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20.僕のダイエット
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寛が浅漬けを漬けるようになった。
店でも出せるようにたれを配合して、独自の浅漬けを作り出したようなのだ。
白菜やキャベツの浅漬けを練習台にたっぷりと食べさせられたが、僕は特に不満はなかった。むしろ美味しくて大満足だった。
問題があるとすれば、僕の体重だ。
毎朝寛の朝ご飯を食べて、毎日のように寛のお店に行って定食を食べて、時々夜も食べて帰る。
それだけ食べていても、僕の運動量はほとんどないので、体重が増えて、元々背が高くてずんぐりとしていたのが、まさにクマのようになっている。
これはいけないと僕はまず、エアロバイクの導入を考えた。
「ゆーちゃんのご飯が美味しすぎて、太っちゃった。痩せたいんだ」
「いいけど、続くのか?」
「続けるよ!」
引きこもりの僕は外に出るのがあまり好きではない。寛のお店との行き帰りくらいで、それ以外はほとんど外に出ない。
食料も寛が自分が使う分だけ買って来てくれるし、日用品の買い出しには行くけれど、それも週に一度くらいで、近くのスーパーで済ませている。
遠出はしないし、作家とは休みというものはそもそも存在しないような仕事である。ライターの仕事もどんな場所でも自由にできる代わりに、決まった休みというのが自分で選ばなければ取ることができない。
そんな状況で引きこもって、寛のお店にだけ行って、毎日美味しいものを食べていたらそれは太るというものだ。
「今度から、僕の朝ご飯は少なめにして」
「それはいいけど、昼までもつのか? 間食したら意味がないどころか、無駄だぞ」
「それは……」
寛は冷蔵庫に僕がアイスクリームを入れているのを知っている。いいメーカーの新作のアイスクリームも買っている。
小腹が空いてそれを食べてしまえば、ご飯茶碗一杯分以上のカロリーがあることも知っている。
「……それじゃ、昼を少なめに」
「ご飯だけ減らすのはありかもしれないな。『ご飯少なめ』で注文するひとも、『ご飯多め』で注文するひともいるから、注文のときに言ってくれ」
お昼を少なめにすることに関しては、寛も協力する姿勢を見せてくれた。
最後は夜なのだが、これは少なくする自信がない。
「夜はお店に行かない!」
「来てくれないのか!?」
「ダイエットが成功するまでは!」
家で食べている分には食べ過ぎることもそんなにないし、時間は遅くなるけれど毎日同じ量を食べられる。
僕の決意に寛は少ししょんぼりしていた。
「夜のメニューも食べて欲しいのがいっぱいあったのに」
「ちゃんとダイエット出来たら食べに行くから」
「それなら、徹底的にダイエットしろよ?」
言われて僕は頷いた。
通販で買ったエアロバイクは本やタブレット端末を置く台があって、そこで資料を読みながらエアロバイクを漕ぐことができる。
寛のお店に行くときも遠回りをして川べりの道を通って行って、帰りも川べりの道を歩いて帰るようにした。
それだけでは到底足りないので、畳めるヨガマットを買って、床に広げてプランクという決まった形を維持することによって筋肉を使って脂肪を落とす運動もやってみることにした。
季節は真夏になっていたので、僕は帽子を被って、日除けのパーカーを着て川べりを歩く。川を渡る風は涼しいのだが、どうしても汗が出て来る。
寛のお店に行くときは汗が厄介だが、帰るとすぐにシャワーを浴びるようにした。
シャワーを浴びた後はアイスクリームが食べたくなるけれど我慢。
こういう生活を一か月。
僕の体重は減らなかった。
「減ってはいないけど、体脂肪率は減ったんじゃないか?」
「計れないから分からないよ」
「脂肪は水に浮く。筋肉は沈む。筋肉の方が体積にしてみれば重いから、脂肪が筋肉に変わったんじゃないかな」
寛の見立てはそうだった。
体重が減らなかったことをがっかりしている僕に、寛は言う。
「この生活が続けられれば、体重も減って来るんじゃないかな」
「僕、がちがちの筋肉ダルマにならない?」
「なって、困るのか?」
素朴に問いかけられて僕は考える。
冬眠前の熊さんのように太った僕と、筋肉でがちがちになった僕。
比べてみると筋肉ダルマの方がマシな気がする。
「困らなかった」
「それじゃ、また夜も店に来てくれるか?」
「それは、まだ……」
もうちょっと痩せてからと言うと、寛は「そうか」と答えた。
その日から、僕のメニューが少し変わった。
朝は海苔巻きとお味噌汁に、塩昆布で和えたキャベツが付いてくる。
昼の定食は、五目煮や、小松菜と薄上げの煮びたし、浅漬けなどの野菜類が多めに出て来る。
晩ご飯も野菜が一品増えた気がした。
「ゆーちゃん、最近、僕に野菜を食べさせようとしてるよね」
「野菜は腹持ちがいいから、間食しなくなるだろ」
「僕が間食してるの、バレてるの!?」
そうなのだ、僕は完食が激しい。
頭を使う仕事なので、どうしても糖分が必要になってくるのだ。
グミやキャンディやキャラメルは常に持っているし、芋けんぴもポテチも大好きだ。
「冷蔵庫に煮卵と浅漬け入れてるから、どうしても間食したくなったら食べろ」
「ありがたいけど、寛の負担になってない?」
僕の問いかけに寛が困ったように眉を下げる。
格好いい寛にこんな顔をさせるのは何となく申し訳なくなってしまう。
「夜にお店に来てくれるようになるまでは、ダイエットに協力するよ」
そう言う寛の方が、僕にはほっそりしてきて見えている。
僕がタブレット端末を見ながらリビングにヨガマットを敷いてプランクをやっていると、横で寛も自然にプランクをやっているのだ。
板張りでやるので、寛の分のヨガマットも買って、二人で筋トレをするのが日課になってしまった。
僕は一日中家にいるのだが、寛はお店で働いている。寛の方がほっそりしてくるのは当然のことだった。
「かーくん、これ、よかったら使ってくれよ」
「なにこれ!? 格好いい!」
寛が僕にくれたのは、唐傘のような格好いいデザインの日傘だった。これならば男性が差していても少しもおかしくない。
そもそも男性が日傘をさすののどこがおかしいのか、僕にはよく分からないのだが。
僕のものだとすぐに分かるように、僕は日傘にパンダのマスコットを付けた。
「晴雨兼用なんだ。折り畳みにもできるし。これからの季節、歩くにしても熱射病に気を付けてくれよな」
僕のことを気にかけてくれる寛に、僕は何度も「ありがとう」とお礼を言ったのだった。
日傘をさすとこんなにも涼しいのかと驚かされる。
日傘の裏側は銀色になっていて、完璧に日光を防ぐような作りになっている。
日傘を差し始めてから、僕は快適にお店までの遠回りもできるようになった。日焼けのパーカーよりも日傘の方がずっと涼しい。
パンダのマスコットについている鈴が歩くたびにちりちりと鳴る。
それを聞きながら歩いていると、僕は浴衣を着たくなっていた。
叔母が和服を着るひとで、小さい頃から僕は浴衣を着せてもらっていた。大きくなってからも僕の体に合う浴衣を叔母は仕立てて、送ってくれていた。
お店に辿り着いて近くの張り紙を見ると、花火大会の文字。
花火大会なんてどれくらい行っていないだろう。
そもそも僕は夜に外に出るのが好きではない。
夜はひとではないものが活発に動き出す時間だからだ。
そんな時間にある花火大会に今までは行きたいとは思わなかった。
僕の足元で猫又が満足そうに何かを食べて顔を洗っている。僕を追い駆けてこようとする黒い影は、今は全部猫又の餌だった。
猫又は黒い影を食べて艶々と毛並みがよくなっている気がする。
寛と離れる時間があっても、僕は平気になっていた。
自由に遠回りしてどこまでも歩いて行けるし、出歩くのが楽しくなってきていた。
外に出るたびに怖いものに出会って引きこもっていた過去の僕とはもう違う。
僕にまとわりついてくる恐ろしい黒い影は、もう怖くないものになっていた。
猫又がいるのならば花火大会にも行けるかもしれない。
夜に寛のお店から一人で先に帰るのも怖かった頃が嘘のようだ。
今はこんなにも自由に動ける。
自由だからこそ、寛と一緒にいたいと思うのは間違いではない。
僕はそう思っていた。
店でも出せるようにたれを配合して、独自の浅漬けを作り出したようなのだ。
白菜やキャベツの浅漬けを練習台にたっぷりと食べさせられたが、僕は特に不満はなかった。むしろ美味しくて大満足だった。
問題があるとすれば、僕の体重だ。
毎朝寛の朝ご飯を食べて、毎日のように寛のお店に行って定食を食べて、時々夜も食べて帰る。
それだけ食べていても、僕の運動量はほとんどないので、体重が増えて、元々背が高くてずんぐりとしていたのが、まさにクマのようになっている。
これはいけないと僕はまず、エアロバイクの導入を考えた。
「ゆーちゃんのご飯が美味しすぎて、太っちゃった。痩せたいんだ」
「いいけど、続くのか?」
「続けるよ!」
引きこもりの僕は外に出るのがあまり好きではない。寛のお店との行き帰りくらいで、それ以外はほとんど外に出ない。
食料も寛が自分が使う分だけ買って来てくれるし、日用品の買い出しには行くけれど、それも週に一度くらいで、近くのスーパーで済ませている。
遠出はしないし、作家とは休みというものはそもそも存在しないような仕事である。ライターの仕事もどんな場所でも自由にできる代わりに、決まった休みというのが自分で選ばなければ取ることができない。
そんな状況で引きこもって、寛のお店にだけ行って、毎日美味しいものを食べていたらそれは太るというものだ。
「今度から、僕の朝ご飯は少なめにして」
「それはいいけど、昼までもつのか? 間食したら意味がないどころか、無駄だぞ」
「それは……」
寛は冷蔵庫に僕がアイスクリームを入れているのを知っている。いいメーカーの新作のアイスクリームも買っている。
小腹が空いてそれを食べてしまえば、ご飯茶碗一杯分以上のカロリーがあることも知っている。
「……それじゃ、昼を少なめに」
「ご飯だけ減らすのはありかもしれないな。『ご飯少なめ』で注文するひとも、『ご飯多め』で注文するひともいるから、注文のときに言ってくれ」
お昼を少なめにすることに関しては、寛も協力する姿勢を見せてくれた。
最後は夜なのだが、これは少なくする自信がない。
「夜はお店に行かない!」
「来てくれないのか!?」
「ダイエットが成功するまでは!」
家で食べている分には食べ過ぎることもそんなにないし、時間は遅くなるけれど毎日同じ量を食べられる。
僕の決意に寛は少ししょんぼりしていた。
「夜のメニューも食べて欲しいのがいっぱいあったのに」
「ちゃんとダイエット出来たら食べに行くから」
「それなら、徹底的にダイエットしろよ?」
言われて僕は頷いた。
通販で買ったエアロバイクは本やタブレット端末を置く台があって、そこで資料を読みながらエアロバイクを漕ぐことができる。
寛のお店に行くときも遠回りをして川べりの道を通って行って、帰りも川べりの道を歩いて帰るようにした。
それだけでは到底足りないので、畳めるヨガマットを買って、床に広げてプランクという決まった形を維持することによって筋肉を使って脂肪を落とす運動もやってみることにした。
季節は真夏になっていたので、僕は帽子を被って、日除けのパーカーを着て川べりを歩く。川を渡る風は涼しいのだが、どうしても汗が出て来る。
寛のお店に行くときは汗が厄介だが、帰るとすぐにシャワーを浴びるようにした。
シャワーを浴びた後はアイスクリームが食べたくなるけれど我慢。
こういう生活を一か月。
僕の体重は減らなかった。
「減ってはいないけど、体脂肪率は減ったんじゃないか?」
「計れないから分からないよ」
「脂肪は水に浮く。筋肉は沈む。筋肉の方が体積にしてみれば重いから、脂肪が筋肉に変わったんじゃないかな」
寛の見立てはそうだった。
体重が減らなかったことをがっかりしている僕に、寛は言う。
「この生活が続けられれば、体重も減って来るんじゃないかな」
「僕、がちがちの筋肉ダルマにならない?」
「なって、困るのか?」
素朴に問いかけられて僕は考える。
冬眠前の熊さんのように太った僕と、筋肉でがちがちになった僕。
比べてみると筋肉ダルマの方がマシな気がする。
「困らなかった」
「それじゃ、また夜も店に来てくれるか?」
「それは、まだ……」
もうちょっと痩せてからと言うと、寛は「そうか」と答えた。
その日から、僕のメニューが少し変わった。
朝は海苔巻きとお味噌汁に、塩昆布で和えたキャベツが付いてくる。
昼の定食は、五目煮や、小松菜と薄上げの煮びたし、浅漬けなどの野菜類が多めに出て来る。
晩ご飯も野菜が一品増えた気がした。
「ゆーちゃん、最近、僕に野菜を食べさせようとしてるよね」
「野菜は腹持ちがいいから、間食しなくなるだろ」
「僕が間食してるの、バレてるの!?」
そうなのだ、僕は完食が激しい。
頭を使う仕事なので、どうしても糖分が必要になってくるのだ。
グミやキャンディやキャラメルは常に持っているし、芋けんぴもポテチも大好きだ。
「冷蔵庫に煮卵と浅漬け入れてるから、どうしても間食したくなったら食べろ」
「ありがたいけど、寛の負担になってない?」
僕の問いかけに寛が困ったように眉を下げる。
格好いい寛にこんな顔をさせるのは何となく申し訳なくなってしまう。
「夜にお店に来てくれるようになるまでは、ダイエットに協力するよ」
そう言う寛の方が、僕にはほっそりしてきて見えている。
僕がタブレット端末を見ながらリビングにヨガマットを敷いてプランクをやっていると、横で寛も自然にプランクをやっているのだ。
板張りでやるので、寛の分のヨガマットも買って、二人で筋トレをするのが日課になってしまった。
僕は一日中家にいるのだが、寛はお店で働いている。寛の方がほっそりしてくるのは当然のことだった。
「かーくん、これ、よかったら使ってくれよ」
「なにこれ!? 格好いい!」
寛が僕にくれたのは、唐傘のような格好いいデザインの日傘だった。これならば男性が差していても少しもおかしくない。
そもそも男性が日傘をさすののどこがおかしいのか、僕にはよく分からないのだが。
僕のものだとすぐに分かるように、僕は日傘にパンダのマスコットを付けた。
「晴雨兼用なんだ。折り畳みにもできるし。これからの季節、歩くにしても熱射病に気を付けてくれよな」
僕のことを気にかけてくれる寛に、僕は何度も「ありがとう」とお礼を言ったのだった。
日傘をさすとこんなにも涼しいのかと驚かされる。
日傘の裏側は銀色になっていて、完璧に日光を防ぐような作りになっている。
日傘を差し始めてから、僕は快適にお店までの遠回りもできるようになった。日焼けのパーカーよりも日傘の方がずっと涼しい。
パンダのマスコットについている鈴が歩くたびにちりちりと鳴る。
それを聞きながら歩いていると、僕は浴衣を着たくなっていた。
叔母が和服を着るひとで、小さい頃から僕は浴衣を着せてもらっていた。大きくなってからも僕の体に合う浴衣を叔母は仕立てて、送ってくれていた。
お店に辿り着いて近くの張り紙を見ると、花火大会の文字。
花火大会なんてどれくらい行っていないだろう。
そもそも僕は夜に外に出るのが好きではない。
夜はひとではないものが活発に動き出す時間だからだ。
そんな時間にある花火大会に今までは行きたいとは思わなかった。
僕の足元で猫又が満足そうに何かを食べて顔を洗っている。僕を追い駆けてこようとする黒い影は、今は全部猫又の餌だった。
猫又は黒い影を食べて艶々と毛並みがよくなっている気がする。
寛と離れる時間があっても、僕は平気になっていた。
自由に遠回りしてどこまでも歩いて行けるし、出歩くのが楽しくなってきていた。
外に出るたびに怖いものに出会って引きこもっていた過去の僕とはもう違う。
僕にまとわりついてくる恐ろしい黒い影は、もう怖くないものになっていた。
猫又がいるのならば花火大会にも行けるかもしれない。
夜に寛のお店から一人で先に帰るのも怖かった頃が嘘のようだ。
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