エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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三章 バーデン家の企みを暴く

26.ダリアを取っておくために

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 お茶会の間テーブルに飾られていたダリアの花はわたくしとクリスタちゃんの部屋に持って行かれた。わたくしの部屋には紫のダリアが飾られて、クリスタちゃんの部屋にはピンク色のダリアが飾られる。
 去年も大事にしていたのだが、花が散ってしまうのはどうしようもなくて、ダリアの花をわたくしは取っておくことができなかった。
 昨年の反省を生かして、わたくしはダリアの花の絵を描いておくことにした。

 前世でもわたくしは絵心のある方ではなかった気がする。今世でも贅沢に揃えてある色鉛筆を使って描いてみるが、なかなかダリアの花を綺麗に描くことができない。
 わたくしがダリアの花を描いていると、クリスタちゃんも部屋に来て隣りに座ってダリアの花を描いていた。

 クリスタちゃんは思い切りよくギザギザの生えた丸いものを描いているが、それがダリアに見えてくるのだからクリスタちゃんは絵心もあるようだ。
 精巧に描こうとしているわたくしの方がダリアに見えない。

「クリスタちゃんは上手ですね」
「お姉様も上手よ?」
「わたくしは棘の生えたボールにしか見えませんわ」

 上手くいかないとしょんぼりしていると、デボラとマルレーンが話しているのが聞こえた。

「最近発明された、物をそっくりに映し出す技術、あれがあれば、エリザベートお嬢様もダリアの花を残せるのですがね」
「あれはまだ開発途中らしいですよ。絵描きに頼む方が堅実かもしれません」
「ダリアの花を絵描きに頼むのですか?」
「気軽に使える技術があればいいのですがね」

 最近発明されたものをそっくりに映し出す技術とは、写真のことではないだろうか。この世界にも写真が発明されているようだ。だが、まだ一般的には広がっていないようでもある。

 写真がどのような原理で物を写すのか、わたくしの前世の記憶を辿ってもよく分からない。前世に戻ることができれば、本やネットで調べることもできるのだろうが、わたくしはこの世界に生まれ変わっていて、前世に戻ることはできない。

 前世の両親はわたくしが死んでしまったことを悲しんでいるのだろうか。
 前世の記憶はわたくしの中で鮮明なものではなく、あくまでも今世の八歳のわたくしの体に前世の記憶が取り込まれたような形なので、朧気だが、それでも両親より先に死んでしまった親不孝は胸が痛む。
 今世ではそんなことがないようにしたいものだ。

 今世の両親は優しく理解がある愛情深いひとたちなので、大事にして親孝行していきたい。
 考えていると、クリスタちゃんが色紙を裂き始めていた。

「クリスタちゃん、その色紙をどうするのですか?」
「こうやって、真ん中に丸めた紙を置いて、外側に裂いた紙をくっ付けて行ったら、ダリアみたいにならないかしら?」

 クリスタちゃんは発想も大胆だった。
 細長く色紙を裂いて行って、丸めた紙に貼り付けていくと、確かにダリアのような花に見えて来る。

「お姉様がダリアをずっと残しておきたいみたいだったから、わたくし、考えたのよ」
「ありがとうございます、クリスタちゃん」

 エクムント様のくださったダリアの花とは違うが、ダリアの花が手元に残るのならば、エクムント様のダリアを思い出すことができる。紙を裂いて作ったダリアもわたくしの部屋のダリアの横に飾っておいた。

 気温は日に日に下がって行って、外には雪がちらつき始める。お屋敷の部屋は寒くなってストーブが出されて、暖炉にも火がともった。
 冬が訪れているのだ。
 冬には両親のお誕生日がある。
 両親のお誕生日のためにわたくしとクリスタちゃんは何をプレゼントするかでよく話し合わなければいけなかった。

「折り紙の花では去年と同じですよね」
「冬に咲くお花はないのかしら」
「花という括りから外れてみてはどうでしょう」
「そうね……分かった! お姉様、刺繍よ!」

 刺繍と言われてわたくしはお誕生日から始めた刺繍を思い出す。
 まだ針に糸を通すことすら難しくて時間がかかるのに、刺繍でプレゼントなどできるのだろうか。

「刺繍の先生に聞いてみましょう」

 午前中はリップマン先生の授業は続いていて、刺繍の授業は午後に週二回入っていた。
 刺繍の日に先生にわたくしはお願いしてみる。

「お父様とお母様のお誕生日に何かプレゼントをしたいのです。わたくしにできることがありますか?」

 刺繍の先生はわたくしとクリスタちゃんの顔を見て深く頷いている。

「目標があった方が刺繍の勉強も捗るでしょう。まずは簡単なもので、ハンカチに刺繍を入れるというのはどうですか?」
「ハンカチをプレゼントするのですね」
「どんな刺繍がいいかしら」
「刺繍自体は難しくないものにしましょう。あまり難しいものだと、期日までに出来上がらないかもしれませんからね」

 ハンカチの端にワンポイントで刺繍を入れることになって、わたくしとクリスタちゃんは図案を選んだ。
 わたくしは薔薇、クリスタちゃんはタンポポだ。
 刺繍枠の中にハンカチをぴんと張って準備して、下書きをして、一針一針丁寧に縫っていく。
 一日では終わらないので、次の授業で続きをすることにした。

 刺繍が出来上がったのは両親のお誕生日のお茶会の数日前だった。
 少し歪だが、初めてにしては上手にできたと刺繍の先生も褒めてくれた。

 前世で刺繍をしたことはないし、今世で刺繍をするのも、手が小さくて針を持つのが大変で、手が思うように動かなくてものすごく苦労した。わたくしがそうなのだからクリスタちゃんは尚更だろう。
 それでも、指先を刺し痕だらけにしながらも、クリスタちゃんは泣きごとも言わずに頑張っていた。

 両親のお誕生日のプレゼントができて安心していると、刺繍の先生からプレゼントが渡された。

「遅くなりましたが、お人形の着替えセット一式ですよ。わたくしが心を込めて縫わせていただきました」

 お誕生日直前にプレゼントをお願いしたので、両親はわたくしのお誕生日に人形の着替えを間に合わせることができなかった。間に合わないのならば時間をかけて最高のものを作ってもらおうと両親は考えて、刺繍の先生に依頼したのだった。

 男の子の衣装には細かく刺繍が入っているが、可愛すぎずに格好よく纏まっている。
 女の子の衣装はクリスタちゃんが好みそうな渋めの色合いでドレスや靴下まで作られていた。

「ありがとうございます、先生。大事に使います」
「わたくしのマリーちゃんにお着替えができたわ。先生、ありがとうございます」

 受け取ったわたくしとクリスタちゃんは部屋に急いで戻って、人形を持ってわたくしの部屋に集まった。
 髪を括っている人形のジャンにズボンとシャツを着せると、男の子らしく見えて来る。
 クリスタちゃんはどのドレスを着せようか迷っているようだった。

「いつかわたくしもお人形の服が作れるようになるでしょうか」
「きっと作れるようになるわ、お姉様! わたくしも縫物の練習をします」

 縫物も刺繍もこれから練習していけばきっと大人になるまでには色んなものが縫えるようになっているだろう。

「わたくし、生まれて来る赤ちゃんに何か作れないでしょうか」
「刺繍の先生に相談してみましょう」

 生まれて来る赤ちゃんが男の子か女の子かは分からないけれど、赤ちゃんにも何か縫ってあげたい。わたくしは縫物という新しい世界に夢中だった。

「国王陛下が働きかけて、辺境伯領での海賊の被害が減ったと報告が入っているよ」
「カサンドラ様の心労もこれで減りますね」

 夕食のときに両親がわたくしとクリスタちゃんに話してくれた。
 海賊騒ぎは収まって来ているようだ。
 やはり海賊を裏で手引きしていた国があって、その国との交渉で海賊の数が激減したに違いない。

 前世でも歴史でそういうことを習った気がする。
 海賊を認めていた国。
 それをこの物語の中でもモデルとして使っているのだろう。

 原作では出てこないが、この世界は複雑に入り組んでいる。
 原作に出てこない部分こそが大事なのかもしれない。

 原作に捉われずに今後もこの世界のことをもっと知って、勉強していかなければいけないとわたくしは思っていた。
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