちゃんのお説教がしっかりと効いたようだ。
 ふーちゃんとまーちゃんは一歳違いの兄妹だが、こんなにもふーちゃんの言うことをまーちゃんは聞くのかと驚いてしまうくらいだった。

 わたくしもさくらんぼのタルトを一切れいただいて、クリスタちゃんとふーちゃんと両親も一切れずつもらう。
 これで六切れだ。
 残りは二切れである。

「まーの!」
「マリア、欲張りすぎですよ。二切れは食べ過ぎです」
「まーの! まーのぉ! ふぇ……」

 自分のだと主張して泣くまーちゃんに、母も困っている。
 夏場なのでケーキを保存しておく方法がないのだ。

 一応この世界にも冷蔵庫はあるのだが、遠くの山から切って来た氷を入れるとても貴重なもので、大量には冷やすことができない。わたくしのアイスティーに入っている氷も、わたくしが公爵家の娘だから手に入るもので、平民には手の届かないものだった。

「まーの……」
「まーたん、へうまんたん、れいーな、どうじょちる」
「どうじょ?」
「まーたん、へうまんたん、れいーな、いこいこちてくれる」
「どうじょ!」

 まーちゃんを説得したのはふーちゃんだった。ふーちゃんはヘルマンさんとレギーナが自分たちを大事にしてくれているので、二人に「どうぞ」するようにまーちゃんを促して、まーちゃんもそれに納得してヘルマンさんとレギーナに向かって「どうぞ」と手を差し出していた。

「フランツを見ていると、こんなに小さくてもちゃんと兄なのだと感心するね」
「フランツは本当にいい子に育っていますわ」

 両親もまーちゃんとふーちゃんのやり取りを見て、微笑んでいた。

 食堂のテーブルの上に飾ってもらっていた綺麗な紙で作った薔薇の花束は、子ども部屋に飾られることになった。ふーちゃんがクリスタちゃんと作ったチューリップに関しても、茎を付けて子ども部屋に飾った。

「わたち、ちゅくった」
「とても上手ですね、フランツ様」
「わたち、じょーじゅ!」

 窓辺に飾られているチューリップを指差してふーちゃんがヘルマンさんに言っている。ヘルマンさんに褒められてふーちゃんはとても嬉しそうだった。
 これからふーちゃんは折り紙を覚えていくのかもしれない。

「まーちゃん、お誕生日の歌を歌ってあげましょうね」
「うー! うー!」

 クリスタちゃんはまーちゃんにお誕生日の歌を歌ってあげていた。歌い終わるとまーちゃんが人差し指を立てる。

「もいっちょ!」
「もう一回ですか? いいですよ」

 何度リクエストされてもクリスタちゃんは嫌がらずまーちゃんに同じ歌を歌ってあげていた。
 まーちゃんは手を叩いてそれを聞いている。

 ふーちゃんはまーちゃんがお誕生日にもらった絵本を本棚から引きずり出してきていた。まーちゃんとふーちゃんは子ども部屋で同じ本棚を共有しているので、ふーちゃんの絵本をまーちゃんが読むこともあるし、まーちゃんの絵本をふーちゃんが読むこともあるのだ。

「えーおねえたま、よんで?」
「ふーちゃん、お膝にどうぞ」
「あい」

 ソファに座ってお膝にふーちゃんを抱っこして、わたくしは絵本を読む。新しい絵本を全部読んでしまうまでふーちゃんはわたくしを開放してくれなかった。
 絵本を読んでいるとまーちゃんも近くに寄って来て、隣りのソファによじ登って覗き込んでくる。ふーちゃんとまーちゃんに絵本を読んであげていると、クリスタちゃんもまーちゃんを抱っこしてソファに座って絵本を聞いていた。
 クリスタちゃんもまだまだ絵本を読み聞かせてもらいたい年齢なのだ。

 新しい絵本を全部読んでしまうと、ふーちゃんは膝の上から降りて、自分の大好きな列車の絵本を持ってきた。
 列車の絵本はわたくしが読まなくても自分で捲って見ていることができるのだが、今日は読んでもらいたい気分のようだ。お膝の上にふーちゃんを抱っこして、隣りに座るまーちゃんを抱っこしたクリスタちゃんにも見えるようにして読んでいくと、ふーちゃんもまーちゃんもクリスタちゃんも絵本に夢中になっていた。

 最終的にはふーちゃんは列車の図鑑を持ち出して来て、列車の説明を一つずつわたくしの膝の上で指差して読ませていった。

「個室席ですね。王都に行くときに乗りましたね」
「こんあーとめんおてち!」
「コンパートメント席とも言いますね」
「ろくにんがけ!」
「六人掛けで、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんとお父様とお母様でちょうど六人でしたね」

 旅の思い出を語りながら読んでいくと、ふーちゃんは列車の図鑑を指でなぞりながらうっとりとしていた。

 まーちゃんの一歳のお誕生日は一週間遅れだったが祝われた。
 ケーキは手掴みで、上のさくらんぼだけしか食べていなかったが、それもまーちゃんがまだ小さいので仕方がないだろう。
 残った二切れのケーキはふーちゃんとまーちゃんが話し合って、ヘルマンさんとレギーナに上げることになっていた。

 ヘルマンさんとレギーナはわたくしたちと食事を一緒にできないが、休憩時間に交代で食事をとるときに食べてくれるだろう。

 窓の外を見れば急に外が暗くなってにわか雨が降り始めていた。
 もうすっかりと夏になっていた。
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