双子のカルテット

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
13 / 29
二重奏 (デュオ)

二重奏 (デュオ) 1

しおりを挟む
 小学校を卒業する年に、卒業式のスーツを作るという響と薫に、青藍と真朱は本気で遠慮をした。

「中学の入学式は制服やから、小学校の卒業式しか着られへんのは、さすがにもったいないわ」
「スーツは嬉しいんやけど、頻繁に着るもんやないからな」

 親戚の結婚式とか、法事とか、そういうものには今までは着ていく機会がないわけでもないが、そもそも親戚付き合いのない青藍と真朱は、小学校のときでもスーツは特別なお出かけのときくらいで、ほとんど着なかった。中学になれば、尚更、そういう場面でも制服で構わなくなる。

「僕たちにとっては、青藍くんと真朱くんに作るのは、お祝いのつもりでもあるし、僕たちにできる唯一のことでもあるし、させてほしいんだけどなぁ」
「そうですね、では、妥協案として、新しい着物を仕立てるというのはどうですか?」

 着物ならば、普段三味線の練習で着ているものの他に、良いものを仕立てれば三味線の発表会のときに着られる。その妥協案には、真朱も青藍も大賛成だった。

「新しい着物の生地は、俺のは薫さんが選んでくれる?」
「全然、スーツ作るのが唯一できることとかやないで。響さんは俺にいっぱいしてくれとる」

 「良い子に育って」と感激する響もその案には賛成したようで、着物の生地を全員で見に行く日が決められた。
 叔母から連絡が入ったのは、響と薫が青藍と真朱の着物を仕立てている、小学校の卒業式の前のことだった。遠野の祖父の容体がかなり悪いということで、響と薫が青藍と真朱を連れて行くと、年上の従兄と叔母が病室の前に立っていた。

「随分前から、うちらのことも分からへんようになって、今夜が峠やて」
「なんで、もっと早くに知らせてくれなかったんですか」

 責める口調の響を、叔母がちらりと一瞥する。顔立ちは青藍にどことなく似ているが、雰囲気は冷徹なものだった。

「新しいお教室に通ってはるってお話でしたし、そちらさんはそちらさんで、お忙しいんやないかと思いまして」
「青藍さんと真朱さんのお祖父様でしょう? 孫に知らせられないようなことがあったんじゃないのですか?」

 冷ややかな眼差しには、同じく冷ややかに返す薫に、叔母が決まり悪そうに目を逸らす従兄の肩に手をやった。押し出されて、アルファ二人と『上位オメガ』の薫と、オメガとはいえ立派な体躯の響の視線に晒される従兄は、消え失せそうに肩身を狭くしていた。

「遠野の家は、この子が継ぎます。うちが祖父の面倒も見てたんやさかい、当然のことでしょう?」
 年下の真朱よりも才能がないと断じられ、アルファであるとも思えない従兄が、遠野の家を継がされるのは、完全に叔母の意志であり、本人は居心地が悪そうにしている。
「お祖父様が危篤というときに話すことではないでしょう」

 窘める口調の響の前に、青藍が立った。小学六年生で背も伸びた青藍は、まだ2メートル近い響と響よりも40センチは背が低かったが、叔母とは目線の合う背丈になっていた。

「家のことも、全部、あんさんの好きなようにしたらええ。俺らにはもう関係のない話や」
「せいちゃん……お祖父ちゃんに会わせてもらえへんの?」

 三味線の才能については、祖父に何度か褒められた覚えのある真朱。その後で叔母の嫌がらせや従兄の嫌な視線が待っていたとしても、祖父は純粋に才能を評価してくれていた。
 その才能しか見ていない姿勢が、音楽家の家としては成功を導いたのだろうが、兄である父ばかり優遇して、才能のなかった妹の叔母を冷遇したせいで今の状況が作られていることを、真朱も気付いてはいるのだろう。けれど、祖父も肉親には変わりないし、会いたい気持ちが青藍にも分からなくはなかった。

「好きにしたらええ」

 もう興味はないとばかりに逃げ出す叔母に、青藍が若干威嚇を込めた視線を向けなかったわけではない。病室ではチューブに繋がれた祖父がいて、その枕元に椅子を寄せて祖母が泣きながら座っていた。

「真朱ちゃん、青藍ちゃん、お祖父ちゃんの手ぇ、握ってやって?」
「お祖父ちゃん、真朱やで。薫さんと響さんに、新しいお教室連れてってもらって、三味線は続けとる」
「お祖母ちゃん、お久しぶりです。お祖父ちゃん、青藍です」

 枯れ木のような手を握ると濁った目を僅かに開いた祖父が、青藍と真朱を認識していたかは分からない。その二日後に祖父は亡くなり、お葬式には注文して仕上がっていた中学の制服で青藍と真朱は出た。

「あれが遠野の家を追い出された子たち……」
「アルファなら、あの子たちが継ぐのが……」

 聞こえてくる親戚の声は無視して焼香を上げて、青藍と真朱は響と薫に連れられて火葬場まで行った。幼すぎて両親が亡くなったときのことは覚えていないが、焼かれたお骨を拾うのは初めてで、怯む真朱に青藍は手を合わせて、お骨を拾って骨壺に入れた。薫に付き添われて、真朱もお骨を拾っていた。

「ひとって死んだらどうなるんやろ」

 帰りの車の中でぽつりと漏らした真朱の言葉に、青藍がそっけなく答える。

「死んだら終わりやろ。生きてこそや」
「せやけど……」
「死んでも、覚えてるひとがいる間は、そのひとの心の中に残るっていうのをよく言うけど、それって生きてるひとの話で、死んだひとがどうなるかは、死んでみないと分からないよね」

 死んでみて戻ってきたひとはいないけど。
 真剣に言う響が可愛くて、青藍は笑ってしまう。

「家のこと、本当に良かったんですか?」

 話題を変えた薫に、もしもここで下手なことを言えば、どんな手を使っても薫は遠野の三味線の家元を取り返しそうな気がして、真朱が慌てる。

「ええんや。俺はせいちゃんと二人でやっていくつもりやったからな」
「双子のデュオの三味線弾きは珍しいから、きっと売れるで。響さんと薫さん、左団扇で暮らさせたる」
「僕たちのことはいいよ」
「それは素敵ですね。二人が成功したら、私も誇らしいですよ」

 冗談を真に受けてしまう響は可愛く、余裕の表情で受け流す薫は色っぽい。
 祖父の危篤の見舞いのときに、祖母の調子も悪そうだと勘付いてはいたが、祖母も真朱と青藍が中学に入学する直前に亡くなってしまった。

「何度か連絡は取ってみたんだけど、叔母さんが繋いでくれなくて」
「お祖父様にも、お祖母様にも、小学校の入学式の写真や運動会の写真を送っていたのですが、渡っていたかどうか……」

 最期の頃に祖父は叔母のことも従兄のことも分からなくなっていたというから、その時期に叔母が家元を従兄に継がせると了承させたのだろう。そうであっても、青藍にも真朱にも、もう関係のない話だった。

「遠野やのうて、敷島になってもええんやし」
「僕たちの養子になりたいってこと?」

 響と結婚したら敷島になれると口には出さなかったつもりだが、願望が口に出ていて、青藍は慌てた。養子と養父は性的な虐待を疑われるので、法律で結婚できないことになっている。

「よ、養子やなくて……それくらい、俺はここが好きやってことや。養子には、なりたくない」
「養子、あかんの?」
「真朱、後で教えたる」

 誤魔化して側で聞いていた真朱を部屋に引きずって行って、養子と養父が結婚できないことを説明すると、真朱は顔色を変える。

「養子はあかん! 絶対ダメや!」
「せやろ? でも、俺が薫さんの養子で、真朱が響さんの養子やったら、構わへんのか」

 よく考えれば響と薫は夫婦ではなく、双子の兄弟である。二人の養子になる必要はなく、青藍は大好きな響の養子でなければ、真朱は大好きな薫の養子でなければ、結婚はできる。

「養子、ありかもしれへん」
「なんか、お前が響さんの息子やってのも、ちょっと腹立つけど、なしやないな」

 鬱陶しい叔母の執着や、遠野の親戚関係と手を切れるのならば、恋愛感情は青藍は響、真朱は薫にあるとしても、家族としては青藍は薫を、真朱は響を間違いなく愛して、信頼していた。
 大人になってから親戚に、アルファだからと家元を継ぐ面倒な争いに担ぎ上げられたくない。そもそも、家元を継ぐ継がないの才能の争いで、父と叔母の確執が生まれたのだから、二度とそんなことはしたくない。自分の子どもたちにもそんな人生は歩んでほしくない。

「俺、響さんやったら、お父ちゃんでも構わへん」
「遠野の争いに巻き込まれたくないんや。そういうので利用するのは、申し訳ない気ぃするけど……」

 二人で決めてから、真朱が響に、青藍が薫に申し込めば、二人は喜んで受け入れてくれた。

「僕たちで真朱くんと青藍くんが、嫌な大人の争いに巻き込まれないなら、利用でもなんでもしてくれていいよ」
「青藍さんが私の息子ですか。大歓迎ですよ」

 海外では養子を取るのはよくあることなので、響と薫の両親も、結婚を拒み続ける二人が孫など期待できないと思われていたのか、その報告を喜んだという。
 書類を整えて、青藍と真朱は、敷島の名字で中学に入学した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前はオレの好みじゃない!

河合青
BL
三本恭一(みもときょういち)は、ある日行きつけのゲイバーで職場近くの定食屋でバイトしている大学生の高瀬陽(たかせはる)と遭遇する。 ゲイであることを隠していた恭一は陽にバレてしまったことで焦るが、好奇心旺盛で貞操観念の緩い陽はノンケだが男同士のセックスに興味を持ち、恭一になら抱かれたい!と迫るようになってしまう。 しかし、恭一は派手な見た目から誤解されがちだがネコで、しかも好みのタイプはリードしてくれる年上。 その辺りの知識は全く無い陽に振り回され、しかし次第に絆されていき……。 R指定のシーンはタイトルに★がついています。 【攻め】高瀬陽。大学生。好奇心旺盛でコミュ強。見た目は真面目で誠実そうだが特定の彼女は作らない。ゲイへの知識がないなりに恭一のことを理解しようとしていく。 【受け】三本恭一。社会人。派手な見た目と整った顔立ちからタチと勘違いされがちなネコ。陽は好みのタイプではないが、顔だけならかなり好みの部類。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

わるいこ

やなぎ怜
BL
Ωの譲(ゆずる)は両親亡きあと、ふたりの友人だったと言うα性のカメラマン・冬司(とうじ)と暮らしている。冬司のことは好きだが、彼の重荷にはなりたくない。そんな譲の思いと反比例するように冬司は彼を溺愛し、過剰なスキンシップをやめようとしない。それが異常なものだと徐々に気づき始めた譲は冬司から離れて行くことをおぼろげに考えるのだが……。 ※オメガバース。 ※性的表現あり。

ひとりで生きたいわけじゃない

秋野小窓
BL
『誰が君のことをこの世からいらないって言っても、俺には君が必要だよーー』 スパダリ系社会人×自己肯定感ゼロ大学生。 溺愛されてじわじわ攻略されていくお話です。完結しました。 8章まで→R18ページ少なめ。タイトル末尾に「*」を付けるので苦手な方は目印にしてください。 飛ばしてもストーリーに支障なくお読みいただけます。 9章から→予告なくいちゃつきます。

【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話

十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。 ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。 失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。 蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。 初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

君は俺の光

もものみ
BL
【オメガバースの創作BL小説です】 ヤンデレです。 受けが不憫です。 虐待、いじめ等の描写を含むので苦手な方はお気をつけください。  もともと実家で虐待まがいの扱いを受けておりそれによって暗い性格になった優月(ゆづき)はさらに学校ではいじめにあっていた。  ある日、そんなΩの優月を優秀でお金もあってイケメンのαでモテていた陽仁(はると)が学生時代にいじめから救い出し、さらに告白をしてくる。そして陽仁と仲良くなってから優月はいじめられなくなり、最終的には付き合うことにまでなってしまう。  結局関係はずるずる続き二人は同棲まですることになるが、優月は陽仁が親切心から自分を助けてくれただけなので早く解放してあげなければならないと思い悩む。離れなければ、そう思いはするものの既に優月は陽仁のことを好きになっており、離れ難く思っている。離れなければ、だけれど離れたくない…そんな思いが続くある日、優月は美女と並んで歩く陽仁を見つけてしまう。さらにここで優月にとっては衝撃的なあることが発覚する。そして、ついに優月は決意する。陽仁のもとから、離れることを――――― 明るくて優しい光属性っぽいα×自分に自信のないいじめられっ子の闇属性っぽいΩの二人が、運命をかけて追いかけっこする、謎解き要素ありのお話です。

夫には言えない、俺と息子の危険な情事

あぐたまんづめ
BL
Ωだと思っていた息子が実はαで、Ωの母親(♂)と肉体関係を持つようになる家庭内不倫オメガバース。 α嫌いなβの夫に息子のことを相談できず、息子の性欲のはけ口として抱かれる主人公。夫にバレないように禁断なセックスを行っていたが、そう長くは続かず息子は自分との子供が欲しいと言ってくる。「子供を作って本当の『家族』になろう」と告げる息子に、主人公は何も言い返せず――。 昼ドラ感満載ですがハッピーエンドの予定です。 【三角家の紹介】 三角 琴(みすみ こと)…29歳。Ω。在宅ライターの元ヤンキー。口は悪いが家事はできる。キツめの黒髪美人。 三角 鷲(しゅう)…29歳。β。警察官。琴と夫婦関係。正義感が強くムードメーカー。老若男女にモテる爽やかイケメン 三角 鵠(くぐい)…15歳。Ω→α。中学三年生。真面目で優秀。二人の自慢の息子。学校では王子様と呼ばれるほどの人気者。

処理中です...