エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
86 / 528
三章 バーデン家の企みを暴く

26.ダリアを取っておくために

しおりを挟む
 お茶会の間テーブルに飾られていたダリアの花はわたくしとクリスタちゃんの部屋に持って行かれた。わたくしの部屋には紫のダリアが飾られて、クリスタちゃんの部屋にはピンク色のダリアが飾られる。
 去年も大事にしていたのだが、花が散ってしまうのはどうしようもなくて、ダリアの花をわたくしは取っておくことができなかった。
 昨年の反省を生かして、わたくしはダリアの花の絵を描いておくことにした。

 前世でもわたくしは絵心のある方ではなかった気がする。今世でも贅沢に揃えてある色鉛筆を使って描いてみるが、なかなかダリアの花を綺麗に描くことができない。
 わたくしがダリアの花を描いていると、クリスタちゃんも部屋に来て隣りに座ってダリアの花を描いていた。

 クリスタちゃんは思い切りよくギザギザの生えた丸いものを描いているが、それがダリアに見えてくるのだからクリスタちゃんは絵心もあるようだ。
 精巧に描こうとしているわたくしの方がダリアに見えない。

「クリスタちゃんは上手ですね」
「お姉様も上手よ?」
「わたくしは棘の生えたボールにしか見えませんわ」

 上手くいかないとしょんぼりしていると、デボラとマルレーンが話しているのが聞こえた。

「最近発明された、物をそっくりに映し出す技術、あれがあれば、エリザベートお嬢様もダリアの花を残せるのですがね」
「あれはまだ開発途中らしいですよ。絵描きに頼む方が堅実かもしれません」
「ダリアの花を絵描きに頼むのですか?」
「気軽に使える技術があればいいのですがね」

 最近発明されたものをそっくりに映し出す技術とは、写真のことではないだろうか。この世界にも写真が発明されているようだ。だが、まだ一般的には広がっていないようでもある。

 写真がどのような原理で物を写すのか、わたくしの前世の記憶を辿ってもよく分からない。前世に戻ることができれば、本やネットで調べることもできるのだろうが、わたくしはこの世界に生まれ変わっていて、前世に戻ることはできない。

 前世の両親はわたくしが死んでしまったことを悲しんでいるのだろうか。
 前世の記憶はわたくしの中で鮮明なものではなく、あくまでも今世の八歳のわたくしの体に前世の記憶が取り込まれたような形なので、朧気だが、それでも両親より先に死んでしまった親不孝は胸が痛む。
 今世ではそんなことがないようにしたいものだ。

 今世の両親は優しく理解がある愛情深いひとたちなので、大事にして親孝行していきたい。
 考えていると、クリスタちゃんが色紙を裂き始めていた。

「クリスタちゃん、その色紙をどうするのですか?」
「こうやって、真ん中に丸めた紙を置いて、外側に裂いた紙をくっ付けて行ったら、ダリアみたいにならないかしら?」

 クリスタちゃんは発想も大胆だった。
 細長く色紙を裂いて行って、丸めた紙に貼り付けていくと、確かにダリアのような花に見えて来る。

「お姉様がダリアをずっと残しておきたいみたいだったから、わたくし、考えたのよ」
「ありがとうございます、クリスタちゃん」

 エクムント様のくださったダリアの花とは違うが、ダリアの花が手元に残るのならば、エクムント様のダリアを思い出すことができる。紙を裂いて作ったダリアもわたくしの部屋のダリアの横に飾っておいた。

 気温は日に日に下がって行って、外には雪がちらつき始める。お屋敷の部屋は寒くなってストーブが出されて、暖炉にも火がともった。
 冬が訪れているのだ。
 冬には両親のお誕生日がある。
 両親のお誕生日のためにわたくしとクリスタちゃんは何をプレゼントするかでよく話し合わなければいけなかった。

「折り紙の花では去年と同じですよね」
「冬に咲くお花はないのかしら」
「花という括りから外れてみてはどうでしょう」
「そうね……分かった! お姉様、刺繍よ!」

 刺繍と言われてわたくしはお誕生日から始めた刺繍を思い出す。
 まだ針に糸を通すことすら難しくて時間がかかるのに、刺繍でプレゼントなどできるのだろうか。

「刺繍の先生に聞いてみましょう」

 午前中はリップマン先生の授業は続いていて、刺繍の授業は午後に週二回入っていた。
 刺繍の日に先生にわたくしはお願いしてみる。

「お父様とお母様のお誕生日に何かプレゼントをしたいのです。わたくしにできることがありますか?」

 刺繍の先生はわたくしとクリスタちゃんの顔を見て深く頷いている。

「目標があった方が刺繍の勉強も捗るでしょう。まずは簡単なもので、ハンカチに刺繍を入れるというのはどうですか?」
「ハンカチをプレゼントするのですね」
「どんな刺繍がいいかしら」
「刺繍自体は難しくないものにしましょう。あまり難しいものだと、期日までに出来上がらないかもしれませんからね」

 ハンカチの端にワンポイントで刺繍を入れることになって、わたくしとクリスタちゃんは図案を選んだ。
 わたくしは薔薇、クリスタちゃんはタンポポだ。
 刺繍枠の中にハンカチをぴんと張って準備して、下書きをして、一針一針丁寧に縫っていく。
 一日では終わらないので、次の授業で続きをすることにした。

 刺繍が出来上がったのは両親のお誕生日のお茶会の数日前だった。
 少し歪だが、初めてにしては上手にできたと刺繍の先生も褒めてくれた。

 前世で刺繍をしたことはないし、今世で刺繍をするのも、手が小さくて針を持つのが大変で、手が思うように動かなくてものすごく苦労した。わたくしがそうなのだからクリスタちゃんは尚更だろう。
 それでも、指先を刺し痕だらけにしながらも、クリスタちゃんは泣きごとも言わずに頑張っていた。

 両親のお誕生日のプレゼントができて安心していると、刺繍の先生からプレゼントが渡された。

「遅くなりましたが、お人形の着替えセット一式ですよ。わたくしが心を込めて縫わせていただきました」

 お誕生日直前にプレゼントをお願いしたので、両親はわたくしのお誕生日に人形の着替えを間に合わせることができなかった。間に合わないのならば時間をかけて最高のものを作ってもらおうと両親は考えて、刺繍の先生に依頼したのだった。

 男の子の衣装には細かく刺繍が入っているが、可愛すぎずに格好よく纏まっている。
 女の子の衣装はクリスタちゃんが好みそうな渋めの色合いでドレスや靴下まで作られていた。

「ありがとうございます、先生。大事に使います」
「わたくしのマリーちゃんにお着替えができたわ。先生、ありがとうございます」

 受け取ったわたくしとクリスタちゃんは部屋に急いで戻って、人形を持ってわたくしの部屋に集まった。
 髪を括っている人形のジャンにズボンとシャツを着せると、男の子らしく見えて来る。
 クリスタちゃんはどのドレスを着せようか迷っているようだった。

「いつかわたくしもお人形の服が作れるようになるでしょうか」
「きっと作れるようになるわ、お姉様! わたくしも縫物の練習をします」

 縫物も刺繍もこれから練習していけばきっと大人になるまでには色んなものが縫えるようになっているだろう。

「わたくし、生まれて来る赤ちゃんに何か作れないでしょうか」
「刺繍の先生に相談してみましょう」

 生まれて来る赤ちゃんが男の子か女の子かは分からないけれど、赤ちゃんにも何か縫ってあげたい。わたくしは縫物という新しい世界に夢中だった。

「国王陛下が働きかけて、辺境伯領での海賊の被害が減ったと報告が入っているよ」
「カサンドラ様の心労もこれで減りますね」

 夕食のときに両親がわたくしとクリスタちゃんに話してくれた。
 海賊騒ぎは収まって来ているようだ。
 やはり海賊を裏で手引きしていた国があって、その国との交渉で海賊の数が激減したに違いない。

 前世でも歴史でそういうことを習った気がする。
 海賊を認めていた国。
 それをこの物語の中でもモデルとして使っているのだろう。

 原作では出てこないが、この世界は複雑に入り組んでいる。
 原作に出てこない部分こそが大事なのかもしれない。

 原作に捉われずに今後もこの世界のことをもっと知って、勉強していかなければいけないとわたくしは思っていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...