エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
150 / 528
五章 妹の誕生と辺境伯領

30.残り三年

しおりを挟む
 ハインリヒ殿下からネックレスを、ノエル殿下から詩集をもらったクリスタちゃんは上機嫌だった。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下とわたくしでお茶をする。
 詩集はデボラとマルレーンにお願いして部屋に置いて来てもらった。

「お姉様、明日からリップマン先生の授業は、詩集を訳すことにしてもらいませんか?」

 それはちょっと困る。
 詩の意味がわたくしは全く理解できないなんて言うことになれば、リップマン先生の質問に答えられなくなるからだ。

「詩は芸術なのでそれぞれの解釈があると思うのです。リップマン先生の授業ではこのまま隣国の文法を教えてもらって、詩集は自分たちで訳していくというのはどうですか?」
「お姉様と一緒に訳したいですわ」
「ノエル殿下から頂いた大事な詩集です。少しずつでも自分の力で訳したいとわたくしは思っています」
「お姉様がそう仰るなら」

 若干不服そうだがクリスタちゃんは理解してくれた。わたくしはそっと胸を撫で下ろす。

「エリザベート嬢とクリスタ嬢には、弟君と妹君がおられるのですよね?」
「弟のフランツと妹のマリアですね」
「羨ましいですわ。わたくしは末っ子だから兄と姉しかいませんの。お幾つですか?」
「弟のフランツは二歳になったばかりです。妹のマリアは初夏に一歳になります」
「それでは、まだお茶をご一緒するまでには時間がかかりますね」

 クリスタちゃんがお茶会に連れて来られたのが四歳のとき、そのとき妹のローザ嬢は三歳だった。
 そこまで小さくてお茶会に参加することはほとんどなくて、せめて五歳になってからお茶会にデビューするくらいである。
 わたくしも五歳からお茶会に出ている。

 そういうことを考えると、元ノメンゼン子爵の妾は非常識だったのだと今更ながらに理解できる。

「わたくしの両親のお誕生日のお茶会にはフランツもマリアも出席しているのですが、ノエル殿下はわたくしの両親のお誕生日のお茶会には参加は難しいですよね」
「その後に国王陛下の生誕の式典がありますからね。わたくしはそちらに出席しなければいけないので、エリザベート嬢とクリスタ嬢のご両親のお誕生日には出られませんね」

 そうなるとノエル殿下にふーちゃんとまーちゃんを紹介するのは、ふーちゃんとまーちゃんが五歳を越してからになってしまう。

「わたくし、フランツとマリアも出席して欲しいと両親にお願いすればよかったですわ」

 クリスタちゃんはそんなことを言っているが、両親のお誕生日だからふーちゃんもまーちゃんも出席できたのであって、クリスタちゃんやわたくしのお誕生日に出席させるのは難しかっただろう。

「小さい子は病気になりやすいのですよ。フランツやマリアが病気にかかれば、わたくしたちにもうつってしまいます。クリスタ、フランツやマリアを無理にお茶会に出さない方がいいのですよ」
「お姉様……わたくし、フランツやマリアをノエル殿下にも見て欲しかっただけなのです。病気にさせたいわけではないです。ごめんなさい」
「謝ることはないのですよ。クリスタの気持ちはわたくしも分かります。フランツもマリアもとても可愛いですからね」

 クリスタちゃんがふーちゃんやまーちゃんをノエル殿下に見て欲しいという気持ちもとてもよく分かる。わたくしにとっても、クリスタちゃんにとっても、ふーちゃんやまーちゃんはとても可愛い弟と妹だった。

「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はフランツ殿とマリア嬢に会ったことがあるのですよね?」
「ディッペル公爵夫妻のお誕生日でお見かけしたことはあります」
「とても可愛い子どもたちでしたよ」
「どんな子どもたちでしたか?」
「フランツ殿はディッペル公爵夫人と同じ金髪に水色の目で、顔立ちはディッペル公爵に似ている気がしました」
「マリア嬢はディッペル公爵と同じ黒髪に黒い目で、小さな赤ちゃんでした」

 興味を持っているノエル殿下にハインリヒ殿下とノルベルト殿下が説明をしている。
 ノエル殿下はそれを聞いてわたくしの顔を見た。

「エリザベート嬢のように、紫色の光沢や、銀色の光沢はなかったのですね」
「紫色の光沢がある黒髪に銀色の光沢がある黒い目は、エリザベート嬢だけですね」
「エリザベート嬢の髪の色と目の色はとても珍しいのですね」

 ハインリヒ殿下に言われて、じっとわたくしを見るノエル殿下に、わたくしはミルクティーを一口飲んで説明をする。

「ディッペル家には王家から降嫁された方がいたのです。それで、わたくしはこの国の初代国王陛下と同じ色彩を持って生まれてきました」
「王族の中にもエリザベート嬢のような色彩をお持ちの方はおられますか?」
「髪の色が初代国王陛下と同じだったり、目の色が初代国王陛下と同じだったりする方はいますが、どちらも揃っている方はいませんね」

 ノルベルト殿下がノエル殿下に説明をされているのを聞いて、わたくしもそうなのかと思ってしまった。
 カサンドラ様がわたくしをエクムント様の婚約者に選んだのはこの色彩もやはり意味があったのだと今更ながらに気付く。
 独立を疑われている辺境伯領に、初代国王陛下と同じ色彩を持った花嫁が中央から嫁いでくる。それは国王陛下や中央に、独立の意思はない、辺境伯領はこの国の一部として経営していくという立場を示すために有効だったのだ。

 特殊な髪の色と目の色で、両親とも似ていないので気になってはいたが、わたくしはこの色彩を持って生まれられたことに感謝していた。

「ノエル殿下、フランツとマリアが五歳になったら必ず紹介いたしますから、それまで待っていてくださいね」
「はい、楽しみにしています」

 クリスタちゃんもわたくしの話題で盛り上がっている間に気持ちを切り替えられたようだった。

 お茶を飲み終わると、わたくしとクリスタちゃんは小走りに両親のところに駆けていく。両親はキルヒマン侯爵夫妻と話していた。

「エクムントも今年の誕生日には辺境伯領に行きます」
「ディッペル公爵家には本当にお世話になりました」
「まだ日にちがありますし、エクムント殿がいたことでエリザベートもクリスタもたくさん遊んでもらいました」
「騎士としてもエクムント殿はとても有能でした。お礼を言うのはこちらの方ですよ」

 エクムント様の話をしているようだ。
 わたくしとクリスタちゃんが近寄ると、両親はクリスタちゃんの首に付けられたネックレスに気付いたようだった。

「素敵な薔薇のネックレスだね」
「どなたにいただいたのですか?」
「ハインリヒ殿下がお誕生日のプレゼントにくださいました。ノエル殿下はわたくしとお姉様に詩集をくださったのですよ」
「それはよかったね。ハインリヒ殿下とノエル殿下にお礼を言っておかないと」
「クリスタ、とてもよく似合っていますよ。大人っぽくなりましたね」

 褒められてクリスタちゃんは頬を押さえてうっとりとしている。

「詩集は隣国の言葉で書かれているので、クリスタとわたくしで、リップマン先生に文法を教えてもらって、個人的に訳して行こうと思っています」
「隣国の詩を知るのも勉強になると思うよ」
「素晴らしいものをいただきましたね」

 詩集に関してはわたくしは理解できないかもしれないと不安に思っていたが、それでも両親に報告しないわけにはいかない。わたくしとクリスタちゃんがプレゼントをもらったら、両親からお礼を述べないと失礼にあたるのだ。

 クリスタちゃんもこれで九歳。
 学園に入学するまで残り三年になった。

 三年後からは、本格的に『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の物語の時間軸になるのだが、クリスタちゃんはディッペル家の養子になっているし、バーデン家で教育を受けたわけではないので、内容は全く変わってくるだろう。

 これから先の未来を見通せるわけではない。
 分からないからこそ、わたくしは未来に希望を持つ。

 クリスタちゃんは物語とは全く違う方向に成長していた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...