双子のカルテット

秋月真鳥

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番外編 (響と薫の両親編)

アラビアの女王 6

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 祖国では窮屈な思いをしていた分、響と薫には自由に生きて欲しかったが、あまりにも薫が自由過ぎるので、ヘサームは親になってようやく父の苦労がほんの少しだけ分かったような気がした。だからと言って、あの差別的な扱いについては許してはいないのだが。
 『上位オメガ』という自覚のある薫は、自分がオメガだからデザイン界で認められない、ジュールの息子ということで七光りと言われるのが嫌で、フランスで高名なデザイン界のアルファを妻子のあるなしに関わらずフェロモンで誘惑して骨抜きにし、何股もかけた挙句に、響を巻き込んで襲われるなどさすがのヘサームもぞっとした。6人がかりで襲ってきた相手を、響が軽々と殴り倒したのは、さすが我が息子とは思ったが、その暴力沙汰と薫の素行の悪さをジュールも庇いきれなくなった。

「日本に行きなさいと言ったけれど、私の目の届かない異国であなたたちがどうしているか心配で、見合いを口実に何度も連絡をしたのは悪いと思っていますよ」
「口実に思えなかったんだけど……」
「響は奥手すぎますから」
「僕と同じで、運命の出会いを待ってたんだよね」

 ふわふわと笑うジュールに、ヘサームはそういうことにしておく。『上位オメガ』だという自覚のある薫はともかく、無意識にフェロモンを操って感知されないようにしているのに自分が発情期が他人に知られないタイプの出来損ないだと信じている響に関しては、良い出会いがないものかと、親心でアルファを紹介しようとしていたのは確かだ。
 それも、番として望み、望まれ、求め、求められた相手ができたのだから、結果としては良かったのだろう。

「薫は、私と好みも似ていますよね」
「真朱さんは本当に可愛いですからね」
「ジュールもとても可愛いのですよ」

 惚気合う二人に、慣れてきたのか青藍がおずおずと口を挟む。

「響さんも可愛いんやで?」
「分かります。そうなんですよね、響は本当にジュールに似て、可愛く育ちました」
「青藍さんも可愛いですけど、響も乙女で可愛いところがありますよね」

 微笑むヘサームと薫に同意を得て、嬉しそうに青藍はこくこくと頷いていた。
 真朱の方は、ジュールが気になるようである。

「19歳で結婚しはったんですよね。年上のひととって、どないでした?」
「ヘサームはすごく素敵で、格好良くて、全てが僕の理想だったよ。両親もすごく喜んでくれた」
「薫さんも、小さい頃からかっこよくて、綺麗で、色っぽくて、俺の理想やったんです!」

 熱く語るのを横目で眺めている薫の顔に、「可愛い」と書いてあるようで、ヘサームは血は争えないと感じる。

「俺も18歳になったら、薫さんと結婚したいわぁ」
「……18歳でって、若すぎる……って、そうか、父さんも19歳でか」
「響は青藍くんが18歳になったら、すぐに結婚したらいいよ」
「こ、高校生と結婚できないよ」

 結婚したときにジュールも学生だったが、日本とは少し制度が違うらしい。それでも互いの合意があれば結婚できるのは、ヘサームの祖国とは違う。

「18歳になったらすぐに結婚してしまって良いと思いますよ」
「薫ちゃんは、フリーダムすぎるんだよ。こういうのはちゃんとしないと」
「俺は、はよ響さんと夫婦になりたいんやけどなぁ」

 可愛く上目遣いでおねだりする青藍に計算の色が見えるのを、響は気付いていないだろう。一般的には、青藍のような聡いタイプがアルファで、響のようなおっとりしたタイプがオメガなのだろうが、ジュールとヘサーム、真朱と薫は逆な気がする。
 そういう計算のできない、素直で実直なジュールにヘサームは惚れたのだし、薫も真朱のそういうところに惚れたのだろう。
 運命を感じる相手まで似ているなど親子だと感じる。とすれば、ジュール似の響が惚れた青藍は、ヘサームに似ているのかもしれないと、もっと探りたくなる気持ちを抑える。
 今後書く研究論文に、フェロモンで年下のアルファを骨抜きにした『上位オメガ』の例や、無意識に自分の求めるアルファにフェロモンを付けてマーキングしていた『上位オメガ』の例が増えて、薫にだけその研究対象がばれて、「お母さん?」と良い笑顔で凄まれる未来が見えた。

「私が赤ん坊を取り上げられるうちに、産んでくださいね」

 オメガの男性専門の医師として何人もの妊夫を診てきたし、何人もの赤ん坊を帝王切開で取り上げてきたヘサーム。自分が高齢になっている自覚はあったが、まだ数年は現役で働ける。
 真朱と青藍は今16歳という。18歳までならば、2年間しかない。

「お義母さんが、赤さん、取り上げてくれはるんか!?」
「それが夢だったので、青藍さんと真朱さんには期待してますし、感謝もしています」

 子どもができない可能性もあるが、もしかすると夢が叶うかもしれないというだけで、ヘサームは充分に嬉しかった。

「お祖父ちゃんかぁ。孫は可愛いだろうなぁ」

 孫のために服をデザインするという気の早いジュールを、ヘサームも笑うことができない。自分だって、赤ん坊を取り上げるのを想像してしまっているから。

「俺らも双子やし、薫さんも双子やから、双子が生まれやすいんやろか」

 家系として双子の生まれやすい血統や、体質があるが、ヘサームや薫や響がそうなのかどうかは分からない。ただ、真朱と青藍も双子なので、そういう体質なのかもしれないし、双子が生まれやすい可能性がないということもないだろう。

「二人一度に産むのも育てるのも大変でしたけど、ジュールがたくさん可愛がってくださいましたから、二人ともお父さん大好きで育ったんですよね」
「それは、ヘサームが僕のお仕事はすごい、僕は素敵だって、響と薫にいっぱい話してくれたからだよ」

 お互いに仕事を持っていたので、子育ては医者としてクリニックに出勤しなければいけないヘサームよりも、家でデザインをするのに徹してくれたジュールの方が熱心だった。おかげで、ヘサームが論文の発表で家を空けても、響と薫はジュールとちゃんと留守番をしていてくれた。逆にジュールがコレクションで家を空けると、後追いして泣くのだから、二人とも可愛がってくれているのが誰かよく分かっていると笑ったものだ。
 双子だったので未熟児で生まれた二人が、今やヘサームと変わらない大きさになっている。

「私たちも年を取るはずですね」

 しみじみと呟けば、ジュールがヘサームの手を取り、その甲に口付けた。

「変わらず君は美しいよ」
「あなたも、可愛いですよ」

 年を取って、年上のヘサームが先に死んでしまっても、ジュールは他の相手など求めない。それを長年の付き合いでヘサームは確信していた。
 死が二人を分かつまで、と結婚では誓約するらしいが、ヘサームは死んだ後もジュールを誰かに渡す気はない。

「あなたは私しか知らなくていいし、私もあなたしか知らなくていい。私たちは、対等なのでしょう?」
「僕たちは対等だよ。僕は、君以外愛さない。君だけが僕の番だよ」

 息子たちの前でイチャつく両親に、響が顔を赤くして青藍の耳を塞ぎ、薫が「真朱さんは、私以外を知りたいと思います?」などと意地悪な問いかけを膝に抱き上げた真朱の耳に注ぎ込んでいる。

「俺は、一生薫さんだけでええ! 薫さんだけがええ!」
「俺も、響さん以外、いらへんわ」

 必死に顔を真っ赤にして言う真朱はどこかジュールに似ているし、あっさりとクールに言い捨ててしまえる青藍はヘサームと似ているのかもしれない。
 結局、性格がジュールに似た響はヘサームに似た強い相手を、性格がヘサームに似た薫はジュールに似た真っ直ぐで純真な相手を選んだ。
 それは遺伝子に書き込まれたものなのか、それとも運命なのか。
 まだまだ研究の余地はある。
 息子たちの幸せを願いながらも、研究者としての視点は捨てられないヘサームだった。
 二年後、揃って妊娠した息子たちのためにヘサームとジュールはまた日本を訪れることになる。
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