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前編 (攻め視点)

10.予言の日

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 隣国が憑依魔法を完成させつつあるという噂が流れ始めたのは、アルトゥロが高校を卒業して大学に入学した直後だった。大学でディーデリヒを含めた王太子の学友たちが集まって話しているときにその話題が出たのだ。

「憑依魔法と言ったら、自分の身体を捨てて、他の身体に乗り移ることによって魔力を増強し、寿命を延ばすという邪法中の邪法だろう?」
「何百年も前に、憑依魔法は禁じられたはずだ」

 禁じられたはずの憑依魔法を隣国の王がこっそりと研究させていて、大魔法使いと呼ばれる国一番の魔法使いを使って完成させたというのだ。

「狙われるのはこの国か?」
「憑依魔法には依り代が必要だぞ。そんな都合のいい人間がそうそういるわけがない」

 ディーデリヒと学友たちは笑い飛ばしているが、アルトゥロはそれを笑い飛ばせない理由があった。

「依り代の条件ってなんだ?」
「魔力が非常に高いが、肉体的な防御力が低くて、依り代になる人間には印があるらしいぞ」
「どんな印だ?」
「うーん、それはそれぞれなんだが、身体に特徴的な痣があるとか、生まれながらに髪の色が特殊だとか、目の色が違うとか……」
「目の色が、違う!?」

 憑依魔法をかける相手は生まれたときから決められていて、相手の魔法使いから印をつけられているのだという。目の色が違うという話を聞いて、アルトゥロは身を乗り出していた。

「そういえば、アルトゥロの伯母君は目の色が違うって聞いていたが、もう亡くなったんだったか」

 ミヒャエルも目の色が左右で違うのだと喉から言葉が出そうになったが、それを誰も知らないことにアルトゥロは気付いてしまった。金色の前髪を長く伸ばして、ミヒャエルは目の色が左右違うのをずっと隠していた。ミヒャエルの両眼をはっきりと見たことがあるのはアルトゥロくらいではないだろうか。

「ミヒャエルは、それであの目を隠していたのか……」

 誰にも聞こえないように小さく呟いたはずなのに、ディーデリヒはミヒャエルの名前を聞きとっていたようだった。

「ミヒャエル様、まだ見つかっていないのか?」

 ディーデリヒに言われて、アルトゥロは俯く。

「大学に休学届が出されていたから、一度は大学に来たことは確かなんだ。手続きをしたときに兄上を見ていないか教務課の職員に聞いたのだが、覚えていないと言われてしまって」

 ミヒャエルが姿を消したことに関しては、もうディーデリヒも他の学友たちも知るところとなっていた。アルトゥロがミヒャエルの捜索願を警察に出したのが広まってしまったのだ。
 警察の手によっても見つからないミヒャエルについて、警察はアルトゥロに告げた。

「隠し身の魔法を使っているかもしれませんね」

 魔法を使われて隠れられてしまうと、警察でも捜索はお手上げなのだという。

「本人が自分の意志でいなくなったのだとすれば、これ以上介入もできませんからね」

 全く役に立たない警察の捜索にアルトゥロは期待することをやめた。自分の手でミヒャエルを見つけ出さなければいけない。冬が来ればミヒャエルが失踪してから一年が経つことになる。

――僕が高校を卒業して一年経った頃……君が19歳になる前だよ。

 いつアルトゥロがミヒャエルを殺すのかと聞いたときに、ミヒャエルはそう答えていた。アルトゥロは冬には19歳になる。それより前となると、もう時間はない。
 他国で憑依魔法が完成することも、その依り代がミヒャエルだということも、予言は確かに当たっていたのだろう。残る予言は一つだけ。
 アルトゥロがミヒャエルを殺すというものだ。
 ミヒャエルを憑依魔法の餌食になどさせない。アルトゥロはディーデリヒを一人呼び出して相談をした。

「王族のディーデリヒなら、悪い魔法から身を守る魔法具の一つでも持ってるだろう?」

 アルトゥロの問いかけに、ディーデリヒは身に着けていたピアスを片方外した。

「ピアスにネックレスにブレスレットにアンクレット、指輪も、服の繊維にも編み込まれているし、私が憑依魔法にかかることは絶対にないよ」
「何か、魔法具を俺に貰えないか?」
「急ぎなんだろう? つけてたので悪いけど、これなら防御の魔法も強くかかっているし、外しても私の防御力もそれほど下がらないし、もらっていいよ」

 もう片方のピアスも外してアルトゥロの手の平に乗せてくれるディーデリヒに、アルトゥロは心から感謝する。

「ありがとう。ディーデリヒ、君は本当に素晴らしい親友だ」
「こちらこそ、アルトゥロ。他にも欲しかったら遠慮はいらないからね」

 中庭で二人で話している最中に、晴れ渡っていたはずの空が急に曇って来る。雨が降るのかと中庭から校舎内に入ろうとしたところで、ディーデリヒが足を止める。

「アルトゥロ、あれ、君のお兄さんじゃないか?」
「ミヒャエル!?」

 最後に会った日から更に痩せたような印象のミヒャエルはよろよろとこちらの方に歩いて来ていた。これまで全く姿を見せなかったのが嘘のように目の前にいるミヒャエルに、アルトゥロが駆け寄る。

「ミヒャエル! 今までどうしてたんだ? 身体は平気なのか?」
「アルトゥロ、ときが来た」

 離れていた期間を経ても、ミヒャエルの全てを諦めたような瞳は変わっていなかった。少しやつれた様子で佇んでいるミヒャエルを抱き留めようとするアルトゥロを、ミヒャエルが思わぬ強さで押し返した。

「攻撃の魔法の使い方は分かるね? 憑依してすぐの魔王は体が馴染むまで魔法を使えない。その間に確実に仕留めるんだ」
「ミヒャエル、俺はあなたを殺さない!」
「殺すんだ、アルトゥロ! そのために僕は生きて来た。今日このとき、君に殺されるために、19年、僕は生きて来たんだ」

 ごぅっと生臭い風が吹いてミヒャエルの周囲を臭気が渦巻く。手を伸ばしたアルトゥロがミヒャエルの腕を掴むより先に、掠れた声が辺りに響いた。

『我が依り代、遂に憑依魔法は完成した。さぁ、地獄を始めよう』

 吹き荒れる風にアルトゥロは目を開けていられない。ミヒャエルの身体が黒い靄に包まれていくのを、アルトゥロは止めることができなかった。
 ぱきんっと、何かが砕ける音がした。

『憑依、できない、だと……』
「え!? ど、どういう、こと!?」

 黒い靄がミヒャエルの体から離れていく。そこにすかさずアルトゥロは攻撃の魔法を展開していた。空を切り裂く魔法によって靄が真っ二つに切られて霧散していく。

『依り代に宿れない……消滅してしまう!? いやだぁー!? 死にたくない! しにた……』

 消えていく靄を見て愕然としているミヒャエルをアルトゥロは今度こそ逃さないように抱き締めた。

「どうして、僕は生きているんだ!?」
「さっき抱き締めたときに、ミヒャエルの胸ポケットにこれを入れたんだ」

 ミヒャエルの胸を探ってアルトゥロが取り出したのはディーデリヒからもらったピアスだった。ガラス玉のついていたピアスが粉々に砕け散っている。
 ディーデリヒが駆け寄ってアルトゥロの手の平の上で砕け散ったピアスを覗き込む。

「役に立ったみたいだな。よかったよ」
「助かった、ディーデリヒ」
「お兄さんと幸せに」

 笑顔で告げられてミヒャエルがアルトゥロの腕の中でアルトゥロの顔を見上げる。

「幸せにって……僕と幸せにって、どういうこと?」
「俺とミヒャエルのことをディーデリヒは応援してくれてるんだ」
「は!? ディーデリヒ王太子殿下と結婚するのは、君のはずなんだよ?」
「その予言は外れたな。俺がミヒャエルを殺す予言も外れた」

 予言は変えられるのだと身を以て証明したアルトゥロに、ミヒャエルは全く納得できていない様子だった。

「どうして? 僕は今日死ぬはずだったのに」
「死ななかっただろ? これからは俺と生きていくんだ」
「そんな……死なない未来なんて、考えたことない」

 19歳で自分が死ぬと決めて生きて来たミヒャエルにとっては、死なないで生き残って未来に進むなどということは考えられないのだろう。膝の上に抱き上げたミヒャエルを、アルトゥロは壊れ物のように優しく抱き締める。

「ここから先の予言なんてないんだろう? 誰でも明日のことなんて分からないんだよ。何の保証もない自由な未来を生きていこう?」

 アルトゥロの言葉に、緊張の糸が切れたのかミヒャエルの両眼からぼろぼろと涙が零れ落ちる。唇を眦につけて、アルトゥロはその涙を吸ってやる。

「ミヒャエル、俺と生きていこう」

 耳元に囁くアルトゥロに、ミヒャエルは愕然としながら告げたのだった。

「君、家に帰ったら、自分のしたことを後悔するからね?」

 その意味が分からないまま、アルトゥロはミヒャエルと共に家に帰るのだった。
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