双子のカルテット

秋月真鳥

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後日談

青色の小夜曲

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 相手に恋愛対象だと思われていない時期は、その視界に入ることだけを考えていた。
 けれど、恋愛とは両想いになって終わりではない。
 むしろ、そこがスタート地点だったりする。

「響さんと一緒に寝たいんやけど」

 恋人になって、部屋も薫と変わって響の隣りになった。心の距離も近付いているはずなのに、年上の恋人は若すぎる青藍に抵抗があるのか、なかなか接近を許してくれない。

「一緒に寝てると、そういう気分になっちゃったら困るからね」
「小学校の頃は、『夜に怖くなったらいつでもおいで』って言ってくれはったのに、恋人になったら、一緒に寝てくれへんの?」
「青藍くん……子どもじゃないんだよ?」

 もう青藍は響のことを抱けるようになってしまった。それが問題なのだと響は言う。
 理性的で良識的な響も、オメガなので快楽に弱いし、本能的に番の種は胎が欲しがる。避妊をしても絶対ではないし、青藍を若すぎる父親にしたくない気持ちは理解していた。

「せやったら、俺の部屋に来て、寝るまで話をせぇへん?」

 響の部屋のベッドは体格の立派な響のために広く大きいが、青藍のものは新しいベッドを買おうと言っているが、まだ真朱と使っていた二段ベッドを別々にしただけのもので、青藍一人でも窮屈になってきたくらいだった。そこで何かできるわけもなく、冷たいココアを用意した響が、青藍の部屋を訪ねてきてくれた。
 椅子は勉強用の一つしかないので、響に座ってもらって、青藍はベッドの端に座る。

「『上位オメガ』やって聞いたけど、響さんは全然自覚あらへんかったんよね」
「全く。フェロモンは漏れないし、アルファも寄ってこないなとは思ってたけど……でも、まさか、青藍くんを無意識に誘ってたとか、僕、穴があったら入りたい」

 両手で顔を覆ってしまう響が可愛くて、「穴は響さんにあるし、俺はそこに入れたい」などと正直な感想を口にしたら、部屋に逃げられそうなので、青藍はぐっと言葉を飲み込んだ。汗をかいたマグカップの中で、からんと氷が音を立てる。
 甘さ控えめ、ミルクたっぷりのココアを一口飲んで、青藍は話題を変えた。

「響さんて、俺以外に抱かれたこと、あるん?」

 気になってはいたが聞けなかったことを、口にすれば、明らかに響に動揺が走った。年の差は18歳、響は33歳である。双子の弟の薫は店に以前付き合っていたアルファが付きまとって来るくらいで、フランスでは相当遊び人だったらしい。

「付き合ったことはあるけど……キスまでで、それ以上は……」

 抱き合う相手は、番になりたいくらい惚れた相手がいい。それが出来なければ、一生誰とも抱き合わなくていい。
 そう決めていたという響の答えに、青藍の白い頬が薔薇色に染まる。

「ロマンチストなんやな、響さんは」

 そこも可愛いと悶えた青藍は、これ以上一緒にいると理性が危ういと、響にお休みを行って歯を磨きに一階のバスルームに降りて行った。階段を降りる足音で青藍の気配に気付いた薫が、部屋のドアを開けてリビングに出てくる。

「これ、届いてましたよ」
「あ……ありがとう」

 先日注文した響に着せたい下着。その箱を受け取って、歯を磨いていると、響もバスルームに歯を磨きに来た。

「薫ちゃんから受け取ってたけど、それ、何?」
「歯磨き終わったら、響さんに見せに行くわ」
「う、うん?」

 念入りに歯を磨く青藍の迫力に気圧されて、響は白いリボンのかけられた箱を持った青藍を部屋に入れてしまった。鼻息荒く箱を押し付けられて、「開けて」と言われて、箱を開けて中身を確認した響は、沈痛な面持ちで額に手をやった。

「何考えてるんだか、薫ちゃんは……」

 明らかな不機嫌面で薫を責めるために箱を閉じて、青藍の横を通り過ぎて部屋から出ようとする響の体の横の壁に手を突いて、青藍は響を引き止めた。

「俺が選んだんや! 俺が、響さんに着て欲しいって、選んだんや!」
「そんなもの、15歳の子に選ばせる薫ちゃんが悪いよね?」
「せやかて、真朱は薫さんに喜んで着てもらえるんやで? 俺が好きになったのは、慎ましやかで控えめな響さんで、そのことを後悔しとらんけど、俺かて、真朱みたいに良い思いしたい!」

 欲望のままに正直にぶちまけると、ますます響の表情が険しくなる。

「真朱くんが羨ましいっていうのも分かるけど、そもそも、15歳の男の子相手に、こんなもの着て誘惑しようっていう薫ちゃんが100パーセント、いや、500パーセントくらい悪いよね?」
「薫さんの悪さが突き抜けてしもた!?」
「絶対面白がってるんだから、許せない。薫ちゃんに一言言わないと治まらない」

 このまま部屋から出て行ってしまって、薫と言い争いになれば、下着の件は有耶無耶にされてしまうかもしれない。惚れた相手に対して、青藍はもはや恥も外聞もなかった。

「俺のために着てください、この通りです」

 壁から手を離し、潔く土下座した青藍に、凄い剣幕で薫のところに行こうとしていた響の足も止まる。はぁっと長く息を吐いて、呆れた声が青藍の頭上から降ってきた。

「青藍くんは、僕の番で、恋人で、アルファなんだよ。土下座とかしないでよ……もう、薫ちゃんのせいで……」
「どうしても、着て欲しいんや」
「土下座するまでなの?」

 箱の中身を摘まみ上げて、思案していた響は「呼ぶまで部屋の外にいて」と青藍を廊下に追い出した。耳をそばだてて、ドキドキしながら待っていると、部屋の中で響が着替えている衣擦れが聞こえる。

「もう、いっそ、全裸よりも恥ずかしいんだけど……見て、ドン引きしないでね? 青藍くんが着てって言ったんだからね……って、青藍くん!?」

 部屋に入った瞬間、ベッドサイドで所在なさそうに立っている響が、薄紫の薔薇の刺繍に黒い透け透けのレースの下着とお揃いのブラジャー、ガーターベルトにストッキングを履いているのを視界に収めた青藍の鼻からは、とろりと赤い液体が伝い落ちていた。
 とっさに手で拭ってくれた響の大きな手の平が血まみれで、青藍は鼻血を出していることに気付く。

「鼻血出すくらい引いたの?」
「ちがう……めっちゃエロイ。響さん、最高や」

 豊かに盛り上がる大胸筋を隠すブラジャーも、それを着ていることを恥ずかしがって手で胸を隠そうとする仕草も、体格に見合った中心が透け透けのレースの面積の小さな下着の中で窮屈そうにしているのも、双丘の谷間に食い込む紐のような後ろの部分も、セクシーで堪らなくて、鼻血を気合で止めた青藍は手を拭いた響をシーツの上に押し倒していた。
 艶のある濃い蜜を流したような褐色の肌に、薄紫の薔薇が良く映える。

「響さん、綺麗や」
「あ、あんまり、嬉しくない」

 恥ずかしがって顔を逸らす響の顎を捉えて口付けると、甘いフェロモンの香りがしてくる。自覚がない『上位オメガ』のため、意識してフェロモンを操ることはしていないのだろうが、それだけに自然に誘われているということで、響が青藍を受け入れてくれるつもりだと分かる。
 口付けながらブラジャーの隙間から胸に手を這わせると、指先が胸の尖りに触れる。くにくにと指で摘まんで捏ねていると、そこが立ってくるのが分かった。
 年上の響の守りたい良識も、常識も、そういう真面目なところも含めて愛したので、青藍はできる限り尊重していた。そのため、誕生日の夜に抱いて以来、もうすぐひと月経つが、青藍は響を抱くことを許されていなかった。
 響が抱かれてもいいと思うときだけにする。
 その約束は、青藍と響の間では有効である。

「俺に抱かれてから、こっち、触った?」
「ま、まさか」

 抜いたりしたかと面積の小さなレースを押し上げて勃ち上がりかけている前に触れると、ふるふると響が首を振る。そのまま指を滑らせて、双丘の狭間の後孔に触れると、そこは青藍を誘うように濡れて湿っていた。

「こっちにも、触ってへん?」
「も、ちろん」
「俺は我慢できんで、響さんの泣き顔を思い浮かべて、何度も抜いたで」
「なっ……ひぁん!?」

 食い込む紐の部分をずらして指を差し込めば、抵抗なく青藍の華奢な指を響の後孔が咥える。同じ屋根の下に番で恋人が住んでいるのに、手を出せない方がつらいという薫の言葉は本当だったと囁けば、響が目を伏せる。

「響さんに触りたくてたまらんかった。ここに入りたくて、そのことで頭がいっぱいやった」
「ひっ! ふぁっ! うぁぁ!」

 内壁を擦りながら指の数を増やし、ぐちゅぐちゅと音を立てて刺激していくと、透けるレースの下着の中で響の中心が弾けた。奥を指で掻き回しながら、ねっとりと白濁で濡れた下着の上から湿ったそこにキスをすると、レースのストッキングに包まれた響の脚が震える。

「響さんも溜まってたんやろ」
「い、わないでぇ」

 恥ずかしがる響の脚を抱えて、後孔を露わにし、中心を宛がおうとすると、半泣きの顔で首を振られた。

避妊具ゴム、付けて?」
「分かった。響さんが下着着てくれて俺の我が儘聞いてくれたさかい、俺も良い子で響さんの言うこと聞くわ」

 避妊具の場所を聞けばベッドサイドのテーブルを示されて、引き出しを開ければまだパッケージを破っていない真新しい避妊具の箱と、開けられてもいないローションのボトルが入っていた。
 発情期でなければ、オメガであろうとも男性は受け入れる場所が濡れない。今回はフェロモンを操って、無意識に発情状態になったようだが、意識的にそれを操れない響の発情期は不定期で、半年に一度くらいの割合でしか来ないことを、その匂いを感じ取れる青藍は気付いている。

「発情期やなくても、俺とできるようにとは、考えてくれてたんやね」
「で、でも、さそうとか、ぼく、むりで……」

 禁欲生活を青藍に続けさせるつもりはなかった響だが、抱いて欲しいとは言えなくて、結果的に我慢させていたことを潤んだ目で謝られて、青藍は天井を仰ぎ見た。

「もう、あかん。響さんが可愛いから、あかんのやで」

 禁欲期間のせいもあって、手加減ができそうにない。
 手早く避妊具を付けてしまって、青藍は響の脚を抱えて後孔に中心を突き立てた。性急な挿入に多少苦しそうではあるが、響が感じているのは苦痛ではなく快感だと、漏れ出るフェロモンが濃くなるのと、中がうねるように青藍を締め付けるので分かる。
 落ち着くまで理性の保てるぎりぎりまで待って、青藍はレースのストッキングに包まれた響の膝裏に手を差し込んで、腰が浮くくらいまで深く脚を曲げさせて、律動を始めた。先端がごりごりと最奥を擦るたびに、響の口から甘い悲鳴が漏れて、頬を快感の涙が伝う。

「響さん、愛してる。好きや」

 泣きながら青藍を受け入れる響の中で、青藍も達していた。
 事後に響は恥ずかしがって顔を見せてくれないので、青藍は背中から響を抱きしめる。

「僕、うまく誘えないから、やっぱり、青藍くんが月に一回くらい、ちょっと強引に、来て……」

 そうしないと響は踏み出せないし、常識にとらわれて青藍を拒んでしまう。若い青藍がしたい盛りであることも、響の方も青藍が本能的に欲しいことも、番であるのだからどうしようもできない。

「俺は遠慮せぇへんで?」

 恋には情熱的なんや。
 青藍の囁きに、響は両手で顔を覆ったまま、小さく頷いた。
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