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五章 妹の誕生と辺境伯領

17.ダリアのネックレス

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 サンルームの改装工事が終わらないうちにわたくしのお誕生日が来てしまう。
 工事をしているサンルームの中で、ハシビロコウのコレットと世話係のクロードも、オウムのシリルと世話係のカミーユも平和に過ごせているようだった。
 クロードとカミーユは休憩時間にはお屋敷の使用人用の食堂に来て食事をしているようだ。

「三食食べられて嬉しいって言っていましたよ」
「言葉も少しずつ覚えているようですが、カミーユとクロードの二人では隣国の言葉で話せるので楽だと言っていました」
「二人ともディッペル家に来られてよかったようですよ」

 デボラとマルレーンとヘルマンさんから報告を聞くとわたくしも安心する。
 奴隷として売られそうになっていたカミーユと、奴隷としてヒューゲル侯爵家でこき使われていたクロードがそれぞれに幸せになっているのならばそれは嬉しいことだった。

 お誕生日のためにわたくしは思い切ってミントグリーンのドレスを作ってもらった。それまで空色ばかりだったけれど、十歳になるのだ、新しい色に挑戦してみてもいい気がしたのだ。
 ドレスを誂えるために職人さんに来てもらって布を選んでいると、クリスタちゃんが丸いお目目でそれを見ている。

「わたくしも今度は色を変えようと思います」

 わたくしがミントグリーンにしたので、クリスタちゃんはサーモンピンクを選んでいた。明るいサーモンピンクがクリスタちゃんの金髪によく似合う。

「クリスタ、とても可愛いですね」
「お姉様もとても可愛い……いいえ、お綺麗ですわ」

 可愛いではなく綺麗と言い直してくれたクリスタちゃんに、わたくしはにっこりしてしまう。十歳になるのだから少しは大人っぽくなりたくもあったのだ。

 十歳の誕生日の前にエクムント様が部屋に来て下さった。
 廊下に立って部屋には入らなかったけれど、小さな箱を手渡してくれる。

「少し早いのですがお誕生日プレゼントです。誕生日に身に着けたいのではないかと思って早めにお渡しします」
「ありがとうございます。開けてもよろしいですか?」
「どうぞ」

 リボンを解いて箱を開けると中には紫のダリアの花のペンダントトップと綺麗な華奢な銀色のチェーンが入っていた。

「これは、もしかして、ネックレス!?」
「毎年生花を贈っていましたが、枯れるのを惜しまれるので、今年は枯れない花を差し上げようと思って」
「ネックレスなんて初めて付けます。とても大人っぽいわ。変ではないですか?」

 首元に当ててエクムント様に見てもらうと、エクムント様は優しく微笑む。

「とてもよくお似合いですよ」

 エクムント様がアクセサリーをくださった。わたくしにとっては初めて持つアクセサリーだ。ネックレスだなんてものすごく嬉しい。

 うっとりと眺めていると、隣りの部屋のドアの間からクリスタちゃんがこちらを見ているのが分かる。邪魔をしないように我慢しながらも、どうしてもわたくしとエクムント様の語らいが気になって仕方ないのだろう。

「クリスタ、見てくれますか? エクムント様にいただいたのです」
「お姉様、いいのですか? 二人でいい雰囲気だったのに」
「クリスタを仲間外れにするようなことはしませんよ」

 わたくしが言えばクリスタちゃんは大喜びで出て来てわたくしが首に当てたネックレスを見る。

「とても綺麗ですね。紫色がお姉様の髪の色と合っていて素敵だわ」
「こんなお誕生日プレゼントをもらえてわたくしは幸せですわ」

 クリスタちゃんと話していると、エクムント様がちょっと眉を下げているのが分かる。

「こんな年上の男と婚約したのはお気の毒でしたが、辺境伯領と中央を結ぶためにエリザベート嬢が心を決めてくださったことには感謝しています」
「わたくし、エクムント様をそんな風に思っていませんわ」
「エリザベート嬢は生まれたときから知っている私が可愛がった御令嬢です。エリザベート嬢とはこれからもいい関係を続けて行けたらと思っています」
「もちろんです。わたくしとエクムント様とは婚約者なのですから、これからもいい関係でいたいと思っております」

 わたくしが中央と辺境伯領を結ぶために義務で婚約したのだと思われているのは不服ではあったが、エクムント様が今後もいい関係を築いていきたいと思ってくださっているのは嬉しい。わたくしはエクムント様が大好きで、エクムント様にもわたくしの心が通じるといいと思っているが、今の段階でもエクムント様とわたくしは穏やかないい関係が築けているのは確かだ。
 この関係を崩さないことがわたくしにとっては第一の使命のようなものだった。

「今回はクリスタお嬢様には何もなくて申し訳ありません」
「いいえ、これはお姉様にだけ差し上げるのに相応しいプレゼントですわ。さすがエクムント様。お姉様が喜ぶことをちゃんと知っているのですね」
「喜んでいただけるかは分かりませんでしたが、毎年エリザベート嬢がダリアの花を惜しんでくださっているので、形に残るものを考えたのです」
「わたくしはハインリヒ殿下がプレゼントしてくださると嬉しいですわ」

 小さい頃にはクリスタちゃんにもプレゼントがないと不公平だと考えていたエクムント様も、クリスタちゃんが八歳になっているのでもうクリスタちゃんに何も用意していなかった。
 こうやってわたくしたちは大人になっていくのだろうと感慨深く思う。

 クリスタちゃんはハインリヒ殿下にネックレスを贈って欲しがっているが、それは叶うかどうか分からない。

 ネックレスは繊細で小さな金具もあるので、まだなんでも口に入れてしまうふーちゃんやまーちゃんの前ではつけることができない。箱の中にネックレスを戻してわたくしは部屋に置いてふーちゃんとまーちゃんのいる子ども部屋に行った。
 ルームシューズに履き替えてふーちゃんとまーちゃんの様子を見に行くと、ふーちゃんは絨毯の上に座り込んでおもちゃでままごとをしていて、まーちゃんは敷物を敷いた上に寝かされて手足をうごうごと動かしていた。
 まだ首も据わり切っていないまーちゃんだが、少しなら首を上げることができるし、手でおもちゃを持って口に運ぶこともできる。目もそろそろはっきりと見えてくる頃だろう。

「まーちゃん、ねぇねですよ」
「う! あだ!」
「ねぇねが抱っこしてあげますよ」

 クリスタちゃんは敷物の上に座ってまーちゃんを膝の上に抱っこさせてもらっている。まーちゃんが抱っこされているのを見ると、ふーちゃんが歩いて来てわたくしのスカートを引っ張って座らせて、わたくしの膝の上にどすんっと座った。

「ねぇね、らっこ」
「ふーちゃんも抱っこしましょうね。ふーちゃんは大きくなりましたね」
「ふー、おっちい」

 大きく重くなっているふーちゃんに成長を感じていると、ふーちゃんはわたくしの首に縋り付いてくる。立って欲しいのかもしれないが、わたくしもクリスタちゃんも抱っこのときには座るように教えられていて、立つことはできなかった。

「ふーちゃん、絵本を読んであげましょうか?」
「えぽん!」
「ふーちゃんの好きな絵本を持ってきていいですよ」

 ふーちゃんに言うと部屋にある本棚に歩いて行って、両手いっぱい絵本を持って戻ってくる。ソファに座って、ふーちゃんを膝の上に乗せて、わたくしは絵本を一冊ずつ丁寧に読んでいった。

 絵本を読んでいると、まーちゃんをヘルマンさんに預けたクリスタちゃんが近寄って来て聞いているのが分かる。クリスタちゃんもまだまだ絵本を読んでもらいたい年齢なのだ。

 読み終わった絵本を片付けようとすると、ふーちゃんが指を一本立てている。

「もいっちょ!」
「もう一回読みますか?」
「あい!」

 リクエストされてしまったので、二回目を読むがふーちゃんは同じ物語でも楽しそうに聞いていて、声を上げて笑ったり、手を叩いて喜んだりしている。

「たのち! ねぇね、すち!」
「わたくしもふーちゃんが大好きですよ」
「ふー、すち!」

 お喋りも上手になってきているふーちゃんがわたくしは可愛くてならない。ふーちゃんに何度「もいっちょ」とリクエストされても、わたくしは何度でも同じ本を読み直していた。
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