エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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一章 クリスタ嬢との出会い

20.パーティーの終わり

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 昼食会までの間、わたくしとクリスタ嬢は部屋に戻って一休みしていた。
 音楽会は大成功というわけではなかったけれど、六歳のわたくしと四歳のクリスタ嬢が披露した割には上手にできたのではないだろうか。
 クリスタ嬢は疲れたのかわたくしの部屋の椅子に座って欠伸をしていた。

「クリスタじょう、ドレスがみだれるからベッドではやすめませんね……。どうしましょう」
「わたくし、ねむってしまったら、おひるごはんがたべられない」
「それでは、きをまぎらわせるために、えほんをよみましょうか?」
「おねえさま、えほんをよんでくれるの?」

 眠たそうなクリスタ嬢の目が輝いて、わたくしの部屋の本棚から絵本を持ってくる。今日の絵本はクリスタ嬢がこれまで読んだことのないお話だった。
 醜い野獣の姿に変えられた王子が、真実の愛を知るまで元に戻れなくて、城の庭で薔薇を摘んだ男性の娘を薔薇の対価に城に召し上げて、その娘と交流するうちに真実の愛を知っていくという物語だった。

 少し長いのでクリスタ嬢は聞いていられるか心配だったが、読んでいるとクリスタ嬢が前のめりになってくるのが分かる。今日はドレスなので膝の上に抱っこはしてあげられないが、椅子を二つ並べて隣りの椅子に座って読んでいると、クリスタ嬢がじっと挿絵を覗き込んでくる。

「おねえさま、バラがかれちゃう!」
「バラがどうなるか、つづきをよみましょうね」

 野獣の姿に変えられた王子にはタイムリミットがあって、魔法の薔薇が全て散るまでに真実の愛を理解できなければ、永遠に元には戻れないようにされているのだ。
 前世でも読んだことのある物語がこの世界にもあったなんて驚いているが、わたくしはこの物語はラストが若干気に入らなかった。真実の愛を見付けたのであれば野獣は元の王子に戻らなくても愛してもらえるのではないか。
 全部読み終わった後でクリスタ嬢は別の感想を抱いていた。

「やじゅうがもとのすがたにもどっても、がいけんなんてきにしてないから、おひめさまはあいしつづけたのね」
「クリスタじょうはそうおもうのですか?」
「しんじつのあいがあるから、やじゅうのすがたなんて、おひめさまにはかんけいなかったのよ」

 そういう考え方もあるのか。
 野獣が元に戻るのがずっと腑に落ちなかったわたくしも、クリスタ嬢の考えで少し視野を広げられた気分だった。

 長い絵本が読み終わる頃に昼食会の声がかけられた。
 もう一度身なりを確認して、ハンカチも持っていることを確認して、わたくしとクリスタ嬢は昼食会の会場に向かった。

 普段は家族だけで使っている小さめの食堂があるのだが、そこでもテーブルが長くて広くて父と母との距離を感じてしまうことがある。
 昼食会の会場の食堂は更にテーブルが広くて、わたくしとクリスタ嬢は父と母とかなり離れた位置に配置されていた。
 子どもたちは集められて、大人たちと別のテーブルになっているようだ。

 昼食の料理のお皿が運ばれて来ると、子どもたちのテーブルは賑やかになる。

「これ、きらいなんだよなー」
「あー! フォークがおちたー!」
「サラダ、じょうずにたべられない」

 親から離れた子どもたちが誰でも大人しくできるわけではない。わたくしとクリスタ嬢は、ナプキンを膝の上に敷いて黙々と昼食を食べたが、他の子どもたちは給仕を困らせているようだった。

 昼食会が終わると、庭に出て散歩をするのだが、子どもたちの中にはドレスやスーツを汚してしまった子もいて、着替えに行っている様子が見られた。
 わたくしはクリスタ嬢と手を繋いで庭を歩く。
 春薔薇の庭園に行けば、色とりどりの春薔薇が咲き乱れていた。

「おねえさま、きれいね」
「こんないろのぞうかのかみかざりもどうでしょう?」
「わたくし、いまのかみかざりがきにいっているの。あたらしいのはいらないわ」
「わたくしとおそろいですものね」
「そうよ、おねえさまとおそろいなの」

 リップマン先生の特訓もあって、クリスタ嬢はかなり流暢に喋れるようになっている。わたくしとも会話が成立するのが楽しくて、わたくしはたくさんクリスタ嬢に話しかけてしまう。

「このバラ、わたくし、すきですわ」
「ふしぎないろのバラね。いろがふたつまざってる」

 二色の混ざった薔薇を前にして話していると、父と母がわたくしとクリスタ嬢のところに来てくれた。
 父と母はクリスタ嬢を心配しているようだ。

「昼食の後眠くありませんか?」
「お茶の時間までもう少しあるから、眠って来てもいいんだよ」

 言われてクリスタ嬢が大きな欠伸をする。

「そういえば、ねむいかもしれません……。おねえさまもいっしょにおへやにきてくれる?」
「おとうさま、おかあさま、わたくしもいっしょにさがっていいですか?」
「行ってらっしゃい、エリザベート、クリスタ嬢」
「お茶の時間には戻っておいで」

 両親に送り出されて、わたくしとクリスタ嬢は部屋に戻った。
 クリスタ嬢は着替えて自分の部屋のベッドでお昼寝をする。わたくしはクリスタ嬢のベッドの近くに椅子を寄せて、本を読んでクリスタ嬢が起きるのを待っていた。

 お茶の時間の少し前にクリスタ嬢は目を覚まして、ドレスを着替えて、髪を整えてもらって、オールドローズ色の髪飾りを着けてもらっていた。
 庭でガーデンパーティー方式で用意されたお茶会だったが、風が強かったのでクリスタ嬢もわたくしも、ナプキンを一生懸命片手で押さえておかなければいけなかった。

「おねえさま、ナプキンがとんじゃう!」
「クリスタじょう、かたてでたべられるものだけをえらんでとりざらにとるのです」
「ケーキ、たべたかったな……」
「ケーキはべつのひでも、たべられます」

 強い風が吹いていてもわたくしとクリスタ嬢の髪飾りが飛ぶことはなかった。
 風のせいでガーデンパーティーは早々と終わって、自由時間になる。
 後は晩餐会があるのだが、それにはわたくしもクリスタ嬢も参加しない。晩餐会は夜遅くなるからだ。
 晩餐会に参加せずに、わたくしとクリスタ嬢は子どもたちだけで夕食を食べる。

 お茶の時間と夕食が近かったので、わたくしもお腹はあまり減っていなかったし、クリスタ嬢も同じだったようだ。
 ほとんど夕食を食べないままで部屋に戻る。
 もう眠くなってぐずって泣いている子どももいた。

 宿泊式のパーティーが終わる。
 わたくしとクリスタ嬢は順番にお風呂に入って、パジャマに着替えて部屋で眠った。

「あしたは、リップマンせんせいのじゅぎょう、ある?」
「あしたはいつもどおりになりますよ」
「ピアノのレッスンは?」
「ピアノのレッスンはあしたはありません。あさってです」

 ベッド脇にある窓を通して話をしながらわたくしとクリスタ嬢は眠る。
 宿泊式のパーティーが終われば、クリスタ嬢のお誕生日がやってくる。
 クリスタ嬢は五歳になるのだ。

 公爵家に引き取られたときには四歳とは信じられないくらい体も小さくて、発達も遅れていたクリスタ嬢だったが、公爵家でリップマン先生やピアノの先生の力も借りて、少しずつ発達も通常の五歳児に近付いてきた。体も少しずつ大きくなっている。

 今回の宿泊式のパーティーでクリスタ嬢が公爵家に引き取られたいきさつも広まったし、クリスタ嬢がノメンゼン子爵家の跡継ぎだということは国王陛下も認めている。

 ただ、一つ気になるのは、前世で読んでいた『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』でクリスタ嬢が皇太子であるハインリヒ殿下と婚約するところだ。前世では貴族社会の知識などなく読んでいたので違和感は覚えなかったが、子爵では皇太子殿下との婚約は敵わない。

「クリスタじょう、ハインリヒでんかのこと、どうおもいます?」
「きらい! かみかざり、とったの! いやだった!」

 その上、ハインリヒ殿下はクリスタ嬢に好意をどう伝えていいか分からずに、小さな男子特有の意地悪をしてしまって、クリスタ嬢に嫌われている。
 これでクリスタ嬢とハインリヒ殿下の婚約が成立するのだろうか。

 まだまだ問題は山積みのようだった。
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