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五章 妹の誕生と辺境伯領
18.わたくし、十歳
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わたくしのお誕生日のお茶会には、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下もいらっしゃる。カサンドラ様もいらっしゃるし、キルヒマン侯爵夫妻も来て下さるのでわたくしは楽しみにしていた。
残念ながらふーちゃんとまーちゃんは子ども部屋で過ごすことになっていたが、それに関してもわたくしは文句は言わなかった。
ふーちゃんは一歳を越してから病気にかかりやすくなっているのだ。
一歳までは母の免疫があるそうなのだが、それ以降は自分の免疫しかないために病気にかかりやすいとパウリーネ先生が教えてくれた。大勢が集まる場所に行くとふーちゃんはすぐに病気をもらってきてしまう危険性があった。
わたくしのお誕生日にふーちゃんが出席しないのは少し寂しかったが、ふーちゃんの健康には変えられない。まーちゃんは小さいので当然お茶会には出られなかった。
「フランツ、わたくしとクリスタはお茶会に出ますからね。その間いい子にしているのですよ」
朝食の席でふーちゃんに言い聞かせると、ふーちゃんは水色のお目目を丸くして首を傾げる。
「ふーは?」
「フランツは、ヘルマンさんとマリアとレギーナと一緒に子ども部屋でお茶をしてくださいね」
「ちゃっちゃ! おいち!」
「お父様、お母様、フランツにもケーキや軽食は同じものが届きますよね?」
「もちろんですよ。フランツとは夕飯のときに改めてお祝いをしましょうね」
ふーちゃんもそれほどこだわっていないようだし、まーちゃんはまだ分からないし、わたくしは安心してお誕生日のお茶会に出ることができた。
ミントグリーンの爽やかなドレスを身に纏い、髪をエクムント様からもらったダリヤの造花の髪飾りでハーフアップにして、首にはネックレスを付ける。ネックレスの金具は後ろで上手に止められなかったので、マルレーンに止めてもらった。
銀色の華奢なチェーンに紫色のダリアのペンダントトップ。美しいネックレスがわたくしのものだなんて信じられなくて、何度も鏡を確認してしまう。
鏡の中には紫色の光沢の黒髪に銀色の光沢の黒い目の少女が映っていた。これがわたくしだ。年々、前世で読んだ『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の挿絵に似て来ている気がする。吊り目でいかにも意地悪そうな表情をしている挿絵と、鏡の中のわたくしとでは表情がまるで違うのだが、顔立ちは確かに同じだ。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』を読んだときには、主人公のクリスタちゃんの視点で描かれているので、わたくし、エリザベートがどれだけ嫌な奴かと思ったものだが、今考えてみると言っていることも真っ当だし、貴族として破天荒で礼儀がなっていないのはクリスタちゃんの方だったので、この世界で記憶を取り戻してからはあの物語に対する印象が全く変わってきている。
クリスタちゃんもディッペル家の養子になって、礼儀作法を学び、勉強に励み、隣国の言葉を八歳にして使いこなすまでになっているのだから、物語は明らかに変わっている。
物語が変わったと言えばこの二人もそうだ。
「エリザベート嬢、お誕生日おめでとうございます」
「ノエル殿下は来られなかったのですが、お祝いの言葉を言付かっています」
「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、わたくしのお誕生日にお越しくださって本当にありがとうございます」
「ノエル殿下も来たがっていたのですよ」
「隣国に帰る日と重なってしまったので、来られなかったのです」
「ノエル殿下もわたくしのことを気にかけてくださって嬉しいですわ」
ノエル殿下は隣国に帰る日と重なってしまったので来られなかったようだが、この国にいたならば来てくださっていたかもしれない。隣国の王女殿下であるノエル殿下にそこまで思われていることをわたくしは感謝していた。
「エリザベート嬢、ネックレスがお似合いだね。エクムントからもらったのかな?」
「カサンドラ様、いらっしゃってくださってありがとうございます。エクムント様からネックレスはいただきました」
「エクムントが辺境伯家の専属の職人を紹介して欲しいと言っていたが、それだったのだな」
「まぁ!? これは特注品でしたか!?」
作ってあるものを買ったわけではなくて、このネックレスはわたくしのために作られたものだった。驚いているとカサンドラ様がにやりと笑う。
「うちの養子はあなたに気に入られようと必死なのですよ」
「そんな、エクムント様はそのままでも素敵なのに」
「政略結婚では、愛情のない夫婦の方が多い。エクムントはそうなりたくないのでしょう」
年が離れていても、エクムント様のことは大好きなのだが、エクムント様の方もわたくしに好意を持って欲しいと思っている。それが辺境伯領と中央のためであっても、わたくしは嬉しかった。
政略結婚ならば十一歳の年の差くらいはあり得る話だし、離れすぎているというわけでもない。特に男性の方が年上ならばこの年の差は十分あり得るものだった。
「エリザベート様、エクムントを見てやってください」
「この度はお招きくださってありがとうございます。あなた、先にご挨拶を」
「これは失礼しました。エクムントのことが気になって」
キルヒマン侯爵夫妻に言われてわたくしはエクムント様を会場の中で探す。エクムント様をすぐに見付けられないと思ったら、エクムント様は今日は軍服ではなくてスーツを着ていた。
爽やかな長身にミッドナイトブルーのスーツを着ているエクムント様が格好よすぎてわたくしは何も言えなくなってしまう。
「エリザベート嬢のお誕生日はスーツでという約束でしたので、急いで仕立てさせましたが、落ち着きませんね」
「と、とても、素敵です」
「無理をして褒めることはないですよ」
「いえ、無理などしていません。素敵過ぎてちょっと、心が追い付いていないだけで」
エクムント様の前だというのにわたくしは変なことを口走ってしまっている。自覚はあるのだが、エクムント様が格好よくて眩しくて言葉が上手く紡げない。
「とても素敵で、素晴らしく素敵で、ものすごく素敵で、格好よくて……」
「そんなに素敵と言われると照れます」
「エクムント様が格好いいんですもの……」
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではエクムント様は出てこなかったが、こんな格好いい方が出て来ていたら、ハインリヒ殿下を押し退けてヒーローになっていたに違いない。
「このネックレス、特注品だったのですね。カサンドラ様から聞きました」
「エリザベート嬢が身に着けるのですから、それくらいのことはしないといけないでしょう」
「わたくし、まだ十歳なのに……」
「年は関係ありません。エリザベート嬢はこの国唯一の公爵家の御令嬢なのです」
はっきりと言うエクムント様がわたくしを尊重してくださっている気がして嬉しくてならない。
首元のネックレスに触れると、エクムント様が微笑んでわたくしを見る。
「とてもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます。このネックレスは一生大事にします」
「気にせずにたくさん使ってください。使われた方が私も嬉しいです」
「はい、使いますし、大事にします」
大事に使おうとネックレスをこれまで以上に大切に思えた。
「エリザベート様、お誕生日おめでとうございます!」
「レーニ嬢、いらしてくださったのですね。ありがとうございます」
「わたくし、エリザベート様とお茶をご一緒したいのですがよろしいですか?」
「もちろんですよ。クリスタも呼んで来ましょうね」
レーニちゃんがわたくしのところに来てお祝いの言葉を言ってくださったので、お礼を言って、わたくしはクリスタちゃんを探す。クリスタちゃんはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とお茶をしようとしていた。
「クリスタ、わたくしレーニ嬢とお茶をしますが、どうしますか?」
「ご一緒しましょう。ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、よろしいでしょう?」
「もちろんですよ」
「エリザベート嬢、レーニ嬢、ご一緒にお茶をしましょう」
ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も快く了承してくれて、わたくしたちは箸のテーブルでお茶をした。ミルクティーを飲んでいると、レーニ嬢が緑色の目を煌めかせて報告してくれる。
「わたくし、お姉様になります」
「本当ですか!?」
「はい、母に赤ちゃんができました。弟か妹か分かりませんが、一人っ子だったので、どちらでも生まれてきたら本当に嬉しいです」
レーニちゃんにも弟妹ができるようだ。
「母上は臨月に入っていますが、なかなか生まれないのですよ」
「お腹の中が心地よくて出たくない甘えん坊さんなのかもしれませんね」
ハインリヒ殿下にクリスタちゃんがくすくすと笑いながら答えている。
王妃殿下の出産も近く、レーニちゃんはお母上が妊娠している。
おめでたい空気にわたくしは誕生日プレゼントをたくさんもらったような気分になっていた。
残念ながらふーちゃんとまーちゃんは子ども部屋で過ごすことになっていたが、それに関してもわたくしは文句は言わなかった。
ふーちゃんは一歳を越してから病気にかかりやすくなっているのだ。
一歳までは母の免疫があるそうなのだが、それ以降は自分の免疫しかないために病気にかかりやすいとパウリーネ先生が教えてくれた。大勢が集まる場所に行くとふーちゃんはすぐに病気をもらってきてしまう危険性があった。
わたくしのお誕生日にふーちゃんが出席しないのは少し寂しかったが、ふーちゃんの健康には変えられない。まーちゃんは小さいので当然お茶会には出られなかった。
「フランツ、わたくしとクリスタはお茶会に出ますからね。その間いい子にしているのですよ」
朝食の席でふーちゃんに言い聞かせると、ふーちゃんは水色のお目目を丸くして首を傾げる。
「ふーは?」
「フランツは、ヘルマンさんとマリアとレギーナと一緒に子ども部屋でお茶をしてくださいね」
「ちゃっちゃ! おいち!」
「お父様、お母様、フランツにもケーキや軽食は同じものが届きますよね?」
「もちろんですよ。フランツとは夕飯のときに改めてお祝いをしましょうね」
ふーちゃんもそれほどこだわっていないようだし、まーちゃんはまだ分からないし、わたくしは安心してお誕生日のお茶会に出ることができた。
ミントグリーンの爽やかなドレスを身に纏い、髪をエクムント様からもらったダリヤの造花の髪飾りでハーフアップにして、首にはネックレスを付ける。ネックレスの金具は後ろで上手に止められなかったので、マルレーンに止めてもらった。
銀色の華奢なチェーンに紫色のダリアのペンダントトップ。美しいネックレスがわたくしのものだなんて信じられなくて、何度も鏡を確認してしまう。
鏡の中には紫色の光沢の黒髪に銀色の光沢の黒い目の少女が映っていた。これがわたくしだ。年々、前世で読んだ『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の挿絵に似て来ている気がする。吊り目でいかにも意地悪そうな表情をしている挿絵と、鏡の中のわたくしとでは表情がまるで違うのだが、顔立ちは確かに同じだ。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』を読んだときには、主人公のクリスタちゃんの視点で描かれているので、わたくし、エリザベートがどれだけ嫌な奴かと思ったものだが、今考えてみると言っていることも真っ当だし、貴族として破天荒で礼儀がなっていないのはクリスタちゃんの方だったので、この世界で記憶を取り戻してからはあの物語に対する印象が全く変わってきている。
クリスタちゃんもディッペル家の養子になって、礼儀作法を学び、勉強に励み、隣国の言葉を八歳にして使いこなすまでになっているのだから、物語は明らかに変わっている。
物語が変わったと言えばこの二人もそうだ。
「エリザベート嬢、お誕生日おめでとうございます」
「ノエル殿下は来られなかったのですが、お祝いの言葉を言付かっています」
「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、わたくしのお誕生日にお越しくださって本当にありがとうございます」
「ノエル殿下も来たがっていたのですよ」
「隣国に帰る日と重なってしまったので、来られなかったのです」
「ノエル殿下もわたくしのことを気にかけてくださって嬉しいですわ」
ノエル殿下は隣国に帰る日と重なってしまったので来られなかったようだが、この国にいたならば来てくださっていたかもしれない。隣国の王女殿下であるノエル殿下にそこまで思われていることをわたくしは感謝していた。
「エリザベート嬢、ネックレスがお似合いだね。エクムントからもらったのかな?」
「カサンドラ様、いらっしゃってくださってありがとうございます。エクムント様からネックレスはいただきました」
「エクムントが辺境伯家の専属の職人を紹介して欲しいと言っていたが、それだったのだな」
「まぁ!? これは特注品でしたか!?」
作ってあるものを買ったわけではなくて、このネックレスはわたくしのために作られたものだった。驚いているとカサンドラ様がにやりと笑う。
「うちの養子はあなたに気に入られようと必死なのですよ」
「そんな、エクムント様はそのままでも素敵なのに」
「政略結婚では、愛情のない夫婦の方が多い。エクムントはそうなりたくないのでしょう」
年が離れていても、エクムント様のことは大好きなのだが、エクムント様の方もわたくしに好意を持って欲しいと思っている。それが辺境伯領と中央のためであっても、わたくしは嬉しかった。
政略結婚ならば十一歳の年の差くらいはあり得る話だし、離れすぎているというわけでもない。特に男性の方が年上ならばこの年の差は十分あり得るものだった。
「エリザベート様、エクムントを見てやってください」
「この度はお招きくださってありがとうございます。あなた、先にご挨拶を」
「これは失礼しました。エクムントのことが気になって」
キルヒマン侯爵夫妻に言われてわたくしはエクムント様を会場の中で探す。エクムント様をすぐに見付けられないと思ったら、エクムント様は今日は軍服ではなくてスーツを着ていた。
爽やかな長身にミッドナイトブルーのスーツを着ているエクムント様が格好よすぎてわたくしは何も言えなくなってしまう。
「エリザベート嬢のお誕生日はスーツでという約束でしたので、急いで仕立てさせましたが、落ち着きませんね」
「と、とても、素敵です」
「無理をして褒めることはないですよ」
「いえ、無理などしていません。素敵過ぎてちょっと、心が追い付いていないだけで」
エクムント様の前だというのにわたくしは変なことを口走ってしまっている。自覚はあるのだが、エクムント様が格好よくて眩しくて言葉が上手く紡げない。
「とても素敵で、素晴らしく素敵で、ものすごく素敵で、格好よくて……」
「そんなに素敵と言われると照れます」
「エクムント様が格好いいんですもの……」
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではエクムント様は出てこなかったが、こんな格好いい方が出て来ていたら、ハインリヒ殿下を押し退けてヒーローになっていたに違いない。
「このネックレス、特注品だったのですね。カサンドラ様から聞きました」
「エリザベート嬢が身に着けるのですから、それくらいのことはしないといけないでしょう」
「わたくし、まだ十歳なのに……」
「年は関係ありません。エリザベート嬢はこの国唯一の公爵家の御令嬢なのです」
はっきりと言うエクムント様がわたくしを尊重してくださっている気がして嬉しくてならない。
首元のネックレスに触れると、エクムント様が微笑んでわたくしを見る。
「とてもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます。このネックレスは一生大事にします」
「気にせずにたくさん使ってください。使われた方が私も嬉しいです」
「はい、使いますし、大事にします」
大事に使おうとネックレスをこれまで以上に大切に思えた。
「エリザベート様、お誕生日おめでとうございます!」
「レーニ嬢、いらしてくださったのですね。ありがとうございます」
「わたくし、エリザベート様とお茶をご一緒したいのですがよろしいですか?」
「もちろんですよ。クリスタも呼んで来ましょうね」
レーニちゃんがわたくしのところに来てお祝いの言葉を言ってくださったので、お礼を言って、わたくしはクリスタちゃんを探す。クリスタちゃんはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とお茶をしようとしていた。
「クリスタ、わたくしレーニ嬢とお茶をしますが、どうしますか?」
「ご一緒しましょう。ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、よろしいでしょう?」
「もちろんですよ」
「エリザベート嬢、レーニ嬢、ご一緒にお茶をしましょう」
ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も快く了承してくれて、わたくしたちは箸のテーブルでお茶をした。ミルクティーを飲んでいると、レーニ嬢が緑色の目を煌めかせて報告してくれる。
「わたくし、お姉様になります」
「本当ですか!?」
「はい、母に赤ちゃんができました。弟か妹か分かりませんが、一人っ子だったので、どちらでも生まれてきたら本当に嬉しいです」
レーニちゃんにも弟妹ができるようだ。
「母上は臨月に入っていますが、なかなか生まれないのですよ」
「お腹の中が心地よくて出たくない甘えん坊さんなのかもしれませんね」
ハインリヒ殿下にクリスタちゃんがくすくすと笑いながら答えている。
王妃殿下の出産も近く、レーニちゃんはお母上が妊娠している。
おめでたい空気にわたくしは誕生日プレゼントをたくさんもらったような気分になっていた。
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