エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
140 / 528
五章 妹の誕生と辺境伯領

20.まーちゃんの成長

しおりを挟む
 そろそろかもしれないと思っていたが、まーちゃんの首が据わった。
 うつ伏せにして寝かせると頭を持ち上げて左右に揺らすようになったし、声のする方に首を向けるようになった。

 これからが大変だとヘルマンさんは言う。

「縦抱っこができるようになりましたから、視界が広くなります。ずっと抱っこでいたがる赤ちゃんが多いのですよ」

 ヘルマンさんの言った通り、まーちゃんも抱っこが大好きでベビーベッドに置かれると大泣きするようになった。レギーナはまーちゃんを抱っこしすぎて目の下に隈ができている。

「マリア、お乳をあげましょうね」
「んくー!」

 可愛い声を出すようになったまーちゃんに母は笑み崩れながらお乳をあげている。ミルクも飲むのだが、まーちゃんは母のお乳が一番好きなようだった。

 王都からも朗報が流れて来た。

 王妃殿下が無事に出産されたというのだ。
 生まれてきたのは女の子で、かなり大きかったようだが、母子共に健康だという。
 国王陛下は大喜びで王女にユリアーナ殿下という名前を付けた。王妃殿下がジョゼフィーヌというお名前なので、同じ「J」から始まる名前を付けたのだと言われていた。

 産後の王妃殿下が落ち着いて、ユリアーナ殿下も問題なく健康に成長しているのを見届けるまでは、パウリーネ先生は王妃殿下の元にいることになっていた。

 ディッペル領からはユリアーナ殿下のミルクのための乳牛をお祝いに贈って、父は国王陛下にお祝いのご挨拶に行くことになった。
 出産という命の危険もあることなので、王妃殿下とユリアーナ殿下は表には出ず、お祝いも最小の単位で来るようにと言われていたので、父だけが王都に行くことになった。

「ハインリヒ殿下もお兄様になったのですね。お祝いのお手紙を届けてくださいますか、お父様」
「ハインリヒ殿下はクリスタからの手紙を喜んでくださると思うよ」

 クリスタちゃんはハインリヒ殿下のためにお手紙を書いて父に渡していた。
 わたくしもお祝いのお手紙を書こうと思ったのだが、クリスタちゃんほどハインリヒ殿下に親しいわけではないし、ハインリヒ殿下もお返事に困ってしまうかもしれないので自重することにした。

 父を王都に送り出して、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと母は留守番をする。母も産後少ししか経っていないので、無理は禁物だった。

「お母様、マリアはお誕生日を祝ってもらえないのですか?」

 急に言い出したクリスタちゃんに、母が苦笑している。

「マリアのお誕生日も祝いますよ」
「マリアのお誕生日はハインリヒ殿下の前日で、ノルベルト殿下の三日後です。その頃には毎年ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日を国を挙げて祝っています」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の間に生まれたまーちゃんが誕生日を祝ってもらえないのではないかとクリスタちゃんは心配している。

「大丈夫ですよ。日付はずらしますが、マリアのお誕生日もちゃんとお祝いします」
「よかった。わたくし、お誕生日が一年で一番楽しみで、祝ってもらえないなんて悲しすぎると思ったのです」

 八歳のクリスタちゃんにとってはお誕生日は一年で一度だけの自分が主役になれる日であった。それがなくなるなど考えられないのだろう。
 まーちゃんは微妙な日付に生まれてしまったが、当日ではなくてもお誕生日をお祝いすることはできる。

「マリアのことを心配する優しいお姉様ですね」
「わたくし、マリアのことが大好きなのです。わたくしの可愛い妹です」

 まだまーちゃんは首が据わったばかりでどんな子どもに育つか分からないが、クリスタちゃんはまーちゃんが可愛くて仕方がないようだ。わたくしもまーちゃんもふーちゃんも可愛くて仕方がない。

 首が据わるようになってから、まーちゃんは乳母車で庭をお散歩するようになった。乳母車には屋根がついているので、日差しを避けることもできる。
 黒い目をくりくりとさせてまーちゃんは乳母車で周囲を見回していた。

「まー! まー!」
「ふーちゃん、まーちゃんのお名前を呼んでいるのですね」
「ふー、にぃに!」
「そうですよ、ふーちゃんはお兄様ですよ」

 誇らしげに乳母車を覗きながら言うふーちゃんに、まーちゃんが笑った。ふーちゃんの顔を見て笑っているので、ふーちゃんも嬉しくてにこにことする。
 まーちゃんとふーちゃんが笑い合う光景はわたくしにとって、とても素晴らしいものだった。

 秋も深まり寒くなってくると、まーちゃんとふーちゃんの散歩コースにサンルームが入った。サンルームの改装工事が終わったのだ。
 まーちゃんは止まり木に止まっているオウムのシリルをじっと見つめたり、ハシビロコウのコレットにじっと見詰められたりして楽しそうに過ごしていた。

「ふー、ちる!」
「フランツ様、ハシビロコウの餌は生魚なのです。餌はあげられません」
「ふー、ちるー! ちるー!」

 泣いて暴れてハシビロコウのコレットに餌を上げたがっているふーちゃんに、カミーユがシリルを連れて来る。ふーちゃんの手にヒマワリの種を持たせてシリルを近付けると、シリルはふーちゃんの手からヒマワリの種をもらって、殻を剥いて食べた。

「ふー、でちた!」
「よかったですね、フランツ様」
『カミーユ、ありがとうございます』
『いいえ、これくらいなら、いつでも申しつけてください』

 カミーユにお礼を言うと、カミーユは黒い目を細めて嬉しそうにしていた。

「きゃー!? お姉様! シリルが吐いてしまいました! 病気ではないですか!?」

 ハシビロコウのコレットのそばに来ていたシリルが食べたものを吐いているのに気付いて、クリスタちゃんが悲鳴を上げる。食べたものを吐くというのは体調が悪いに違いないと思って、わたくしも獣医がどこにいるのか考える。

『これは違うのです。オウムに特有の吐き戻しという求愛行動なのです』
『求愛行動!?』
『食べたものを吐いて相手に与える求愛行動です』

 カミーユに説明されて、わたくしはじっとコレットを見詰めてしまった。
 コレットはわたくしよりも背の高い大きなハシビロコウである。シリルはわたくしの腕に止まれるくらいのオウムである。

『シリルは、雄ですか?』
『はい、雄です』

 シリルは雄でコレットは雌。
 求愛する相手として種族は大いに間違っているが、性別は間違っていない。

『オウムは人間にも求愛行動を示すことがあるのです』
『オウムは変わっているのですね』

 オウムのシリルの恋が実るかどうかは分からないけれど、ハシビロコウのコレットは吐き戻された餌には興味がなさそうだった。

 サンルームに入れるようになって、サンルームの噴水でハシビロコウのコレットが寛いでいて、止まり木ではオウムのシリルが休んでいる。
 糞の躾ができないそうなので、掃除は大変かもしれないが、ハシビロコウのコレットにもオウムのシリルにも安心できる場所ができてよかったと思う。

「お姉様、コレットはシリルの卵を産みますか?」
「それはないと思います。種族が違い過ぎますからね」

 求愛行動と聞いてクリスタちゃんは期待しているようだが、ハシビロコウとオウムの間に卵は生まれないとわたくしは思っていた。あまりにも種族が違い過ぎる。

 オウムのシリルは恋の歌を歌っているが、ハシビロコウのコレットがそれを聞いているかは分からない。

「馬とロバの間には子どもが生まれると聞いたことがあります」
「ラバですね。でもそれは一代限りです」
「ハシビロコウとオウムの間には子どもは生まれないのですね」
「無理だと思いますよ」

 残念そうなクリスタちゃんにわたくしは真実を伝えるしかなかった。

 もうすぐ冬が来る。
 冬が来てもサンルームの中ならば、ハシビロコウのコレットもオウムのシリルも冬を越すことができるだろう。
 春になればサンルームから出して庭を歩かせてもいいかもしれない。
 その頃にはまーちゃんももう少し大きくなって、ハシビロコウのコレットとオウムのシリルに反応を示すかもしれない。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

処理中です...