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四章 婚約式
18.ふーちゃんのはいはい
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ふーちゃんはお座りができるようになっていたが、遂にはいはいを始めた。
この日に備えて子ども部屋は隅々まで掃除してあるし、絨毯も替えて、子ども部屋に入るときにはルームシューズに履き替えるようにしていた。
ふーちゃんのはいはいは匍匐前進形式だった。お尻が上がらないのか、肘で床を擦って、お尻を上げないままで足を動かして前に進む。
最初は前に進まなくて後ろに進んでいたが、数日で前に進むようになっていた。
「うー! あー!」
わたくしとクリスタちゃんが子ども部屋にやってくると大喜びではいはいでよって来てくれるふーちゃん。ニッコリ笑顔でわたくしとクリスタちゃんを見上げる姿に、あまりの可愛さに頭がくらくらしそうだった。
「ふーちゃん、ねぇねよー?」
「うー!」
「ねぇね!」
「あだ!」
クリスタちゃんはふーちゃんに一生懸命「ねぇね」という単語を教え込もうとしていた。さすがにまだ早いだろうと思っていたがふーちゃんの学習能力は並ではなかった。
「ねぇ!」
「そうよ! ふーちゃん、素晴らしいわ! ねぇねよ!」
「ねぇ!」
「ふーちゃん、最高よ!」
褒めたたえられてふーちゃんは大喜びで「ねぇ」という言葉を続けて言っている。赤ちゃんの発達にクリスタちゃんの執念が勝った瞬間だった。
ハインリヒ殿下がわたくしのお誕生日で言いかけた言葉の意味も、その頃には分かっていた。
王妃殿下がご懐妊されたのだ。
ハインリヒ殿下は嬉しくてすぐにでも話したかっただろうが、国王陛下と王妃殿下は話し合って、安定期に入るまでは公表しないことに決めていたようだ。あの場で話されていたらわたくしの方が極秘事項を知ってしまって困っていたところだった。
安定期についてわたくしとクリスタちゃんはパウリーネ先生に聞いてみたいことがあった。
ふーちゃんの離乳食の食べ具合を見に来ているパウリーネ先生に、ふーちゃんの離乳食が終わったら聞こうとわたくしとクリスタちゃんで少し待っていた。
ふーちゃんはお手手が自由に動くようになって、視界に入ったものに手が向かうようになっていたので、離乳食を自分で掴んで口に運んでいる。最初はそれで順調に食べているのだが、そのうちに飽きてしまって離乳食を手でぐちゃぐちゃにしたり、投げたりし始める。
「ヘルマンさん、遊び食べが始まったら離乳食はお終いにして、フランツ様が欲しがるだけミルクをあげてください」
「分かりました、パウリーネ先生」
指導を受けてヘルマンさんはふーちゃんの離乳食を片付けて、ふーちゃんにミルクを飲ませ始めた。哺乳瓶を口に咥えるとふーちゃんは大人しくなって静かに飲んでいる。飲んでいるうちにとろんと眠たそうに瞼が落ちて来るのも可愛い。
ミルクは八十度以上の熱湯で作って冷やしたもので、雑菌は駆除されている。
パウリーネ先生の指導によってふーちゃんはすくすくと健康に育っていた。
「パウリーネ先生、王妃殿下がご懐妊を発表されましたが、安定期とは何か月頃ですか?」
「初期流産のリスクが減って、悪阻が治まり始める五か月頃を言います」
「初期流産って何ですか、パウリーネ先生」
「お腹の中で赤ちゃんが妊娠初期に死んでしまうことです。初期流産は理由なく起こることで、防ぐこともできません」
わたくしとクリスタちゃんの質問にパウリーネ先生は分かりやすく答えてくれる。
パウリーネ先生の話を聞きながらわたくしは母のことを思い出していた。
わたくしがまだ幼い頃に母は流産を経験している。それは初期流産だったのだろうか。理由がなく防ぐことができないというのであれば、母のせいではないし、どうしようもなかったのだろう。
「安定期はいつまで続くのですか」
「実は、安定期とは医学用語ではないのですよ」
「そうなのですか」
「一般的にそのように言われている期間です。正確には五か月、つまり十六週未満を妊娠初期、十六週から二十八週未満を妊娠中期、二十八週以降を妊娠後期と呼びます」
具体的な週を言われてもわたくしにもクリスタちゃんにもピンとこない。
クリスタちゃんはもっと詳しく知りたいようだった。
「赤ちゃんが生まれてくるのは何週くらいなのですか?」
「三十七週から三十九週で生まれてくることが多いですが、個人差がありますね」
約九か月で赤ちゃんは生まれて来るのだと聞いて、わたくしは前世の記憶にあった十月十日とは少し違うのだと思っていた。
実際に何件ものお産の手伝いを経験したパウリーネ先生が言うのだから間違いないだろうが、十月十日と言われているのに理由があった気がするのだが、前世で結婚や妊娠に全く縁がなかったわたくしは思い出すことができなかった。
そもそも、九歳のわたくしに前世の記憶が朧気に着いただけで、わたくしの精神は九歳のエリザベート・ディッペルで、前世の名前すらも覚えていないのだから仕方がない。
「お母様は次、いつ赤ちゃんができますか?」
「それは分かりませんね。赤ちゃんというのは授かりもので、いつできるかはわからないのですよ」
真剣に聞くクリスタちゃんにパウリーネ先生はちょっと笑って答えていた。
クリスタちゃんはふーちゃんをとても可愛がっているが、それ以外にも弟妹が欲しいようだ。
わたくしも母の懐妊を楽しみにしていた。
はいはいをするふーちゃんだが、まだ方向転換ができない。
壁まではいはいをしていくと、そこで止まっているか、寝返りを打ってどうにか方向を変えようとするのだが、大体失敗して壁に頭をぶつけて泣いている。
わたくしとクリスタちゃんがいるときには、ふーちゃんが壁に当たると方向を変えてあげた。ふーちゃんはまたはいはいをして進んで行って壁に当たる。ふーちゃんを追い駆けて方向を変えてあげるのが遊びのようでわたくしもクリスタちゃんもとても楽しかった。
「ねぇ! ねぇ!」
「ふーちゃん、ねぇねはこっちよ」
「ねぇ! ねぇ!」
上手に言えたらクリスタちゃんが喜ぶから言っているだけで、まだ意味は分かっていないだろうが、ふーちゃんは「ねぇ」と言いながらわたくしとクリスタちゃんを追い駆けて来た。追いかけっこをして途中で捕まってあげるのも楽しかった。
秋も深まって来て部屋も寒くなったので、ストーブや暖炉に火がともされているが、どちらも囲いがつけられている。ふーちゃんには触れないようになっているのだ。
そこもしっかりと管理がされていた。
天気のいい日はふーちゃんは乳母車でお散歩に出る。わたくしとクリスタちゃんもできるだけふーちゃんに同行した。
わたくしは門の前や玄関の前では、警護に当たっているエクムント様に挨拶をする。
「今日もご苦労様です。寒くはないですか?」
「軍服のジャケットを着ているので平気です。もっと寒くなればコートを着ます」
「また折り紙を教えに来てくださいね」
「休憩時間でしたら、喜んで」
まだまだエクムント様には妹としか思われていない気がするが、それでもお誕生日のお茶会のときに婚約者と言われたのでそれを心の支えにエクムント様への挨拶は欠かさない。
挨拶を終えてふーちゃんの乳母車に並走すると、ふーちゃんが自分の足に触って、靴下を脱いで投げ捨てていた。
「ふーちゃん、靴下ははいておかねば、可愛いあんよが冷えますよ?」
「あうー?」
「わたくしが作った靴下だわ。何かいけなかったのかしら」
落ち込むクリスタちゃんにヘルマンさんが笑って明るく言う。
「手に触れるものがなんでもおもちゃのように思える時期なんですよ。靴下もスポンと取れるのが楽しいのでしょうね」
何度靴下を脱いで投げ捨てても、ヘルマンさんは拾ってふーちゃんに靴下をはかせていた。
ふーちゃんは最後には靴下を口に入れようとしてヘルマンさんに止められていた。
「オモチャと思ってくれるなら気に入ってくれている証ですわよね、お姉様」
「ふーちゃんはクリスタちゃんが大好きですもの。クリスタちゃんの心のこもった靴下も大好きだと思いますよ」
「そうだといいわ。ふーちゃん、大好きよ」
寒い風が吹いてヘルマンさんはふーちゃんにショールをかける。
冬はもう間近だった。
この日に備えて子ども部屋は隅々まで掃除してあるし、絨毯も替えて、子ども部屋に入るときにはルームシューズに履き替えるようにしていた。
ふーちゃんのはいはいは匍匐前進形式だった。お尻が上がらないのか、肘で床を擦って、お尻を上げないままで足を動かして前に進む。
最初は前に進まなくて後ろに進んでいたが、数日で前に進むようになっていた。
「うー! あー!」
わたくしとクリスタちゃんが子ども部屋にやってくると大喜びではいはいでよって来てくれるふーちゃん。ニッコリ笑顔でわたくしとクリスタちゃんを見上げる姿に、あまりの可愛さに頭がくらくらしそうだった。
「ふーちゃん、ねぇねよー?」
「うー!」
「ねぇね!」
「あだ!」
クリスタちゃんはふーちゃんに一生懸命「ねぇね」という単語を教え込もうとしていた。さすがにまだ早いだろうと思っていたがふーちゃんの学習能力は並ではなかった。
「ねぇ!」
「そうよ! ふーちゃん、素晴らしいわ! ねぇねよ!」
「ねぇ!」
「ふーちゃん、最高よ!」
褒めたたえられてふーちゃんは大喜びで「ねぇ」という言葉を続けて言っている。赤ちゃんの発達にクリスタちゃんの執念が勝った瞬間だった。
ハインリヒ殿下がわたくしのお誕生日で言いかけた言葉の意味も、その頃には分かっていた。
王妃殿下がご懐妊されたのだ。
ハインリヒ殿下は嬉しくてすぐにでも話したかっただろうが、国王陛下と王妃殿下は話し合って、安定期に入るまでは公表しないことに決めていたようだ。あの場で話されていたらわたくしの方が極秘事項を知ってしまって困っていたところだった。
安定期についてわたくしとクリスタちゃんはパウリーネ先生に聞いてみたいことがあった。
ふーちゃんの離乳食の食べ具合を見に来ているパウリーネ先生に、ふーちゃんの離乳食が終わったら聞こうとわたくしとクリスタちゃんで少し待っていた。
ふーちゃんはお手手が自由に動くようになって、視界に入ったものに手が向かうようになっていたので、離乳食を自分で掴んで口に運んでいる。最初はそれで順調に食べているのだが、そのうちに飽きてしまって離乳食を手でぐちゃぐちゃにしたり、投げたりし始める。
「ヘルマンさん、遊び食べが始まったら離乳食はお終いにして、フランツ様が欲しがるだけミルクをあげてください」
「分かりました、パウリーネ先生」
指導を受けてヘルマンさんはふーちゃんの離乳食を片付けて、ふーちゃんにミルクを飲ませ始めた。哺乳瓶を口に咥えるとふーちゃんは大人しくなって静かに飲んでいる。飲んでいるうちにとろんと眠たそうに瞼が落ちて来るのも可愛い。
ミルクは八十度以上の熱湯で作って冷やしたもので、雑菌は駆除されている。
パウリーネ先生の指導によってふーちゃんはすくすくと健康に育っていた。
「パウリーネ先生、王妃殿下がご懐妊を発表されましたが、安定期とは何か月頃ですか?」
「初期流産のリスクが減って、悪阻が治まり始める五か月頃を言います」
「初期流産って何ですか、パウリーネ先生」
「お腹の中で赤ちゃんが妊娠初期に死んでしまうことです。初期流産は理由なく起こることで、防ぐこともできません」
わたくしとクリスタちゃんの質問にパウリーネ先生は分かりやすく答えてくれる。
パウリーネ先生の話を聞きながらわたくしは母のことを思い出していた。
わたくしがまだ幼い頃に母は流産を経験している。それは初期流産だったのだろうか。理由がなく防ぐことができないというのであれば、母のせいではないし、どうしようもなかったのだろう。
「安定期はいつまで続くのですか」
「実は、安定期とは医学用語ではないのですよ」
「そうなのですか」
「一般的にそのように言われている期間です。正確には五か月、つまり十六週未満を妊娠初期、十六週から二十八週未満を妊娠中期、二十八週以降を妊娠後期と呼びます」
具体的な週を言われてもわたくしにもクリスタちゃんにもピンとこない。
クリスタちゃんはもっと詳しく知りたいようだった。
「赤ちゃんが生まれてくるのは何週くらいなのですか?」
「三十七週から三十九週で生まれてくることが多いですが、個人差がありますね」
約九か月で赤ちゃんは生まれて来るのだと聞いて、わたくしは前世の記憶にあった十月十日とは少し違うのだと思っていた。
実際に何件ものお産の手伝いを経験したパウリーネ先生が言うのだから間違いないだろうが、十月十日と言われているのに理由があった気がするのだが、前世で結婚や妊娠に全く縁がなかったわたくしは思い出すことができなかった。
そもそも、九歳のわたくしに前世の記憶が朧気に着いただけで、わたくしの精神は九歳のエリザベート・ディッペルで、前世の名前すらも覚えていないのだから仕方がない。
「お母様は次、いつ赤ちゃんができますか?」
「それは分かりませんね。赤ちゃんというのは授かりもので、いつできるかはわからないのですよ」
真剣に聞くクリスタちゃんにパウリーネ先生はちょっと笑って答えていた。
クリスタちゃんはふーちゃんをとても可愛がっているが、それ以外にも弟妹が欲しいようだ。
わたくしも母の懐妊を楽しみにしていた。
はいはいをするふーちゃんだが、まだ方向転換ができない。
壁まではいはいをしていくと、そこで止まっているか、寝返りを打ってどうにか方向を変えようとするのだが、大体失敗して壁に頭をぶつけて泣いている。
わたくしとクリスタちゃんがいるときには、ふーちゃんが壁に当たると方向を変えてあげた。ふーちゃんはまたはいはいをして進んで行って壁に当たる。ふーちゃんを追い駆けて方向を変えてあげるのが遊びのようでわたくしもクリスタちゃんもとても楽しかった。
「ねぇ! ねぇ!」
「ふーちゃん、ねぇねはこっちよ」
「ねぇ! ねぇ!」
上手に言えたらクリスタちゃんが喜ぶから言っているだけで、まだ意味は分かっていないだろうが、ふーちゃんは「ねぇ」と言いながらわたくしとクリスタちゃんを追い駆けて来た。追いかけっこをして途中で捕まってあげるのも楽しかった。
秋も深まって来て部屋も寒くなったので、ストーブや暖炉に火がともされているが、どちらも囲いがつけられている。ふーちゃんには触れないようになっているのだ。
そこもしっかりと管理がされていた。
天気のいい日はふーちゃんは乳母車でお散歩に出る。わたくしとクリスタちゃんもできるだけふーちゃんに同行した。
わたくしは門の前や玄関の前では、警護に当たっているエクムント様に挨拶をする。
「今日もご苦労様です。寒くはないですか?」
「軍服のジャケットを着ているので平気です。もっと寒くなればコートを着ます」
「また折り紙を教えに来てくださいね」
「休憩時間でしたら、喜んで」
まだまだエクムント様には妹としか思われていない気がするが、それでもお誕生日のお茶会のときに婚約者と言われたのでそれを心の支えにエクムント様への挨拶は欠かさない。
挨拶を終えてふーちゃんの乳母車に並走すると、ふーちゃんが自分の足に触って、靴下を脱いで投げ捨てていた。
「ふーちゃん、靴下ははいておかねば、可愛いあんよが冷えますよ?」
「あうー?」
「わたくしが作った靴下だわ。何かいけなかったのかしら」
落ち込むクリスタちゃんにヘルマンさんが笑って明るく言う。
「手に触れるものがなんでもおもちゃのように思える時期なんですよ。靴下もスポンと取れるのが楽しいのでしょうね」
何度靴下を脱いで投げ捨てても、ヘルマンさんは拾ってふーちゃんに靴下をはかせていた。
ふーちゃんは最後には靴下を口に入れようとしてヘルマンさんに止められていた。
「オモチャと思ってくれるなら気に入ってくれている証ですわよね、お姉様」
「ふーちゃんはクリスタちゃんが大好きですもの。クリスタちゃんの心のこもった靴下も大好きだと思いますよ」
「そうだといいわ。ふーちゃん、大好きよ」
寒い風が吹いてヘルマンさんはふーちゃんにショールをかける。
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