エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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四章 婚約式

11.未来は変わる

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 リリエンタール侯爵家から帰るときにレーニちゃんは馬車に駆け寄ってじっとわたくしとクリスタちゃんの顔を見ていた。握る手に力が入り、緑色のお目目が潤んでくる。

「また遊びに来てくださいね」
「レーニ嬢もディッペル家に遊びに来てください」
「はい、必ず」
「今回はリリエンタール侯爵の結婚式にお招きいただいてありがとうございました」
「新しいお父様と仲良くなれるように頑張ります」

 小さくも健気なレーニちゃんの言葉に、わたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんを抱き締めていた。
 両側から抱き締められてレーニちゃんは泣き笑いの顔になっていた。

 馬車の窓からレーニちゃんが見えなくなるまでずっと手を振っていた。レーニちゃんもわたくしたちが見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
 わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんの友情を見て母が目を細めている。

「わたくしは学園に入学するまで女の子の友達はいませんでしたが、エリザベートとクリスタには友達ができたのですね。大事にしてくださいね」

 リリエンタール家の後継者なのでレーニちゃんは将来リリエンタール侯爵になる。
 わたくしはディッペル家を出て辺境伯家に嫁ぐし、クリスタちゃんはハインリヒ殿下とのお話を望んでいる。どう転がっても上位の貴族同士としてわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは仲良くできそうだった。

「うー、あー」
「フランツもレーニ嬢とお別れして悲しいのですか?」
「あぶー」

 声を出しているふーちゃんが今の状況をどこまで分かっているか分からない。ふーちゃんの水色のお目目がきらきらと光って、涙の気配もなかった。
 馬車の中は風が吹いているとはいえ暑く、快適な状況ではないのに泣いていないふーちゃんの偉さをわたくしは讃えたいくらいだった。
 そのまま泣かずにふーちゃんはディッペル家のお屋敷まで帰って来た。
 馬車の中で起きていたので喉が渇いていて、帰ったらすぐにミルクをごくごくと飲んで、体を拭いて、着替えをさせてもらって、風通しのいい子ども部屋でベビーベッドに寝かされると、ふーちゃんはことんと眠ってしまった。

「ふーちゃんって天才じゃないかしら」
「わたくしも思っていたのです。あまりにもお利口さんだと」
「そうですわよね、お姉様。ふーちゃんは可愛いだけでなくて、とってもいい子なのだわ」

 一部始終を見守っていたわたくしとクリスタちゃんはふーちゃんのいい子ぶりに感心することしかできなかった。

 帰って来てから着替えて庭師さんにブルーサルビアの件で相談に行った。

「ブルーサルビアで花冠が作りたいのだけれど、摘ませてもらえますか?」
「ブルーサルビアで作れるかしら?」
「エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様が欲しいのであれば、必要なだけブルーサルビアを摘んで構いませんよ。ブルーサルビアは逞しいので、また生えてきます」

 許可を得てわたくしとクリスタちゃんはブルーサルビアを摘ませてもらった。
 茎を長めに取って、葉っぱを外して、編んでいくと花冠ができそうな気がする。若干形はよくなかったが花冠が出来上がってわたくしとクリスタちゃんはエクムント様に見せに行った。

 泊りの仕事が終わったので部屋に帰るところだったエクムント様を呼び留めると、快く話を聞いてくれる。ブルーサルビアの花冠をわたくしはエクムント様に差し出した。

「屈んでくださいませ。花冠が被せられません」
「私が被るのですか?」
「エクムント様に作ったのです」

 ブルーサルビアの爽やかな匂いがわたくしの手からも花冠からも漂って来ていた。屈んでくれてブルーサルビアの花冠を被ったエクムント様は絵本の王子様のようで格好よかった。

「エクムント様、素敵です」
「とてもお似合いだわ」

 わたくしとクリスタちゃんで褒めるとエクムント様が困ったように笑っている。

「少し早いけれど、お誕生日プレゼントです。辺境伯領に行ったら、準備ができないかもしれないので」

 わたくしが説明すれば花冠を手に取ってエクムント様が頭を下げる。

「ありがとうございます、エリザベート嬢。少し失礼しますね」

 花冠から一つブルーサルビアを取って、エクムント様が何か細工をしている。出来上がったのはブルーサルビアの指輪だった。
 輪っかがかなり大きかったが、エクムント様が恭しくわたくしの手を取って左手の薬指に付けてくださる。

「一本抜いたくらいでは花冠は壊れなかったようですね。よかった」
「この指輪……わたくし、大事に致します」
「花は枯れるから美しいのです。お気になさらず」

 あっさりと言ってしまうエクムント様に、わたくしはこの花を枯らさない方法を必死に考えていた。
 こういうときにはマルレーンに相談するのがいい。
 マルレーンに指にはめられたぶかぶかのブルーサルビアの指輪を見せて話をする。

「この花を枯らせたくないのです。どうすればいいですか?」
「そのまま壁に吊るしましょう。乾いたらドライフラワーになります」
「ドライフラワー?」
「色や形は若干変わってしまいますが、乾かして花をずっと愛でるための方法ですよ」

 あ、ドライフラワーか。
 名前は知っていたが、前世では花に興味がなかったのですぐには浮かんでこなかった。
 マルレーンにお願いして壁に吊るしてもらって、ブルーサルビアの指輪はドライフラワーにすることにした。

 ブルーサルビアの指輪が渇いている間にも、わたくしは辺境伯領へ行く準備をしなければいけなかった。
 白いドレスと白い造花の花冠を準備して、靴と靴下も揃える。辺境伯家に滞在するのは一日ではないので、他の日に着るワンピースも揃えなければいけない。
 全部マルレーンにお願いするのではなくて、わたくしは自分の荷物の準備くらいは自分でできるようになりたかった。公爵家に生まれても、自分の身の周りのことくらいできなければ立派な淑女とは言えない。

 髪も結ぶのを練習しているが、まだまだ小さな八歳の手では難しかった。

「婚約式の日には髪を上げましょうか?」
「マルレーン、どんな髪型ができる?」
「横を三つ編みにして持って来て、後ろをシニヨンにして纏めましょう」

 横は三つ編みの編み込みで、後ろはシニヨンにして纏められた髪は大人っぽくて素敵だった。こんな風に自分が着飾れるとは思っていなかったので嬉しくなる。

「マルレーン、わたくし、可愛いかしら?」
「可愛いですわ、お姉様!」
「クリスタちゃん!? 見ていたの!?」

 部屋のドアから飛び込んで来たクリスタちゃんがわたくしに飛び付いてくる。倒れそうになりながら受け止めると、クリスタちゃんは水色のお目目を輝かせていた。

「お姉様、とても素敵! 大人っぽいわ」
「エクムント様もわたくしが隣りに並んで恥ずかしくないでしょうか」
「恥ずかしくなんてないわよ。お姉様はとっても可愛いんですもの!」

 クリスタちゃんの言葉には贔屓目が入っているとしても、可愛いと言われて嬉しくないはずがない。
 鏡を見ると少し吊り目の紫の光沢のある髪と銀色の光沢のある目の少女がこちらを見ている。

 前世で読んだ『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の悪役、エリザベート・ディッペルの挿絵にそっくりだった。『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』は主人公のクリスタちゃんが十二歳で学園に入学してきたところから始まるので、そのときにわたくしは十三歳か十四歳なので、鏡の中のわたくしの方が幼くはある。

 物語の中で美人だけれど意地悪な先輩として書かれていたエリザベート・ディッペルだが、客観的に見ても母に顔立ちは似ているので美形ではあるのだろう。
 垂れ目で甘い顔立ちのクリスタちゃんと比べるときつい印象があるのは確かだった。

「わたくしがエクムント様の婚約者……」

 物語の最後で辺境に追放されて公爵位を奪われるはずのわたくしが、中央と辺境を繋ぐ架け橋として歓迎されて辺境に嫁いで、公爵位は自分の意思でふーちゃんに譲ったのだから、明らかに物語とは内容が変わっている。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の仲がこじれるようなことも起きていないし、ハインリヒ殿下は皇太子であることを受け入れている。

 何より、クリスタちゃんはノメンゼン子爵家の娘ではなく、ディッペル公爵家の娘としてわたくしの妹になっている。

 未来は変えられる。
 いい方向に。

 わたくしはそれを実感していた。
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