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三章 バーデン家の企みを暴く
27.王妃殿下の来訪
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両親のお誕生日のお茶会が開かれる当日、わたくしとクリスタちゃんは朝食の席で綺麗に畳んだハンカチを色紙で包んだものを両親に渡していた。
色紙を広げて中身を見て、両親が驚いている。
「これはエリザベートとクリスタが刺繍したのかな?」
「なんて可愛らしい刺繍なのでしょう。わたくしとあなたの分、一枚ずつありますわ」
「もうこんなに上手に刺繍できるようになっているだなんて驚いたな」
「わたくしたちのために頑張ってくれたのですね。とても嬉しいです」
プレゼントを喜んでもらえてわたくしはとても嬉しかった。
クリスタちゃんは両手を握り締めて喜んでいる。
「お姉様、頑張ってよかった!」
「クリスタはよく頑張りましたね」
お互いに言っていると、母がクリスタちゃんの小さな手を取る。クリスタちゃんの小さな手は刺繍針の刺し痕だらけだった。わたくしの手も刺し痕が幾つか残っている。
クリスタちゃんの小さな手を優しく撫でてから、わたくしの手を取って母が優しく撫でる。その水色の目には涙が浮かんでいる気がする。
「こんなに小さな手でわたくしたちのために……。エリザベートとクリスタも成長したものです」
「ありがとう、二人とも。大事に使うよ」
両親はハンカチを大切そうにもう一度色紙に包んでいた。
両親のお誕生日のお茶会には国王陛下も出席なさる。
父は国王陛下の学生時代の学友であるし、同じ年でとても仲がいいし、何より父はこの国で唯一の公爵家の当主だった。
バーデン家が伯爵家に降格したので、この国の公爵家は一つしかなくなってしまったのだ。
「ディッペル公爵、公爵夫人、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、国王陛下」
「国王陛下に祝っていただけるなんて光栄です」
その日、国王陛下は一人ではなかった。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も来ているのだが、それだけではなく、王妃殿下が一緒に来ていたのだ。
「ディッペル家は公爵家として国のためによく働いてくれていると聞きます。いつもよく国を支えてくれていますね」
「王妃殿下、お褒めの言葉ありがとうございます」
「国王陛下ともディッペル公爵は仲がよいとのこと。わたくしも仲間に入れてくださいませ」
王妃殿下が国王陛下に歩み寄りを見せている。
これは大きな出来事だった。
「王妃殿下も共にお茶を致しましょう」
「ディッペル公爵夫人は今、身籠っていらっしゃるとのことですが、体調はよいのですか?」
「悪阻も治まって来ました。カサンドラ様からよいお医者様を紹介していただいてもいます。無事にお腹の子どもを産むために、わたくしはお医者様の言う通りにしています。命を懸けるなどとは言えません。わたくしも子どもも無事でないと意味がないと思っております」
立派な母の考えにわたくしは感動してしまう。
命を懸けて産むと言うのは立派だが、産んだ後でわたくしもクリスタちゃんも赤ちゃんも母親を失ってしまうのだ。それを考えると、どんなことをしても生きて無事に赤ちゃんを産もうという母の言葉は心強かった。
「ハインリヒも八歳、わたくしももう一人子どもが欲しいと思い始めているのです」
「王妃殿下、それは本当ですか!?」
「国王陛下とは様々なことがありましたが、それも過去のことと思い、この国の未来のために手を取り合うときが来たのではないかと思っています」
王妃殿下も二人目のお子様を考えていた。
それで国王陛下と共に公の場に出て来て、国王陛下との仲を修復しようとしているのだろう。
恐らくは国王陛下はノルベルト殿下の乳母として、かつて愛した恋人が雇われていることを知っている。知っていながら、二度と会わぬことを互いに誓い、ノルベルト殿下の健やかな成長のみを願っている。
過去の恋人を忘れることはできないかもしれないが、政略結婚の相手として、共に諸外国と戦うパートナーとして王妃殿下と国王陛下は手を取り合えるのではないだろうか。
そうなると、王妃殿下は隣国から嫁いできているので、隣国との関係もよくなり、諸外国のこの国への対応も変わってくる。
もしかすると、その一歩が海賊のことだったのかもしれない。
王妃殿下が国王陛下に歩み寄る決意をされたことにより、隣国との繋がりが深くなり、海賊を裏で操っていた国への圧力も強くなった。そう考えるのが一番納得できる気がする。
王族や貴族の社会では結婚も政略の一つなのだと強く思わされる出来事だった。
国王陛下が王妃殿下のために軽食を取り分けて、ミルクティーを差し出す。王妃殿下はそれを目礼して受け取る。
二人の仲が修復されているのを見せられているようで、わたくしはこの国の未来は明るいのではないかと思っていた。
クリスタちゃんは今回もハインリヒ殿下をお茶に誘っていたが、別の女の子がハインリヒ殿下に声をかけていた。
「ハインリヒ殿下、わたくしとお茶を致しませんか? いつも同じ方とばかりお茶をなさっているのでは飽きるでしょう?」
公爵家の養子であるクリスタちゃんを差し置いてハインリヒ殿下に声をかけるだなんて失礼極まりない。先に声をかけられてしまって戸惑っているクリスタちゃんの横から、わたくしがその女の子に向き直る。
「わたくしの妹、クリスタに何か文句があるのですか? まさか、ディッペル家のクリスタを『飽きる』などと言ったわけではないですわよね?」
ディッペル家を強調して言えば、その女の子は怯えたような顔でハインリヒ殿下の後ろに隠れる。
「恐ろしいですわ。鬼のような形相で」
「エリザベート嬢は鬼のようではありません。私はクリスタ嬢とお茶をするので、あなたとはお茶はできません」
「そんな……元子爵家の養子なのに」
「あなたが子どもだからといって、その物言いは許されませんよ。クリスタ嬢が元子爵家であっても、今は公爵家の御令嬢。あなたこそ、分を弁えなさい」
ノルベルト殿下がビシッとその女の子に言ってくれる。女の子は半泣きになりながらその場を立ち去った。
ハインリヒ殿下にこれ以上女の戦いを見せずに済んで、わたくしはノルベルト殿下に感謝していた。ノルベルト殿下はやはり王妃殿下の教育が行き届いていて、クリスタちゃんのこともしっかりと庇ってくれた。
「クリスタ嬢、失礼しました。私に声をかけてくださろうとしていたのでしょう?」
「わたくしで構いませんか? いつもお誘いしていますが、飽きたりしませんか?」
「飽きるわけがないです。クリスタ嬢はいつも可愛くて、お喋りも面白くて、楽しい時間ですよ」
気後れしているクリスタちゃんにハインリヒ殿下がクリスタちゃんの心を盛り上げるようなことを言ってくれる。クリスタちゃんは頬を染めて喜んでいた。
「ハインリヒ殿下、わたくし、刺繍を始めましたの。両親にはタンポポの刺繍の入ったハンカチをプレゼントしました」
「その年で刺繍を始められたのですか?」
「指を刺してしまうことが多くて、ハンカチに血がついてしまうこともあったのですが、刺繍の先生が綺麗に洗ってアイロンをかけてくれました」
「クリスタ嬢は本当に才能豊かなのですね」
褒められてクリスタちゃんは笑顔になっている。
「クリスタ嬢はブローチをお持ちですか?」
「ブローチ? わたくし、持っていません」
「胸に飾ってもいいし、ショールやストールを留めるときに使ってもいいのですよ」
ブローチの説明をされてもクリスタちゃんはピンと来ていない様子だった。
「父上と母上に、冬場ならば辺境伯領に行ってもいいと言われました。辺境伯領ではガラス細工も盛んで、ガラスのブローチを作って来ようかと思っています」
「ガラスのブローチ……」
「拙いものになるかもしれませんが、クリスタ嬢のお誕生日にそれを贈れたらと思っています」
ハインリヒ殿下は辺境伯領でブローチを手作り体験してくるようだ。それをクリスタちゃんにプレゼントすると約束しているのに、クリスタちゃんは水色のお目目を輝かせて喜んでいる。
「ハインリヒ殿下の手作りのプレゼント。わたくし、楽しみにしています」
喜んでいるクリスタちゃんの姿を見ながら、わたくしは先ほどの女の子について考えていた。
あれは侯爵家の令嬢ではなかっただろうか。
クリスタちゃんを貶めるようなことを口にしたのは許せない。
今後も絡んでくるようなことがあれば、容赦はしないとわたくしは決めていた。
色紙を広げて中身を見て、両親が驚いている。
「これはエリザベートとクリスタが刺繍したのかな?」
「なんて可愛らしい刺繍なのでしょう。わたくしとあなたの分、一枚ずつありますわ」
「もうこんなに上手に刺繍できるようになっているだなんて驚いたな」
「わたくしたちのために頑張ってくれたのですね。とても嬉しいです」
プレゼントを喜んでもらえてわたくしはとても嬉しかった。
クリスタちゃんは両手を握り締めて喜んでいる。
「お姉様、頑張ってよかった!」
「クリスタはよく頑張りましたね」
お互いに言っていると、母がクリスタちゃんの小さな手を取る。クリスタちゃんの小さな手は刺繍針の刺し痕だらけだった。わたくしの手も刺し痕が幾つか残っている。
クリスタちゃんの小さな手を優しく撫でてから、わたくしの手を取って母が優しく撫でる。その水色の目には涙が浮かんでいる気がする。
「こんなに小さな手でわたくしたちのために……。エリザベートとクリスタも成長したものです」
「ありがとう、二人とも。大事に使うよ」
両親はハンカチを大切そうにもう一度色紙に包んでいた。
両親のお誕生日のお茶会には国王陛下も出席なさる。
父は国王陛下の学生時代の学友であるし、同じ年でとても仲がいいし、何より父はこの国で唯一の公爵家の当主だった。
バーデン家が伯爵家に降格したので、この国の公爵家は一つしかなくなってしまったのだ。
「ディッペル公爵、公爵夫人、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、国王陛下」
「国王陛下に祝っていただけるなんて光栄です」
その日、国王陛下は一人ではなかった。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も来ているのだが、それだけではなく、王妃殿下が一緒に来ていたのだ。
「ディッペル家は公爵家として国のためによく働いてくれていると聞きます。いつもよく国を支えてくれていますね」
「王妃殿下、お褒めの言葉ありがとうございます」
「国王陛下ともディッペル公爵は仲がよいとのこと。わたくしも仲間に入れてくださいませ」
王妃殿下が国王陛下に歩み寄りを見せている。
これは大きな出来事だった。
「王妃殿下も共にお茶を致しましょう」
「ディッペル公爵夫人は今、身籠っていらっしゃるとのことですが、体調はよいのですか?」
「悪阻も治まって来ました。カサンドラ様からよいお医者様を紹介していただいてもいます。無事にお腹の子どもを産むために、わたくしはお医者様の言う通りにしています。命を懸けるなどとは言えません。わたくしも子どもも無事でないと意味がないと思っております」
立派な母の考えにわたくしは感動してしまう。
命を懸けて産むと言うのは立派だが、産んだ後でわたくしもクリスタちゃんも赤ちゃんも母親を失ってしまうのだ。それを考えると、どんなことをしても生きて無事に赤ちゃんを産もうという母の言葉は心強かった。
「ハインリヒも八歳、わたくしももう一人子どもが欲しいと思い始めているのです」
「王妃殿下、それは本当ですか!?」
「国王陛下とは様々なことがありましたが、それも過去のことと思い、この国の未来のために手を取り合うときが来たのではないかと思っています」
王妃殿下も二人目のお子様を考えていた。
それで国王陛下と共に公の場に出て来て、国王陛下との仲を修復しようとしているのだろう。
恐らくは国王陛下はノルベルト殿下の乳母として、かつて愛した恋人が雇われていることを知っている。知っていながら、二度と会わぬことを互いに誓い、ノルベルト殿下の健やかな成長のみを願っている。
過去の恋人を忘れることはできないかもしれないが、政略結婚の相手として、共に諸外国と戦うパートナーとして王妃殿下と国王陛下は手を取り合えるのではないだろうか。
そうなると、王妃殿下は隣国から嫁いできているので、隣国との関係もよくなり、諸外国のこの国への対応も変わってくる。
もしかすると、その一歩が海賊のことだったのかもしれない。
王妃殿下が国王陛下に歩み寄る決意をされたことにより、隣国との繋がりが深くなり、海賊を裏で操っていた国への圧力も強くなった。そう考えるのが一番納得できる気がする。
王族や貴族の社会では結婚も政略の一つなのだと強く思わされる出来事だった。
国王陛下が王妃殿下のために軽食を取り分けて、ミルクティーを差し出す。王妃殿下はそれを目礼して受け取る。
二人の仲が修復されているのを見せられているようで、わたくしはこの国の未来は明るいのではないかと思っていた。
クリスタちゃんは今回もハインリヒ殿下をお茶に誘っていたが、別の女の子がハインリヒ殿下に声をかけていた。
「ハインリヒ殿下、わたくしとお茶を致しませんか? いつも同じ方とばかりお茶をなさっているのでは飽きるでしょう?」
公爵家の養子であるクリスタちゃんを差し置いてハインリヒ殿下に声をかけるだなんて失礼極まりない。先に声をかけられてしまって戸惑っているクリスタちゃんの横から、わたくしがその女の子に向き直る。
「わたくしの妹、クリスタに何か文句があるのですか? まさか、ディッペル家のクリスタを『飽きる』などと言ったわけではないですわよね?」
ディッペル家を強調して言えば、その女の子は怯えたような顔でハインリヒ殿下の後ろに隠れる。
「恐ろしいですわ。鬼のような形相で」
「エリザベート嬢は鬼のようではありません。私はクリスタ嬢とお茶をするので、あなたとはお茶はできません」
「そんな……元子爵家の養子なのに」
「あなたが子どもだからといって、その物言いは許されませんよ。クリスタ嬢が元子爵家であっても、今は公爵家の御令嬢。あなたこそ、分を弁えなさい」
ノルベルト殿下がビシッとその女の子に言ってくれる。女の子は半泣きになりながらその場を立ち去った。
ハインリヒ殿下にこれ以上女の戦いを見せずに済んで、わたくしはノルベルト殿下に感謝していた。ノルベルト殿下はやはり王妃殿下の教育が行き届いていて、クリスタちゃんのこともしっかりと庇ってくれた。
「クリスタ嬢、失礼しました。私に声をかけてくださろうとしていたのでしょう?」
「わたくしで構いませんか? いつもお誘いしていますが、飽きたりしませんか?」
「飽きるわけがないです。クリスタ嬢はいつも可愛くて、お喋りも面白くて、楽しい時間ですよ」
気後れしているクリスタちゃんにハインリヒ殿下がクリスタちゃんの心を盛り上げるようなことを言ってくれる。クリスタちゃんは頬を染めて喜んでいた。
「ハインリヒ殿下、わたくし、刺繍を始めましたの。両親にはタンポポの刺繍の入ったハンカチをプレゼントしました」
「その年で刺繍を始められたのですか?」
「指を刺してしまうことが多くて、ハンカチに血がついてしまうこともあったのですが、刺繍の先生が綺麗に洗ってアイロンをかけてくれました」
「クリスタ嬢は本当に才能豊かなのですね」
褒められてクリスタちゃんは笑顔になっている。
「クリスタ嬢はブローチをお持ちですか?」
「ブローチ? わたくし、持っていません」
「胸に飾ってもいいし、ショールやストールを留めるときに使ってもいいのですよ」
ブローチの説明をされてもクリスタちゃんはピンと来ていない様子だった。
「父上と母上に、冬場ならば辺境伯領に行ってもいいと言われました。辺境伯領ではガラス細工も盛んで、ガラスのブローチを作って来ようかと思っています」
「ガラスのブローチ……」
「拙いものになるかもしれませんが、クリスタ嬢のお誕生日にそれを贈れたらと思っています」
ハインリヒ殿下は辺境伯領でブローチを手作り体験してくるようだ。それをクリスタちゃんにプレゼントすると約束しているのに、クリスタちゃんは水色のお目目を輝かせて喜んでいる。
「ハインリヒ殿下の手作りのプレゼント。わたくし、楽しみにしています」
喜んでいるクリスタちゃんの姿を見ながら、わたくしは先ほどの女の子について考えていた。
あれは侯爵家の令嬢ではなかっただろうか。
クリスタちゃんを貶めるようなことを口にしたのは許せない。
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