エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
132 / 528
五章 妹の誕生と辺境伯領

12.世話係のカミーユ

しおりを挟む
 露店には素焼きの壺に入った水を売っているところがある。素焼きの壺に入れられた水は、壺の小さな穴から常に水が蒸発し続けているので、常温よりも冷たいのだ。
 冷たい水を子どもたちに飲ませて、犬と猫とオウムにも飲ませると、少し元気になってきていた。
 子どもたちは自分たちの境遇を話す。

『隣国との国境に住んでたんだ。猫が遠くに行って探してたら、あの男の仲間に捕まった』
『私も犬がいなくなって探してたら、あの男の仲間に捕まったの』

 猫と犬の飼い主の子どもは、先に猫と犬を攫ってから、探しに来た子どもを攫うという手口で捕まえられたようだ。
 オウムの飼い主のカミーユは少し違っていた。

『両親は病気で死んだ。シリルと一緒に親戚の家に引き取られたら、親戚がシリルと一緒に俺を売ったんだ』

 猫と犬の飼い主の子どもは帰る家がありそうだが、カミーユにはどこにも返る場所がなさそうだった。
 わたくしはペットを買いに市にやって来たのだということを思い出す。オウムは何年くらい生きるのだろう。

『そのオウムはあなたが飼っていたのですか? オウムが何年くらい生きるか分かりますか?』

 隣国の言葉で問いかけてみると、カミーユはわたくしを見て固まってしまっていた。わたくしは辛抱強く返事を待っていると、

『こんな綺麗なお姫様みたいなひとに俺が話しかけていいのか?』
『教えてもらえますか?』
『オウムは四十年から六十年生きるよ……じゃない、生きます』

 急いで敬語に言い直したカミーユにわたくしは心を決めた。

「お母様、お父様、わたくし、このオウムが欲しいです。オウムの世話係としてカミーユを雇うのはどうでしょう?」

 そうすればカミーユは行き場所ができるし、オウムのシリルとも別れずに済む。
 わたくしの言葉に両親はカミーユに聞く。

『我が家に来てオウムの世話係として働いてくれるかな?』
『うちには生まれてすぐの赤ちゃんと一歳の男の子がいます。オウムはその子たちに安全ですか?』
『シリルはとても大人しいオウムです。賢いので、敵と判断した相手以外噛んだりしません。子どもがとても好きです』
『それではディッペル公爵家においで』
『我が家でオウムの世話をしてください』

 優しく声をかけられて、カミーユの褐色の頬に涙が伝う。

『俺……あたし、男のふりをしなくてもいいの?』
『あなた、女の子ですか!?』
『女は力仕事ができないから、娼館に売られると思って、自分で髪を切って、男の子のふりをしてたんです』

 カミーユというのは男性でも女性でも使う名前だから、男の子のふりをしていてもカミーユはバレなかったようだ。短く切った黒髪が痛々しく、母がカミーユの頭を撫でている。

『ディッペル家ではそのようなことはさせませんよ。髪もこれから伸ばしていけばいいでしょう』

 褐色肌に黒い目黒い髪のカミーユという女の子がオウムの世話係として我が家に来て、シリルという真っ白な大きなオウムがペットになる。
 オウムの寿命を聞いていたのでわたくしは安心してオウムをペットにすることができた。

 保護された猫の飼い主と犬の飼い主の子どもたちは、取り調べの後親元に返されると聞いてわたくしは胸を撫で下ろしていた。

「ヒューゲル侯爵絡みの事案かもしれない」

 カサンドラ様は難しい顔をされている。
 辺境伯家に逆らう侯爵家があって、そこが闇の取り引きをしているというのは噂になっていた。それでもカサンドラ様は確信を掴めずにヒューゲル家を取り締まれずにいた。

「ヒューゲル侯爵は辺境伯家とディッペル家の婚約にも反対しているという噂だから、ディッペル公爵家の皆様に何もなければいいのだが」
「ヒューゲル侯爵家は独立派なのですか?」
「隠してはいるが、恐らくそうだろう」

 辺境伯領には独立を狙う敵がいる。
 その敵が人身売買を行って、辺境伯領の規律を乱しているのならばカサンドラ様も立ち上がらねばならない。

 今回捕らえられた男からどこまで話を聞けるかが今後の展開に関わってくるだろう。

 難しい顔のカサンドラ様にわたくしも考え込んでいると、クリスタちゃんがわたくしとカミーユの手を握る。

「お姉様、エクムント様のお誕生日お祝いを買いたいのではなかったのですか?」
「そうでした。カミーユはこの国の言葉は分かりますか?」
「すこし」
「クリスタちゃん、カミーユの前では隣国の言葉で喋りませんか? 隣国の言葉の練習にもなると思います」

 辺境伯領が接している異国は隣国と言葉が同じなので、カミーユと喋るのはわたくしもクリスタちゃんも隣国の言葉の練習になる。
 頷くクリスタちゃんは早速隣国の言葉に切り替えていた。

『わたくし、クリスタ・ディッペルです。カミーユは何歳ですか?』
『あ、あたしは、十一歳、です』
『わたくしはエリザベート・ディッペルです。カミーユ、自分のことは「わたくし」と言うようにしてください』
『わ、わたくし、ですね。はい、クリスタお嬢様、エリザベートお嬢様』

 まだ十一歳のカミーユを働かせるのは可哀想な気もするが、カミーユがオウムのシリルと離れずに暮らせる方法をわたくしはこれしか思い付かなかったのだ。

『エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様には命を救われました。わたくし、心を込めてお仕え致します』

 真っすぐなカミーユの目にわたくしもクリスタちゃんも年の近い友達ができたような気分で嬉しく思っていた。
 カミーユは白いオウムのシリルの入った小さな鳥かごを持って、わたくしとクリスタちゃんについて来ていた。

 わたくしが気になったのは、革細工のお店だった。革で作られたものがたくさん並んでいる。
 ペンを入れるケースや、お財布、動物のマスコットなど、色々ある中でわたくしが気になったのはフクロウの形をした革のマスコットだった。艶々としていて、革の色が黄色でとても美しいのだ。

「お嬢さん、それが気になりますか? これは、頭が後ろに倒れて、中に物を仕舞っておけるんですよ」
「何を入れるのですか?」
「薬を入れるひともいれば、小銭を入れるひともいる。使い方はそのひと次第ですよ」

 そのフクロウのマスコットが気に入ってしまったわたくしは、それをエクムント様のお誕生日お祝いに買うことにした。
 革ならば長く使ってもらえるだろう。

 お財布から銀貨を取り出すと店主が驚いている。

「す、すみません、それだとおつりが出せないです」
「銅貨ならば大丈夫ですか?」
「銅貨ならばおつりが出せます」

 わたくしのお財布には金貨も何枚も入っている。銀貨ですらおつりが出せないような露店で買い物をしているのだと思うとお財布の中にどれくらいの金額が入っているか分からなくて怖くなってしまう。

 一日くらいなら持つだろうと、わたくしは小さなブーケも買った。ブーケは銅貨でもおつりがくる値段だった。

『わたくし、こんな風に買い物をしたのは初めてなのです。カミーユは欲しいものはありませんか?』
『わたくしは、シリルと一緒に暮らしていけるだけで幸せです』
『カミーユはこれからはディッペル家で暮らしていけますよ』

 クリスタちゃんとカミーユが話しているのを聞きながら、わたくしは買ったフクロウのマスコットとブーケを胸に抱いて両親の元に戻っていた。

 買い物が無事に終わって、カサンドラ様のお屋敷に戻ると、カミーユはお風呂に入れられて洗われて、使用人用のワンピースに着替えさせられた。ボロボロの酸っぱい匂いのする服は、処分された。
 綺麗になったカミーユは髪が短いので男の子か女の子か分からない中性的な雰囲気だったが、着せられた使用人用のワンピースは少し大きかったが似合っていた。

「エリザベートお嬢様付きのメイドのマルレーンです」
「クリスタお嬢様付きメイドのデボラです」
「わたくしはフランツ様の乳母のヘルマンさんです」
「マリア様の乳母のレギーナです」

 自己紹介するマルレーンとデボラとヘルマンさんとレギーナに、カミーユは一生懸命考えて口を開いていた。

「わたくし、カミーユ。シリルのせわがかり」
「カミーユはこの国の言葉が流暢に話せないのです。マルレーンもデボラもヘルマンさんもレギーナも教えてあげてください」
『わたくし、隣国の言葉も話せます。カミーユ、何かあればわたくしに話してくださいね』

 出身が貴族であるヘルマンさんは隣国の言葉も話せるようだ。ヘルマンさんに隣国の言葉で言われてカミーユはほっと胸を撫で下ろしているようだ。
 両親を亡くして、親戚に売られたカミーユが、ディッペル家で働きながら成長できればいいとわたくしは思っていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...