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三章 バーデン家の企みを暴く

4.エクムント様の恋する条件

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 それにしてもエクムント様はなんでこんなに素敵なのだろう。
 六歳と七歳のクリスタちゃんとわたくしの疑問にも答えてくれて、何があろうとも絶対に馬鹿にしたり、わたくしとクリスタちゃんが幼いことを理由に言葉を濁したりしない。
 わたくしとクリスタちゃんのためならば、格上のバーデン家のブリギッテ様にも盾突こうとしてくださる。

 エクムント様とわたくしはもっと話をしたかった。

「休憩時間なのにお邪魔じゃないですか?」
「今日の仕事はもう終わっているので、休憩を取ったら部屋に帰るだけです。エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様とお話をするのは楽しいですよ」

 わたくしとクリスタちゃんが主人の娘であることを覗いても、エクムント様の態度は常に優しくて紳士的だ。その理由をわたくしは聞いてみたかった。

「エクムントはわたくしやクリスタが何を聞いてもしっかりと答えてくれるのはどうしてですか? 大人の中には、わたくしたちが小さいからといって、答えてくれない方もいます」
「この家にお仕えすることになったときに……いいえ、もっと前からですね。士官学校に行き始めて、エリザベートお嬢様が生まれて、キルヒマン侯爵家に来た頃から、奥様に言われていたのです」
「何を言われていたのですか?」
「子どもは何でも知りたがるものですが、それに答えないと子どもとの信頼関係が築けません。例え意味が分からないとしても、真摯に大人に答えてもらった記憶が積み重なると子どもは大人を信頼するようになります。その信頼関係を築くためにも、エリザベートお嬢様が私に何か聞いたときには真摯に答えてくださいと言われました」

 母はエクムント様にそんなことを言っていたのか。
 そのおかげでエクムント様はわたくしの小さな疑問にも全力で答えてくださる。

「私は末っ子で子どもとの接し方など分からなかったのです。奥様の教えがエリザベートお嬢様と接する指針になりました」
「そうだったのですね」

 おかげでわたくしは両親を信頼しているし、エクムント様も信頼している。デボラもマルレーンも信じて身の回りのことをお願いできているし、信頼があるおかげでわたくしは暮らしやすくなっているのは間違いなかった。

「わたくし、色んなことをエクムント様に聞いていい?」
「私で答えられることなら答えますよ。クリスタお嬢様が何を疑問に思っているのか、教えてください」
「エクムント様は、どんな女性が好きですか?」

 クリスタちゃんの言葉にわたくしの方が焦ってしまう。
 これではわたくしがエクムント様のことを好きだとバレてしまうのではないだろうか。
 内心焦るわたくしに気付かず、エクムント様は眉を下げて困った表情になった。

「私は、女性を選べる立場ではありません」
「選べる立場ではないってどういうこと?」
「私が辺境伯家に養子に行けば、その結婚は辺境伯家と他家を結ぶ重要なものです。私が好きになる相手は、結婚する相手だとお答えしておきましょう」

 これが貴族として当然の返事なのだ。
 身分が近いもの同士だったら貴族でも選択権があるが、そうでなければ貴族の結婚に選択権などない。特にエクムント様は辺境伯が決めた相手と結婚するのだろうから、好きになる相手というのが存在してはならないのだ。
 好きとか嫌いとか、そんな甘い感情で貴族の結婚は成立しないのだ。

 分かってはいたがわたくしは胸の痛みを覚える。
 わたくしがエクムント様の好きな相手になるには、辺境伯家の養子になったエクムント様と婚約して、結婚するしかないのだ。
 エクムント様は恋愛をするつもりがないようなので、婚約をする以外にエクムント様に好きになってもらう方法がない。

 一刻も早く弟か妹が生まれて欲しいのだが、それはまだ先のことになるだろうし、エクムント様は四年後には辺境伯家に行ってしまう。その頃にはエクムント様は二十二歳で結婚適齢期なので、すぐに縁談が持ち込まれるだろう。

 わたくしにできることは何なのか。
 真剣に考えなければいけない時期は近かった。

 騎士たちの休憩室から出てわたくしとクリスタちゃんは部屋に戻り、エクムント様も自分の部屋に戻る。
 部屋に戻るとクリスタちゃんはわたくしの部屋に来ていた。

「お姉様、わたくしのお名前、呼んでください」
「クリスタちゃん」
「なんて可愛い呼び方なんでしょう。わたくし、世界中にお姉様がわたくしのことを『クリスタちゃん』って呼んでくれているのを自慢したいわ」
「それはやめてください。この呼び方は平民の呼び方ですからね。わたくしとクリスタちゃん、二人だけの秘密です」
「二人だけの秘密! わたくし、絶対に誰にも言わない! ハインリヒ殿下にも内緒にするわ」

 両手を握り締めて目を輝かせているクリスタ嬢に、わたくしは笑ってしまった。

「二人で何の話をしているのですか? 楽しそうな声が廊下まで聞こえましたよ」
「お母様、お行儀が悪くてごめんなさい」
「お母様、内緒なの!」
「わたくしにも内緒なのですか?」
「ごめんなさい。お姉様とお約束したの」

 クリスタちゃんはしっかりとわたくしとの約束を守ってくれているようだった。

「お母様、お聞きしたいことがあったの。わたくし、エクムント様を『エクムント』と呼び捨てにしなければいけない?」

 これまではエクムント様のことはクリスタちゃんの方が子爵家令嬢で身分が低かったので様付けを許されていたが、今はクリスタちゃんは公爵家令嬢だ。エクムント様にとっては主人の娘となるので、様付けはおかしいかもしれない。
 クリスタちゃんの真剣な問いかけに、母も考えている。

「これまでエクムント様と呼んでいたのを変えるのは大変かもしれませんが、エクムントは公爵家に仕える騎士。主人の娘が様付けで呼んでいてはおかしいかもしれませんね」
「そうなのね……」
「エリザベートもクリスタのことは、クリスタ嬢ではなく、クリスタと呼ぶようにしたのでしょう?」
「は、はい」

 わたくしはちらりとクリスタちゃんの顔を見る。クリスタちゃんは何か言いたそうに口をもごもごさせているが、我慢できなくなったようで、ついに言ってしまった。

「お姉様、わたくしを、『クリスタちゃん』って呼んでくださるの!」
「クリスタ! それは二人だけのときでしょう!」
「あーん、言いたかったんですものー! お母様に内緒なんてできないわー!」

 六歳の内緒はこんなにも脆く弱いものだった。
 それもクリスタちゃんが幼いので仕方がないだろう。

 怒られるのを覚悟してわたくしは母に頭を下げる。

「ごめんなさい! わたくし、どうしてもクリスタちゃんのことを呼び捨てにできなくて。二人きりのときはクリスタちゃんって呼ぼうって決めたんです。お母様、怒っていますか?」

 わたくしの問いかけに母は笑っていた。

「クリスタちゃんだなんて、平民のような呼び方ではないですか。公の場では絶対にいけませんよ?」
「はい、ごめんなさい」
「二人きりのときにエリザベートがクリスタをどう呼んでいるかは、わたくしには分かりません。普段から呼んでいた方がいざというときに出にくいのでいいとは思うのですが、今回のことはわたくしは聞かなかったことにしましょう。エリザベートとクリスタの二人でよく話し合って決めてください」

 クリスタちゃんと呼んでいたことがバレてしまって母に怒られるかと思ったが、母は寛容に聞かなかったことにしてくれた。
 本当ならば呼び方を変えた方がいいのだが、クリスタちゃんが喜んでいるし、普段からわたくしはクリスタちゃんを呼び捨てにするなんてできない。今度こそ絶対に内緒で、二人きりのときだけはクリスタちゃんと呼ぶことにしよう。

「クリスタ、口が軽すぎますわ」
「ごめんなさい、お姉様。わたくし、お母様に内緒なんてできなかったの」
「気持ちは分かりますが」

 クリスタちゃんにとっては母は本当の母親のような気持ちなのだろう。生まれたときに母親を亡くしているクリスタちゃんは母親というものを知らない。ディッペル家に引き取られて可愛がってくれたわたくしの母が、クリスタちゃんが養子になったことによって本当の母になったのが嬉しくて堪らない気持ちは分からないでもなかった。

 それだけクリスタちゃんも母を信頼しているということだろう。

「今度こそ、絶対に内緒ですからね?」
「はい、お姉様!」

 元気にお返事をするクリスタちゃんをどこまで信じていいのか、わたくしには分からなかった。
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