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四章 婚約式
6.部屋に遊びに来たレーニちゃん
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お茶会が終わるとレーニ嬢が部屋に遊びに来た。
リリエンタール侯爵と両親が話して来てもいいことになったのだ。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も来たがっていたが、両殿下にはまだ続く式典に参加するという仕事があった。
エクムント様も式典に参加されるので、わたくしの部屋はわたくしとクリスタちゃんとデボラとマルレーンとヘルマンさんとふーちゃんだけになる。両親も続く式典に参加しなければいけないのだ。
レーニ嬢が来てくれるのはとても楽しみだった。
普段他の貴族の令嬢が何をして遊んでいるのかわたくしはよく知らない。レーニ状に教えて欲しかった。
部屋に来たレーニ嬢は一番にふーちゃんのところに駆けて行った。
ベビーベッドで眠っているふーちゃんを見て目を細めている。
「とても可愛いですわね、フランツ様。髪の色や目の色はお母様似なのですね」
「ふーちゃんはとっても可愛いのよ」
「ふーちゃん?」
「あ、いけない! お姉様と二人きりのときにしか呼んじゃいけないんだった」
相変わらずクリスタちゃんは若干お口が軽い。淑女としてはもっとお口は固くなければいけないのに。
「ふーちゃんと呼んでいるのですか? わたくしの前ではふーちゃんでよろしいではないですか」
「ですが、レーニ嬢」
「わたくしのこともレーニちゃんと呼んでくださるのかしら」
すっかり乗り気になっているレーニ嬢にそれはできないなんて言えなかった。
堅苦しい貴族社会で生きているレーニ嬢にとって、レーニちゃんと呼んでもらえる場所があるというのはとても貴重だろう。
「お姉様、内緒の内緒ですわ。レーニちゃんと呼びましょう?」
「いいのでしょうか」
「内緒にしておけばいいと思います」
レーニちゃんと呼ばれたいレーニ嬢も身を乗り出している。
これはもう仕方がないだろう。
「わたくし、実はクリスタと二人きりのときはクリスタちゃんと呼んでいるのです」
「お姉様、わたくしをクリスタちゃんって呼んでくださるのよー!」
嬉しそうに頬を押さえているクリスタちゃんは、それが自慢したかっただけな気もする。
「クリスタちゃんに、ふーちゃん、そして、わたくしはレーニちゃん。親しくなれたようで嬉しいです」
「平民が使う言葉なので、絶対に内緒ですよ」
「はい、わたくしたちだけの内緒ですね」
緑色のお目目をきらめかせているレーニ嬢、もとい、レーニちゃんに、わたくしは敵わなかった。
「わたくし、赤毛でしょう? 母は金髪で、別れましたが父は黒髪で、わたくしが生まれたときに髪の色を見て元父はものすごくがっかりしたそうです」
「どうして? レーニちゃんの赤い髪はとても素敵よ」
「ストロベリーブロンドというのでしょうか。赤みがかった金髪ですよね」
「元父はわたくしのことがそんなに可愛くなかったみたいなのです。婿養子なのに外に女を作るような男でしたからね」
ため息をつくレーニちゃんは苦労していたようだ。
クリスタちゃんがブラシを持ってきて、レーニちゃんのサラサラのストロベリーブロンドの髪を梳く。
「わたくしとお揃いにしましょう」
「クリスタちゃん、三つ編みができるのですか?」
「ちょっと難しいので、デボラに手伝ってもらいます」
デボラに手伝ってもらって、クリスタちゃんがレーニちゃんの髪を一本の三つ編みにしていく。横に流して太い三つ編みになったストロベリーブロンドの髪は美しかった。
「これでわたくしと同じですわ。レーニちゃん、とっても可愛いわ」
「ありがとう、クリスタちゃん。とても嬉しいです」
これからは正式な場では三つ編みにしてもらおうと言っているレーニちゃんはよほどその髪型が気に入ったようだった。
それにしても、赤毛だったから可愛がらないとはどういうことなのだろう。
西洋では赤毛は好まれないというのは、前世の記憶からなんとなく分かる。赤毛の主人公が髪を染める描写があったり、赤毛を揶揄われる描写があったりする本がたくさんあったのだ。
レーニちゃんはストロベリーブロンドだが、これも赤毛と言えるのだろう。
色白で顔にちょっとそばかすが散っているのもとても可愛いと思うのだが、それもレーニちゃんにとってはコンプレックスなのかも知れなかった。
「レーニちゃん、わたくしはレーニちゃんの髪の色をとても美しいと思います」
「エリザベート様……」
わたくしが言えばレーニちゃんは目を潤ませていた。
「普段はレーニちゃんは何をして遊んでいるのですか?」
クリスタちゃんの問いかけにレーニちゃんが首を傾げて考えている。
「普段は……お屋敷の庭をお散歩をして花を摘んだり、花冠を編んだり、お絵かきをしたりして遊んでいます」
「レーニちゃんは花冠が編めるの?」
「難しくないものなら編めますよ」
レーニちゃんが花冠を編めるというのにクリスタちゃんが興奮して身を乗り出している。
「わたくしたちは折り紙をしたり、お人形で遊んだり、お庭でおままごとをしたりしているのですよ」
「エリザベート様とクリスタちゃんが羨ましいです。わたくしも一緒に遊べる弟妹がほしいです」
俯くレーニちゃんにクリスタちゃんがその肩を抱きしめる。
「お母様、再婚なさるのでしょう? 弟妹が生まれてくるかも知れないわ。それにわたくしたちと遊べばいいのよ」
「わたくしも一緒に遊んでいいのですか?」
「ぜひ遊びに来てください」
王都に来たときだけでなく普段からレーニちゃんと遊びたい。わたくしもクリスタちゃんもそれを願っていた。
レーニちゃんとは折り紙をして遊んだ。折り紙をしたことがないレーニちゃんが、してみたいと言ったのだ。
色紙を正方形に切って、端っこを綺麗に合わせて折っていく。レーニちゃんは最初は綺麗に折れずに苦戦していた。
「はみ出ないようにするのがコツなのですね」
「綺麗に仕上げるためには、最初の段階からきっちりと合わせて折らないとダメなのです」
「もう少し待ってください。やり直してみます」
何度もやり直して、レーニちゃんは何とかアイリスの花を折った。出来上がった折り紙をレーニちゃんは胸に抱いていた。
「自分がこんなことができるだなんて思いませんでした」
「折り紙の本を訳したらもっとたくさん折れますよ」
「お母様に相談してみます」
部屋に帰るレーニちゃんにわたくしは気になっていたことを問いかけた。
「レーニちゃんのお母様はレーニちゃんを可愛がってくれているのですか?」
その問いかけの答えはレーニちゃんの笑顔で分かった。にっこりと微笑んで、レーニちゃんが大きく頷く。
「母は、元父がわたくしが生まれたときに『がっかりした』と言ったことを許さなかったのです。母は厳しい方ですが、わたくしを愛してくださっています」
お産はどの時代でも命懸けである。命懸けで産んだ娘を見て「がっかりした」などという男は許されなくても当然なのだ。
レーニちゃんがお母様には愛されていることを知ってわたくしは安心していた。
「レーニちゃんの新しいお父様がいい方だといいのだけれど」
「侯爵家ともなると政略結婚ですからね」
「政略結婚でも、お父様とお母様は仲良しよ」
わたくしの両親のように政略結婚でも愛し合っている夫婦はどれだけでもいる。
わたくしとエクムント様も政略結婚になるのだが、わたくしはエクムント様をお慕いしているし、エクムント様にも好きになってもらいたいと思っている。
初めが政略結婚でも、歩み寄りの精神があれば愛が育めるのではないだろうか。
レーニちゃんのお母様は前の夫があまりにも最低な人物だったけれど、今度はいい夫と幸せになって欲しい。レーニちゃんもまだ七歳なのだから、弟妹が生まれてほしいだろう。
起きて泣き出したふーちゃんをヘルマンさんがオムツを見て着替えさせる。
ヘルマンさんについてもわたくしは疑問があった。
ヘルマンさんの身のこなしが普通の平民とは思えなかったのだ。
ヘルマンさんは貴族なのではないだろうか。
「ヘルマンさん、あなたは貴族なのですか?」
その問いかけにヘルマンさんがふーちゃんのミルクを用意しながら答えてくれる。
「わたくしはシュトレーゼマン子爵家の遠縁の男爵家の生まれです。子沢山で貧しかったので、わたくしは公爵家に奉公に出されました。フランツ様には教育のために貴族の乳母が相応しいと奥様と旦那様は考えられたそうです」
やはりヘルマンさんは貴族だった。
ヘルマンさんの洗練された身のこなしは、平民とは思えなかったし、わたくしやクリスタちゃんにもふーちゃんに触れる前にきっちり手を洗うように言うなど、作法も叩き込まれている。
こんなひとがふーちゃんの乳母であることは心強い。
「フランツをしっかりと守り育ててください」
「はい、エリザベートお嬢様」
わたくしの言葉にヘルマンさんは優雅に一礼した。
リリエンタール侯爵と両親が話して来てもいいことになったのだ。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も来たがっていたが、両殿下にはまだ続く式典に参加するという仕事があった。
エクムント様も式典に参加されるので、わたくしの部屋はわたくしとクリスタちゃんとデボラとマルレーンとヘルマンさんとふーちゃんだけになる。両親も続く式典に参加しなければいけないのだ。
レーニ嬢が来てくれるのはとても楽しみだった。
普段他の貴族の令嬢が何をして遊んでいるのかわたくしはよく知らない。レーニ状に教えて欲しかった。
部屋に来たレーニ嬢は一番にふーちゃんのところに駆けて行った。
ベビーベッドで眠っているふーちゃんを見て目を細めている。
「とても可愛いですわね、フランツ様。髪の色や目の色はお母様似なのですね」
「ふーちゃんはとっても可愛いのよ」
「ふーちゃん?」
「あ、いけない! お姉様と二人きりのときにしか呼んじゃいけないんだった」
相変わらずクリスタちゃんは若干お口が軽い。淑女としてはもっとお口は固くなければいけないのに。
「ふーちゃんと呼んでいるのですか? わたくしの前ではふーちゃんでよろしいではないですか」
「ですが、レーニ嬢」
「わたくしのこともレーニちゃんと呼んでくださるのかしら」
すっかり乗り気になっているレーニ嬢にそれはできないなんて言えなかった。
堅苦しい貴族社会で生きているレーニ嬢にとって、レーニちゃんと呼んでもらえる場所があるというのはとても貴重だろう。
「お姉様、内緒の内緒ですわ。レーニちゃんと呼びましょう?」
「いいのでしょうか」
「内緒にしておけばいいと思います」
レーニちゃんと呼ばれたいレーニ嬢も身を乗り出している。
これはもう仕方がないだろう。
「わたくし、実はクリスタと二人きりのときはクリスタちゃんと呼んでいるのです」
「お姉様、わたくしをクリスタちゃんって呼んでくださるのよー!」
嬉しそうに頬を押さえているクリスタちゃんは、それが自慢したかっただけな気もする。
「クリスタちゃんに、ふーちゃん、そして、わたくしはレーニちゃん。親しくなれたようで嬉しいです」
「平民が使う言葉なので、絶対に内緒ですよ」
「はい、わたくしたちだけの内緒ですね」
緑色のお目目をきらめかせているレーニ嬢、もとい、レーニちゃんに、わたくしは敵わなかった。
「わたくし、赤毛でしょう? 母は金髪で、別れましたが父は黒髪で、わたくしが生まれたときに髪の色を見て元父はものすごくがっかりしたそうです」
「どうして? レーニちゃんの赤い髪はとても素敵よ」
「ストロベリーブロンドというのでしょうか。赤みがかった金髪ですよね」
「元父はわたくしのことがそんなに可愛くなかったみたいなのです。婿養子なのに外に女を作るような男でしたからね」
ため息をつくレーニちゃんは苦労していたようだ。
クリスタちゃんがブラシを持ってきて、レーニちゃんのサラサラのストロベリーブロンドの髪を梳く。
「わたくしとお揃いにしましょう」
「クリスタちゃん、三つ編みができるのですか?」
「ちょっと難しいので、デボラに手伝ってもらいます」
デボラに手伝ってもらって、クリスタちゃんがレーニちゃんの髪を一本の三つ編みにしていく。横に流して太い三つ編みになったストロベリーブロンドの髪は美しかった。
「これでわたくしと同じですわ。レーニちゃん、とっても可愛いわ」
「ありがとう、クリスタちゃん。とても嬉しいです」
これからは正式な場では三つ編みにしてもらおうと言っているレーニちゃんはよほどその髪型が気に入ったようだった。
それにしても、赤毛だったから可愛がらないとはどういうことなのだろう。
西洋では赤毛は好まれないというのは、前世の記憶からなんとなく分かる。赤毛の主人公が髪を染める描写があったり、赤毛を揶揄われる描写があったりする本がたくさんあったのだ。
レーニちゃんはストロベリーブロンドだが、これも赤毛と言えるのだろう。
色白で顔にちょっとそばかすが散っているのもとても可愛いと思うのだが、それもレーニちゃんにとってはコンプレックスなのかも知れなかった。
「レーニちゃん、わたくしはレーニちゃんの髪の色をとても美しいと思います」
「エリザベート様……」
わたくしが言えばレーニちゃんは目を潤ませていた。
「普段はレーニちゃんは何をして遊んでいるのですか?」
クリスタちゃんの問いかけにレーニちゃんが首を傾げて考えている。
「普段は……お屋敷の庭をお散歩をして花を摘んだり、花冠を編んだり、お絵かきをしたりして遊んでいます」
「レーニちゃんは花冠が編めるの?」
「難しくないものなら編めますよ」
レーニちゃんが花冠を編めるというのにクリスタちゃんが興奮して身を乗り出している。
「わたくしたちは折り紙をしたり、お人形で遊んだり、お庭でおままごとをしたりしているのですよ」
「エリザベート様とクリスタちゃんが羨ましいです。わたくしも一緒に遊べる弟妹がほしいです」
俯くレーニちゃんにクリスタちゃんがその肩を抱きしめる。
「お母様、再婚なさるのでしょう? 弟妹が生まれてくるかも知れないわ。それにわたくしたちと遊べばいいのよ」
「わたくしも一緒に遊んでいいのですか?」
「ぜひ遊びに来てください」
王都に来たときだけでなく普段からレーニちゃんと遊びたい。わたくしもクリスタちゃんもそれを願っていた。
レーニちゃんとは折り紙をして遊んだ。折り紙をしたことがないレーニちゃんが、してみたいと言ったのだ。
色紙を正方形に切って、端っこを綺麗に合わせて折っていく。レーニちゃんは最初は綺麗に折れずに苦戦していた。
「はみ出ないようにするのがコツなのですね」
「綺麗に仕上げるためには、最初の段階からきっちりと合わせて折らないとダメなのです」
「もう少し待ってください。やり直してみます」
何度もやり直して、レーニちゃんは何とかアイリスの花を折った。出来上がった折り紙をレーニちゃんは胸に抱いていた。
「自分がこんなことができるだなんて思いませんでした」
「折り紙の本を訳したらもっとたくさん折れますよ」
「お母様に相談してみます」
部屋に帰るレーニちゃんにわたくしは気になっていたことを問いかけた。
「レーニちゃんのお母様はレーニちゃんを可愛がってくれているのですか?」
その問いかけの答えはレーニちゃんの笑顔で分かった。にっこりと微笑んで、レーニちゃんが大きく頷く。
「母は、元父がわたくしが生まれたときに『がっかりした』と言ったことを許さなかったのです。母は厳しい方ですが、わたくしを愛してくださっています」
お産はどの時代でも命懸けである。命懸けで産んだ娘を見て「がっかりした」などという男は許されなくても当然なのだ。
レーニちゃんがお母様には愛されていることを知ってわたくしは安心していた。
「レーニちゃんの新しいお父様がいい方だといいのだけれど」
「侯爵家ともなると政略結婚ですからね」
「政略結婚でも、お父様とお母様は仲良しよ」
わたくしの両親のように政略結婚でも愛し合っている夫婦はどれだけでもいる。
わたくしとエクムント様も政略結婚になるのだが、わたくしはエクムント様をお慕いしているし、エクムント様にも好きになってもらいたいと思っている。
初めが政略結婚でも、歩み寄りの精神があれば愛が育めるのではないだろうか。
レーニちゃんのお母様は前の夫があまりにも最低な人物だったけれど、今度はいい夫と幸せになって欲しい。レーニちゃんもまだ七歳なのだから、弟妹が生まれてほしいだろう。
起きて泣き出したふーちゃんをヘルマンさんがオムツを見て着替えさせる。
ヘルマンさんについてもわたくしは疑問があった。
ヘルマンさんの身のこなしが普通の平民とは思えなかったのだ。
ヘルマンさんは貴族なのではないだろうか。
「ヘルマンさん、あなたは貴族なのですか?」
その問いかけにヘルマンさんがふーちゃんのミルクを用意しながら答えてくれる。
「わたくしはシュトレーゼマン子爵家の遠縁の男爵家の生まれです。子沢山で貧しかったので、わたくしは公爵家に奉公に出されました。フランツ様には教育のために貴族の乳母が相応しいと奥様と旦那様は考えられたそうです」
やはりヘルマンさんは貴族だった。
ヘルマンさんの洗練された身のこなしは、平民とは思えなかったし、わたくしやクリスタちゃんにもふーちゃんに触れる前にきっちり手を洗うように言うなど、作法も叩き込まれている。
こんなひとがふーちゃんの乳母であることは心強い。
「フランツをしっかりと守り育ててください」
「はい、エリザベートお嬢様」
わたくしの言葉にヘルマンさんは優雅に一礼した。
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