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五章 妹の誕生と辺境伯領

27.ふーちゃんのお誕生日の準備

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 ストーブを使う日も少なくなって、外も暖かくなり、春が近付いて来ていた。
 ハシビロコウのコレットは庭に出されるようになって、庭を我が物顔で闊歩している。コレットのお気に入りは庭の噴水だった。
 ハシビロコウというのは水辺で暮らす鳥のようで、サンルームの中でも噴水の近くにずっといた。世話係のクロードはコレットのために寒い日でも噴水を掃除していた。

 オウムのシリルは飛べてしまうので檻に入れてからしか外には出せない。
 シリルはコレットのことを吐き戻しして求愛するくらい大好きなので、コレットのそばにいたがった。
 シリルのためにサンルームで使っていた大きめの檻をコレットのいる噴水のそばに設置して、シリルはコレットの姿をいつでも見ていられるようにした。

 ふーちゃんの興味は完全にシリルとコレットにいっていた。
 シリルとコレットの餌をやりたがるのだ。
 コレットの餌は生魚丸ごと一匹で、まだ二歳前のふーちゃんにはとても持てないので、シリルのおやつの種を渡されるのだが、それをじーっと見つめてふーちゃんは自分のお口に入れてしまった。

『フランツ様!? それはご自分が食べるものではありません!』
『カミーユ、フランツに渡したのは何ですか?』
『ドライフルーツです』

 カミーユから話を聞いてわたくしはほっと胸を撫で下ろす。ドライフルーツならば人間も食べられるものだし、ふーちゃんはお腹を壊したりしないだろう。

『わたくしがフランツ様に渡してしまったばかりに。お許しください』

 罰ならばどれだけでも受けるとばかりに跪いて謝るカミーユに、わたくしは手を取ってカミーユを立たせる。

『フランツは何でも口に入れてしまう時期なのです。カミーユが悪いのではありません』
『わたくしを殴らないのですか?』
『そんなことはしません。ディッペル家では使用人を殴るようなことは絶対にしません。もししているひとを見かけたら教えてください。わたくしから厳重に注意します』

 売られてからも、売られる前も、カミーユは殴られて育てられてきたようだ。殴られるのが当然と諦めている様子にわたくしはきっぱりとディッペル家ではそんなことは起きないと伝える。
 カミーユは目に涙を浮かべてわたくしに感謝していた。

『エリザベートお嬢様が助けてくださらなければ、わたくしはディッペル家に来られませんでした。ディッペル家ではクロードも一緒に働けてとても幸せです』
『クロードと仲がいいのですね』
『クロードは言葉が通じるし、同じ飼育係なので、よく話をするのです。クロードもディッペル家に来られて幸せだといっていましたよ』

 ディッペル家がカミーユやクロードなど、売られて酷い扱いを受けた子どもに取って生きやすい場所ならばよいと思わずにはいられなかった。

 春になったので乗馬の練習も再開された。
 乗馬の練習の間、ふーちゃんは牧場の柵にしがみ付いてわたくしとクリスタちゃんがエラとジルに乗るのを見ている。
 わたくしはジルに、クリスタちゃんはエラに乗って並走することができるようになっていた。並走とはいってもゆっくりと歩かせるだけである。待ち時間がなくなってわたくしもクリスタちゃんも乗馬の練習がますます楽しくなっていた。

「あまり馬を近付けすぎないようにしてくださいね。興奮して暴れることがあります」
「はい、エクムント様」
「ジルはエラに近寄りたいみたい」
「少し間を開けましょうね」

 並走する馬の間に入ってエクムント様は小走りでわたくしたちを見守ってくれていた。エラとジルが近付き過ぎそうになるとエクムント様が手綱を引いて少し離す。
 そうして調整してくれるのでわたくしとクリスタちゃんは事故なく乗馬の練習が行えた。

 乗馬の練習が終わると、ふーちゃんのいる柵のところにジルとエラとヤンを連れて来て、ブラシをかけて、人参を上げる。人参を一本握らせてもらったふーちゃんは鼻息荒く興奮していた。

「おいち、おいちよー!」

 ジルに差し出すと、ジルが人参を齧る。
 わたくしはエラに、クリスタちゃんはヤンに人参をあげていた。
 一匹に一本ずつ人参が行き渡って、エラとジルとヤンも満足そうにしていた。

「えーねぇね、だこちて」
「エラが近くで見たいのですね。ヘルマンさん、フランツを柵の中に連れて来てください」
「分かりました、エリザベートお嬢様」

 ヘルマンさんがふーちゃんを柵の中に連れて来てくれて、わたくしはふーちゃんを抱っこしてエラの近くに歩み寄った。手を伸ばしてエラの鼻を撫でてふーちゃんが嬉しそうにきゃっきゃと笑っている。

「んまー、かーいーねー」

 馬が可愛いというふーちゃんが可愛いのだがわたくしは顔面が崩れないように必死になっていた。

 ふーちゃんのお誕生日はお屋敷で家族だけで祝うことになっていた。
 ふーちゃんはパーティーを開いてお祝いしてもらうにはあまりにも幼すぎる。クリスタちゃんも五歳のお誕生日まではお屋敷で家族だけでお祝いをした。

 ふーちゃんも五歳くらいまでは家族だけでお祝いをする形になるのではないだろうか。

 わたくしもお茶会に出席するようになったのは六歳からで、六歳のお茶会でクリスタちゃんと出会ったのだ。

「ふーちゃん、どんなケーキがいいですか?」

 クリスタちゃんがふーちゃんに聞いている。

「おっちくて」
「大きいケーキがいいのですね」
「ちご、いっぱいで」
「ふーちゃんも苺が大好きなのですね。わたくしと同じです」
「えーねぇね、くーねぇね、いっと」
「わたくしとお姉様も食べていいのですね。ふーちゃんは優しいですね」

 ふーちゃんがお誕生日に食べたいのは、大きな苺がたくさん乗ったケーキのようだった。
 クリスタちゃんのディッペル家に来て初めてのお誕生日を思い出す。
 クリスタちゃんは苺が乗ったケーキが食べたいと言って、艶々の苺がたくさん乗ったタルトを焼いてもらっていた。

「懐かしいですね。クリスタちゃんの五歳のお誕生日のようです」
「わたくし、あのときと同じタルトを食べたいわ」
「ふーちゃんが食べたいのも苺だから、苺のタルトをお願いしてみたらいいと思いますよ」

 わたくしに促されてクリスタちゃんは両親にお願いに行っていた。

「フランツが食べたいのは大きくて、苺がいっぱい乗っているケーキだそうです。わたくし、五歳のお誕生日に食べたような苺のタルトをフランツにも食べさせてあげたいのです」

 あの苺のタルトは本当に美味しかった。
 うっとりと呟くクリスタちゃんに、わたくしも両親にお願いしてみることにした。

「フランツのお誕生日にエクムント様もお招きできないでしょうか? 家族だけのお誕生日会かもしれませんが、エクムント様はわたくしの婚約者で、家族のようなものでしょう?」

 生まれたときからわたくしを知っているエクムント様はわたくしにとっては大事な家族以上の方だった。エクムント様もお招きしたいというわたくしのお願いと、苺のタルトを食べさせてあげたいというクリスタちゃんのお願いを聞いて、両親は考えていた。

「エクムント殿をお招きするのは構いませんよ」
「エリザベートの婚約者であるし、エクムント殿がディッペル家にいるのももう一年もないのだから、エリザベートは一緒に過ごしたいだろうね」
「苺のタルトもいい考えだと思います。クリスタの思い出の味がフランツにとっても思い出になるのはいいことだと思います」
「フランツにも苺のタルトを食べさせてやりたいなんて、クリスタはいいお姉さんだね」

 わたくしとクリスタちゃんのお願いを聞いてくれる両親は優しい笑顔をしていた。

 ふーちゃんのお誕生日までもう少し。
 ふーちゃんのお誕生日にはクリスタちゃんが五歳のお誕生日で食べた苺のタルトを食べて、エクムント様を招待するのだ。
 家族だけのお誕生日会だが、わたくしはその日をとても楽しみにしていた。
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