エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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四章 婚約式

30.クリスタちゃん、八歳

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 クリスタちゃんのお誕生日、既に隣国から留学のためにオルヒデー帝国にいらしていたノエル殿下も、ノルベルト殿下とともにお越しくださった。お蔭でクリスタちゃんの誕生のお茶会はとても豪華なものに。
 大広間の一画には敷物を敷いた場所があって、そこにふーちゃんがおもちゃを並べて参加する。ふーちゃんの参加はクリスタちゃんの強い要望だった。

「フランツも一緒にお誕生日のお茶会に出て欲しいのです。わたくしのことを『ねぇね』と呼ぶのをみんなに聞いて欲しいのです」

 ものすごい情熱をもって発せられたクリスタちゃんの言葉に、両親も止める気はなかったようだ。

 当日、お客様の前でクリスタちゃんはふーちゃんと手を繋いでご挨拶をしていた。

「わたくしのお誕生日にお越しいただきありがとうございます。弟のフランツも一歳になりました。一緒に祝ってくださいませ」
「クリスタ嬢、おめでとうございます。フランツ殿もとても可愛いですわ。お招きいただきありがとうございます」
「フランツ殿も一歳になられたのですね。ふくふくとしてとても可愛らしい」
「クリスタ嬢、お誕生日おめでとうございます。フランツ殿も一歳おめでとうございます」
「ねぇね!」
「はい、ねぇねですよ。フランツはわたくしのことを『ねぇね』と呼んでくれるのです」

 ノエル殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下に誇らしげな顔で自慢しているクリスタちゃんが可愛い。ふーちゃんはクリスタちゃんの手をしっかりと握って、くりくりしたお目目でノエル殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下を見上げている。
 レーニちゃんはレンゲで作った花冠を手に持って来ていた。

「クリスタ様、お誕生日おめでとうございます。これ、わたくしが作りました。レンゲの花の花冠です」
「レーニ嬢、ありがとうございます。ピンク色でとても可愛いです!」

 お手製のレンゲの花冠を持って来てくれたレーニちゃんに喜んでクリスタちゃんが頭に乗せている。レーニちゃんは朝からレンゲを摘んで花冠を作ってお誕生日プレゼントに持って来てくれたようだ。

「お姉様、見てください。レンゲの花冠ですわ!」
「クリスタ、とてもお似合いですよ」
「レーニ嬢が作って下さったの」

 嬉しそうにレンゲの花冠を被っているクリスタちゃんに、ふーちゃんが欲しそうに手を伸ばしているが、ふーちゃんはまだ何でも口に入れてしまうので渡すことはできなかった。

「フランツ様にも、もう少し大きくなったら作って差し上げますわね」
「あい!」
「レーニ嬢、フランツがお返事しましたわ」
「本当ですわ。とても可愛い」

 みんなから可愛がられてふーちゃんはとても得意そうな顔をしていた。

 ふーちゃんは敷物の上に戻されて、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんとノエル殿下とノルベルト殿下とハインリヒ殿下はお茶をする。わたくしはエクムント様を誘いたかったけれど、今日はクリスタちゃんのお誕生日なので、クリスタちゃんを第一に優先することにした。

「聞いてくださいますか、わたくし、クリスタ嬢にお祝いの詩を書いて来ましたの」
「嬉しいですわ、ノエル殿下。ぜひ読んでください」

 お祝いの詩。
 なんだか嫌な予感がする。

「親愛なるクリスタ嬢へ。恋を叶える天使がいるのだとすれば、友情を育む天使がいてもおかしくはないでしょう。その天使の矢がわたくしとクリスタ嬢を結んでくれたような気分です。わたくしはクリスタ嬢をかたわらに咲く花のように可愛らしく思っております。わたくしの気持ちをどうか届けてください、春風さん」

 読み上げられた詩の意味がいまいちよく分からない。
 友情を育む天使とか、天使の矢とか、かたわらに咲く花とか、春風さんとか、理解のできないものが出て来てわたくしはぐるぐると目を回していた。

「なんて素晴らしい詩なのでしょう! わたくし、感動いたしましたわ。こんな素晴らしい詩をいただいてよろしいのですか?」
「クリスタ嬢のために作ったのです」
「ありがとうございます、ノエル殿下」

 ノエル殿下は詩の書かれた便箋を封筒に入れてクリスタちゃんに渡している。レンゲの花冠を被ったクリスタちゃんは恭しく封筒を受け取ってパーティー用のバッグの中に入れた。

「この詩は一生の宝物にします」
「大袈裟ですわ、クリスタ嬢。これくらいの詩ならいつでも作ります」
「本当ですか? 嬉しいです」

 ノエル殿下とクリスタちゃんの仲がよくていいことなのだが、わたくしとハインリヒ殿下とレーニちゃんはずっと首を傾げ続けていた。ノルベルト殿下だけが、にこにことして詩に聞き入っていた。

「やはりノエル殿下は詩の才能がおありでしょう? クリスタ嬢には分かるのですね」
「分かりますわ。この詩も、前にお聞かせくださった詩もとても素晴らしかったですもの」

 ノルベルト殿下とクリスタちゃんも分かり合えている。いいことなのだが、わたくしはどうしても詩の意味がよく分からなかった。
 もっと分かりやすい言葉で書いてはいけないのだろうか。
 詩は装飾的でなければいけないものなのだろうか。
 悩むわたくしにレーニちゃんもハインリヒ殿下も同じく悩んでいる様子だった。

「ディッペル公爵家の御令嬢二人に、リリエンタール家の御令嬢、ノルベルト殿下にハインリヒ殿下、それにノエル殿下とは、豪華なメンバーがお揃いですね」

 声をかけて来てくれたのはカサンドラ様だった。相変わらず軍服を着ていて、真っ赤な髪を纏めて上げているのが凛々しくて格好いい。カサンドラ様を見てレーニちゃんが息を飲んだのが分かる。

「カサンドラ様も赤毛なのですね」
「レーニ嬢はストロベリーブロンドですが、私は真っ赤ですね。赤毛でもこれだけ色が違うものですね」
「わたくし、自分の髪の色が嫌いでした。前の父はわたくしが赤毛だというのを厭うていました」
「赤毛は悪魔の子だとか、背徳を犯した証だとか言われることがありますからね。ただその髪色で生まれてきただけなのに失礼なものです。レーニ嬢も気にすることはないですよ」
「カサンドラ様と同じだと思うと、わたくし自身が持てます。カサンドラ様は堂々としてご立派ですから」

 カサンドラ様と初めて話したというレーニ嬢は緑色の目を輝かせていた。
 カサンドラ様は横にエクムント様を連れている。

「エクムント、婚約者殿を放っておいてはいけないだろう」
「エリザベート嬢は年齢の近い方と交流する方が楽しいのではないかと思ったのです」
「それで辺境伯領が嫌われたらどうするのだ。ディッペル公爵家の後継の座まで弟君に譲って辺境伯領に来て下さるのだ。大事にしなければ」
「分かっております」

 カサンドラ様にかかってしまうとエクムント様も年相応の男の子に見えるから不思議だ。手を差し伸べられてわたくしはエクムント様の手袋を付けた手に手を重ねる。

「踊っていただけますか?」

 大広間のピアノはいつの間にかワルツのリズムを奏でていた。
 ノルベルト殿下がノエル殿下に手を差し出し、ハインリヒ殿下がクリスタちゃんに手を差し伸べている。

「皆様素敵。羨ましいわ」
「レーニ嬢、私でよければ」
「よろしいのですか、カサンドラ様!?」

 お相手のいないレーニちゃんはカサンドラ様から手を差し伸べられて飛び上がって喜んでいた。
 ワルツのリズムに合わせて踊る。
 ダンスの練習はしていたので、わたくしはエクムント様の足を踏まずに踊ることができた。
 クリスタちゃんもハインリヒ殿下と踊っているし、ノエル殿下もノルベルト殿下と踊っている。レーニちゃんはカサンドラ様と踊れてとてもいい笑顔だった。

 曲が終わると周囲から拍手が巻き起こる。
 わたくしたちのダンスはお客様に見られていたようだ。

「クリスタ、花冠をいただいたのだね」
「とてもよく似合いますわ。レンゲの季節ですものね」

 両親に褒められてクリスタちゃんがレーニちゃんの手を引っ張っている。

「レーニ嬢がくださいましたの。わたくし、とても嬉しくて。被っていていいでしょう、お父様、お母様?」
「もちろん構いませんよ」
「とても可愛いね」

 レンゲの花冠を被っているクリスタちゃんは両親の言う通りとても可愛い。

 これでクリスタちゃんも八歳。
 学園に入学するまで残り四年になった。
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