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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

3.ふーちゃんとまーちゃんの秘密

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 ふーちゃんは王都に行くときに列車に乗れるのを分かっている。
 ヘルマンさんが列車の本を読んであげながら、王都に行くときにはどの列車に乗るかなどを話して聞かせているからだ。
 ふーちゃんがまーちゃんに列車の本を持ち出して読んで聞かせて上げている。

「わたち、まー、こんぱーとめんちょてき、のる」
「にぃ?」
「たのち! ちゅっぽ!」
「ぽっ!」

 自分の持っている列車のおもちゃも見せて、個室席コンパートメント席に座れると説明しているふーちゃんに、まーちゃんは黒いお目目を丸くして興味津々である。

「ぽっ! ぽっ!」
「いっと、のろう?」
「あい!」

 小さなお手手を上げて返事をするまーちゃんに、ふーちゃんはにこにこ顔になっていた。

 女の子は喋るのが早いと言うが、まーちゃんは一歳を目前にして様々なことを喋るようになっていた。

「ねぇ、ねぇ!」
「はい、ねぇねですよ。まーちゃんどうしましたか?」
「うー! うー!」
「お歌ですか?」
「あい!」

 お歌を歌って欲しいと強請るまーちゃんにクリスタちゃんが童謡を歌ってあげる。お歌を聞くとまーちゃんは大人しく聞いて楽しそうにお手手を打ち合わせて拍手をしていた。

 歩くのも早かったまーちゃんは、それまではむちむちとした体形だったのに、歩くと細くなってきた。ふーちゃんも歩くまではむちむちだったが、歩き出すと細くなったので、歩くということは運動量がそれまでと全然違うのだろう。
 まだまーちゃんははいはいの方が早いので、急ぐときには床に手を突いてはいはいになっている。

「エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様と離れないで済んで安心しています」
「フランツ様はエリザベートお嬢様とクリスタお嬢様がいなければ、食べないし寝ないで不機嫌になるし、マリア様は食べるのですが泣いてばかりで全然寝ませんからね」
「エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様がいると、フランツ様は上機嫌でよく食べてよく眠ります。マリア様も安心して眠れるようです」

 わたくしとクリスタちゃんはご機嫌のいいふーちゃんとまーちゃんしか見たことがない。クリスタちゃんのお誕生日のときにヘルマンさんとレギーナが大変そうにしていたのを見たが、わたくしとクリスタちゃんの前ではふーちゃんもまーちゃんもとてもいい子だった。
 わたくしとクリスタちゃんがいないとふーちゃんは食べないし寝ないで不機嫌になって、まーちゃんは食べるけれど寝ないで泣いてばかりになってしまうなんて知らなかった。

「えーねぇね、くーねぇね、だいすち」
「わたくしもふーちゃんが大好きですよ」
「嬉しいわ、ふーちゃん」
「ねぇ、ねぇ!」
「まーちゃんのことも大好きですよ」
「まーちゃんは可愛い妹よ」

 わたくしの膝に上がって来ようとするふーちゃんと、クリスタちゃんに抱っこされようとするまーちゃんをわたくしとクリスタちゃんは受け止めていた。

 王都への移動は長時間ではないが、滞在期間が二泊三日と長い。
 ふーちゃんとまーちゃんには着替え以外にもおもちゃやお気に入りの絵本が荷物に入れられた。

 わたくしはミントグリーンのお気に入りのモダンスタイルのドレスを入れて、髪飾りやネックレスも用意していた。時間があれば読めるようにノエル殿下から頂いた詩集も入れておく。
 荷造りが終わると、クリスタちゃんの部屋を覗けば、クリスタちゃんは悩んでいるようだった。

「お姉様、髪飾りはどうされました? わたくし、薔薇の髪飾りか、リボンか、牡丹の髪飾りか、リボン造花の髪飾りか悩んでいるのです」
「わたくしはリボンにしましたよ。ネックレスがダリアなので、喧嘩しないようにしようと思って」
「それなら、わたくしもリボンにしようかしら」
「ハインリヒ殿下にいただいた髪飾りでなくていいのですか?」
「ハインリヒ殿下にいただいた薔薇のネックレスを付けて出席しようと思っているので、髪飾りは拘らなくていいと思っているのです」

 リボンを持って行くことに決めたクリスタちゃんは、リボンを折り畳んで荷物に詰めていた。箱に入ったネックレスも大事に詰められている。

「お姉様、わたくしハインリヒ殿下に相応しいレディだと言われるようになりたいのです」
「クリスタちゃんは九歳という年の割りには勉強もできるし、刺繡も上手だし、ピアノと歌もとても素晴らしいです。立派なレディに成長していると思いますよ」
「お姉様にそう言っていただけると安心します」

 クリスタちゃんのお誕生日にハインリヒ殿下とノルベルト殿下から、ハインリヒ殿下の婚約の話が出ていた。
 この国の中でハインリヒ殿下に相応しいのはクリスタちゃんくらいしかいないだろう。
 王族の中から婚約者を選ぶようなことを国王陛下はなさらないだろう。王族の中から婚約者を選ぶよりも、この国唯一の公爵家であるディッペル家との繋がりをより強固にすることの方が大事になってくる。

 特にわたくしが辺境伯の婚約者となったからには、クリスタちゃんとハインリヒ殿下が婚約すると辺境との繋がりも強固になることは間違いない。

 ディッペル家と繋がりを強固に保つことは王家にとっても国益しかないのだ。

 クリスタちゃんがハインリヒ殿下を好きと言っているから婚約させたいなどと言う甘い考えでは貴族社会は生きられない。国の利益や家の利益をきっちりと考えなければいけない。

 それとは別に、わたくしはクリスタちゃんがハインリヒ殿下を大好きだという気持ちも尊重したいとは考えているのだが。
 ハインリヒ殿下がクリスタちゃんを王家で守って幸せにできないようでは、わたくしはクリスタちゃんを渡す気がないくらいにクリスタちゃんのことが可愛かった。クリスタちゃんはわたくしにとっての初めての妹で、大事な可愛い存在なのだ。
 王家が求めようとも、クリスタちゃんが幸せになれないのならば婚約に賛成するつもりはない。
 逆に、クリスタちゃんが幸せになれるのならばわたくしは王家とディッペル家との間のハインリヒ殿下とクリスタちゃんという二人の婚約に大賛成だった。

「クリスタちゃん、公爵家や王家の婚約というのは国の一大事業で、一度結んでしまえば破棄することは許されません。王家に嫁ぐというのは大変な苦労があると思います。それを分かっていますか?」
「わたくし、よく分かっていないかもしれません。でも、婚約できる年になるまでにはきっと理解してみせる。だからお姉様、応援してください」

 正直に理解できていないと言うところもクリスタちゃんらしくていいと思う。
 しかし、貴族社会ではそんな甘い考えでは生きていけないので、わたくしは心を鬼にしてクリスタちゃんに言う。

「王家に嫁げば、子どもができなければ非難されてハインリヒ殿下に妾を持つように勧められたり、諸外国との外交も行わなかったりしなければいけないのですよ。その覚悟がありますか?」
「わたくし、分からないことはたくさんだけれど、覚悟だけはあります。これから、将来のために勉強していきたいと思っています」

 しっかりとした答えがクリスタちゃんから聞けてわたくしは安心していた。

「わたくしもクリスタちゃんがフェアレディになれるように応援しますし、お母様も指導してくれると思います。一緒に頑張りましょう」
「はい、お姉様」

 わたくしの手をしっかりと握るクリスタちゃんの手は暖かい。クリスタちゃんの心が籠っている気がして、わたくしはその手を握り返した。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の生誕の式典は間近に迫っている。
 ハインリヒ殿下がお誕生日のお茶会で誰とお茶をご一緒するのか、周囲は気にしていることだろう。
 既にハインリヒ殿下がクリスタちゃんしか誘わないことを知っているひとたちもいる。

 クリスタちゃんがどう見られるのか、これからは特に意識しておかなければいけなかった。
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