エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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四章 婚約式

17.お誕生日のお茶会を荒らす慮外者

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 頭に乗せたモッコウバラの花冠がいい香りを放っている。
 花嫁さんのようでわたくしはとても気分がよかった。
 立ったままお茶をしながらレーニちゃんが教えてくれる。

「庭師に頼んで庭のモッコウバラを切ってもらったのです。庭師と一緒に葉っぱをある程度外して、モッコウバラには棘がないのでそのまま編みました」
「今日は朝から雨だったから大変だったでしょう」
「エリザベート様に絶対似合うと思ったのです。わたくし作りたくて仕方がなかったから作って来ました」

 お誕生日のお茶会に遅れるまでしてレーニちゃんがわたくしに花冠を作って来てくれたのが本当に嬉しい。
 花冠を見せにエクムント様のところに行くと、エクムント様が微笑んでくださる。

「モッコウバラの花冠ですね。黄色の花が綺麗ですね。よくお似合いです」
「褒めてくださってありがとうございます」
「花冠はこの後風通しのいい場所に吊るしておいたら、リースとして飾れるようになりますよ」
「ドライフラワーですね!」

 エクムント様は花冠をこの後散らさないようにすることまで考えてくれていた。
 花冠が褒められたことを伝えようとレーニちゃんを見ると、既に頬を赤くして目を輝かせている。

「エクムント様は素敵ですね。エリザベート様よりちょっと年は上だけれどお優しいし、エリザベート様を幸せにしてくれそうですわ」
「わたくしが辺境伯領に嫁ぐのは九年も先のことですからね」
「わたくしもエクムント様のように理解のある方と結婚したいものです」

 折り紙を教えてくれたり、ブルーサルビアの花冠からブルーサルビアを一輪抜き取って指輪を作ってくれたり、ドライフラワーを作ったり、エクムント様はただの軍人とは思えない幅広い趣味をお持ちだった。わたくしやクリスタちゃんに絵本を読んでくださるのも上手だったし、乗馬もわたくしとクリスタちゃんに優しく教えてくれる。

 性格が優しくて、だからといって内向的というわけでもなくて、エクムント様は女子どものすることにも理解のある素晴らしい方なのだ。
 よき夫、よき父になる予感しかしない。
 早いうちからエクムント様と婚約できていることにわたくしはカサンドラ様と両親に感謝した。

「エクムント様、子どものお相手はつまらないのではなくて? わたくしと大人のお話を致しましょう?」

 色気のある褐色の肌の女性がエクムント様に話しかけている。辺境伯領からはカサンドラ様しか呼んでいないので、ディッペル公爵家に連なる貴族なのだろうが、わたくしはその物言いに若干腹を立てていた。

 確かにわたくしは九歳の子どもである。エクムント様が九歳の子どもを大好きだとか言われたら、それはそれで幼女趣味のようで嫌だが、国王陛下にも両親にもカサンドラ様にも認められた婚約者なのだ。
 それを蔑ろにするような発言は許されない。

「申し訳ありませんが、エリザベート嬢は私の婚約者。国王陛下も辺境伯も認めております」
「お堅いのね。遊べるのは今のうちだけなのに」

 その女性の大きな胸と赤く彩られた唇に眩暈がする。わたくしは眩暈を必死で抑えてその女性を睨み付けた。

「わたくしはこの国で唯一の公爵家、ディッペル家の娘です。ディッペル家と辺境伯家が交わした婚約に何か文句でもおありならば、はっきりとこの場で仰ってください」
「文句なんて……お小さい婚約者様でエクムント様も若い体を持て余しておかわいそうと思っただけですわ」
「名前と身分を明らかにしなさい。わたくしはディッペル家の娘、エリザベート。それが分かって今の言葉を口にしたのですか?」
「まぁ怖い。退散退散」

 逃げ出す女性をエクムント様は視線すら向けていない。

「お姉様、わたくし、お父様とお母様に行って、あの方にお帰り頂くようにしてもらいます」
「クリスタ、ありがとうございます」
「お姉様のお誕生日に相応しくありません」

 きりっと眉を上げたクリスタちゃんが両親の元に小走りに駆けていく。両親は話を聞いて驚いていた。

「エリザベートにそのような失礼なことを言う女性がいたなんて」
「辺境伯領から嫁いで来られた方ではないかしら?」
「すぐにお引き取り願いましょう。わたくしの大事な娘のお誕生日にそんな輩がいるのは不愉快です」

 クリスタちゃんの告げ口により、両親からその女性は声をかけられて、帰らされていた。その女性には夫らしき男性も一緒だったので、わたくしはますます眉間に皺を寄せる。
 不倫ではないか。
 中世では未婚の女性と付き合うのはメリットがないから、既婚の女性に愛を捧げる未婚男性がたくさんいて、愛を捧げられるのもステータスの一部となっていたと聞いたことはあるけれど、今は近世である。そんな古い風習は消え失せかけているし、既婚女性から婚約しているエクムント様に声をかけるだなんて信じられない。

「お姉様、撃退しましたー!」
「クリスタ、よくやりました」

 わたくしがクリスタちゃんを褒めていると、エクムント様が金色の目を丸くしていた。男性の前で女性同士の争いを見せるのはよくなかったかと思っていると、エクムント様が吹き出して笑っている。

「エリザベート嬢も立派な女性ですね。見直しました」
「わ、わたくし、恥ずかしいところをお見せしましたわ」
「いいえ、安心しました。辺境伯領に来るということは、たくさんの悪意に晒されることもあるでしょう。辺境伯領の中には独立派も確かに存在しています。その者たちと十分にやり合える強さがおありだと確信しました」

 笑われてしまったが、それは嫌な意味ではなかったようだ。わたくしはエクムント様が真面目な顔になって言うのを聞いて安堵していた。
 しかし、次からはエクムント様に見えない場所でこういうことはやろう。
 やはり女性同士の争いを男性に見せるのはお行儀がよくない。

 両親によってつまみ出された女性が伯爵の妻で、今の身分に満足していなくて辺境伯になる予定のエクムント様の愛人になろうとしていたと知ったのはお誕生日のお茶会が終わってからのこと。

 両親から話を聞いてわたくしは完全に呆れてしまった。

 公衆の面前でエクムント様を口説き、九歳のわたくしと言い争って逃げ出すなど、伯爵家に泥を塗ったも同じだ。
 その女性が離縁を言い出されてもおかしくはない。

 お茶会の終わりには、雨は上がりかけていた。
 小雨の中わたくしとエクムント様は庭に出て馬車のお見送りをする。エクムント様がわたくしに傘を差しかけてくれていた。
 エクムント様とわたくしはものすごく身長差があるので、エクムント様はほとんど傘に入っていないのだが、それを気にする様子もない。濡れていてもエクムント様は静かに耐えていた。

「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、今日はありがとうございました」
「エリザベート嬢の幸せに僕もあやかれた気がします。僕も婚約者を大事にしていこうと思います」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢とお会いできて楽しかったです。またお招きください」

 身分の高いものから馬車が用意されるので、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が一番最初だ。頭を下げると、ノルベルト殿下は婚約された隣国の王女殿下に思いを馳せ、ハインリヒ殿下はちらちらとクリスタちゃんのことを気にしていた。

 カサンドラ様の馬車が用意されてカサンドラ様が馬車に乗り込もうとすると、エクムント様がお声をかける。

「本日はお越しいただきありがとうございました」
「我が領地の未来の花嫁はとても勇敢なようだ。見ていたよ」
「お、お恥ずかしいです。お忘れください」
「忘れられないよ。その強さを持ってしっかりと成長していって欲しい」

 カサンドラ様にも伯爵夫人との言い争いを見られていたようだ。恐らくその後でクリスタちゃんが伯爵夫人を追い出すように両親に言うところまで見られていただろう。
 恥ずかしくてわたくしは頬を押さえた。

 キルヒマン侯爵夫妻が馬車に乗るときには、慈愛の色を湛えた目でお二人はエクムント様を見詰めていた。

「エリザベート様がしっかりしているので、エクムントも安心ですね」
「エリザベート様をお守りするのですよ」
「はい、父上、母上」
「本日は本当にありがとうございました」

 挨拶をして送り出すと、リリエンタール侯爵家の馬車が到着する。

「本日は遅参して申し訳ありませんでした」
「わたくしのせいです。エリザベート様、エクムント様お許しください」
「レーニはエリザベート様にどうしても花冠を作り上げたかったのです。花冠は新鮮な花でないと散ってしまいます。レーニの気持ちを受け取ってやってください」

 リリエンタール侯爵もレーニちゃんもリリエンタール侯爵の夫も謝ってくれるのだがわたくしは少しも気にしていなかった。

「レーニ嬢には素晴らしいお誕生日プレゼントをいただきました。わたくしはこれをドライフラワーにしてずっと大事にしておきます。レーニ嬢、遅れたことは気になさらないで。ありがとうございました」

 何よりも素晴らしいモッコウバラの花冠がもらえたことは嬉しくて、まだ頭にかぶっている花冠を見せるとレーニちゃんが安心したように笑う。
 雨が上がって、空には虹がかかっていた。
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