エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

7.幼児の会話

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 翌日の朝食を食べてから、わたくしたちはディッペル公爵領に帰った。
 まーちゃんのお誕生日は終わっていたが、お祝いをするのは一週間後と決まっている。
 見送りに来て下さったハインリヒ殿下とノルベルト殿下が馬車の前でわたくしとクリスタちゃんに話しかけていた。

「昨日はマリア嬢のお誕生日だったのですね。知らずに失礼をしました」
「マリア嬢もお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下。マリアも喜んでいると思います」
「マリアは一歳になりました。国王陛下の別荘に行くことがあれば連れて行きたいと思っています」

 わたくしとクリスタちゃんに、ハインリヒ殿下が嬉しそうに表情を輝かせる。

「父上はディッペル公爵家を別荘に招待することをお許しになりました。母上もユリアーナをディッペル公爵家に紹介したいと言っています」
「本当ですか?」
「ユリアーナ殿下に会えるのですね。とても嬉しいです」

 わたくしもクリスタちゃんも喜びに身を乗り出してしまった。
 ハインリヒ殿下がクリスタちゃんの手を取って水色のお目目を覗き込んで話しかける。

「別荘で一緒に過ごせる日を楽しみにしています」
「わたくしも楽しみにしていますわ」
「名残惜しいですが、他の方のお見送りもしなければいけないので」
「またお会い致しましょう、ハインリヒ殿下」

 手を握り合って約束しているのは小さな恋人っぽくてとても可愛らしい。
 ハインリヒ殿下から名残惜しく離れてクリスタちゃんは馬車に乗った。
 馬車にはまーちゃんを抱っこした母とふーちゃんを抱っこした父が既に乗っている。わたくしとクリスタちゃんが乗れば馬車は動き出す。
 ヘルマンさんとレギーナとマルレーンとデボラの乗る馬車は別物だし、エクムント様は馬に乗って馬車と並走していた。

「国王陛下から正式に招待状が届くと思うんだが、夏の間に国王陛下の別荘に招待されるよ」
「王妃殿下がわたくしたち夫婦と会いたいと仰っていて、ユリアーナ殿下も紹介してくださるとのことです」
「正式な招待状が来るのですね?」
「国王陛下から聞いたのですか?」
「正式な招待状を国王陛下が作っている最中だそうだ」
「国王陛下から昨日の晩餐会でお聞きしました。今年の夏は忙しくなりますよ」

 両親から教えられてわたくしとクリスタちゃんは顔を見合わせる。クリスタちゃんの水色の目が嬉しそうにきらきらと輝いている。

「ハインリヒ殿下にお誘いいただいたのが実現するだなんて嬉しいですわ」
「クリスタはユリアーナ殿下にお会いしたがっていましたものね」
「ユリアーナ殿下は王妃殿下に似ていると聞いています。どのようなお顔なのか見てみたいし、会っていたいのですわ」

 ふーちゃんやまーちゃんを可愛がっているように、クリスタちゃんはユリアーナ殿下のことも可愛がりたいのだろう。お目目を丸くして聞いているふーちゃんとまーちゃんに話しかけている。

「フランツ、マリア、ユリアーナ殿下にお会いできるかもしれませんよ。ユリアーナ殿下はマリアよりも小さいのです」
「ちったい、あかたん?」
「まー、あーた?」
「そうですよ、赤ちゃんなのです。フランツはマリアが小さい頃のことを覚えていないかもしれませんし、マリアは自分より小さい子に会ったことがないでしょう? ユリアーナ殿下に会ったら驚くかもしれません」
「わたち、あかたん、よちよちつる!」
「あーた、あーた!」

 身分というものが分かっていないふーちゃんやまーちゃんがユリアーナ殿下に無礼を働いたとしても、年齢的に許されるだろうが、そういうことのないようにしっかりとわたくしは姉として見守っておかなければいけない。
 特にまーちゃんは何でも齧りたいお年頃なので、ユリアーナ殿下が齧られるようなことがあっては絶対にならない。

「フランツ、ユリアーナ殿下、ですよ。赤ちゃんではありません。ユリアーナ殿下です」
「ゆーでんか」
「上手ですよ。ユリアーナ殿下とお呼びしましょうね」
「ゆーでんか、ゆーでんか!」

 クリスタちゃんはふーちゃんにしっかりとユリアーナ殿下の呼び方を教えていた。まーちゃんはまだ上手にお喋りできないので、教えることができない。

「ゆー、ゆー」
「マリアはそれでも許されるでしょうね」
「ねぇね、うー!」
「お歌ですか?」

 ユリアーナ殿下の呼び方を練習するのに飽きてしまったまーちゃんはクリスタちゃんにお歌を強請っていた。
 駅に着くまでクリスタちゃんは馬車の中で童謡を歌い続けた。馬車の中には動揺が響き渡っていた。

 列車では個室席に乗り込んで、ふーちゃんはご機嫌で窓際に座る父の膝に座って、窓の外を見ている。まーちゃんは父の正面の窓際に座る母の膝の上に座って、ふーちゃんに一生懸命話しかけていた。

「にぃに、ぽっ!」
「ちゅっぽよ、まーたん」
「ぽっぽ! ぽっぽ!」
「ちゅっぽ、はやーいよ」
「おー!」

 まーちゃんとふーちゃんの間で何となく会話が成立している気がする。列車が早いと言われて仰け反って感心しているまーちゃんに、ふーちゃんが説明する。

「おんぱーとめんおてち、ろくにんがけ!」
「おー! おー!」
「わたち、えーおねえたま、くーおねえたま、おとうたま、おかあたま、まーたん、いっと!」
「いっと! いっと!」

 個室席が六人掛けで、ふーちゃんとわたくしとクリスタちゃんと父と母とまーちゃんで座れることを説明しているふーちゃんに、わたくしは驚いてしまう。
 わたくしたち家族でちょうど六人で、個室席が六人掛けだということがふーちゃんには分かっているのだろうか。ふーちゃんはまだ数字が数えられないはずなのに、列車のことに関してだけはものすごい知識を披露する。

「ねぇね、うー! うー!」

 話しに飽きてしまったまーちゃんはクリスタちゃんにお歌を強請っている。まーちゃんはクリスタちゃんのお歌が好きで、ふーちゃんはわたくしが絵本を読むのが好きなので、担当が決まっているのかもしれない。
 クリスタちゃんが歌い出すと、まーちゃんは母のお膝に大人しく座ってそれを聞いていた。分かる歌になると、少し歌ってみたりする。

「マリアはお歌が大好きですね。将来は声楽家になるかもしれませんね」
「フランツは列車が大好きで、将来はディッペル公爵領に列車を整備するかもしれないね」

 母と父の言葉にそんな未来が来ればいいと思うわたくしだった。

 ディッペル公爵家のお屋敷に戻るとわたくしとクリスタちゃんは楽な格好に着替える。
 サマードレスもモダンスタイルになっていて、スカートが長すぎず足元が涼しい。
 まーちゃんはサマードレスの下にオムツを隠すカボチャパンツをはいていた。ふーちゃんは半ズボンに涼しいシャツを着て子ども部屋で過ごしている。
 子ども部屋の窓は開けられていたが、風が吹いていないと暑さが籠ってしまう。風が吹いていないときにはヘルマンさんとレギーナがふーちゃんとまーちゃんを扇で仰いでいた。

 クリスタちゃんは四歳のころまで扇で叩かれていたので扇に嫌なイメージがついていないかわたくしは少し心配だった。扇を見ると嫌な気分になったり、トラウマになったりしていないだろうか。

「クリスタちゃん、扇を見ても平気ですか?」
「暑い日にお母様がわたくしのことを扇で仰いでくださったことがあったの。そのときに、わたくし、扇はこんな優しい使い方もあるのだって理解したわ。お姉様、心配してくれてありがとうございます。わたくしは平気よ」

 微笑むクリスタちゃんにわたくしは安心しつつも、クリスタちゃんを抱き締めてしまう。
 扇で叩かれていた記憶はクリスタちゃんの中から消えていない。
 それが蘇らないようにわたくしは願うしかなかった。

「クリスタちゃんはディッペル家で守られますからね。誰もクリスタちゃんを苛めることなんてできません」
「お姉様はわたくしがこの家に来たときからずっと、守ってくださっていたわ。お姉様がいたから、わたくしは伸び伸びとこの家で過ごすことができたの。お姉様、大好きよ」
「わたくしもクリスタちゃんが大好きです」

 クリスタちゃんと抱き合っていると、ふーちゃんとまーちゃんが足元に来ている。脚にしがみ付いてくるふーちゃんとまーちゃんに、笑いながらわたくしはふーちゃんを抱き上げて、クリスタちゃんがまーちゃんを抱き上げる。

 クリスタちゃんがディッペル家に来たときにはふーちゃんもまーちゃんもいなかった。
 クリスタちゃんが来て、養子になって妹になって、ふーちゃんが生まれて、まーちゃんが生まれて、ディッペル家は賑やかになった。
 これからもディッペル家がますます栄えるようにわたくしは祈らずにいられない。
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