双子のカルテット

秋月真鳥

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四重奏

四重奏 青 3

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 翌朝、着替えを済ませた青藍と真朱は、朝食の後でリビングに呼ばれて、ソファの前のローテーブルに並んだバッグやエプロンを目にした。
 赤茶色の布と、紺色の布で作られた、絵本袋、靴袋、コップ入れ、エプロンにリュックサックまである。

「僕たちはね、こういう仕事をしてるんだ」
「正確には、作っているのは服ですけれど、私がデザインをして、響が型紙を作って作製をしています」
「青藍くんと真朱くんは、名前に色が入ってるから、そのイメージで作ったんだけど、何が好きか分からなかったから、無地にしたんだよね。なんの動物が好き?」

 刺繍をしてくれるという響に、真朱が赤茶色のバッグとエプロンに手を伸ばす。

「これ、ぜんぶ、まーと、せいちゃんのなんか?」
「そうだよ」
「まー、ねこさんがすきや!」
「青藍さんは何が好きですか?」
「すきなもん……ちょうちょ、やろか」

 答えた二人が見ている前で薫が真朱の赤茶色の絵本袋と靴袋とコップ入れとエプロンとリュックサックに猫の刺繍を入れて、響が青藍の絵本袋と靴袋とコップ入れとエプロンとリュックサックに蝶々の刺繍を入れてくれる。何本もの色の違う刺繍糸を使っての刺繍は見事で、青藍も真朱もそれに見とれてしまった。

「仕事はほとんどお家でするけど、ずっと青藍くんと真朱くんのことを見ていられないから、保育園には行くことになるよ。保育園は、前も行ってたから大丈夫だよね?」
「夕方にはお迎えに行きます」

 もうすぐ5歳とはいえ、大人の目がなくて家の中で遊ぶのは危ない。保育園に行かせた方が自由に遊べるし、年相応の行動ができる。
 人見知りで臆病な真朱でも、薫に説得されると「せいちゃんといっしょやから」と納得していた。
 刺繍が終わった絵本袋と靴袋とコップ入れとエプロンとリュックサックを抱き締めて、青藍と真朱は部屋に戻った。それぞれの机にそれを片付けなければいけないのは分かっているが、自分のために作られたものなど持った記憶のない二人にとっては、宝物のようで、なかなか手を離せない。

「せいちゃんのちょうちょ、きれいやな。まーのねこさん、だいふくもちみたいながらがあるんやで」
「……あのひとら……もしかして、ええひとなんやろか」

 物で騙されてはいけないと思いつつも、昨夜抱き締めて眠ってくれたときにも、響は少しも青藍に嫌なことはしなかったし、水着で隠れる場所に触れてくるようなことはしなかった。むしろ、いい匂いがして、暖かくて、心地よく安心して眠れた。

「かおるさん、まただっこしてくれるやろか。してほしいなぁ」

 真朱に至っては、今日も薫に抱っこされるのを期待している。

「片付けたらリビングにおいでー! 採寸するよ」
「さいすん!? せいちゃん、さいすんって、なんや?」
「わ、わからへん」

 名残惜しく作ってもらったものを片付けてリビングに行くと、服を脱がされて、下着一枚にされて、ついに嫌なことをされるときがきたのかと体を硬くする青藍に、響がメジャーを持って肩幅や身幅、腕回りなどを手際よく測っていく。

「やぁや、くすぐったい」

 きゃっきゃと笑っている真朱は、薫にメジャーで測られていた。

「色違いの服を作りましょう。色は何色が好きですか?」
「刺繍も入れようね」

 それを着て保育園に改めて入学する。

「小学校に入るときには、スーツも作りましょうね」

 採寸が終わって服を着ていいと言われた青藍と真朱は、顔を見合わせた。

「スーツって、つくれるんか?」
「それが、僕たちのお仕事だってば」

 明るい響の笑い声。
 もしかすると、このひとたちは信用していいのかもしれない。
 青藍の警戒をゆっくりと響と薫が溶かしていった。
 保育園に入る前に病院に行かなければいけないと薫に言われて、真朱は泣き出しそうになってしまったが、青藍は少し驚いていた。お金がないからと、叔母は病院になど病気になっても連れて行ってくれなかったし、病気など気のせいだ、気合いで治せとまで言われた。

「母子手帳が荷物に入ってたから見せてもらったけど、いくつか予防接種を受けてないみたいなんだ。今からでも間に合うから受けに行こう」
「ちゅーしゃ、すんの? まー、ちゅーしゃ、きらいや」
「注射が好きなひとはなかなかいないでしょうね。私も嫌いですよ、痛いですし」
「かおるさんも、きらいなん? ちゅーしゃで、ないてしもても、わらわへん?」
「笑いませんとも」

 抱っこして予防接種を受けさせてくれるという薫に、真朱は納得したようだった。

「びょういんて、おかねがかかるんやないか? おれ、いっせんももってないで」
「青藍くんと真朱くんの安全のために、バース性も調べておかないといけないからね」
「……ひびきさんは?」

 薫だけではなく、響からも甘い香りが漂ってきているのには、青藍は気付いていた。抱き締めて眠ってくれたときに、その匂いは嫌なものではなく、心落ち着くものだった。

「僕も薫ちゃんもオメガだけど、強い薬で抑制してるから平気だよ。今はいい薬が出来てるから、アルファでも、オメガのフェロモンに反応しないようにすることもできるらしいし」

 気を許しても良いかもしれないと思った矢先のバース性の問題。
 まだ成熟していないから良いものの、恐らくアルファの青藍は、オメガの薫や響に反応してしまうかもしれない。そうなれば、居心地が良くなりかけているこの場所を失ってしまう可能性が出てくる。

「く、くすり、おれ、ほしい……」

 今ですら薫や響の香りに気付く青藍は、オメガのフェロモンに敏感なのかもしれない。震える青藍に響が膝をついて目線を合わせてくれる。

「何か不安なことがあるの?」
「おれ、アルファやないかとおもうてる。アルファやったら、ひびきさんは、おれをどこかにやってしまう?」

 そのときには、せめて真朱だけでも薫にこれだけ懐いているのだからここにいさせてやってほしい。そう口にしたいのだが、双子の片割れと引き離されることを思うと、青藍は不安で涙が滲んできそうになって、喉から言葉が出ない。

「大丈夫、オメガもアルファも、お互いにお薬をちゃんと飲んで、気を付ければ困ったことにならないよ」

 それに、きっと僕は誰の対象にもならない。
 ふっと笑った響の笑顔の意味が分からず、青藍は首を傾げる。

「薫ちゃんも、僕も、出来損ないのオメガなの」

 発情期ヒートで誰も反応しないオメガで、体のきつさを和らげるために妊娠しないような強い薬を飲んでいるという説明に、青藍は目を見張った。なぜなら、青藍はずっと二人に良い香りがすると感じている。

「できそこないって、かおるさんとひびきさんは、こんなにやさしいやないか! ええにおいもするし」

 ぎゅっと抱き着いて薫を庇う姿勢の真朱に、薫も笑い出した。

「本当に良い子たちですね」

 あなたたちの成長に関われて嬉しい。
 本当に結婚も、恋愛も諦めて、兄弟だけで世界を閉じて二人が暮らしているのだと、薫の言葉で青藍はなんとなく悟った。
 予防接種で薫は泣いてしまった真朱をずっと抱っこしてくれていた。

「いたいー! やぁやー! ごわいー!」
「もう終わりましたよ」
「ほんま? もうおわったんか?」

 泣き喚いたと思ったら薫に抱き締められてあっさり泣き止んだ真朱の番が終わって、次は青藍が呼ばれる。自分は弱虫ではないというプライドで抱っこを求められない青藍を、何も言わずとも響は膝に乗せてくれた。

「注射の針を見なければ良いよ」
「みとらんと、いつうたれるかわからんし、ぎゃくにこわい」

 自分の腕に刺される注射針を涙目で見つめる青藍に、響の方が「痛くない? 大丈夫?」と狼狽えているようだった。
 バース性の検査には数日かかって、結果が出たときには、青藍も驚いた。
 予期していた青藍だけでなく、真朱もまた、アルファだったのだ。

「抑制剤を使ってるから、問題はないと思いますけど」
「なんかあったら、いややねん」

 もしものときのために、オメガのフェロモンに反応しないための薬を処方してもらいたがる青藍は、まだ精通も来ていないし、早すぎるということで医者に却下されて非常に不満だった。

「ゴリラみたいなのと、事故ったら大変だもんね」
「ゴリラやない、ひびきさんは……」

 確かに長身で逞しい体付きをしているが、エキゾチックな整った顔立ちで、褐色の肌も長いびっしりと生えた睫毛も美しい響に、今更に気付いて、青藍は立ち尽くした。
 美しいひと。
 守りたいのは双子で泣き虫の真朱だけだったけれど、このひとに危害が及ばないようにしたい。
 自分がアルファだという重みを知った青藍だった。
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