双子のカルテット

秋月真鳥

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四重奏

四重奏 青 2

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 夕食の後はお風呂の時間。
 後片付けを終えた響が、青藍と真朱に問いかけた。

「真朱くんと青藍くんは、僕と薫ちゃんと、どっちとお風呂に入りたい?」
「おれら、ふたりではいれます」

 餃子を作るときに感じた甘い香りに、青藍は恐怖を覚えていた。発情期ヒートのオメガにアルファは逆らえない。具体的にどのようなことになるのか分からないが、怖いことをさせられるのではないだろうか。

「小さい子だけでお風呂に入れるのは心配ですが、二人で入りたいなら、バスルームの横の脱衣所で待っていても良いですか?」

 嫌だといえばあっさりと尊重してくれる薫に拍子抜けしながら、青藍は真朱の体を隠しながら服を脱いだ。
 まだ幼いので髪が上手に洗えないのだが、それも二人で協力してどうにかやってきた。今更人の手を借りることはないと、お風呂に入ったのだが、綺麗なバスタブに暖かなお湯がたっぷりと入っていて真朱が目を丸くした。

「せいちゃん、おゆがきれいや。いっぱいはいっとる」

 叔母の家ではお風呂は最後に入って、お湯はほとんどバスタブに残っていなかったし、冷めかけていた。火傷をしたり溺れたりしないように、お湯を増やしてはいけないというのが叔母との約束だったので、少ないお湯でなんとか凌いでいた真朱と青藍にとっては、それが物凄い贅沢に思えた。

「こんだけおれらをあまやかすんや……ぜったい、なんかある」

 水着で隠れる場所に触られたら、はっきりと嫌だと言うこと。
 保育園で教えられた知識を総動員する青藍に、真朱は嬉しそうに洗面器でお湯を掬い上げて体を洗ったり、髪を洗ったり、無防備だった。

「まそほ、あのひとらは、おれらにいたいことや、いやなことをさせるために、ゆだんさせてるんかもしれへん。きをゆるしたら、あかんで」
「せやけど、せいちゃん、ぎょうざ、おいしかったで?」
「ゆだんさせるための、わなや」
「ぎょうざは、わな!? どないしよ、いっぱいたべてもた」

 ぽんぽこりんになっているお腹を見せていた真朱が、モジモジと脚を擦り合わせる。それに青藍ははっと気付いた。

「おしっこ、がまんできるか?」
「もれるぅ! もれてまうぅ!」

 お腹いっぱい食べた上に、お風呂で腹圧がかかったのだろう、お手洗いに行きたがる真朱の手を引いて脱衣所に出たところで、薫と目が合って、青藍は反射的に真朱を背中に隠した。二人とも水着で隠れる場所どころか、全裸である。

「もうむりぃ!」
「あぁ、まそほ!?」

 泣き出した真朱が我慢できずに、バスルームから出た足拭きマットの上で、じょぼじょぼと真朱がおしっこを漏らしてしまう。

「先にお手洗いに行っておけば良かったですね。真朱くん、青藍くん、足拭きマットを取り替えるので、一度バスルームに戻って、体を流してきてくれますか?」
「薫ちゃん、手ぇ足りてる? シャワーの音しなかったけど、使ってないの?」
「シャワー、つかってええの?」

 顔を出した響に、真朱が目を丸くしたのに、「あぁ」と響が眉を下げた。

「ごめんね、初めてのお家だもんね、使い方が分からないよね。こっちが温度のハンドルで、こっちに回すとシャワー、こっちは蛇口の方。おいで、流してあげるよ」

 丁寧にシャワーの説明をして、下半身がおしっこで濡れた真朱を流そうとする響の手から、青藍はシャワーノズルを受け取った。

「まそほのことは、おれがしますんで」
「温度調整の赤いところのボタンは押しちゃダメだからね。熱いお湯が出てきちゃうからね」

 特に食い下がることなくバスルームから出て行ってくれた響に拍子抜けしつつ、青藍は真朱の体を流す。

「シャワー、はじめてつかった。きもちええね」

 ぽやぽやと笑っている真朱をこれからどうすれば守れるか。
 青藍の戦いは始まったばかりだった。
 お風呂から出たらドライヤーで髪を乾かされた。ゴーゴーと鳴る音と熱風に、真朱は怯えてしまったが、薫の膝の上で大人しくしていた。手を伸ばして膝の上に乗せようとする響から、青藍はそっと逃れる。

「ひとりですわれるから」
「そう? サラサラの黒い髪、綺麗だね」

 癖のある黒髪の響には、青藍の真っ直ぐな黒髪が魅力的に見えるのかもしれない。叔母は響と薫を同性のカップルと言っていたが、あれはどういう意味だったのだろう。

「ひびきさんとかおるさんは、けっこんしてはるの?」

 純粋な子どもを装って問いかければ、響と薫が顔を見合わせて吹き出した。

「見えないかもしれないけど、僕と薫ちゃんは、青藍くんと真朱くんと同じなんだよ」
「すごく低い確率ですけど、人種の違う双子が生まれることがあるんですよ」
「恋愛関係が面倒だから、色々言われても否定してないけどね」

 褐色の肌に黒髪の響と、白い肌に金髪の薫が、双子だと言われても、青藍には信じられなかった。しかし、黒髪の青藍と、赤茶色の髪の真朱が双子なのだから、そういうこともあるのかもしれない。

「おしごとは、なにしてはるん?」
「それは、明日教えてあげるね。今日はもうお休みなさい」

 赤茶色のお目目をキラキラと輝かせて聞く真朱は、完全に響と薫に心を許している。素直だといえば聞こえはいいが、真朱は幼くてちょろいのだ。
 お休みなさいを言って部屋に行くと、キルティングのベッドカバーのかけられた二段ベッドを覗き込む。

「うえでねたら、おちてまうかもしれへん……」
「さくがついとるわ。まぁ、ええ。おれがうえでねるわ」

 紺碧の夜空に大きな星の縫われたキルティングのベッドカバーは、剥がすのが少しもったいない気がした。シーツは清潔で、お布団もふかふかでいい匂いがする。

「せいちゃん、こっち、きてや」
「どないした?」

 下の段に寝た真朱から呼ばれてベッドに滑り込むと、二段ベッドの上の段の裏側、寝たときに見える位置に星座盤が貼ってあった。もしかしてと二段ベッドの上の段に寝ると、近く見える天井に星座盤が貼ってある。

「ほいくえんのえんそくでいった、プラネタリウムみたいや」

 無邪気に喜ぶ真朱を、この時ばかりは青藍も馬鹿にできなかった。ほんの少しだけ、この家に来て良かったなどと思ってしまったのだ。
 しかし、まだ油断はできない。夜中にあの二人がこの部屋に来て、青藍や真朱に変なことをしないとも限らなかった。緊張していても、長距離の移動の後でお腹はいっぱい、体もお風呂で温まっていて、眠気に負けて青藍の瞼が重くなる。
 うとうとと眠りに落ちそうになっていたところで、二段ベッドの下の段から泣き声が聴こえて、青藍は跳ね起きた。微睡んでいる間に、あの二人が真朱のところに来たのかもしれない。

「どないした、まそほ?」
「うぇっ……ふぇ……」

 泣き止まない真朱に周囲を警戒するが、誰かいた気配はない。

「なんかされたんか?」
「ん、んんっ」

 違うと否定しつつも泣き止めないでいる真朱の声が聞こえたのか、廊下を足音が近付いてくる。それが誰のものか気付いた青藍は、真朱を抱き締めて口を閉じさせた。

「おこしてしもた……しかられる……」

 夜中にオムツを替えてくれないどころか、叔母は真朱が泣いていると煩いと定規で手を叩いた。青藍が庇っても一緒に叩かれるだけで、真朱を助けることはできない。
 この家でも青藍は真朱を助けられないのか。
 性格も臆病で、素直で、年相応に無邪気で、体の発育も遅い真朱を、両親が亡くなってから青藍はかばい続けてきた。そのことが青藍の存在価値のようになっていた。

「怖い夢でも見ましたか?」

 ドアが開いて廊下の光を逆行に、長身の逞しい二人が立っているのに、真朱は完全に怯えきってオムツの中でおしっこを漏らしていた。必死に真朱を抱きしめるが、青藍もまだ5歳前で痛いことは怖いので震えてしまう。

「ま、ママぁ!」

 大声で泣きだした真朱は、2歳前に母親を亡くしているので、その存在を覚えているはずはない。ただ、保育園で他の園児たちが母親に優しくされているのを見て、『ママ』という概念を知っているだけだ。それが自分たちにはなくて、どれだけ呼んでも、泣いても助けてくれることはないと、青藍は知っているから呼ばないだけで、泣きたいような寂しい夜には、『ママ』がまだ二人には必要だった。

「薫さんじゃだめですか?」
「か、おる、しゃん?」
「真朱さん、どうぞ」

 床に膝をついて両腕をゆるりと広げた薫の腕に、最初は躊躇っていたが、真朱がよれよれと歩み寄っていく。分厚い胸にぽすんと顔を埋めて抱き締められて、真朱はぎゅうっと薫に抱き着いた。

「かおるしゃん……うぇぇ、かおるしゃん……こあいよぉ、ざびじいよぉ!」
「私がここにいますよ」

 優しく囁いて真朱の背中を撫でる薫に、なぜか青藍は心臓をぎゅうっと掴まれたような気持ちになった。薫の隣りに立っていた響が、ゆっくり歩いてきて青藍の前で膝をつく。

「青藍くんも、大変だったんだね」

 髪を撫でられて、暖かな手で頬に触れられた瞬間、ぼろぼろと溢れた涙に、青藍自身が驚いた。

「おれっ、まそほを、まもらなあかんとっ……」
「僕と薫ちゃんが、青藍くんと真朱くんを、できる限り守るよ」
「さ、さわらせたら、あかんのやて……み、みずぎで、かくれるところ……」
「それは大事なことだね。もしそういうことをするひとがいたら、僕たちに教えてね」

 何があろうと青藍と真朱を守ってくれる。
 そう約束した響に、緊張しきっていた青藍も限界で、抱き着いて声を上げて泣いてしまった。泣いたまま、寝てしまった真朱と青藍は、抱っこされて、それぞれ薫と響の部屋に連れ帰られて、抱き締められて眠った。
 誰にも邪魔されない、深い安心の中の眠りだった。
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