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五章 妹の誕生と辺境伯領
9.授業時間の変更
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夏も本番になってきて、庭のお散歩でも汗をかくので、早朝の涼しいうちにお散歩に行く生活になった。
朝食の前に起きて水の撒かれた庭に出てふーちゃんとお散歩をする。ふーちゃんはすっかりと歩くのが上手になっていて、一人でもとことこと歩いて行ってしまうのだが、クリスタちゃんやわたくしを見付けると手を繋いでほしがるようになっていた。
週に一回の乗馬の練習の日は、ふーちゃんを挟むように手を繋いでわたくしとクリスタちゃんでふーちゃんを牧場に連れて行く。ふーちゃんは両手を繋いでいても嫌がることなくにこにことして歩いていく。
牧場にはエクムント様だけでなく他の護衛の騎士もついて来てくれて、ヘルマンさんもデボラもマルレーンもついて来てくれている。
ヘルマンさんはわたくしとクリスタちゃんが馬に乗っている間、ふーちゃんを見ていてくれて、デボラはわたくしが馬に乗っている間クリスタちゃんといてくれて、マルレーンはクリスタちゃんが馬に乗っている間わたくしといてくれる。
デボラもマルレーンもクリスタちゃんとわたくしの乳母のようなものだから、王都に行くときもついて来てくれるし、辺境伯領に行くときにもついて来てくれる。
デボラがいないとクリスタちゃんの髪を編んでくれるものはいないし、クリスタちゃんはまだ一人で身支度ができないので、デボラが必要だった。
わたくしも髪を自分で纏められるようになってきていたが、マルレーンのようには上手にできない。マルレーンはわたくしが小さい頃から一緒にいてくれるので、いない方が不自然だった。
わたくしにも乳母がいたはずなのだが、それは記憶にない。
子ども部屋に来てまーちゃんにお乳をあげていた母に聞いてみると、知らなかった事実を知ることができた。
「エリザベートが生まれたときにはわたくしは死にかけて、しばらく床から起き上がれなかったのです。それで、エリザベートと近い時期に赤ん坊を産んだ女性を、お乳をあげさせるために乳母にしました。その女性はエリザベートが乳離れするまで仕えてくれていましたが、その後、次の子どもを妊娠したので、任を解いて、マルレーンを雇ったのですよ」
「わたくしにも乳母がいたのですね」
「そうです。その頃はわたくしは母乳がいいという噂を信じてしまって、お乳の出る女性をお父様に探してもらったのです。今ではミルクで育つのも母乳で育つのも変わりないと思っていますが」
わたくしにも乳母はいたのだ。ただし、次の子どもを産むために乳母は辞めてしまった。
クリスタちゃんにも乳母はいたのだろうが、ディッペル家に引き取られるときにノメンゼン家からは誰も連れて来させていないので、デボラが世話役に雇われた。
わたくしとクリスタちゃんには乳母はいないが、問題なく育っている。
ふーちゃんとまーちゃんには乳母がいるが、ふーちゃんもそろそろミルクを必要としなくなる月齢ではあるし、ヘルマンさんは最初からふーちゃんにお乳ではなくミルクを上げていた。
「エクムント様の乳母はどんな方だったのでしょうか」
ぽつりと呟くとクリスタちゃんがわたくしの顔を覗き込んでくる。
「聞いてみればいいのだわ!」
「今はエクムント様は仕事中ですし、わたくしとクリスタちゃんはお勉強をしなければいけませんわ」
「そうだったわ。早く聞きに行きたいですね、お姉様」
思い付くとすぐ行動してしまうクリスタちゃんに振り回されることもあるが、わたくしは考えても行動に移せないことが多いので助けられている部分もあった。
勉強室に行くとリップマン先生から今後の学習計画を伝えられた。
「ピアノと声楽の日と、刺繍の日、行儀作法の勉強の日以外は、これからは午後も勉強を教えるようにと奥様と旦那様から言われています」
平日は週に一度ピアノと声楽の日があって、刺繍の日があって、行儀作法の勉強の日があって、残り二日は午後は自由にしていたのだが、午後も勉強するようになるのだ。
「エリザベートお嬢様ももう九歳になられます。学園では午前中も午後も勉強をするので早いうちに慣れておくようにと言われております」
「分かりました、リップマン先生。これからもよろしくお願いします」
「わたくし、歴史で分からないところがあるのです」
「クリスタお嬢様、質問があるのでしたらいつでもどうぞ」
本を読むのが好きなのでわたくしもクリスタちゃんもこの国の歴史の本や偉人の本は読んでいるのだが、それだけでは分からないことも多い。
「辺境伯領の成り立ちについてなのですが」
クリスタちゃんの質問にリップマン先生は丁寧に答えていた。
午後まで授業があると言っても、昼食の時間は当然取られるし、午後の授業もお茶の時間までと決まっているので、それほど大変ではなかった。
午後にまで授業が伸びたことで、ふーちゃんやまーちゃんに会う時間は確実に減ってしまったが、それも早朝のお散歩や朝の時間で埋めて行けばいい。
お茶の時間が終わると子ども部屋に行ってルームシューズに履き替えて、わたくしとクリスタちゃんはふーちゃんと遊んで、時々起きたまーちゃんを抱っこさせてもらっていた。
まーちゃんはよく泣く赤ちゃんだったが、抱っこされていると大人しくなって泣かない。まーちゃんは小さくて抱っこするのも楽なのでわたくしとクリスタちゃんは交代でまーちゃんを抱っこしていた。
わたくしとクリスタちゃんがふーちゃんやまーちゃんを抱っこするときには、安全を考えて座ってから膝の上にふーちゃんやまーちゃんを置かれる。立って抱っこもできると思いたかったがわたくしの体は九歳なのだ。クリスタちゃんは八歳である。
ヘルマンさんもレギーナも安全を一番に考えるのは乳母として当然だった。
「わたくし、デボラもマルレーンもヘルマンさんもレギーナも、お食事をしているところを見たことがありません。ちゃんと食べているのですか?」
まーちゃんを抱っこしながらクリスタちゃんが水色のお目目をくりくりさせて問いかけると、デボラとマルレーンが答える。
「時間はお嬢様たちとずらしておりますが、ちゃんといただいていますよ」
「お嬢様たちが勉強なさっている間にいただいたりしております」
デボラとマルレーンはわたくしとクリスタちゃんが食事をしているときに同席してくれているし、ヘルマンさんはふーちゃんが食事をするときには必ず同席している。
デボラとマルレーンはわたくしとクリスタちゃんが勉強や刺繍やピアノや声楽や行儀作法の勉強をしているときに食事ができるが、まだ小さなまーちゃんや活発に動くふーちゃんを見ているレギーナやヘルマンさんはどうなのだろう。
レギーナとヘルマンさんの方に視線を向けると、二人が答える。
「わたくしたちはフランツ様とマリア様が眠っているときなどに交代で食事をとっています」
「マリア様が眠っているときに、ヘルマンさんが休憩に行ってくるようにお声をかけてくださいます」
ヘルマンさんとレギーナも食事は問題なくとれているようだった。
質問できて満足していると、まーちゃんをレギーナに渡したクリスタちゃんがわたくしの手を引っ張って子ども部屋から出た。ルームシューズから靴に履き替えて行った先は、騎士の休憩室だ。
本来ならばわたくしやクリスタちゃんが入ってはいけないのだが、エクムント様に会うためにわたくしやクリスタちゃんが行っているということで、周囲は目を瞑ってくれている。
「エクムント様! エクムント様の乳母はどんな方でしたか?」
「クリスタお嬢様、エリザベート嬢、ここでは話ができないので、部屋を出ましょうか」
他の騎士の目もあるのでエクムント様は部屋から出て来る。わたくしとクリスタちゃんを連れてテラスのベンチまで行って、エクムント様はそこにわたくしとクリスタちゃんを座らせた。
テラスは日陰になっていて風が吹くと涼しい。
「私の乳母は母の故郷から連れて来られた女性でした。母の故郷では乳母が子どもの教育を担うので、出自のはっきりとした男爵家の令嬢だったと聞いています」
「ふーちゃんと同じだわ! ヘルマンさんも男爵家の令嬢よ」
「私が士官学校に入学する少し前に嫁ぐために辞めていきましたが、それまではとてもよくしてくれましたよ」
その話は一度聞いたことがある気がする。
男爵家の令嬢だったならば、適齢期になれば結婚の話も舞い込んだだろう。エクムント様が士官学校に入学したのは十一歳くらいの頃なので、それまで結婚を伸ばしてエクムント様を育てていたことになる。
「急にどうしたのですか?」
「お姉様が知りたがっていたのです」
「そうですか。私に聞きたいことがあれば、また休憩時間ならお話ししますよ」
優しく答えてくれるエクムント様に、わたくしは乳母も気になっていたが、エクムント様とこんな時間を持ちたかったのだと改めて思っていた。
朝食の前に起きて水の撒かれた庭に出てふーちゃんとお散歩をする。ふーちゃんはすっかりと歩くのが上手になっていて、一人でもとことこと歩いて行ってしまうのだが、クリスタちゃんやわたくしを見付けると手を繋いでほしがるようになっていた。
週に一回の乗馬の練習の日は、ふーちゃんを挟むように手を繋いでわたくしとクリスタちゃんでふーちゃんを牧場に連れて行く。ふーちゃんは両手を繋いでいても嫌がることなくにこにことして歩いていく。
牧場にはエクムント様だけでなく他の護衛の騎士もついて来てくれて、ヘルマンさんもデボラもマルレーンもついて来てくれている。
ヘルマンさんはわたくしとクリスタちゃんが馬に乗っている間、ふーちゃんを見ていてくれて、デボラはわたくしが馬に乗っている間クリスタちゃんといてくれて、マルレーンはクリスタちゃんが馬に乗っている間わたくしといてくれる。
デボラもマルレーンもクリスタちゃんとわたくしの乳母のようなものだから、王都に行くときもついて来てくれるし、辺境伯領に行くときにもついて来てくれる。
デボラがいないとクリスタちゃんの髪を編んでくれるものはいないし、クリスタちゃんはまだ一人で身支度ができないので、デボラが必要だった。
わたくしも髪を自分で纏められるようになってきていたが、マルレーンのようには上手にできない。マルレーンはわたくしが小さい頃から一緒にいてくれるので、いない方が不自然だった。
わたくしにも乳母がいたはずなのだが、それは記憶にない。
子ども部屋に来てまーちゃんにお乳をあげていた母に聞いてみると、知らなかった事実を知ることができた。
「エリザベートが生まれたときにはわたくしは死にかけて、しばらく床から起き上がれなかったのです。それで、エリザベートと近い時期に赤ん坊を産んだ女性を、お乳をあげさせるために乳母にしました。その女性はエリザベートが乳離れするまで仕えてくれていましたが、その後、次の子どもを妊娠したので、任を解いて、マルレーンを雇ったのですよ」
「わたくしにも乳母がいたのですね」
「そうです。その頃はわたくしは母乳がいいという噂を信じてしまって、お乳の出る女性をお父様に探してもらったのです。今ではミルクで育つのも母乳で育つのも変わりないと思っていますが」
わたくしにも乳母はいたのだ。ただし、次の子どもを産むために乳母は辞めてしまった。
クリスタちゃんにも乳母はいたのだろうが、ディッペル家に引き取られるときにノメンゼン家からは誰も連れて来させていないので、デボラが世話役に雇われた。
わたくしとクリスタちゃんには乳母はいないが、問題なく育っている。
ふーちゃんとまーちゃんには乳母がいるが、ふーちゃんもそろそろミルクを必要としなくなる月齢ではあるし、ヘルマンさんは最初からふーちゃんにお乳ではなくミルクを上げていた。
「エクムント様の乳母はどんな方だったのでしょうか」
ぽつりと呟くとクリスタちゃんがわたくしの顔を覗き込んでくる。
「聞いてみればいいのだわ!」
「今はエクムント様は仕事中ですし、わたくしとクリスタちゃんはお勉強をしなければいけませんわ」
「そうだったわ。早く聞きに行きたいですね、お姉様」
思い付くとすぐ行動してしまうクリスタちゃんに振り回されることもあるが、わたくしは考えても行動に移せないことが多いので助けられている部分もあった。
勉強室に行くとリップマン先生から今後の学習計画を伝えられた。
「ピアノと声楽の日と、刺繍の日、行儀作法の勉強の日以外は、これからは午後も勉強を教えるようにと奥様と旦那様から言われています」
平日は週に一度ピアノと声楽の日があって、刺繍の日があって、行儀作法の勉強の日があって、残り二日は午後は自由にしていたのだが、午後も勉強するようになるのだ。
「エリザベートお嬢様ももう九歳になられます。学園では午前中も午後も勉強をするので早いうちに慣れておくようにと言われております」
「分かりました、リップマン先生。これからもよろしくお願いします」
「わたくし、歴史で分からないところがあるのです」
「クリスタお嬢様、質問があるのでしたらいつでもどうぞ」
本を読むのが好きなのでわたくしもクリスタちゃんもこの国の歴史の本や偉人の本は読んでいるのだが、それだけでは分からないことも多い。
「辺境伯領の成り立ちについてなのですが」
クリスタちゃんの質問にリップマン先生は丁寧に答えていた。
午後まで授業があると言っても、昼食の時間は当然取られるし、午後の授業もお茶の時間までと決まっているので、それほど大変ではなかった。
午後にまで授業が伸びたことで、ふーちゃんやまーちゃんに会う時間は確実に減ってしまったが、それも早朝のお散歩や朝の時間で埋めて行けばいい。
お茶の時間が終わると子ども部屋に行ってルームシューズに履き替えて、わたくしとクリスタちゃんはふーちゃんと遊んで、時々起きたまーちゃんを抱っこさせてもらっていた。
まーちゃんはよく泣く赤ちゃんだったが、抱っこされていると大人しくなって泣かない。まーちゃんは小さくて抱っこするのも楽なのでわたくしとクリスタちゃんは交代でまーちゃんを抱っこしていた。
わたくしとクリスタちゃんがふーちゃんやまーちゃんを抱っこするときには、安全を考えて座ってから膝の上にふーちゃんやまーちゃんを置かれる。立って抱っこもできると思いたかったがわたくしの体は九歳なのだ。クリスタちゃんは八歳である。
ヘルマンさんもレギーナも安全を一番に考えるのは乳母として当然だった。
「わたくし、デボラもマルレーンもヘルマンさんもレギーナも、お食事をしているところを見たことがありません。ちゃんと食べているのですか?」
まーちゃんを抱っこしながらクリスタちゃんが水色のお目目をくりくりさせて問いかけると、デボラとマルレーンが答える。
「時間はお嬢様たちとずらしておりますが、ちゃんといただいていますよ」
「お嬢様たちが勉強なさっている間にいただいたりしております」
デボラとマルレーンはわたくしとクリスタちゃんが食事をしているときに同席してくれているし、ヘルマンさんはふーちゃんが食事をするときには必ず同席している。
デボラとマルレーンはわたくしとクリスタちゃんが勉強や刺繍やピアノや声楽や行儀作法の勉強をしているときに食事ができるが、まだ小さなまーちゃんや活発に動くふーちゃんを見ているレギーナやヘルマンさんはどうなのだろう。
レギーナとヘルマンさんの方に視線を向けると、二人が答える。
「わたくしたちはフランツ様とマリア様が眠っているときなどに交代で食事をとっています」
「マリア様が眠っているときに、ヘルマンさんが休憩に行ってくるようにお声をかけてくださいます」
ヘルマンさんとレギーナも食事は問題なくとれているようだった。
質問できて満足していると、まーちゃんをレギーナに渡したクリスタちゃんがわたくしの手を引っ張って子ども部屋から出た。ルームシューズから靴に履き替えて行った先は、騎士の休憩室だ。
本来ならばわたくしやクリスタちゃんが入ってはいけないのだが、エクムント様に会うためにわたくしやクリスタちゃんが行っているということで、周囲は目を瞑ってくれている。
「エクムント様! エクムント様の乳母はどんな方でしたか?」
「クリスタお嬢様、エリザベート嬢、ここでは話ができないので、部屋を出ましょうか」
他の騎士の目もあるのでエクムント様は部屋から出て来る。わたくしとクリスタちゃんを連れてテラスのベンチまで行って、エクムント様はそこにわたくしとクリスタちゃんを座らせた。
テラスは日陰になっていて風が吹くと涼しい。
「私の乳母は母の故郷から連れて来られた女性でした。母の故郷では乳母が子どもの教育を担うので、出自のはっきりとした男爵家の令嬢だったと聞いています」
「ふーちゃんと同じだわ! ヘルマンさんも男爵家の令嬢よ」
「私が士官学校に入学する少し前に嫁ぐために辞めていきましたが、それまではとてもよくしてくれましたよ」
その話は一度聞いたことがある気がする。
男爵家の令嬢だったならば、適齢期になれば結婚の話も舞い込んだだろう。エクムント様が士官学校に入学したのは十一歳くらいの頃なので、それまで結婚を伸ばしてエクムント様を育てていたことになる。
「急にどうしたのですか?」
「お姉様が知りたがっていたのです」
「そうですか。私に聞きたいことがあれば、また休憩時間ならお話ししますよ」
優しく答えてくれるエクムント様に、わたくしは乳母も気になっていたが、エクムント様とこんな時間を持ちたかったのだと改めて思っていた。
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