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一章 クリスタ嬢との出会い

26.ポニーに乗る

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 列車は三十分くらいで目的の駅に到着した。
 クリスタ嬢を起こして、母が立たせると、クリスタ嬢はわたくしと手を繋いで列車を降りた。列車を降りるときには大きな段があったが、それも華麗に飛び降りるクリスタ嬢に、お行儀が悪いと言えずに、わたくしはそっと足を伸ばして段を降りた。

 荷物は全部エクムント様が持ってくださっている。
 馬車に荷物を積んで、牧場までの道を行く。
 牧場までは数分だった。

 牧場に着くと父が牧場主に挨拶をしている。

「娘たちをポニーに乗せてあげたいんだ。気に入ったポニーがいたら買い取りたいとも思っている」
「いらっしゃいませ、公爵様。一番気性の大人しいポニーに鞍を着けて用意しましょう」
「妻も久しぶりに乗馬をしたいと言っているから、着替える場所を貸してくれないか。それにサラブレッドの用意も頼む」
「心得ました」

 牧場主に案内されてわたくしとクリスタ嬢と母は着替えるための部屋に案内された。トランクの中から乗馬服とヘルメットを取り出して、わたくしは何とか自分で全部の金具を止められたのだが、クリスタ嬢は上着の金具も、ブーツの金具も四苦八苦している。

「クリスタ嬢、お手伝いしましょうね」
「ありがとうございます、おばうえ。わたくし、いつつなのにできなくてごめんなさい」
「謝らなくていいのですよ。まだクリスタ嬢は小さいのですからね」

 クリスタ嬢の前に膝をついて母は優しく着替えをさせてくれていた。
 乗馬服は上着が白くズボンが黒いスタンダードなものだったが、クリスタ嬢には袖に薄ピンクのフリルが付けられていて、わたくしの乗馬服には袖に薄い空色のフリルが付けられていた。
 ヘルメットは上着に合わせて白く塗ってある。
 髪の毛を一つに括って、ヘルメットの留め具を顎の下で留めてしっかりと固定すると、わたくしとクリスタ嬢は牧場に出た。母は特別なスカートの乗馬服で牧場に出ていた。

 初めに母が馬に乗った。
 脚の長いサラブレッドを乗りこなし、軽々と牧場の中を走らせる母に見惚れてしまう。
 あんな風にわたくしも乗馬ができるようになりたいと尊敬した。

 続いてわたくしがポニーに乗せてもらった。
 貸し出されたのは茶色に前足が白くて、靴下をはいたようになっているポニーで、鬣も尻尾の毛もとても長かった。
 大人しいポニーだと聞いているが、乗っても全然動こうとしない。どうすればポニーを動かすことができるのかわたくしが考えていると、エクムント様が手綱を持ってくれた。

「牧場を一周回りましょう」
「はい、お願いします」

 エクムント様が手綱を引くとポニーは大人しく歩き出す。わたくしの身長よりも体高の高いポニーなので、乗っていると緊張で手に汗が滲んでくる。はっきり言ってポニーに乗るのは少し怖かった。
 牧場を一周する間にエクムント様はわたくしにポニーに乗るコツを教えてくれた。

「馬はとても賢い生き物です。乗っている相手が怖がっていると悟ると、言うことを聞きません。人間にするように話しかけて、親睦を深めるとよいですよ」
「分かりました」

 一周回って帰って来てから、わたくしはポニーの長い鬣を撫でながら話しかけた。

「わたくしはエリザベート・ディッペルです。わたくしを乗せて歩いてくれませんか?」

 語り掛けるとゆっくりとポニーが歩き出す。手綱をしっかりと持って、姿勢を保っているのに必死だったが、ポニーを一人で歩かせることができたことにわたくしは喜んでいた。

 牧場を一回りして戻ってくると、次はクリスタ嬢の順番になった。クリスタ嬢はまだ危ないのでエクムント様がずっと手綱を握って歩いてくれるようだ。

「おねえさま、わたくし、うまにのってるわ。おねえさま、みてる?」
「見ていますよ。とても素敵です」
「たのしい! エクムントさま、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」

 手綱を引いてエクムント様は牧場を二周して戻って来た。

「とてもやさしいおうまさんだったの」
「このポニーはわたくしでも乗れそうですね」
「わたくし、このこがきにいったの」
「わたくしも気に入りました」

 このポニーを公爵家で飼うことができたら、わたくしとクリスタ嬢は乗馬の練習もできるようになるかもしれない。遠くまで行かなくても、公爵家の近くの牧場で乗ればいい。

「このポニーが二人とも気に入ったようだね」
「はい、とても」
「かわいいおうまさんなの」

 わたくしとクリスタ嬢の意向を汲んで、父は牧場主と交渉してそのポニーを買ってくれることになった。

「三歳の雌のポニーだそうだ。名前は二人で考えなさい」

 靴下をはいたように前足が白い茶色のポニーは公爵家のものになった。
 着替えをしてわたくしとクリスタ嬢と父と母は牧場で昼食を食べる。持たされたバスケットの中には、大量のサンドイッチが入っていた。

「エクムントも一緒にどうぞ」
「仕事中ですから」
「食事をしないと体がもたないよ。食べなさい」
「それでは、失礼します」

 牧場を見下ろす丘の上に敷物を敷いて座って、わたくしとクリスタ嬢と父と母とエクムント様でサンドイッチを食べる。クリスタ嬢は口いっぱいに頬張って、母に水筒のお茶を飲ませてもらっていた。

 帰りの列車の中ではわたくしも眠ってしまった。クリスタ嬢もぐっすりと眠っていた。列車の揺れが眠気を誘うのだ。
 公爵家のお屋敷についたのはお茶の時間を少し過ぎたくらいだった。
 小旅行が終わってわたくしもクリスタ嬢も体がぎしぎしと痛んでいた。

「お母様、体がおかしいです」
「あしとせなかがいたいの」

 わたくしとクリスタ嬢が母に訴えると、母は笑っている。

「筋肉痛ですね」
「筋肉痛?」
「きんにくつうってなぁに?」
「普段使わない筋肉を使うと、筋肉が痛むのですよ。乗馬は姿勢を保つだけでかなりの筋肉を使いますからね」

 どうやらわたくしは筋肉痛になってしまったようだ。クリスタ嬢も動きがぎこちなくて体が痛いのが伝わってくる。

「筋肉痛はいつ治りますか?」
「若いと筋肉痛が来るのも早くて、治るのも早いですから、明日か明後日には治っていると思いますよ」
「あしたか、あさって……はやくなおるといいな」

 お茶の時間に椅子に座っているのもお尻が痛いのは、筋肉痛のせいに違いなかった。

 お茶をしていると、父が紅茶とケーキを食べながら話してくれる。

「エリザベートの祖父母に当たる、私の両親の話、列車の中では話していいものか考えてしまって答えていなかったね」

 そういえば母の両親の話は聞いたけれど、父の両親の話は聞いていなかった。
 わたくしが姿勢を正すと父は少し悲しげな眼で過去を振り返るように遠くを見た。

「私の両親は政略結婚だったけれど、私とテレーゼのように愛を育めずに、冷めた夫婦だったんだ。子どもも跡継ぎの私が生まれたらそれでよかったようで、私以外の弟妹は作らなかった」

 貴族としては政略結婚をするのは当然のことで、家のために結婚をした相手と愛を育めるのはごくまれなことだ。わたくしは自分の両親が仲睦まじかったし、前世では両親も恋愛結婚だったので、そんな常識を忘れかけていたのだ。

「私が学園を卒業して結婚して、エリザベートが生まれたら、両親は公爵位を私に譲って、今はそれぞれ別々に暮らしているよ。本来なら別の相手と結婚したかったのかもしれないけれど、それは私にも分からない」
「お父様、悲しいことを聞いてごめんなさい」
「私は悲しくないよ。私にはテレーゼもエリザベートも、クリスタ嬢もいるのだからね。でも、幼いエリザベートに貴族社会の厳しさを伝えていいものか考えて、すぐには話せなかったんだ」

 政略結婚で愛を育めるのはごくまれで、わたくしも家のために政略結婚をすればその相手を愛せるかどうかは分からない。わたくしはエクムント様が好きなのだが、エクムント様と結ばれる道があるのかどうかも分からない。

 今回の旅で知ったことは母がシュレーゼマン子爵家の出身で、母の兄には三人の子どもがいるということだった。

 もしもローザ嬢がノメンゼン子爵家を継げなくなれば、シュレーゼマン子爵家から養子を出して、ノメンゼン子爵家を継がせて、クリスタ嬢は公爵家の養子に入って皇太子であるハインリヒ殿下と結婚することができるのではないだろうか。

 わたくしの中で小さな企みが生まれていた。
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