エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
109 / 528
四章 婚約式

19.エクムント様とのデート大計画

しおりを挟む
 わたくしとエクムント様は年の差はあるが婚約者なのである。
 デートなどしてもいいのではないだろうか。
 考え始めるとわたくしは妄想が止まらなくなる。

 エクムント様が行きつけの花屋に行って、エクムント様と外でお茶をして、エクムント様と馬車に乗らずに歩いて帰ってくる。手を繋いで。

 それだけでいいのだが、それを許さないのがわたくしの身分だった。
 わたくしはこの国唯一の公爵家、ディッペル家の娘。気軽に市井に出ることは許されない。

 学園に入学する年になれば、王都にある学園への通学が難しいので寮に入ることになるが、それまでに身の回りのことは一通り自分でできるようになっていなければいけない。
 寮に入った後も気軽に外には出られずに、学園の敷地内から出るときには許可が必要で、護衛がつくというのは『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の記述の中にあったのでよく覚えている。

 わたくしに自由などないのだと落ち込む前に、わたくしは一つ、考えていることがあった。

 わたくしとエクムント様二人きりで出かけるのは非常に難しい。
 だが、リップマン先生とクリスタちゃんと一緒ならばできないわけではないのではないだろうか。

「リップマン先生、ディッペル公爵領にも図書館がありますよね」
「よくご存じですね、エリザベートお嬢様。ディッペル公爵領にも図書館は御座いますよ」
「わたくし、この国のことや辺境伯領のことをもっと詳しく調べたいのです。図書館に連れて行ってもらえませんか?」

 まずはリップマン先生に根回しをしておく。
 辺境伯領のことを知りたいとなると、わたくしが将来嫁ぐ土地であるからリップマン先生も賛成してくれるはずだ。
 何より、図書館に行くのはわたくしくらいの年代の子どもにとっては非常に勉強になるだろう。

 ヘルマンさんが王都の王宮で図書室をお借りすればいいと言ったときに、ディッペル公爵領にも図書館があるのではないかと思い付いたのだ。わたくしの考え通りにディッペル公爵領には図書館があった。

「お姉様、図書館ってなぁに?」
「王都の王宮で植物図鑑をお借りした図書室の大きなものですよ」
「たくさん本があるの?」
「貴重な文献も保管されていると思います」
「それはわたくしも行きたいわ」

 クリスタちゃんもその気になっている。
 ここでわたくしは頬に手を当てて深いため息をつく。

「リップマン先生とわたくしとクリスタだけでは危険ですよね。誰か護衛がいてくれればいいのですが……」
「エクムント様だわ! お姉様、エクムント様にお願いするのよ!」
「クリスタったら、いい考えですわ」

 すぐに思い付いた顔でクリスタちゃんが手を上げるのに、わたくしはクリスタちゃんに微笑んで同意する。これで準備は整った。
 後はリップマン先生が両親に話をして、エクムント様を護衛に図書館に行く許可を取ってくれるだけだった。

「図書館で勉強したいとはいい心がけです。奥様と旦那様にお話ししましょう」
「お願いします、リップマン先生」

 これで全てが上手くいく。わたくしが悪い顔で微笑んでいると、クリスタちゃんが水色のお目目を丸くして、わたくしの顔を覗き込む。

「お姉様、なんだか格好いいですわ」
「そうですか?」
「わたくしもやってみます」

 何故かクリスタちゃんも悪い顔で微笑んで見せているが、まだ七歳で頬っぺたも丸いので可愛いとしか思えない。
 クリスタちゃんの可愛い顔を見ながらわたくしは企みの結果を待った。

「明日、エクムント様を護衛に図書館に行っていいということになりました。図書館ではしっかりと勉強しましょうね」
「本を借りることができるのですか?」
「図書館内では本を閲覧して書き写すことは許されていますが、貸し出しは行っていません」

 図書館はあるがわたくしの認識しているものとは少し違うようだ。貸し出しは行っていないのであれば、その場で勉強して来るしかない。
 わたくしが筆記用具とノートを準備していると、クリスタちゃんも真似をして筆記用具とノートを準備していた。

 翌日は秋晴れで、用意された馬車にわたくしとクリスタちゃんとリップマン先生とエクムント様が乗った。普段ならばエクムント様は馬車に同乗せずに馬で横を並走するのだが、図書館に行くとなると馬の置き場所や馬を預けるひとも必要なので、馬車に同乗することになったようだ。

 エクムント様は非常に背が高いので馬車が窮屈そうだった。普段馬車に同乗しないのも、列車で同じ個室席に入らないのもエクムント様の長身に理由がありそうだった。

 わたくしはエクムント様と一緒に馬車に乗れてうきうきとしていたし、クリスタちゃんは図書館に行くことにわくわくしている。

「エクムント様、いつもお花を買っている花屋はどこにあるのですか?」
「今年はエリザベート嬢のお誕生日にダリアを買いませんでしたね。私も出席するということで忙しくて。帰りに寄ってみますか?」
「よろしいのですか?」

 わたくしは身を乗り出してしまった。
 エクムント様がいつもお花を買っている花屋にまで寄れるなど思いもしなかったのだ。護衛であり、この一行では一番身分が高いエクムント様が言われるのだから安心だ。
 わたくしは花屋に行くのを楽しみにしていた。

 図書館に着くと馬車を待たせておいて、図書館の中に入った。
 図書館の入口には衛兵が二人立っている。

「大切な蔵書を盗まれないように守っているのですよ」
「図書館からは本は持ち出し厳禁なのですね」
「本は安価なものではないですからね」

 リップマン先生に説明してもらって、衛兵に身分を明かしてわたくしとクリスタちゃんはリップマン先生とエクムント様に連れられて図書館に入る。
 図書館の中はひんやりとして冷たかった。
 よく見れば窓が少なくて、本が日焼けしないような作りになっているのだ。

 お日様の光が入らない代わりに図書館では灯りがともしてあった。
 灯りを頼りに本の置き場所を書いてある看板の前に出た。

「辺境伯領の資料は二階ですね。この国の古い歴史書は保管庫にあって、申し込みをしないと出してもらえないようですよ」
「今日は辺境伯領の資料を見たいです」
「それでは二階に上がりましょう」

 リップマン先生に促されて二階に上がると、高い本棚と広い閲覧スペースに驚いてしまう。ディッペル公爵領にこんなにも立派な図書館があったなんて知らなかった。

「リップマン先生、この図書館はいつ頃作られたものですか?」
「先々代のディッペル公爵が本を買うことができない平民のためにも、本を読める場所があるようにとの考えで作ったものです」
「この図書館に医学関係の蔵書はどれくらいありますか?」
「それは分かりませんが、多くはないと思います。平民の読むための本なので、医者という職業は平民にはあまり馴染みがないものですからね」

 医者になれるのは学校を卒業した後で、成績がよくてお金があるものだけで、一応奨学金制度もあるが、それは返済しなければいけないのであまり使われていないということはわたくしも知っていた。
 その制度を父が奨学金返済不要にしてディッペル公爵領の医者を増やして、医療の底上げをしようとしているのも分かっている。

「もっと医学に関係する蔵書があれば、平民でも医者を目指すひとが増えるのではないでしょうか。パウリーネ先生の論文も置いてもらえばいいのではないでしょうか」
「いい考えだと思います。旦那様に進言してみてはいかがでしょうか?」
「はい」

 リップマン先生に返事をして、わたくしは辺境伯領の資料を読み始めた。
 辺境伯領は元は別の民族で、違う国だったのだが、我が国の前身のときに攻め入って領土を奪ったのだと書かれていた。オルヒデー帝国の中央の貴族や平民たちは白い肌が多いのだが、辺境伯領のひとたちは褐色の肌だ。
 民族の違いはあっても、今は同じ国として手を取り合っているのだ。
 歴史を読めば、独立派がいてもおかしくはないことに気付く。

 カサンドラ様もエクムント様も、辺境伯領の独立派について話していた。
 わたくしは独立派を抑えて辺境伯領をオルヒデー帝国に繋ぎ止める役目をしなければいけない。
 わたくしの責任は重大なのだと今更ながらに背筋が伸びる気持ちだった。

「辺境伯領が独立してしまったらどうなるの? わたくし、お姉様と会えなくなってしまうの?」
「そんなことはさせません。カサンドラ様もエクムント様も辺境伯領の独立を望んでいません」

 不安がるクリスタちゃんをわたくしは抱き締めて宥めた。

 図書館からの帰り道に、エクムント様は一軒のお店の前で馬車を止めさせた。
 お店の入口には大きなバケツが幾つもあって、そこに花が入れられている。
 お店の中に入ると、花の香りが強く鼻に入り込んできて、わたくしもクリスタちゃんもくしゃみをしてしまった。

 一つ一つならばいい香りなのだが、これだけ多く花があると香りも強烈になる。

「ダリアの花をもらいたい。紫とピンクを別々に小さなブーケにして」
「いらっしゃいませ、騎士様。今年も来て下さったのですね」
「大事な方にダリアをプレゼントしたいんだ」

 ダリアのブーケを店主が手早く作ってくれる。ダリアだけでなく他のカスミソウや葉っぱを添えたブーケはとても綺麗だった。

 エクムント様が紫のダリアをわたくしに、ピンクのダリアをクリスタちゃんに手渡してくれる。

「ありがとうございます、エクムント様」
「遅くなって申し訳ありません」
「いいえ、お誕生日がまた来たようで嬉しいです」
「ありがとうございます、エクムント様。わたくしにまで」
「エリザベート嬢にだけ差し上げて、クリスタお嬢様に差し上げないわけにはいきませんからね」

 帰りの馬車の中でダリアのブーケを抱いてわたくしもクリスタちゃんも上機嫌だった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

処理中です...