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三章 バーデン家の企みを暴く

8.バーデン家の断罪

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 わたくしとクリスタちゃんと両親がお茶会の会場に現れる前から、会場はざわついていた。バーデン家のブリギッテ様に関することで噂が飛び交っているのが耳に入る。

「ブリギッテ様の偽物がディッペル家に現れたのですって」
「貴族の令嬢とは思えないような酷い有様だったとか」
「ブリギッテ様もそんな偽物が現れてお気の毒に」

 社交界ではほとんどのことが知られていると思って間違いがない。
 どんなに隠したとしても、ブリギッテ様の醜聞は隠せていないのだ。

 顔を赤くしたブリギッテ様が周囲を見渡すと噂話は途切れるのだが、わたくしはこれで終わりにするつもりは全くなかった。
 まずはハインリヒ殿下とノルベルト殿下にご挨拶をする。

「本日はお招きいただきありがとうございます。ハインリヒ殿下、皇太子になられるとのこと、本当におめでとうございます。ノルベルト殿下も成人の暁には大公になられるとのこと。おめでとうございます」
「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、お誕生日おめでとうございます!」

 わたくしとクリスタちゃんでご挨拶をすると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が胸に手を当てて一礼する。

「お祝いの言葉をありがとうございます。兄ともよく話し合いましたが、兄が私を支えてくれるとのことで、父からの皇太子の話お受けしました。ディッペル公爵家にはこれからも王家をよろしくお願いいたします」
「お二人ともありがとうございます。弟を支える立派な大公となれるように努力していきたいと思います。弟の教育も力を入れていきたいと思っております」

 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、皇太子位を巡ってハインリヒ殿下派とノルベルト殿下派が激しく争い、ハインリヒ殿下は自分が皇太子になったことをよしとせず廃嫡になるようにふるまうのだが、そんな気配は全くない。
 ハインリヒ殿下は皇太子になることを受け止めていて、ノルベルト殿下はそんなハインリヒ殿下を支えていくことを誓っている。
 二人の間で揉め事が起こる気配は今のところなかった。

 これで油断してはいけない。
 これからハインリヒ殿下によからぬことを耳打ちする輩が現れないとも限らないのだし、ノルベルト殿下も同じだ。
 だが、とりあえずは運命は変わったように思えた。

 では、改めてバーデン家の断罪に入ろう。

 わたくしと両親が国王陛下の元に行けば、国王陛下は声を上げた。

「バーデン公爵家のものよ、前にでよ」
「国王陛下、なんでございましょう?」
「わたくしたちに何か?」

 呼ばれてブリギッテ様と両親が前に出て来る。ひとの波が割れて、ブリギッテ様と両親は国王陛下の前で周囲をひとに囲まれながら膝をつく。

「ディッペル公爵、発言を許す」
「ありがとうございます、国王陛下。バーデン家を騙る賊の行方を追っていたものが、バーデン家が最近馬車を新調したことを突き止めました。古い馬車は業者に引き取られていましたが、我が家の騎士がもぎ取った取っ手を合わせてみたら、ぴったりと合いました」
「ディッペル公爵家の罠です! わたくしたちは罠にはめられているのです!」
「静かにせよ、バーデン公爵」

 必死にバーデン公爵が言い訳をするが、それを許さないように国王陛下が遮る。
 父は続けて発言する。

「シュトレーゼマン子爵がノメンゼン子爵の屋敷を片付けているときに、隠した机の引き出しからこの手紙を見つけ出しました。バーデン公爵と元ノメンゼン子爵のやり取りがここから分かります」
「そんなもの、捏造したに決まっている!」
「バーデン公爵は静粛に。手紙の中身を確認させてもらおう」

 父が国王陛下に手紙の束を渡す。
 国王陛下は手紙を読んでいたが、その表情が険しいものになってくる。

「バーデン公爵家は元ノメンゼン子爵と共謀して、クリスタ嬢をノメンゼン子爵家から追い出して、バーデン家で教育しようとしていたようだな。その上、ハインリヒとクリスタ嬢を婚約させた暁には、ノメンゼン子爵家を伯爵家に陞爵させるという約束までしている。バーデン家にそんな権力はない。これは王家の乗っ取りを企む手紙と見て間違いないな」
「元ノメンゼン子爵は犯罪者ですよ! そんなものの持っていたものを信じるのですか? 捏造に決まっています」

 必死に言うバーデン公爵だが、国王陛下に睨まれて口を閉じる。
 更に父は畳みかけていく。

「ディッペル公爵家に送られたバーデン公爵家の手紙とその手紙のサインを照合しました。同じものといって問題ないでしょう」
「これで言い逃れはできなくなったな」
「それだけではありません。バーデン公爵家を調べれば分かります。バーデン公爵家にはクリスタを迎え入れるときのための部屋が用意されていました。これも手紙の内容と一致します」
「ディッペル公爵家にクリスタ嬢が引き取られた後で、元ノメンゼン子爵からバーデン家にクリスタ嬢の養育を求めたいという書状が来ていた。そのこともこの話と一致するな」

 もうバーデン家に逃げ場はない。
 バーデン家がクリスタちゃんを使って王家の乗っ取りを考えていたことは白日に晒されてしまった。

「わたくしではない、偽物だと言ったのはディッペル公爵家ではありませんか! ディッペル公爵家が全てを諮ったのです!」

 ヒステリックに叫ぶブリギッテ嬢にわたくしは静かに告げる。

「あのような不作法なことをするのは偽物と言われても仕方がないのですよ。言い逃れはできません。バーデン公爵家は国王陛下の沙汰を受け入れるのです」
「卑怯者! ディッペル公爵家こそが、クリスタ嬢を使って王家に取り入ろうとしていたに違いないのです!」
「どこにそんな証拠がありますか?」
「バーデン家にクリスタ嬢を渡そうとしなかったのは絶対に何か企みがあってのことです!」

 とんだ濡れ衣をかけられているディッペル家だが、母が閉じていた口を開いた。

「クリスタはわたくしの妹の娘。引き取ることになんの疑問がありましょうか。何より、虐待されている子どもを保護するのは大人の務めです。自分の家が企みを持っているからと言って一緒にして欲しくないものです」

 母にしてはものすごく冷えた声で、わたくしも震えてしまう。そばにいるクリスタちゃんは何が起きているのか分からないが、バーデン家が追い詰められていることだけは分かったようだ。

「わたくしは自分の意思でディッペル家に残ったのです。ブリギッテ様がどれだけ誘おうとも、わたくしはバーデン家になど行っていません。わたくしを不作法な娘に育てようとしても無駄なのです!」

 胸を張って宣言するクリスタちゃんにブリギッテ様が、自分が不作法だと言われていることに気付いて歯ぎしりをしている。バキッという音が聞こえたから、奥歯が砕けたのかもしれない。

「バーデン家は取り潰しとする。バーデン家の後には、分家を伯爵家として取り立てることとする。バーデン家の者たちは、王家を乗っ取ろうとした罪で幽閉とする!」

 国王陛下の沙汰が下った。
 バーデン家はもう公爵家ではない。
 公爵家にはバーデン家の分家がなることが決まったのだ。
 バーデン家の両親とブリギッテ様は幽閉されることになった。

「お姉様、わたくし、もうバーデン家に苛められないのですか?」
「わたくしの可愛い妹を苛めるとこうなることを誰もが知ったでしょう。もう大丈夫ですよ」

 抱き付いてきたクリスタちゃんを抱き締めてわたくしはその髪を撫でた。

 バーデン家の両親とブリギッテ様が引っ立てられていった後で、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がわたくしとクリスタちゃんのところに来た。

「バーデン家があのようなことを考えていたなど……」
「さすがは皇太子殿下です。バーデン家の企みに気付き、ディッペル家に調べるように命じるとは」
「へ?」
「あ、あぁ、ハインリヒ、よくやりました。さすがは皇太子です」

 このことは全て皇太子であるハインリヒ殿下が気付いてディッペル家にやらせたことにする。そうすればハインリヒ殿下が皇太子になったことに不満を持つ輩も黙らせることができるのではないか。
 わたくしの企みにすぐに気付いてくれて、ノルベルト殿下が言葉を添えてくれる。

「すごいですわ、ハインリヒ殿下」
「え? えっと? はい?」
「そうであったのか、ハインリヒ。やはりそなたには皇太子の資格がある」
「ありがとうございます、父上」

 何が起きているのか理解できていない様子だが、国王陛下からお褒めの言葉をいただいてハインリヒ殿下が深く頭を下げている。

「ハインリヒ殿下はクリスタのために尽力してくださったのです」
「本当にありがとうございます、ハインリヒ殿下」

 両親もわたくしに合わせてくれて、ハインリヒ殿下がバーデン家の企みに気付いたことにしてくれている。
 これでハインリヒ殿下の地位も盤石となったことだろう。

 バーデン家の断罪も終わり、お茶会には和やかな空気が戻って来ていた。
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