エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
148 / 528
五章 妹の誕生と辺境伯領

28.ふーちゃん、二歳

しおりを挟む
 ふーちゃんが庭で鼻歌を歌いながら土で遊んでいる。
 服が泥だらけになって、手も顔も土塗れになってもヘルマンさんはふーちゃんを止めたりしなかった。
 朝食前の忙しい時間だが、夏場でもこの時間は涼しいので、お散歩の時間は早朝と決まっていた。

 早めに子ども部屋に戻ったふーちゃんは全身を綺麗に洗われて、さっぱりとして着替えて朝食に臨んだ。
 春の始め、今日はふーちゃんのお誕生日だ。

 ご機嫌で朝食を食べているふーちゃんはスプーンとフォークの使い方も上手になった。ヘルマンさんの手助けがなくてもほとんど自分で食べられるようになっていた。

「あちゅまれ、ちて」
「ここまで上手に食べられましたね。残りはわたくしが集めてスプーンに乗せましょうね」

 最後に残って散り散りになった料理を、ヘルマンさんが集めてふーちゃんのスプーンに乗せて上げている。
 大きなお口でそれを食べさせてもらって、ふーちゃんはお腹いっぱいになって満足していた。

 朝食後には普段ならば、平日はリップマン先生の授業があるのだが、今日はふーちゃんのお誕生日なので特別にお休みにしてある。
 ふーちゃんと子ども部屋に行くと、ふーちゃんは列車の木のレールを握り締めてわたくしとクリスタちゃんを見上げていた。

「えーねぇね、くーねぇね、ちゅっぽ、ちて」
「レールを敷いて欲しいのですね」
「いいですよ。全部のレールを敷いて広い線路を作りましょうか」

 自分ではまだレールは敷けないふーちゃんは、わたくしとクリスタちゃんと遊ぶのを楽しみにしていたようだ。レールを敷いていくと鼻歌を歌いながらレールの上を列車を持って走らせていく。

「ちゅぎはおうとー! おうとー!」
「ハインリヒ殿下にお茶会に呼ばれていたのだったわ。わたくし、降ります」
「わたくしは、王都から乗って、ディッペル公爵領に帰りますわ」

 ふーちゃんのごっこ遊びに付き合ってあげていると、ふーちゃんは鼻の穴を膨らませて誇らしげに列車を走らせていた。

 昼食が終わるとふーちゃんはお昼寝をする。
 まーちゃんが泣いても起きないふーちゃんは肝が据わっているのかもしれない。

 お待ちかねのお茶の時間、まーちゃんも今日は特別に食堂に連れて来られていた。
 食堂でレギーナの膝の上に座ってきょろきょろとしているまーちゃんには、ケーキではなく小さく切った苺だけが出される。
 ふーちゃんの前には真ん丸の大きなタルトが用意されていた。

「ご家族だけのお茶会なのにお招きいただきありがとうございます」
「エクムント殿はもう家族のようなものです」
「一緒にフランツのお誕生日を祝ってあげてください」

 エクムント様もやってきて、食堂の椅子に座る。
 エクムント様は手に白い薔薇の花束を持っていた。

「これ、棘は取ってあります。よろしければ子ども部屋に飾ってください」
「フランツ、エクムント様からお誕生日プレゼントですよ」
「おはな! かーいーねー! あいがちょ!」
「どういたしまして、フランツ様」

 わたくしがふーちゃんにプレゼントをもらったことを伝えれば、お礼を言うふーちゃんにエクムント様が頭を下げている。
 子ども部屋に飾る前に、白い薔薇の花束は食堂のテーブルの上に飾られた。
 食堂が一気に華やかになった気がしてわたくしは嬉しくなる。

 大きな丸いタルトは八等分に切られた。
 父と母とふーちゃんとわたくしとクリスタちゃんとエクムント様で六人。二切れ余るのだが、その二切れをふーちゃんはどうするつもりだろう。

 クリスタちゃんの五歳のお誕生日のときは、クリスタちゃんは残ったタルトをデボラとマルレーンとエクムント様にあげていた。
 ふーちゃんにそんな判断は難しいかと思っていたが、ふーちゃんは残ったタルトを指差して、何か一生懸命言っている。

「へうまん、へうまんの」
「わたくしのですか?」

 指さして言っているふーちゃんにヘルマンさんが驚いている。

「れぎーの! れぎーの!」
「わたくしにもいいのですか!?」

 残り二切れをふーちゃんなりに考えてヘルマンさんとレギーナに上げることにしたようだ。
 ヘルマンさんは涙ぐんで喜んでいる。

「フランツ様がこんなに成長なさったなんて、わたくしはとても嬉しいです」
「へうまん、あいがちょ」
「お礼を言うのはわたくしの方です。いつもフランツ様のお世話ができてわたくしは幸せです」

 二歳なりにふーちゃんもきちんと考えてヘルマンさんに感謝しているのだと分かるとわたくしは感動してしまう。
 ふーちゃんの成長を感じたお誕生日だった。

 両親からふーちゃんへのお誕生日プレゼントは、わたくしには違いがよく分からないのだが、形の違う列車とレールの買い足しだった。レールも全部使うとふーちゃんの周囲を一周するくらいには組み上げられるのだが、これからふーちゃんが自分で遊べるようになると足りなくなると考えたようだ。

「とくべつちゃ」
「これは特別車なのですか?」
「あい、とくべつちゃ。こえ、とっちゅー!」
「こっちは特急なのですか?」

 全部同じ列車に見えるのだが、ふーちゃんの中では違いが分かっているらしい。
 列車の他にも列車の絵本や植物図鑑、動物図鑑などもプレゼントされていた。
 列車の絵本をふーちゃんがわたくしに差し出して、水色のお目目をきらきらさせている。

「読みましょうか?」
「あい!」

 ソファに座るとふーちゃんは両手に列車を持ったままわたくしのお膝の上に座って来た。二歳になったのでかなり重量感があるが、座っているお膝の上に座られるのは何とか耐えられる。
 絵本を読んでいると、まーちゃんがはいはいして近付いてくる。

「うぁー! あだ!」
「マリアも一緒に読みたいようですよ。フランツ、膝から降りませんか?」
「やっ! ふー、えーねぇねとえほん!」

 膝から降りないと宣言するふーちゃんと、わたくしの足に縋り付いて登って来ようとするまーちゃん。わたくしが動けずにいると、クリスタちゃんが助けに来て、まーちゃんを膝の上に抱っこして隣りのソファで絵本を読み始めた。
 まーちゃんも絵本を読んでもらって満足そうにクリスタちゃんのお膝の上に座っている。

「クリスタ、ありがとうございます」
「お姉様、マリアはわたくしの可愛い妹ですわ。絵本を読んであげるくらいいつでもします」

 笑顔で答えるクリスタちゃんに、わたくしも自然と笑顔になっていた。

「エリザベートもクリスタもいいお姉さんとしてフランツとマリアを可愛がってくれていますね」
「エリザベートとクリスタにもプレゼントがあるんだよ」

 母と父が取り出したのは、刺繍の図案の載った本だった。
 花の刺繍ばかりで、花の図鑑のようになっている。

「とても綺麗です。ありがとうございます」
「お姉様、これで新しい刺繍を覚えられますね」
「刺繍の先生に見せて、これがしたいと言うことができますね」

 刺繍の本をもらったわたくしとクリスタちゃんにふーちゃんとまーちゃんも興味津々で覗き込んでくる。わたくしとクリスタちゃんはしゃがみ込んでふーちゃんとまーちゃんにも見えるように刺繍の本を広げた。

「薔薇の刺繍だけでもこんなにたくさんあるのですね」
「パンジーの刺繍に菫の刺繍……どれも挑戦してみたいわ」

 花の図鑑のように近い種類が同じページに載っているので、薔薇だけでも数ページある。フルカラーで描かれているので、この本がとても貴重だということはわたくしにも分かっていた。

「おはな!」
「ふーちゃんは何のお花が好きですか?」
「ぽぽっ!」
「たんぽぽですか! わたくしと同じだわ」

 刺繍の本を覗き込んでお花を見ているふーちゃんにクリスタちゃんが問いかけて、タンポポが好きだという情報を得て自分と同じだと喜んでいる。
 わたくしはページを捲って一つの花を探していた。

「ありましたわ。ブルーサルビア」
「エクムント様にお誕生日に差し上げた花ですね」
「わたくし、ブルーサルビアとダリアが大好きなのです」
「えーねぇね、すち?」
「そうですよ、わたくしはこの花が好きです」

 ブルーサルビアの刺繍のページを開いて、わたくしはふーちゃんに見せる。ふーちゃんは興味深そうにページを手で撫でていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

処理中です...