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一章 クリスタ嬢との出会い
25.列車の旅
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列車に乗って牧場へ行く日、わたくしとクリスタ嬢はトランクに乗馬服とヘルメットを入れてマルレーンとデボラに準備してもらった。
今回の小旅行はマルレーンとデボラはついてこない。
わたくしとクリスタ嬢と父と母で行くのだ。
「気に入ったポニーがいたら教えてくださいね」
「牧場主と交渉するからね」
父と母はポニーを飼うのに積極的で、わたくしはまだ見ぬ自分たちのものになるポニーに胸を躍らせていた。
クリスタ嬢はポニーに興味津々である。
「おねえさま、ポニーってうまでしょう? こうしゃくけでかっているうまと、どうちがうの?」
「ポニーは肩までの高さが成人女性よりも小さいくらいの小柄な馬なのです」
「わたくし、ポニーにのれる?」
「練習すれば乗れると思います」
わたくしとクリスタ嬢と父と母だけで行くのかと思っていたが、父はエクムント様に声をかけていた。
「エクムントは乗馬の腕も素晴らしいと聞いている。今回の旅に同行してくれないか?」
「喜んで参ります」
「公爵ともなると護衛なしに動くわけにはいきませんからね」
エクムント様は今回の小旅行で護衛兼馬術指南役として来てくれるようだ。
エクムント様も一緒に列車に乗るとなるとわたくしは浮き立つような気分になる。
「おねえさま、よかったわね」
「エクムント様がご一緒で嬉しいわ。あ、いけない、エクムントだった」
本人を前にしてしまうと、心の中だけで付けている「様」がつい出てしまう。両親には聞こえなかったのか、わたくしは咎められることはなかった。
荷物を馬車に積み込むのも、昼食のバスケットを持つのもエクムント様の役目だ。わたくしもお手伝いしたいのだが、エクムント様の仕事を奪ってしまうことになるのでぐっと我慢する。
馬車に乗って数分で駅までたどり着いた。
駅には立派な黒い艶光りする列車が止まっている。煙突の付いた蒸気機関車だ。
わたくしたちは個室席に座ることになった。
個室席は大人六人用なので、たっぷりと広く使える。わたくしのお膝の上に座ろうとするクリスタ嬢を、素早く母が自分の膝の上に乗せていた。
向かい合わせの席で、進行方向と逆の席の窓際に母がクリスタ嬢を膝に乗せて座って、わたくしは進行方向に合わせて窓際に座らせてもらう。窓から外を見ようとすると、座高が足りなくてわたくしは必死に背筋を伸ばして背伸びをするような格好になってしまう。
「エリザベート、お膝においで」
「いいのですか、お父様?」
「せっかく列車に乗るんだ。外が見たいだろう?」
父の膝の上に乗せてもらって、わたくしは窓の外を見た。
季節は春で外には野の花が咲き乱れている。遠く見えるのは麦畑だろうか。植えたばかりの麦の葉が青々と茂っている。
「おねえさまもおじうえのおひざ、わたくしはおばうえのおひざ。いっしょね」
「もう大きいから恥ずかしいのですが」
「もうおおきいの!? わたくしもいつつになったから、おひざはもうダメ?」
六歳のわたくしと五歳のクリスタ嬢はあまり変わらない気持ちなのだろう。わたくしがお膝に乗るのを恥ずかしがっているとクリスタ嬢も自分は乗っていてはいけないのではないかとそわそわしだす。
「エリザベートが嫌でなければ、ずっとお膝に乗っていていいんだよ」
「まだエリザベートも六歳、クリスタ嬢も五歳ですもの。お膝に座っていけない年齢ではありませんわ」
両親がそう言ってくれるのにわたくしは甘えることにした。
「エクムント、席が余っているので座りなさい」
「ですが、私は護衛の騎士です」
「エクムントは列車に乗ったことがあるのかな?」
「はい、士官学校に行くときに乗っていました」
士官学校は王都にあって、士官学校に進学する生徒は王都の寄宿舎で生活する。長期休みには寄宿舎から帰って来て、エクムント様はわたくしを抱っこして庭を散歩してくれていた。
十七歳のエクムント様が三男なので、キルヒマン侯爵夫妻はわたくしの両親よりも祖父母に近い年齢に当たる。祖父母というとものすごく年が離れている気がするのだが、この世界では十八歳前後で結婚するのが普通なので、わたくしの祖父母も四十歳程度の年齢になる。
「お父様、お母様、わたくしお祖父様とお祖母様に会ったことがありません。お二人はどこに住んでいるのですか?」
わたくしが問いかけると父と母は顔を見合わせる。
「あなたの祖父母に当たるシュレーゼマン子爵夫妻は、わたくしが小さい頃に亡くなりました。今は兄がシュレーゼマン子爵家を継いでいます」
「お母様にはお兄様がいらっしゃったのね」
母の両親は母が小さな頃に亡くなってしまっていた。
「馬車で出かけて行って、馬車ごと崖から落ちて行方不明になったのです。兄が成人するまでは叔父が後見人になってくれていましたが、兄が成人してからは兄がシュレーゼマン子爵になっています」
「お母様のお兄様のところにも、わたくしの従兄弟がいるのですか?」
「兄には長女、次女、長男と三人の子どもがいますよ。今回の宿泊式のパーティーには奥様の体調が悪くて参加できなかったのですが、そのうちにエリザベートも会えるでしょう」
母がそんな幼少期を過ごしていたとはわたくしは全く知らなかった。
母に兄がいたのも初耳だ。母はシュレーゼマン子爵令嬢だったのが、侯爵家に養子に行って父と結婚している。
「お母様を養子にしてくださった侯爵はどなたなのですか?」
「キルヒマン侯爵夫妻ですよ。わたくしは『お義母様』、『お義父様』とお呼びしようとしていたのですが、お二人からそのように呼ばなくていい、本当の両親のことを忘れなくていいと言われたので、お言葉に甘えているのです」
母はキルヒマン侯爵家からディッペル公爵家に嫁いできていた。
それならばエクムント様の行き先について年若き父が相談されたのも理由が分かる。キルヒマン侯爵家とディッペル公爵家は非常に近しい間柄だったのだ。
「それならば、エクムントはお母様の義理の弟にあたるのですね」
「そうですね。義理の弟と主従関係にあるというのは不思議なものですが、エクムントは騎士になることを望んでおりましたので」
エクムント様は何を考え、士官学校に進み、騎士になったのだろう。
わたくしは聞いてみたい気もしたが、両親がいる場所でエクムント様に親し気に話しかけるのも憚られた。
わたくしと母が話している間、クリスタ嬢は話題に興味がなかったようで、窓に張り付いてずっと外を見ていた。
列車が動き出すと、クリスタ嬢が弾かれたようにわたくしの顔を見詰める。
「れっしゃがうごきだしたわ! おねえさま、はやい!」
「結構揺れますね。でもこんなに早い乗り物に乗ったのは初めてです」
がたごとと揺れる列車に乗りながら、窓の外の流れていく景色を眺めていると、クリスタ嬢は眠そうに目を擦っている。
「クリスタ嬢、眠いのですか?」
「きのう、わくわくしてあまりねむれなかったの」
「お母様、どうしましょう?」
わたくしが母に助けを求めると、母はクリスタ嬢を抱き締めてにっこりと微笑んだ。
「眠っても大丈夫ですよ。しっかりと抱き締めて落としませんから」
「せっかくれっしゃにのれたのに、ねむりたくなぁい!」
「今日はまだ始まったばかり。ポニーに乗るときに眠くなるより、列車の中で少し寝て行った方がいいかもしれませんよ」
「ポニーにのるときもねむりたくないし、れっしゃでもねむりたくない」
眠くて駄々を捏ねるように言っているクリスタ嬢にわたくしは手を伸ばしてしっかりと手を握る。
「二人でポニーに乗るのですよ。そのために少し体を休めておいた方がいいですよ」
「おねえさまがそういうのなら」
大きな欠伸を一つしてクリスタ嬢は目を閉じた。少しするとクリスタ嬢は健やかな寝息を立てて眠っていた。わたくしはクリスタ嬢と手を繋いだまま、窓の外の景色を見ていた。
今回の小旅行はマルレーンとデボラはついてこない。
わたくしとクリスタ嬢と父と母で行くのだ。
「気に入ったポニーがいたら教えてくださいね」
「牧場主と交渉するからね」
父と母はポニーを飼うのに積極的で、わたくしはまだ見ぬ自分たちのものになるポニーに胸を躍らせていた。
クリスタ嬢はポニーに興味津々である。
「おねえさま、ポニーってうまでしょう? こうしゃくけでかっているうまと、どうちがうの?」
「ポニーは肩までの高さが成人女性よりも小さいくらいの小柄な馬なのです」
「わたくし、ポニーにのれる?」
「練習すれば乗れると思います」
わたくしとクリスタ嬢と父と母だけで行くのかと思っていたが、父はエクムント様に声をかけていた。
「エクムントは乗馬の腕も素晴らしいと聞いている。今回の旅に同行してくれないか?」
「喜んで参ります」
「公爵ともなると護衛なしに動くわけにはいきませんからね」
エクムント様は今回の小旅行で護衛兼馬術指南役として来てくれるようだ。
エクムント様も一緒に列車に乗るとなるとわたくしは浮き立つような気分になる。
「おねえさま、よかったわね」
「エクムント様がご一緒で嬉しいわ。あ、いけない、エクムントだった」
本人を前にしてしまうと、心の中だけで付けている「様」がつい出てしまう。両親には聞こえなかったのか、わたくしは咎められることはなかった。
荷物を馬車に積み込むのも、昼食のバスケットを持つのもエクムント様の役目だ。わたくしもお手伝いしたいのだが、エクムント様の仕事を奪ってしまうことになるのでぐっと我慢する。
馬車に乗って数分で駅までたどり着いた。
駅には立派な黒い艶光りする列車が止まっている。煙突の付いた蒸気機関車だ。
わたくしたちは個室席に座ることになった。
個室席は大人六人用なので、たっぷりと広く使える。わたくしのお膝の上に座ろうとするクリスタ嬢を、素早く母が自分の膝の上に乗せていた。
向かい合わせの席で、進行方向と逆の席の窓際に母がクリスタ嬢を膝に乗せて座って、わたくしは進行方向に合わせて窓際に座らせてもらう。窓から外を見ようとすると、座高が足りなくてわたくしは必死に背筋を伸ばして背伸びをするような格好になってしまう。
「エリザベート、お膝においで」
「いいのですか、お父様?」
「せっかく列車に乗るんだ。外が見たいだろう?」
父の膝の上に乗せてもらって、わたくしは窓の外を見た。
季節は春で外には野の花が咲き乱れている。遠く見えるのは麦畑だろうか。植えたばかりの麦の葉が青々と茂っている。
「おねえさまもおじうえのおひざ、わたくしはおばうえのおひざ。いっしょね」
「もう大きいから恥ずかしいのですが」
「もうおおきいの!? わたくしもいつつになったから、おひざはもうダメ?」
六歳のわたくしと五歳のクリスタ嬢はあまり変わらない気持ちなのだろう。わたくしがお膝に乗るのを恥ずかしがっているとクリスタ嬢も自分は乗っていてはいけないのではないかとそわそわしだす。
「エリザベートが嫌でなければ、ずっとお膝に乗っていていいんだよ」
「まだエリザベートも六歳、クリスタ嬢も五歳ですもの。お膝に座っていけない年齢ではありませんわ」
両親がそう言ってくれるのにわたくしは甘えることにした。
「エクムント、席が余っているので座りなさい」
「ですが、私は護衛の騎士です」
「エクムントは列車に乗ったことがあるのかな?」
「はい、士官学校に行くときに乗っていました」
士官学校は王都にあって、士官学校に進学する生徒は王都の寄宿舎で生活する。長期休みには寄宿舎から帰って来て、エクムント様はわたくしを抱っこして庭を散歩してくれていた。
十七歳のエクムント様が三男なので、キルヒマン侯爵夫妻はわたくしの両親よりも祖父母に近い年齢に当たる。祖父母というとものすごく年が離れている気がするのだが、この世界では十八歳前後で結婚するのが普通なので、わたくしの祖父母も四十歳程度の年齢になる。
「お父様、お母様、わたくしお祖父様とお祖母様に会ったことがありません。お二人はどこに住んでいるのですか?」
わたくしが問いかけると父と母は顔を見合わせる。
「あなたの祖父母に当たるシュレーゼマン子爵夫妻は、わたくしが小さい頃に亡くなりました。今は兄がシュレーゼマン子爵家を継いでいます」
「お母様にはお兄様がいらっしゃったのね」
母の両親は母が小さな頃に亡くなってしまっていた。
「馬車で出かけて行って、馬車ごと崖から落ちて行方不明になったのです。兄が成人するまでは叔父が後見人になってくれていましたが、兄が成人してからは兄がシュレーゼマン子爵になっています」
「お母様のお兄様のところにも、わたくしの従兄弟がいるのですか?」
「兄には長女、次女、長男と三人の子どもがいますよ。今回の宿泊式のパーティーには奥様の体調が悪くて参加できなかったのですが、そのうちにエリザベートも会えるでしょう」
母がそんな幼少期を過ごしていたとはわたくしは全く知らなかった。
母に兄がいたのも初耳だ。母はシュレーゼマン子爵令嬢だったのが、侯爵家に養子に行って父と結婚している。
「お母様を養子にしてくださった侯爵はどなたなのですか?」
「キルヒマン侯爵夫妻ですよ。わたくしは『お義母様』、『お義父様』とお呼びしようとしていたのですが、お二人からそのように呼ばなくていい、本当の両親のことを忘れなくていいと言われたので、お言葉に甘えているのです」
母はキルヒマン侯爵家からディッペル公爵家に嫁いできていた。
それならばエクムント様の行き先について年若き父が相談されたのも理由が分かる。キルヒマン侯爵家とディッペル公爵家は非常に近しい間柄だったのだ。
「それならば、エクムントはお母様の義理の弟にあたるのですね」
「そうですね。義理の弟と主従関係にあるというのは不思議なものですが、エクムントは騎士になることを望んでおりましたので」
エクムント様は何を考え、士官学校に進み、騎士になったのだろう。
わたくしは聞いてみたい気もしたが、両親がいる場所でエクムント様に親し気に話しかけるのも憚られた。
わたくしと母が話している間、クリスタ嬢は話題に興味がなかったようで、窓に張り付いてずっと外を見ていた。
列車が動き出すと、クリスタ嬢が弾かれたようにわたくしの顔を見詰める。
「れっしゃがうごきだしたわ! おねえさま、はやい!」
「結構揺れますね。でもこんなに早い乗り物に乗ったのは初めてです」
がたごとと揺れる列車に乗りながら、窓の外の流れていく景色を眺めていると、クリスタ嬢は眠そうに目を擦っている。
「クリスタ嬢、眠いのですか?」
「きのう、わくわくしてあまりねむれなかったの」
「お母様、どうしましょう?」
わたくしが母に助けを求めると、母はクリスタ嬢を抱き締めてにっこりと微笑んだ。
「眠っても大丈夫ですよ。しっかりと抱き締めて落としませんから」
「せっかくれっしゃにのれたのに、ねむりたくなぁい!」
「今日はまだ始まったばかり。ポニーに乗るときに眠くなるより、列車の中で少し寝て行った方がいいかもしれませんよ」
「ポニーにのるときもねむりたくないし、れっしゃでもねむりたくない」
眠くて駄々を捏ねるように言っているクリスタ嬢にわたくしは手を伸ばしてしっかりと手を握る。
「二人でポニーに乗るのですよ。そのために少し体を休めておいた方がいいですよ」
「おねえさまがそういうのなら」
大きな欠伸を一つしてクリスタ嬢は目を閉じた。少しするとクリスタ嬢は健やかな寝息を立てて眠っていた。わたくしはクリスタ嬢と手を繋いだまま、窓の外の景色を見ていた。
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