エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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一章 クリスタ嬢との出会い

9.ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とのお茶会

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 立食のお茶会なので、私はクリスタ嬢と一緒にお皿を持って料理を取り分けた。お茶の時間の軽食の取り方はクリスタ嬢もすっかりと覚えたようだ。サンドイッチにスコーンにケーキ、それにスコーンに塗るジャムやクロテッドクリームをお皿に乗せていた。
 クリスタ嬢はまだ四歳なので立ったまま食べるのが難しい。私もまだ六歳なので立ったまま食べるのは苦手だった。
 部屋の隅に置いてある椅子に座ってクリスタ嬢と向かい合ってテーブルにお皿を奥。テーブルの上に置いてあったナプキンをクリスタ嬢が手に取って、さっと膝の上に敷いていた。私もナプキンを膝の上に敷く。

 クリスタ嬢のナプキンは広がらずに個性的に折り目が尖っていて、私は立ち上がってクリスタ嬢のナプキンを整えて、スカートの裾も整えておいた。

「おねえたま、あいがちょ」
「どういたしまして、クリスタじょう」
「みるくちーくだたい。おねえたまのぶんと、ふたちゅ」

 給仕にクリスタ嬢が頼んでいる。給仕はすぐに温かなミルクティーを持ってきてくれていた。

 立食形式のお茶会とはいえ、私やクリスタ嬢のような幼い子どももいるので、部屋の隅にはテーブルと椅子のセットも少しだが置かれている。
 隣りのテーブルにはハインリヒ殿下とノルベルト殿下が座った。
 ノルベルト殿下はハインリヒ殿下の分もお皿を持ってあげている。

「ハインリヒ、こぼしやすいんだから、ナプキンをひざのうえにしかないとダメだよ」
「そんなのかっこうわるいじゃないか」
「ナプキンはかっこうわるいものじゃないよ」
「いやです」

 優しい兄のノルベルト殿下の言葉に抵抗して、ハインリヒ殿下はナプキンを膝の上に敷かない。ノルベルト殿下がハインリヒ殿下の膝の上にナプキンを敷くが、外してしまう。

「またスーツにシミをつけたら、せんたくするメイドさんがたいへんなんだからね」
「そんなことしないよ」

 言いながらもスコーンを割ってジャムをたっぷり付けたハインリヒ殿下の手から、ジャムが膝の上に零れた。
 しばしの沈黙が流れる。
 深くため息をついてノルベルト殿下はハンカチを濡らしてハインリヒ殿下のスーツのスラックスを拭き始めた。

「あにうえ、そんなメイドのようなことをしないでください」
「させているのはだれだとおもっているんだか」
「きょうはじょうずにたべられるとおもったのに」

 悔しがっているノルベルト殿下を見ていたクリスタ嬢がふんすっと鼻息荒く私に話しかけた。

「おねえたま、なぷちん、わたち、ちゃんとちてる」
「そうですね、クリスタじょう」
「こぼちても、へいち!」

 胸を張って美味しそうにスコーンやサンドイッチを食べているクリスタ嬢は、もう掻き込むように食べなくていいのだと分かっている。喉を詰まらせるくらいに書き込んで食べていたのが嘘のように今は落ち着いていた。

「なにか、わたしのこうどうにもんくでも?」

 隣りのテーブルだったので聞こえていたのだろう、クリスタ嬢にハインリヒ殿下が詰め寄る。テーブルにドンッと手を突かれてクリスタ嬢は目を丸くしていた。
 ハインリヒ殿下に詰め寄られて、クリスタ嬢が叩かれていた日々のことを思い出して怯えてしまうのではないかと、私は心配になる。

「ハインリヒでんか、わたくしたちはふたりではなしていただけですわ。ハインリヒでんかのはなしはしていません」

 あれ?
 この言い方だとハインリヒ殿下が自意識過剰のように聞こえてしまう?

 うっかりと正直に口から出た言葉に、ハインリヒ殿下は顔を赤くしている。

「わたしをばかにしてわらっていたのではないのか!」
「ハインリヒ、ぼくがみていたかぎり、エリザベートじょうもクリスタじょうもわらってはいなかったよ」
「あにうえは、だれのみかたなのですか!」

 クリスタ嬢はハインリヒ殿下のことを笑うつもりはなくて、ただ自分ができていることを褒められたかっただけだ。四歳の素直さで、ハインリヒ殿下がナプキンを使っていなくて失敗してしまったのを見て、自分はできていると私の褒めて欲しくなっただけなのだ。
 その行動にハインリヒ殿下は関係していない。

「クリスタじょうはハインリヒよりとししたなのに、ナプキンもひざのうえにおいて、おぎょうぎよくすわっている。ハインリヒがわらわれてもしかたがないよ。ふたりはわらっていないけど」
「あにうえぇ」

 悔しそうにしているハインリヒ殿下を宥めながらノルベルト殿下が私とクリスタ嬢に話しかけて来る。

「よろしければ、いっしょにおちゃをどうですか?」
「クリスタじょう、ノルベルトでんかとハインリヒでんかは、このおしろのあるじである、こくおうへいかのごしそくです」
「ごちとく、なぁに?」
「むすこさんですね。ですので、おことわりするのはしつれいなので、おうけしましょうね」
「わたち、おねえたまとおちゃちる」
「わたくしはいっしょですよ」
「それなら、いーよー」

 断るわけにはいかないのでクリスタ嬢には説明をして隣りのテーブルとこちらのテーブルをくっ付ける。ハインリヒ殿下はもうナプキンを嫌がっていなかった。

「エリザベートじょうはハインリヒとおなじとしなのに、れいぎさほうができているときいています。くにいちばんのフェアレディとよばれたおははうえのおしえですか?」
「そういうふうにいっていただければこうえいです。ははがわたくしにれいぎさほうをおしえてくれました。クリスタじょうもこれからならいます。いまはまだよんさいなので、クリスタじょうはれいぎさほうがかんぺきでなくてもおゆるしください」
「よんさいなのか? ちいさいな」
「わたち、よっちゅよ!」

 私が三歳のときに着ていたドレスがぴったりなくらいクリスタ嬢は体が小さかったが、それにハインリヒ殿下も気付いたようだ。指摘するハインリヒ殿下に私が声を潜める。

「じじょうがありまして、クリスタじょうはろくにしょくじもさせてもらっていなかったのです。ぼうりょくもうけていました。わたくしもははもちちも、クリスタじょうをそんなれつあくなかんきょうからすくいだすために、こうしゃくけにひきとったのです」
「しょくじをさせてもらっていなかった!?」
「ぼうりょくをうけていたのですか? こんなにちいさなこが」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下にはクリスタ嬢に興味を持ってもらっておかなければいけない。将来はクリスタ嬢はハインリヒ殿下の婚約者になるのだ。

「そんなにちいさいのに、むごいことだな」
「こうしゃくけにひきとられてよかったですね」

 いつの間にかハインリヒ殿下もノルベルト殿下もクリスタ嬢の味方になっていた。
 一族の恥をさらすようなことを口にするのは憚られたが、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の同情をかってクリスタ嬢に興味を持たせるためには仕方がない。
 自分のことを言われているとは気付いていない様子で、クリスタ嬢は真剣にミルクティーを吹き冷ましていた。

 私たちがお茶をしている間に、両親は国王陛下に申し出ていた。

「今日の件を文書にしてはいただけませんでしょうか? 言葉というものは後に残らないもの。国王陛下がノメンゼン子爵家の後継者をクリスタ嬢と認めた証をいただきたい」
「分かった。すぐに文章を用意させよう。そこに私のサインをしよう」
「ありがとうございます、国王陛下」

 深く頭を下げて父がお礼を言っていると、国王陛下は私とクリスタ嬢とハインリヒ殿下とノルベルト殿下がお茶をしている席に歩み寄って来た。私の両親もそれに付き従っている。

「ノルベルトとハインリヒはエリザベート嬢とクリスタ嬢と仲良くなったのか」
「おはなしをさせてもらっていました」
「クリスタじょうはよんさいなのに、ちいさいというはなしを……」
「ハインリヒ、ひとの体のことに関して言及するのは失礼にあたるんだよ」
「も、もうしわけありません、ちちうえ」
「ぼくもハインリヒをちゅういできませんでした」

 恐縮して反省するハインリヒ殿下とノルベルト殿下に、国王陛下が私とクリスタ嬢に目を向ける。

「私の息子たちはまだまだ教育ができておらず、嫌な思いをさせなかったかな?」
「いいえ、たのしかったですわ。ねぇ、クリスタじょう」
「とっても、おいちかったでつ!」
「きょうのおちゃかいのおりょうりもとてもおいしかったですし、わたくしもクリスタじょうもたのしかったです。おまねきいただきありがとうございました」

 椅子から降りてスカートの裾を持って深くお辞儀をすると、クリスタ嬢もナプキンで口の周りを拭いて椅子から降りようとしている。

「そのままで。子どもたちは無礼講と言ってある」
「それでしたら、ハインリヒでんかのこともおゆるしください」
「その通りだな。エリザベート嬢、ありがとう」

 大らかに微笑む国王陛下に、私はもう一度深く頭を下げた。
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