かーくんとゆーちゃん

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
1 / 30

1.ゆーちゃんと僕

しおりを挟む
 佐藤さとうかえで、二十六歳。
 仕事は在宅のライター兼小説家。
 趣味はタロットカード。

 僕の趣味のタロットカードは叔母からもらったものだった。
 父と干支が一回り離れた叔母は、叔母というよりもちょっと年の離れた姉のようなもので、僕はずっと叔母を「ちぃちゃん」と呼んでいた。

 叔母の名前が千花ちかなのだ。

 小学生のときに祖父母の家である叔母の家に行ったときに、机の上に置いてあったのがタロットカードの入ったポーチ。
 タロットカードは普通は他人に触らせてはいけないらしいのだが、そんなことを知らない小学生の僕は、勝手に叔母のタロットカードを広げてじっくりと見ていた。

 小さな頃から体が大きくて、気は弱くていじめられていた僕にとって、タロットカードとの出会いは神秘的なものだった。

 美しく描かれた動物の絵柄に、タロットカードの意味。
 導かれるように机に置いてあったタロットカードの説明本を読んで僕はすっかり夢中になってしまった。

「ちぃちゃん、これちょうだい!」

 小学生の僕に言われた叔母は戸惑っているようだった。

「これは私にとっても大事なものだから」
「どうしても、これがいいんだ! ちょうだい!」

 何かを強く欲しがったことなんてない。
 僕が叔母におねだりするのは初めてだった。

「新しい同じタロットカードを買ってあげるのじゃダメかな?」
「これとおなじやつ? ポーチもついてる?」
「ポーチは伯母さんに作ってもらおう。それならいい?」

 叔母は僕のために自分が持っているのと全く同じタロットカードを注文して、買ってくれた。ポーチも大伯母が作ってくれて、赤地に青と黄色の縞の入ったポーチとお揃いのタロットクロスも準備して、タロットの簡単な読み方の説明本も添えて、叔母は完璧な状態で僕にくれた。

 逆位置という反対の絵柄で読むことのない、オラクルカードという信託の入った癒しを与えるカードということで、使い方は英語で書かれているし、よく分からなかったが、それでも僕はタロットカードに夢中になった。

 小さな頃からトランプが大好きで、トランプゲームの延長戦のように考えていたのかもしれない。

 そのタロットカードが今の生活を支えているとも言える。

 タロットカードを捲る。
 ソードの九。
 意味は、苦悶。
 あのときこうしていればという後悔を示すこともある。

 このカードが出るときには、周囲によくないものがいることが多いのだ。

 僕は、小さな頃からひとではないものが見えた。
 その助けとなるためにタロットカードを本能的に求めたのかもしれないと思うほどだ。

「場所はどこかな?」

 問いかけながらカードを捲ると、ソードの六。
 意味は、途上。
 帰路に就くなんて意味もある。

「帰り道なのか……まずいな」

 今日は編集さんとの打ち合わせがある。
 このパンデミックの世の中で、対面での打ち合わせは珍しいのだが、編集さんが一度僕に会っておきたいということで、僕は了承したのだった。

「お店は、やっぱりあそこにしておくか」

 僕はメッセージを入れる。
 メッセージの相手は、親友だ。

 不動寺《ふどうじ》ゆたか。僕と同じく二十六歳。
 僕の住んでいるマンションから少し離れた小料理屋で働いている。
 料理の腕前は抜群で、実のところ、僕は彼とシェアハウスすることを条件に、実家も祖父母の家も近いのに家を出ているのだった。

『今日の帰り、早上がりできる?』
『何かあるのか?』
『また出たんだよ、「苦悶」』

 寛にはこれで通じる。
 寛と僕は二十年以上の付き合いなのだ。

『分かった。話してみる』

 寛には申し訳ないが、暗い夜道をあのカードが出た後に一人で帰る自信は僕には全くなかった。

 お化けや幽霊の類が怖いのに、僕には見えてしまう。
 寛は全く怖いとは言わないのに、見えない。
 それが僕には不公平でならない。

 怖くない方が見えて、怖い方は見えなければいいのに。

 それでもタロットカードで事前に予測できるだけましだった。

 夕食の時間に小料理屋に行って編集さんと会う。
 二人きりの個室で会った編集さんは、小柄な女性だった。

「一度、メープル先生とは話をしておきたかったんですよね」

 僕は名前が佐藤楓、つまり砂糖楓と音が同じなので、ペンネームをメープルシュガーにしていた。そのせいなのか分からないが、ファンからは甘いもの好きの女性だと思われているようだ。

 自分でも自覚があるが、僕は女々しい。
 自分のことを「僕」と言っている辺りでご察しである。

 SNSでは「私」で通していて、叔母が作るアクセサリーや可愛いものが大好きで、小さな頃からきらきら光るストラップを作ってもらっていたので、そういうものの写真を載せていると、僕は勝手に可愛い女性の小説かということになっていた。

 実際には熊のように体の大きな男性なのだが。

「メープル先生の作品、女性に大人気なんですよ。切ない恋物語が繊細に書けているって評判です」
「そんなに飲んで大丈夫ですか? 鈴木さん」
「今日は飲みたい気分なんです」

 鈴木さんはビールを二杯飲んで、日本酒も飲んでいた。
 酔っぱらった鈴木さんをホテルまで送るべきかと考えたが、鈴木さんはきっぱりと断った。

「タクシーで帰れますので大丈夫ですよ。メープル先生との関係を勘繰られたら嫌ですからね」

 女性は大変だ。
 僕が全く女性にも男性にも興味がないと分かっていても、警戒する姿勢を見せなければいけない。
 出張のついでに会ってくれた編集の鈴木さんをタクシーに乗せて、僕は料理屋の中に入った。

 カウンター席に座ると、寛と目が合う。
 寛は大柄ではないが整った顔をしていて、美男子と言えるのだろう。

「もうちょっとで終わる。待ってろ」
「悪いな」
「これ。どうせ、緊張して何も食ってないんだろ」

 出されたのはほかほかのご飯で握られたおにぎりだった。海苔が巻かれていて、しっとりとした表面を掴んで食べると、中に僕の好物の明太子が入っている。

「美味しい。ありがとう」
「これもどうぞ。佐藤さん」

 店の女将さんが魚のあらの味噌汁も出してくれた。
 初対面の相手と会うと食事どころではなくなって、緊張してしまう僕のことをよく分かっている。

 僕はおにぎりと味噌汁を美味しくいただいた。

 店のお客はパンデミック以来減っていた。
 店の経営が厳しいのを知っているからこそ、僕は打ち合わせがあるときには必ずこの店を使う。

「帰るか、かーくん」
「うん、ゆーちゃん」

 寛は僕のことを「かーくん」と呼ぶ。僕は寛のことを「ゆーちゃん」と呼ぶ。それは、保育園のときから変わっていなかった。

 帰り道には桜の満開になる公園がある。
 公園の中を通って行けば近道になるのだが、その公園が問題だった。

「い、いる! ゆーちゃん!」
「どこだ、かーくん?」

 桜の下に苦しそうに呻いている人物がいる。
 その人物は真っ黒で、長い髪の女性のようだった。

『あのひとに会わせて……。あのひとは、どうして私を捨てたの!?』

 人間のものとは思えないおぞましい声が聞こえてくる。
 震えている僕に、寛は視線を向ける。

「どこだ?」
「そ、そこ! 木の下に蹲ってる!」
「ここか?」

 シャドーボクシングの容量で寛が虚空を殴り始める。しかし、見えていないのでなかなか当たらない。

「そっちじゃない。もうちょっと下!」
「ここか?」
「もうちょっと左!」

 指示をする僕と、シャドーボクシングをする寛で、スイカ割りのようになってしまっている。

 最終的には寛の拳は黒い塊に当たった。

『あぁぁぁ!?』

 叫び声をあげて黒い塊が消えていく。
 これで僕と寛ができることは終わった。

 この女性がなんで死んだかとか、どうしてここにいるのかとか、そういうのは警察が調べればいいことだ。

 一週間後、公園に亡くなった女性の持ち物が凶器と共に捨ててあって、男性が一人逮捕されたとか言うニュースが流れる頃には、僕はそのことをすっかり忘れていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

千早さんと滝川さん

秋月真鳥
ライト文芸
私、千早(ちはや)と滝川(たきがわ)さんは、ネットを通じて知り合った親友。 毎晩、通話して、ノンアルコール飲料で飲み会をする、アラサー女子だ。 ある日、私は書店でタロットカードを買う。 それから、他人の守護獣が見えるようになったり、タロットカードを介して守護獣と話ができるようになったりしてしまう。 「スピリチュアルなんて信じてないのに!」 そう言いつつも、私と滝川さんのちょっと不思議な日々が始まる。 参考文献:『78枚のカードで占う、いちばんていねいなタロット』著者:LUA(日本文芸社) タロットカードを介して守護獣と会話する、ちょっと不思議なアラサー女子物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...