エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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一章 クリスタ嬢との出会い

24.乗馬服とヘルメット

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 クリスタ嬢のお誕生日の夜に、寝る支度をしているとデボラとマルレーンがクリスタ嬢にお礼を言っていた。

「クリスタお嬢様から頂いたケーキ、夕食のときに食べさせていただきました」
「こんな美味しいケーキを食べたのは初めてです。ありがとうございました」
「とても美味しかったです。ありがとうございました」

 デボラもマルレーンもまだ若いメイドさんだ。マルレーンはわたくしが生まれたときに乳母のようにして雇われたメイドさんだが、その頃はまだ十代だったはずだ。今でもまだ二十代の前半くらいだろう。デボラは十代後半くらいで、エクムント様と年齢は変わらない。
 二人とも平民の出身で、公爵家で出される生のフルーツを使ったタルトなど食べたことがなかったに違いなかった。

「デボラ、マルレーン、いつもありがとう」
「クリスタお嬢様にお礼を言われるなんて」
「もったいないことに御座います」

 二人とも恐縮しているが、クリスタ嬢のしたことはデボラやマルレーンを労わる意味でとても素晴らしかったとわたくしも思っていた。

 翌日にはエクムント様がお礼を言いに部屋にやってきた。

「昨日公爵家に帰って来ましたら、クリスタお嬢様からと言われてケーキをいただきました。本当にありがとうございます」
「エクムントさまにおはなもらったの、うれしかったの。おれいよ」
「喜んでいただけて光栄です」

 朝からエクムント様の顔を見られるし、クリスタ嬢はお礼を言われているし、わたくしはいい気分で一日を始められた。
 朝食が終わるとリップマン先生の授業がある。
 わたくしはリップマン先生に聞きたいことがあった。

「列車や乗用車は、何年くらい前からこの国に入って来たのですか?」
「列車は二百年ほど前の鉱山で使われていた馬の引く輸送車両が始まりとされています。蒸気機関車になったのは、五十年ほど前ですね。それから、ここ数年で急激に進化しています」

 こういう歴史は前世では詳しくなかったが、この世界も前世と同じような発達を遂げていることが分かる。この国は前世においては産業革命を迎えたくらいの年代なのだろう。

「乗用車はどうですか?」
「乗用車も蒸気機関を用いた自動車として五十年ほど前からこの国で開発されていますよ。私用の乗用車を持っているのは王家くらいで、ほとんどが年を移動するバスに用いられていますね」

 乗用車はまだガソリン車が発明される前のようだった。蒸気機関のバスとはどんなものか、わたくしは興味があったが、乗ってみることは難しそうだ。列車には個室席が用意されているが、バスにはそのようなものがないので、貴族の移動には向かないのだ。

「エリザベート様は列車や自動車に興味がおありなのですね」
「クリスタ嬢のお誕生日にもらっていた本の中に、列車や自動車の図鑑がありました」
「リップマンせんせい、これよ」

 クリスタ嬢が差し出したのはわたくしが熱心に読んでいた図鑑だった。リップマン先生は図鑑を見て自動車や列車について説明してくれる。

「自動車や列車が普及したのも、蒸気機関が発明されてからですね。他国から入ってきたわけではありません」
「この国で開発されたのですか?」
「そうです。この技術を世界に広めているのは我が国ですよ」

 名前の響きからこの国はドイツをモデルにしたものだと思っていたが、経済の発達などはイギリスに近いような気がする。
 物語の中なのだから混ざっていてもおかしくはないと、わたくしはこの世界での正しい知識を手に入れようとしていた。

「リップマンせんせいはれっしゃにのったことがありますか?」
「わたくしは列車に乗ってこの公爵領までやってきました」
「それでは、リップマン先生は公爵領の方じゃなかったんですか?」
「わたくしは王都の出身です。王都の方が平民に教育が行き届いていて、家庭教師の質も高いということで、ディッペル公爵夫人がわたくしの面談に来ました」

 家庭教師の先生を探しに行ったときに、母は一日家を空けていたが、王都まで列車で行っていたのだ。それならば時間がかかったのも理由が分かる。
 それだけ優秀な家庭教師を探すために母は時間をかけてくれた。

「王都までは列車でどれくらいかかりますか?」
「列車ならば早いので一時間かかりませんね」

 馬車で王都の宮殿に行ったことがあるが、あのときは一時間では足りなかった気がする。二時間くらいかかったのではないだろうか。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は列車を使っているのかもしれないが、王家専用車両などもあるのだろうか。列車には個室席があって、そこには特別な切符を持った人物しか入れないことは、わたくしは図鑑を見て知っていた。

「駅まで馬車で行って、列車に乗って、駅から馬車で公爵家に来るので、合計一時間くらいではないでしょうか」
「れっしゃって、そんなにはやいの? わたくし、れっしゃにのれるかもしれないの」
「クリスタ様は列車で出かけるのですか?」
「わたくしとクリスタ嬢とお父様とお母様で、列車で牧場に行くのです。乗馬体験をして、ポニーを買ってもらうかもしれません」

 ポニーを買ってもらったら、クリスタ嬢と二人で乗馬の練習を頻繁にできるかもしれない。公爵家の近くにも牧場はあるが、ポニーは飼っていないので、両親はポニーを買うために遠くの牧場に行くようなのだ。

「乗馬は淑女の嗜みですからね。しっかりと練習してこられるといいと思いますよ」
「はい、リップマン先生」
「がんばります」

 リップマン先生に応援してもらって、わたくしもクリスタ嬢も素直に返事をした。

 お屋敷には商人が来ていた。
 本来ならば仕立てるのだが、今回は時間がないので仕立ててあるものを買うことにしたようだ。
 乗馬服とブーツを合わせて身につけてみると、少し窮屈な気がする。

「わたくし、ズボンをはいたのは初めてです」
「あしとおむねが、ぎゅってなるの」
「乗馬服とはそのようなものですよ。しっかりと体に合っていないと、馬に乗ったときに危険なのです」

 普段はワンピースやドレスを着ているわたくしとクリスタ嬢が乗馬服を身に着けるとすごく窮屈に感じられるのは仕方がないようだ。
 ブーツも膝まで長さがあって、ズボンの裾を入れると金具が留まらないかと思う。
 それを引っ張って何とか留めて、わたくしもクリスタ嬢もヘルメットを被った。

「お母様もこんな格好で馬に乗ったのですか?」
「落馬したときに危険が少ないようにヘルメットも被って、乗馬服を着て、最初は乗っていました。今ではスカートで乗れますよ」
「スカートで!? めくれたりしないの?」
「捲れないような作りのスカートで、乗馬用の鞍も、片側に両足を乗せるものを使います」

 小さい頃は危険なのでヘルメットと乗馬服が不可欠なようだが、乗馬が上手になればわたくしも母のようにスカートで馬に乗れるようになるかもしれない。
 そのためには練習あるのみだった。

 クリスタ嬢とわたくしは乗馬服とヘルメットを買ってもらって、牧場への旅に備えた。

 わたくしの父は二十六歳、母が二十五歳で、わたくしが生まれてから父は公爵位を祖父から譲られた。
 公爵になってからの年月はまだ六年程度で短いのだ。

 この国の国王陛下も皇太子のハインリヒ殿下が生まれてから王位を継承した。国王陛下は父と同じ年で学園での学友なので、まだ二十六歳だ。

 こういう細かい国内の情報も、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』には書かれていなかった。
 クリスタ嬢がエリザベートに恥をかかされたと思い込むのも、クリスタ嬢の視点で書かれているからで、エリザベート、つまりわたくしからすれば常識のようなことを指摘しただけだとこの世界に生まれて、母から貴族社会の常識を学べばよく分かる。

 もっと大きな見落としがあるのではないか。
 わたくしは『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の内容をもっと鮮明に思い出そうと努力していた。
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