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後日談
時吉志信と月島由貴の生活 3
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二、三時間おきにミルクを上げて、暖かく湿らせた布でお尻を優しく叩いて排泄を促して、子猫の面倒をみるのは由貴にとって少しも面倒でも大変でもなかった。
寝不足はつらかったけれど、志信と交代で起きて子猫の様子を見るし、体温が下がりすぎないようにお湯の入ったペットボトルをタオルに包んで子猫の傍に置いておくのも忘れない。由貴の実家で飼っていた猫は物心ついたときには成猫だったので、初めてのことばかりだが、カラスに突かれて怪我をしていながらも「みーみー」「にーにー」と元気に鳴く様子に由貴は安心していた。
白黒のブチと、灰色と白のブチの二匹で、名前は志信が「みーさん」と「ごーさん」に決めた。
「カラスに突かれて死んだ三匹のことを忘れないように。それに五匹兄弟だったことも忘れないように」
「みーは、泣き声じゃなくて、『三』の『み』か」
志信の名付けに由貴は何の文句もなかった。
わざわざこんな山奥まで連れてきて捨てるなんて、子猫が死んでも良いと思っていたに違いない。実際にカラスの群れに突かれて五匹中三匹は死んでしまった。
死んだ三匹を埋めた裏庭に志信は毎朝お参りに行っているようだった。
「この子たちは完全に家猫にします。絶対に外に出さずに育てましょう」
「そっちの方が寿命が長いって言われてるしな」
志信の意見に由貴は全く反対する気はなかった。
大事に育てている二匹の猫はしばらくすると離乳食をもりもりと食べるようになって、トイレも自分たちで行けるようになった。失敗することはあるがまだ小さいので仕方がない。
問題は由貴と志信の夜の営みだった。
それまではほぼ毎日抱き合って眠っていたが、子猫の世話で眠る暇もないくらいだったのだ、由貴も志信を求めるのを我慢せざるを得なかった。離乳食を食べるようになってようやく解禁かと思えば、寝室に子猫たちが甘えて入って来る。
「柵を作ろう」
「成猫になっても平気なように、柵のドアを付けましょう」
寝室に天井まである柵のドアを付けて、脱走防止用に玄関に続く廊下にも柵のドアを付けて、二階に上がる階段にも柵のドアを付けた。二人きりの生活では二階はそれほど使っていないのだが、由貴の部屋があったり、志信の私物を置いてある部屋があったりして、パソコンや電子機器もあるので原則猫たちは入れないことに決めた。
「実家の猫は二十年生きたから、それくらいは覚悟しとかないといけないな」
「二十年……もっと長く生きてくれてもいいんですけどね」
二十年は短い時間ではないけれど、猫の方が人間よりも早く寿命を迎える。そのときのことを考えて早くもしょんぼりしている志信が可愛くて、由貴はその厳つい肩を抱く。
「そのときも僕は一緒だよ」
「ユキさん、一緒にいてくださいね」
子猫のことが落ち着いてくると、由貴はまず志信の母親のところに挨拶に行った。由貴よりも長身で色白で真っ黒なストレートの髪の志信の母親は、男性だった。
「志信くんが結婚するなんて思わなかった。俺のせいで結婚に絶望してたのかと思ってた。いいひとが現れてくれて良かった」
涙ながらに志信を祝福してくれる母親は、どことなく由貴に雰囲気が似ている気がした。志信の好みは母親のような相手だったのかもしれない。
続いて由貴の両親に志信を紹介すると、志信は物凄く驚いていた。
「うちと逆だ。ユキさんのご両親は、女性同士だったんですね」
「まぁ、それで思春期以降ちょっと家を離れてたって言うのもあるんだけど」
由貴の両親は志信と逆でどちらも女性だった。女性同士のカップルの間に産まれた男性の子どもということで、思春期には男性にしか分からない悩みもあって、由貴は高校を卒業してから家を出て一人暮らしをして大学に通っていた。
「私がピアノの教師をしていて」
「私が着付けの講師をしてるの。それで、就職を決めたんだから、由貴も私たちの息子よね」
式場でピアノ演奏がしたい、着付けもしたい。そう思って就職したのだが今は他の店との営業に回されている。
「結婚したら、表にも出してもらえると思ってるんだ。そういう意味でも、志信さんは僕の幸運の女神みたいなもんだよ」
「幸運の女神にしては、逞しすぎませんか?」
「そういうところに惚れたんだって」
両親への挨拶も滞りなく終わって、式場に志信を連れて来ると上司が目を丸くしていた。
「嘘っ! これが奥様!? めちゃくちゃいい男じゃない!」
「僕のですからね! 近寄らないでください! 見ないでください!」
「見ないでくださいってよ。旦那が嫉妬深くて大変ね」
からからと笑う上司にむくれながらも、由貴は自分の働く式場で式を挙げることしか考えられなかった。この式場に憧れて就職したのだ。
何より、社員割引が使える。
「庭の薔薇が売りなんだ。季節によって咲く品種が違うけど」
「式は秋頃になりますよね」
「その頃は秋薔薇が咲いてるよ」
式場を案内しながら由貴は志信の衣装を考えていた。
結婚式の頃には妊娠しているかもしれない。そうしたら、お腹のゆったりした衣装の方がいいだろう。
でも、由貴の希望としては、由貴も志信も羽織袴で式を挙げたかった。
「絶対に似合うから、羽織袴、試着してみない?」
「俺のサイズがありますか?」
「最近のひとは背が高いからあるよ」
「担当プランナーは私なんですけど」と不満そうな上司に案内されて衣裳部屋に行く。試着室に入ると志信を脱がせる手が震えてしまった。
子猫騒動のせいでしばらくお預けだったのだから仕方がない。素肌の志信を見ると欲がわいてくる。それを必死に抑えて、由貴は志信に羽織袴を着せた。
褐色の肌に黒の羽織袴と白い襟が非常によく映える。
「白無垢じゃなくて安心しました。あれはさすがに無理です」
「ものすごくかっこいい。よく似合ってる」
「ユキさんも着てくださいよ。二人で合わせたいです」
志信の可愛い要望に応えて由貴も羽織袴を身に着けた。
試着室から出て来た由貴と志信を上司が写真におさめてくれる。
「身内だけの式で、本当に小規模で構いませんので」
「それだったら、私が招かれなくない?」
「先輩は担当プランナーでしょう!」
呼ぶのは志信の母親一家と、由貴の両親、それに志信はお世話になった工房の師匠、由貴は少人数だけの友人と決めていた。
「みーさんとごーさんも参加できませんかね……」
「猫が参加は環境の変化で逃げることがあるからやめとこう」
「そうですね……」
残念そうな志信に、由貴の上司が提案してくれた。
「お写真だけだったら、ペットも一緒に写せるスタジオがあります」
「写真だけでも、お願いします」
ぱっと志信の表情が明るくなって、由貴もホッとした。
結婚式までの期間、志信はまた忙しくなった。引き出物を自分で作るというのだ。それだけでなく、式場で使った引き出物が非常に評判が良かったということで、志信の作品は式場の引き出物のセレクトカタログにも載せられたし、他のカップルからも注文が来ていた。
忙しい中体調も崩さずに子猫の面倒も見て、仕事もきっちりこなす志信に由貴はますます惚れ直すのだが、やはり抱きたいものは抱きたい。
「志信さん、今夜、だめ?」
上目づかいでお願いすると断れないのか志信の眉が下がる。褐色の肌なので分かりにくいが、赤くなっているのだろうというのは想像できた。
「嬉しいです……けど、手加減してくださいね?」
出会ってから三か月ほぼ毎日抱き合って、猫を助けてから一か月禁欲生活で、ようやく訪れた好機。
手加減しようとしても由貴は志信が可愛すぎて、色っぽすぎて後ろから責めながら胸を弄る手を止められなかった。もう出なくなるまで志信の尻に腰を打ち付け、背中の上に息も荒く倒れ込む。
「てかげんしてって、いったじゃないですか」
けほっと掠れた声で言う志信は喘ぎ過ぎて声が枯れていた。
「久しぶりだったし、志信さんが可愛すぎて無理だった……」
「明日腰が立たなかったら、ユキさんのせいですよ」
それでも拒む方法はどれだけでもあったはずなのだ。
由貴よりも志信の方が体格がいいし、背も高い。力だって強い。ストーカーを一撃で倒してしまうだけの強さが志信にはある。
それを使わずに由貴の好きにさせてくれる志信。
愛を感じて由貴は志信を抱き締めた。
秋には二人は式を挙げて正式な夫婦となる。
寝不足はつらかったけれど、志信と交代で起きて子猫の様子を見るし、体温が下がりすぎないようにお湯の入ったペットボトルをタオルに包んで子猫の傍に置いておくのも忘れない。由貴の実家で飼っていた猫は物心ついたときには成猫だったので、初めてのことばかりだが、カラスに突かれて怪我をしていながらも「みーみー」「にーにー」と元気に鳴く様子に由貴は安心していた。
白黒のブチと、灰色と白のブチの二匹で、名前は志信が「みーさん」と「ごーさん」に決めた。
「カラスに突かれて死んだ三匹のことを忘れないように。それに五匹兄弟だったことも忘れないように」
「みーは、泣き声じゃなくて、『三』の『み』か」
志信の名付けに由貴は何の文句もなかった。
わざわざこんな山奥まで連れてきて捨てるなんて、子猫が死んでも良いと思っていたに違いない。実際にカラスの群れに突かれて五匹中三匹は死んでしまった。
死んだ三匹を埋めた裏庭に志信は毎朝お参りに行っているようだった。
「この子たちは完全に家猫にします。絶対に外に出さずに育てましょう」
「そっちの方が寿命が長いって言われてるしな」
志信の意見に由貴は全く反対する気はなかった。
大事に育てている二匹の猫はしばらくすると離乳食をもりもりと食べるようになって、トイレも自分たちで行けるようになった。失敗することはあるがまだ小さいので仕方がない。
問題は由貴と志信の夜の営みだった。
それまではほぼ毎日抱き合って眠っていたが、子猫の世話で眠る暇もないくらいだったのだ、由貴も志信を求めるのを我慢せざるを得なかった。離乳食を食べるようになってようやく解禁かと思えば、寝室に子猫たちが甘えて入って来る。
「柵を作ろう」
「成猫になっても平気なように、柵のドアを付けましょう」
寝室に天井まである柵のドアを付けて、脱走防止用に玄関に続く廊下にも柵のドアを付けて、二階に上がる階段にも柵のドアを付けた。二人きりの生活では二階はそれほど使っていないのだが、由貴の部屋があったり、志信の私物を置いてある部屋があったりして、パソコンや電子機器もあるので原則猫たちは入れないことに決めた。
「実家の猫は二十年生きたから、それくらいは覚悟しとかないといけないな」
「二十年……もっと長く生きてくれてもいいんですけどね」
二十年は短い時間ではないけれど、猫の方が人間よりも早く寿命を迎える。そのときのことを考えて早くもしょんぼりしている志信が可愛くて、由貴はその厳つい肩を抱く。
「そのときも僕は一緒だよ」
「ユキさん、一緒にいてくださいね」
子猫のことが落ち着いてくると、由貴はまず志信の母親のところに挨拶に行った。由貴よりも長身で色白で真っ黒なストレートの髪の志信の母親は、男性だった。
「志信くんが結婚するなんて思わなかった。俺のせいで結婚に絶望してたのかと思ってた。いいひとが現れてくれて良かった」
涙ながらに志信を祝福してくれる母親は、どことなく由貴に雰囲気が似ている気がした。志信の好みは母親のような相手だったのかもしれない。
続いて由貴の両親に志信を紹介すると、志信は物凄く驚いていた。
「うちと逆だ。ユキさんのご両親は、女性同士だったんですね」
「まぁ、それで思春期以降ちょっと家を離れてたって言うのもあるんだけど」
由貴の両親は志信と逆でどちらも女性だった。女性同士のカップルの間に産まれた男性の子どもということで、思春期には男性にしか分からない悩みもあって、由貴は高校を卒業してから家を出て一人暮らしをして大学に通っていた。
「私がピアノの教師をしていて」
「私が着付けの講師をしてるの。それで、就職を決めたんだから、由貴も私たちの息子よね」
式場でピアノ演奏がしたい、着付けもしたい。そう思って就職したのだが今は他の店との営業に回されている。
「結婚したら、表にも出してもらえると思ってるんだ。そういう意味でも、志信さんは僕の幸運の女神みたいなもんだよ」
「幸運の女神にしては、逞しすぎませんか?」
「そういうところに惚れたんだって」
両親への挨拶も滞りなく終わって、式場に志信を連れて来ると上司が目を丸くしていた。
「嘘っ! これが奥様!? めちゃくちゃいい男じゃない!」
「僕のですからね! 近寄らないでください! 見ないでください!」
「見ないでくださいってよ。旦那が嫉妬深くて大変ね」
からからと笑う上司にむくれながらも、由貴は自分の働く式場で式を挙げることしか考えられなかった。この式場に憧れて就職したのだ。
何より、社員割引が使える。
「庭の薔薇が売りなんだ。季節によって咲く品種が違うけど」
「式は秋頃になりますよね」
「その頃は秋薔薇が咲いてるよ」
式場を案内しながら由貴は志信の衣装を考えていた。
結婚式の頃には妊娠しているかもしれない。そうしたら、お腹のゆったりした衣装の方がいいだろう。
でも、由貴の希望としては、由貴も志信も羽織袴で式を挙げたかった。
「絶対に似合うから、羽織袴、試着してみない?」
「俺のサイズがありますか?」
「最近のひとは背が高いからあるよ」
「担当プランナーは私なんですけど」と不満そうな上司に案内されて衣裳部屋に行く。試着室に入ると志信を脱がせる手が震えてしまった。
子猫騒動のせいでしばらくお預けだったのだから仕方がない。素肌の志信を見ると欲がわいてくる。それを必死に抑えて、由貴は志信に羽織袴を着せた。
褐色の肌に黒の羽織袴と白い襟が非常によく映える。
「白無垢じゃなくて安心しました。あれはさすがに無理です」
「ものすごくかっこいい。よく似合ってる」
「ユキさんも着てくださいよ。二人で合わせたいです」
志信の可愛い要望に応えて由貴も羽織袴を身に着けた。
試着室から出て来た由貴と志信を上司が写真におさめてくれる。
「身内だけの式で、本当に小規模で構いませんので」
「それだったら、私が招かれなくない?」
「先輩は担当プランナーでしょう!」
呼ぶのは志信の母親一家と、由貴の両親、それに志信はお世話になった工房の師匠、由貴は少人数だけの友人と決めていた。
「みーさんとごーさんも参加できませんかね……」
「猫が参加は環境の変化で逃げることがあるからやめとこう」
「そうですね……」
残念そうな志信に、由貴の上司が提案してくれた。
「お写真だけだったら、ペットも一緒に写せるスタジオがあります」
「写真だけでも、お願いします」
ぱっと志信の表情が明るくなって、由貴もホッとした。
結婚式までの期間、志信はまた忙しくなった。引き出物を自分で作るというのだ。それだけでなく、式場で使った引き出物が非常に評判が良かったということで、志信の作品は式場の引き出物のセレクトカタログにも載せられたし、他のカップルからも注文が来ていた。
忙しい中体調も崩さずに子猫の面倒も見て、仕事もきっちりこなす志信に由貴はますます惚れ直すのだが、やはり抱きたいものは抱きたい。
「志信さん、今夜、だめ?」
上目づかいでお願いすると断れないのか志信の眉が下がる。褐色の肌なので分かりにくいが、赤くなっているのだろうというのは想像できた。
「嬉しいです……けど、手加減してくださいね?」
出会ってから三か月ほぼ毎日抱き合って、猫を助けてから一か月禁欲生活で、ようやく訪れた好機。
手加減しようとしても由貴は志信が可愛すぎて、色っぽすぎて後ろから責めながら胸を弄る手を止められなかった。もう出なくなるまで志信の尻に腰を打ち付け、背中の上に息も荒く倒れ込む。
「てかげんしてって、いったじゃないですか」
けほっと掠れた声で言う志信は喘ぎ過ぎて声が枯れていた。
「久しぶりだったし、志信さんが可愛すぎて無理だった……」
「明日腰が立たなかったら、ユキさんのせいですよ」
それでも拒む方法はどれだけでもあったはずなのだ。
由貴よりも志信の方が体格がいいし、背も高い。力だって強い。ストーカーを一撃で倒してしまうだけの強さが志信にはある。
それを使わずに由貴の好きにさせてくれる志信。
愛を感じて由貴は志信を抱き締めた。
秋には二人は式を挙げて正式な夫婦となる。
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