双子のカルテット

秋月真鳥

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四重奏

四重奏 朱 5

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 響と薫では、真朱と青藍の教育方針が違っているようだった。

「あの子たちに将来大事な相手ができたときに、守れるようにとは思うけど、こんな小さな時期からアルファの特性を使いこなすような教育は早すぎると思う」
「自分が持っているものを知らずに、制御できず使ってしまうことの方が、余程周囲にとってあの子たちが脅威になってしまいますよ。私たちだって、自分たちの腕力があることを知っているから、誰も傷つけないように制御して生きているでしょう?」

 子どもの肘は非常に抜けやすい。大人の男性が体を持ち上げるつもりで両手を引いた程度で抜けてしまうことを、子どもを引き取るときに響と薫は学習した。そのために、真朱と青藍の肘が抜けるようなことはしていない。
 それと同じように、自分がアルファとしてどんな力を持っていて、それにオメガやベータがどんな風に弱いのかを早いうちから知っておけば、逆に相手を傷付けずにいられるというのが薫の意見だった。

「子どものうちは、僕は真朱くんと青藍くんに子どもでいてほしい」
「現実として、アルファという性に生まれてしまって、私たちオメガと暮らしているのですから、子どもであっても自分の性の自覚というのは大事ではないですか」

 話し合う保護者の声を耳に入れながら、真朱と青藍は冷やしたミルクティーの上にアイスクリームを乗せたティーフロートのおやつを食べていた。夏休みに入ったが、小学生になったし、学童保育はあるもののいざこざを起こした同級生も一緒だったので、「おとなしぃするから、おうちにおりたい」と頼んだ真朱の願いで、青藍と真朱は長い休みを家で過ごしていた。
 小学校のプール開放には行っているし、近所の公園で保育園から一緒の子たちと遊ぶこともある。午前中は宿題をしたり、三味線を弾いたり、夏休みの小学生らしくだらけて漫画を読んだり、自由に過ごせるのが、真朱にも青藍にも、ごく普通の家庭のようで嬉しかった。
 店が住居部分と繋がっているので、暇があると薫か響が様子を見に来てくれる。おやつは休憩時間にみんなで食べていた。

「薫ちゃんの言うことも一理あるけど……」
「そういえば、響、母さんからの電話、なんだったんです?」
「あ、話題をすり替えた。ずるいなぁ、薫ちゃんは」
「響にだけだったから、気になってたんですよ。また、アレですか?」

 声を潜めた薫に、青藍が耳をそばだてるのが分かる。真朱もそわそわと話を聞いていた。
 密やかに話されるのは響にお見合いの話を、母親が持ってこようとしているということだった。

「ひびきさん、けっこんするんか!?」
「あぁ、まそほ」

 気になったことはすぐに口に出てしまう真朱に、青藍が頭を抱える。そのまま盗み聞きしていたかったのだろうが、響に見合いの話が来ているということは、薫にも来ていないはずはないので、真朱はそれが心配になってつい口を挟んでしまったのだ。

「結婚する気はないよ」

 フェロモンが出ないオメガだからとか、そういう理由だけではなくて、響も薫も結婚をする気がないからこそ、真朱と青藍を引き取ったのだという。

「私のせいですよね。アルファの嫌な部分を響にも見せつけちゃいましたから」
「それもあるけど、見合いで結婚なんて、会ったこともない相手と、信じられない」

 話を聞けば、日系のフランス人の二人の父親は、母親に一目惚れをしたけれど、親の許しがなければ結婚をできるような家系ではなかったので、母親の両親に頼み込んで見合いをセッティングしてもらったのだ。

「父は恋愛結婚のつもりで、母は見合い結婚の認識なんだよね、うちは」
「すごく仲のいい夫婦なんですけどね」

 父親の方は薫と響に自由に恋愛をしていいという主義なのだが、母親の方は見合いを勧めてくる。

「なんで、ひびきさんにだけ?」

 もう真朱が聞いてしまったので関係ないかと問いかけた青藍に、薫がにっこりと微笑んだ。答えがなくとも、それだけで、薫が『上位オメガ』であり、丁寧な喋り方に似合わぬ奔放な性格から、見合い相手のアルファになにかしたのだろうと青藍と真朱は察してしまった。

「夕飯まで遊びに行きますか?」
「あついし、へやであそんでるわ」
「おれも、へやでごろごろしてる」

 休憩時間が終わって店に戻る薫の問いかけに、青藍と真朱は答えて部屋に戻った。日当たりがいいが、紫外線除けのカーテンを閉めてクーラーをつければ、二人の部屋は夏でも居心地が良かった。床のラグの上に座布団を敷いて正座をして三味線を弾き始めた真朱に、青藍も並ぶ。

「そのきょくおわったら、こっちやで」
「わかってる」

 買ってもらった新しい楽譜で、真朱は薫の好きなクラシックを、青藍は響の好きなジャズを練習していた。夏生まれの二人はもうすぐ誕生日が来る。そのときに薫と響が毎年ケーキを手作りしてくれるのだが、今年はサプライズで真朱と青藍の方が、育ててくれるお礼に曲をプレゼントしようと計画していたのだった。
 三味線の稽古を二人がするのはいつものことだし、店にいるときはともかく家に戻ったら部屋から音が漏れて聞こえているだろうが、それでもプレゼントということは内緒にしていた。
 4歳の春、保育園の入園の少し前に来た真朱と青藍は、敷島家に来てから二年以上が経っていた。小学校に入ってからは三味線の教室にも通わせてもらって、アルファとしての才能を発揮している。叔母の家では実力を隠さなければいけなくて、年の割りにものすごくうまいと褒められるのも新鮮で、単純な真朱などは教室に通うのが楽しみでならなかった。聡い青藍の方は、教室の先生が後継として自分たちを引き取りたいと言い出しそうな雰囲気を感じ取っていたが、響と薫に二人を手放す気がないことが救いのようだった。

「あのせんせいのおこさん、オメガやろ。けっこんせぇへんかって、もうちょいおおきなったらいわれそうなきがする」

 晩御飯の準備に、先に仕事を切り上げた響が住居部分に戻ってきた気配に、三味線と撥を片付けていると呟いた青藍に、真朱は「そんなんむりや」と首を振った。

「かおるさんとしか、おれ、けっこんしたくない」
「おれかて、ひびきさんとしか、かんがえたこともないわ」

 15、6歳のときからお見合いを持って来られて、それが嫌で進学を理由に父親の母国のフランスに逃げたという響と薫。『上位オメガ』として自己防衛できる薫でもお見合いをさせられるとなると真朱は嫌な気分になるのに、母親から響がしつこくお見合いの話を持って来られているとなれば青藍がどれだけ不快か考えるまでもない。

「おみあいことわってるくらいやから、おれらにそんなんもってきたりせぇへんやろなとは、あんしんしたけど」
「いややぁ! かおるさんが、おれにおみあいとかもってきたら、おれ、しんでしまうかもしれへん」

 憧れのようなものと思われているかもしれないが、真朱の気持ちに、あれだけ鋭い薫が気付いていない。鈍い響は恐らく、何も気付いていないだろうが。

「それくらいで、しぬな。そんときは、りゃくだつあいや!」
「むりやぁ! かおるさんあいてに、こわいことできひん」

 そもそも『上位オメガ』である薫を自分の自由にできるはずがないと、真朱は知っていた。できたとしても、あの誇り高くも美しい薫にそんなことをすれば、軽蔑されるくらいでは済まないと分かっている。

「おれのもんにしたいなぁ」

 青藍の呟きは、真朱の気持ちと同じだった。
 誕生日の日には、薫と響はコンポートされた桃が花のように飾ってあるタルトを作ってくれた。スポンジよりもバターの香りのするタルト生地が好きな二人は、大喜びでそれを食べた。
 誕生日お祝いは、薫がデザインして、響が作った色違いのバッグと服のセットで、それを受け取ってから、「ちょっとまってて」とお願いして真朱と青藍は部屋から三味線一式を持ってきた。

「むずかしくて、ぜんぶはひけへんかったけど、それでも、いっしょうけんめいれんしゅうしました。きいてください」

 ピアノ曲として有名な「ラ・カンパネラ」は薫が携帯の着信音にしているくらい好きな曲なのだが、分厚い楽譜の全部を弾けるわけもなく、泣く泣く割愛して、メジャーな部分だけを青藍と連弾で弾いたが薫は感動して拍手喝采の後で真朱を抱き締めてくれた。

「ひびきさんの、すきなきょくやってきいたから」

 青藍が選んだのは「The Rose」で、これは最後まで二人でパート分けして弾いた。

「たんじょうびだけやなくて、ひごろから、かおるさんもひびきさんも、おれらがいちばんうれしいことをしてくれるから」
「おれらも、ちょっとでもふたりによろこんでもらえへんやろかって、れんしゅうしてたん」

 学童保育に行きたくなかったのは、あの揉めた子のせいではない。あの子なんて最初から真朱の眼中には入っていなかったし、睨みつけた日からあの同級生は真朱に近付かなくなった。学童保育はクラス分けも学年分けもないので、青藍も一緒で、真朱には怖いことはなにもなかった。

「おしゃみのれんしゅうしたかってん」
「やから、がくどういかへんっていうたけど、もういってもええで?」

 二人の仕事の邪魔になっていないか。心配されていないかどうかだけが気がかりだったのでそう言えば、真朱は薫に、青藍は響に抱き締められる。

「こんないい子が家にいて、困るわけないでしょう」
「そろそろ夏季休暇も取るつもりだったし、曲のお礼に旅行に行こうか」

 抱き締められた喜びと、楽しい夏休みの予感に、真朱と青藍は顔を見合わせてにっこりと微笑んだ。
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